いつか英雄に敗北を

もふょうゅん

15話

「できたよ」
「待ってました!」
「やっとか!!」
仕事から帰ってきた子供達は次々に食堂に集まってきて、料理が終わるのを待っていた。
食堂に腹を空かせた子供たちの歓声が上がる。
トーザとガラットの声がひときわ大きく響いたが。
「さ、みんなで取りに行きましょ。ほら、トーザとお兄ちゃんも」
「「おう!」」
全員が自分の分を取って席に戻っていく。
「それじゃあ僕達も席に着きましょうか」
言いながらエプロンを外したロンはさっさと厨房から出ていってしまった。
「イスト、お疲れ様」
「ほんとよ…ちびっこ達ったらどんどん集まってくるんだもん」
「でもちゃんと間に合わせたし、料理の腕はかなり上がってると思うよ」
一応手は洗ったけど念の為に肉に触っていない右手でイストの頭を撫でる。
「頑張ったんだね」
「き、今日はタリオとロンがいたから何とかなっただけよ!」
「俺も二人と料理出来て楽しかったよ、またやろうね」
「…気が向いたらね」
「そっか。さ、俺達も席に着こう」
「…そうね」


『ご馳走様でした!』
「それじゃあ片付けはトーザにお願いするわね?」
「え!?全部!?」
「だってトーザは何もしてないじゃない」
「そっそんなことは!」
「あるわよね?」
セルノアは間違いなく笑っているはずなのに周りの子供はみんな後ずさっている。
その笑顔を向けられているトーザの顔は引きつっていた。
「は…はい」
「それじゃあよろしくね!」
「頼んだぞトーザ!俺はもう寝る!おやすみ!」
「俺もそうしよう」
ガラットとアルの二人はそのまま食堂を出ていってしまい、その後にほとんどの男子は続いていった。
「あの、私も手伝うわ」
「アイン様!!」
「駄〜目〜よ。アインはこの後私達とお話するんだから」
「え?」
「当然でしょう?うちの稼ぎ頭にちょっかい出されちゃたまらないもの」
セルノアを含めた女子達の目はまるで獲物を見つめているようだ。
「私は別に━━━━━」
「はい、その続きは部屋でゆっくり聞かせてね。マイネ?」
「は〜い、こっちだよ〜」
「ち、ちょっと…」
「待ってセルノア。俺もアインと仕事の話をしたいんだけど」
「そ、そうよね!」
「それは…明日ね♪」
「そ〜いうこと〜」
「あっ」
俺の希望はあっさりと却下され、アインはマイネ達女子に連れていかれてしまった。
「ま、こうなる気はしてたよな」
「そうだね」
もうすでに皿洗いを始めているトーザとその手伝いを買って出たらしいロロムの二人が仕方ないと口にする。
「タリオ!一緒にお風呂入って、一緒に寝よ!」
「お風呂はいいけど、寝る時は一人がいいな」
「う…わかった」
「すぐ入る?」
「うん!」
「それじゃあ行こうか」
「あ、タリオちょっと待って。寝る前に少し時間を頂戴」
「分かった、後でね」
「ええ、また後で」


「タリオ!背中流すよ!」
「ありがとう」
この屋敷の風呂は男女ともにとても広い。
それはもう、暮らしている子供達全員で入っても余裕があるほどに。
しかし、ほとんどの男子はあまり利用しないし頻繁に利用する女子は当然女湯に行くために、未だ真価を発揮しきれていない。
「気持ちいい?」
「うん」
「良かった!」
テノのおかげでかなりさっぱりした。
「テノは洗ってもらわなくていいんですか?」
男子の中でよく利用するのは俺とテノ、それから今湯船に浸かっているロンの三人くらいだ。
「え!?」
そのロンからの思いがけない発案にテノはかなり驚いていたが、よく考えたらお返しに俺がテノの背中を洗うのは当然だな。
「ロンの言う通りだね、今度は俺が洗うよ」
「いっいいよ!大丈夫!」
「遠慮しないで」
テノを俺の前に座らせて泡立てた石鹸を持って背中に手を伸ばす。
「ち、ちょっと待っ━━━━」
あっ♡


「タリオ?もう戻ってたのね」
ノックの後にセルノアが部屋に入ってくる。
頭にかかったタオルがお風呂上がりであることを表している。
俺は部屋の真ん中にある机とセットのソファに深く腰掛けて湯上りの火照りを冷ましていた。
「うん、テノがのぼせちゃって」
「え…」
「え?」
「な、なんでもないわ」
「そう」
少しぎこちない動きをしながらも、セルノアは入ってきた扉を閉めて俺の座っているソファの対面にある同じソファに腰掛けた。
「早速だけど、仕事を始めた子達の事ね」
そう言って彼女は小さなメモを取り出した。
「住み込みで修行も兼ねて働き始めた子が六人、通いで働き始めたのは三人ね。今屋敷に寝泊まりしてるのは私も含めて十二人よ」
「そんなに弟子入りできたのはすごいね」
「皆頑張ってたから」
「そっか、後は?」
「その六人が住み込になったからお金にかなり余裕ができるの。だからタリオからもらうお金の量を減らそうと思って」
「それはこのままでいいよ」
「え?でも…」
「セルノア達が節約してるのは知ってるけど、あるお金は全部使わないと。もっとみんなが欲しい物を買えばいいのに」
「…そうかしら」
「俺達まだ子供なんだから、ね?」
普通このぐらいの年の子供は、まだまだ甘えたい盛りで働くなんて早すぎるのだ。
それなのにこの屋敷に暮らしている子達は皆我慢強いというか、とにかくわがままを言わない。
お金のことを気にして言いにくいのかもしれないし、もっとお金は使って見せるべきだと思う。
「…わかった、確かに皆に我慢させてたら悪いわよね」
「皆しっかりしすぎてるんだよ、セルノアも含めてね」
「それ、タリオにだけは言われたくないわ」
「え、なんで?」
「はぁ、なんでもないわ。とりあえず話したいことは話したし、もう部屋に戻るわね。おやすみなさい」
「おやすみ」
セルノアはソファから立ち上がり真っ直ぐに扉に向かって行く。
「あ、セルノア」
危ない危ない、帰ってきた目的の一つを忘れるところだった。
「なあに?」
「今日の朝食、美味しかった。ありがとう」
そう言うと彼女はとても驚いた顔をして固まってしまった。
「えっと…」
「パン生地にフノクの実を入れるのはセルノアのレシピだよね?」
「そうだけど…もうみんな作れるわよ?」
「けど今朝のはセルノアが作ったんだよね?」
「分かるの?」
「うん」
「…そう。喜んでもらえてよかったわ」
「また機会があったらよろしくね」
「ええ…」
「呼び止めてごめんね、それだけ。おやすみ」
「おやすみなさい…」
セルノアは俺に背を向けてから扉を開けて部屋から出て行った。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品