いつか英雄に敗北を

もふょうゅん

17話

「それじゃあ、行こうかアイン」
「ええ」
「行ってらっしゃい!気をつけてね?」
「今晩も帰ってくるんでしょ?」
「…うん」
朝食の後片付けを終わらせてアインと二人で屋敷を出る。
テノとセルノアが玄関まで見送ってくれて、ついでに今夜も屋敷に帰ってくることを強いられた。
「よかった、それじゃあ頑張ってね」
「行ってきます」


「それで、どこで話そうか。昨日の工房でいいかな?」
活動が始まった早朝の商店街は、朝もやの静けさと人々のまばらな話し声が混ざり合って、俺独りだけ遠い所に居るように感じたり、隣の誰かの話し声に耳をくすぐられているように感じたりして不思議な感覚だ。
「実物を見ながら話したいわ、想像しただけじゃ分からないこともあるだろうし?」
「その通りだね」
「それじゃあ広いところで話しましょ、昨日の内に目星はつけておいたの。立派な銅像が置いてあるのに誰も居ない、国のはずれの広場をね」
昨日の会話を引っ張り出してきて、いたずらっぽく笑った彼女は、今度は段取りを得意げに話してくれた。
銅像のある国のはずれの広場…あそこか…。
「わかった。実物はどこにあるの?運ぶのを手伝うよ」
「それは大丈夫、もうあるから」
もうある…昨日のうちにその広場に運んでおいたのか。
それとも今持てるほど小さなものなのか。
だとしたら俺の工房で修理ができると思うけど。
「おい!早くしろよ!」
「ま、待ってよ兄ちゃん!」
「モタモタしてると終わっちまうぞ!」
「おっと」
思考と俺達の間に割り込むように二人の少年が後ろから走ってきた、兄弟かな。
「あっ!ごめんな!」
「こっちこそごめんね、考え事してて。急いでるんでしょ?行っていいよ」
「ありがとう!ほら、行くぞ!」
「う、うん!」
再び走り出したその二人は商店街を真っ直ぐに進んでいく。
「あんなに急いで、どうしたのかしら」
「多分、壁の上に用があるんだと思うよ」
「壁の上?どうして?」
「機士の魔獣討伐が見られるからね」
彼女は討伐と聞くとぴくりと肩を震わせ、顔に納得の二文字を浮かばせた。
「…なるほど、そう言えばこのぐらいの時間だった」
「何が?」
そして低い声で小さく呟き、顔を険しくさせた。
「私が昨日帝国に来た時間。悪いんだけど、広場に行く前に私達も壁の上に行きましょ」
「いいよ、行こうか」


「着いた。えっとどこから登るんだっけ…」
四等区を抜けると、無骨で巨大な灰色の壁が視界いっぱいに広がってくる。
俺達ヒュームが生きられる範囲はこの壁まで。
一歩でも外に踏み出せば、生身では決して生きられない魔獣の世界が続いている。
「あった、あそこだ」
その壁の上にはちょっとした人だかりができており、そこに続く階段が壁面に設置されそこをさっきの少年二人が登っている途中だった。
「行きましょ」
アインはその階段の長さに怯むことなく進んでいった。
「…行くんだ」
朝から登るにはきついんだけどな…
念の為に飲み物を買っておこう。



「はぁ、はぁ…」
「大丈夫?」
「ええ…いや、やっぱりきついかも」
「あと少しだから」
階段の終わりは見えてきたものの、アインの体力も底をつきそうだった。
「なんで君は平気なの…」
「慣れてるから」
機士を生で見ることが出来る少ない機会、時間があれば足を運んでいる。
その度にこの階段を登り降りしてるので、さすがに息切れはしなくなった。
「着いたよ」
「はぁ…はぁ…」
たどり着いたと同時に座り込んでしまったアインに、登る前に買った水を手渡す。
「ほら」
「あ、ありがとう」
ゆっくりと一口ずつ飲む彼女が立ち直るのを待っている間に壁の淵まで近づいていく。
強い風を全身に受け、それに乗ってくる野生の匂い、自然の匂いが鼻に抜けていく。
視線を下に向けると三機の機士が一頭の魔獣を引きずって、壁に向かって歩いてくるところだった。
引きずられている魔獣には鋭い牙と前足に大きな爪が付いており、体も筋肉質で凶暴な肉食性の魔獣であることが見て取れた。
きっと激しい戦闘が行われたんだろう。
俺達が来る前から見学していた人達は興奮気味で、さっきまで行われていた戦いについて熱く語り合っていた。
「ごめんね」
「落ち着いた?」
「お陰様で」
一息ついたアインも壁の淵まで歩いてくる。
「ちょうど次の討伐が始まったよ」
魔獣を引きずってきた三機の機士が壁に入るのと入れ替わりに別の三機が壁の外に出てきた。
その三機が壁から百メートルほど離れたところで壁に備え付けられている大きな扉が完全に閉まり、それと同時に抜剣した機士達が一頭のべッグに向かって突進していく。
そのまま一方的な戦闘が展開され、圧倒的な差を見せつつべッグを少しづつ切りつけてジリジリと追い詰め始めた。
「またあいつらかよ…」
「あ〜あ〜、水さされた気分だぜ」
「ちゃんと戦えよなー!」
「ちっ、胸糞わりぃ。もう帰るか?」
「そうだな、さっきの機士の戦闘見て帰ればよかったぜ」
熱が覚めてしまった人達はゾロゾロと壁を降りる階段に向かっていった。
「ねえ…」
「なに?」
階段を降りる人達から視線を外し、アインに向ける。
「なんであんな戦い方するんだろ?帝国の機士ってみんなああなの?」
戦っている機士達を睨みつけながら拳を血が出そうなほど握りしめる彼女を不思議に思う。
「あんな戦い方?」
「あんな、弱いものいじめみたいな戦い方よ」
「何が悪いの?」
「え?」
機士達を睨みつけるのも拳を握るのも忘れて、あっけに取られた顔を向ける彼女にさらに困惑する。
「敵の戦力を削ぐのは基本でしょ?油断は命取りだし、どこも悪くないと思うけど?」
「っ!?だからってあんなに執拗に攻撃する必要は無いわ!!とっくに勝負はついてる、いいえ勝負にすらなってないじゃない!!」
「たしかにあんなに傷つけたら肉質は悪くなるし、機士も消耗するけどね」
「…な、何を言ってるの?」
信じられないと言った顔で後ずさる彼女はつい口から出てしまったのであろう言葉に自分では気づいていないようだった。
どうもさっきから話が噛み合わないな。
戦闘スタイルが気に食わないにしても言葉を失うほど驚くことはないと思うけど。
なんだか、魔獣がいじめられてることに対して怒っているようだな…
「ああ」
この国の誰も魔獣が『いじめられている』なんて思わない、今行われている戦いをつまらないとは思うだろうが。
普通の『人』なら。
「アインはハーフヴァイランなのか」
「っ!!」
一瞬目を見開いた彼女はすぐに持ち直して、何かを決意した顔になり、踵を返してそのまま
「仕事の話は無かったことにして。さよなら」
壁の外に飛び出した。
「え?なにを━━━━━」
彼女が飛び出した場所から下を覗き込んだ時、空中に燃え盛る巨大な火の玉が浮かんでいて。
「あれは…機士…?」
その中から真っ赤な機士が飛び出した。

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