いつか英雄に敗北を

もふょうゅん

4話

「貴族だったのね」
運転している僕の背中に荷台からポツリと問いが聞こえてくる。先程まではその声に感情を感じにくいと感じていたが、今ははっきりと強ばっているのを感じた。
「見えないでしょ?」
「…」
「今更喋り方を変えたりしなくていいよ」
「…そう」
了解の意を示したわりに安堵した様子もない。むしろ緊張が強くなった気さえする。
「質問させて」
アインの静かな声が飛んでくる。
「なぜ?」
「仕事を頼みたいって言ったの、覚えてる?」
内容はまだ聞いていないがそんなことを言っていたのは覚えている。首を縦に振ると、アインはそれを見てまた話し始める。
「君の修理の腕も年齢も申し分ない。けれど君が貴族なら話は別。信用できるか確かめさせて」
「…そういう事なら帰ってから答えるよ」
背中越しにもわかるアインの真剣さに何となく敵わないような気がした。それから仕事場に帰りつくまで静寂が二人の間を支配していた。


「さてと…何から答える?」
工房の脇にあるスペースに運搬用のアングラーターを停め、二人で工房に入る。二つの丸椅子を引きずってきて向かい合わせに座ったところで話を切り出すと、アインは浅く深呼吸してから口を開いた。
「貴族の君がどうして働いているの?」
今まで何人もの依頼主に聞かれたことのある質問。
「自分の工房を持つ必要があった、将来のために」
そして毎回同じ回答をする。すると大抵
「将来?お金を貯めているの?」
こう聞いてくる。
「お金は今の生活のために必要な分だけ貰ってる。本当の狙いは経験を積むこと」
知識だけでは埋まらない実践経験、このためだけに工房を開いたと言ってもいい。
「その将来って、軍に入ること?」
そう尋ねる彼女の目は鋭かった。帝国軍になにか恨みでもあるのかはわからないが、少なくとも良い感情は持っていないようだ。
「将来については答えない。けど、軍に入るつもりは毛頭ない」
俺がそう言い切ると、彼女は目を閉じて息を吐いた。
「そう。次の質問、君の屋敷に住んでるのはどんな子達?」
再び表情を引き締めた彼女の問いはあまり理解出来なかった。
「どういう意味?」
「貴族の子は居る?普段どんなふうに過ごしてる?」
尚更わからない、それを聞いたとして一体どうするつもりなのか。まさか…
「…別に危害を加えはしない。そのつもりなら君じゃなくてトムさんとかエルちゃんに聞いてたわ」
…それもそうか。疑いの目を向けていた俺に彼女は不本意そうに弁解する。
「それならいいけど…貴族の子供は五人。貴族といってもそんなに高い地位はなくて、当主が死んでしまって屋敷が解体されたような弱小貴族だ。笠に着るような権力もなかったから平民との確執もなく暮らしてる」
その五人はいずれも顔なじみであった。俺の屋敷は姉さんが軍にいたおかげで解体されなかったものの、使用人は皆辞めさせられた。これでは屋敷の維持ができないと思った俺と姉さんは五人に屋敷の面倒を見る代わりに屋敷に住まないかと声をかけ、五人とも快諾してくれた。
「今屋敷に住んでる平民の子達はその五人が俺や姉さんに許可をとってから集めてきたんだ。普段はその五人を筆頭に街で仕事をしたり屋敷の面倒を見てくれてる。中にはそのどちらもできない子もいるけど、その子らのこともちゃんと気にかけてるみたいだ」
集められた平民の子達もまた同じ境遇らしく、同じ時期に両親を失ってしまったらしい。そのショックから立ち直らせるためにその子達を集め、生きる術をみんなで模索し身につけている最中だ。もちろんそう簡単には立ち直れない事だ、だからそんな子達をゆっくりと見守っているのだろう。
「…すごい」
黙って聞いていた彼女から感嘆の言葉がぽろりとこぼれる。見るとその瞳は愛しいものでも見るかのように少し細められていた。
「そうだね。その五人は今でも変わらずに普段から不幸な子達を探し出しては手を差し伸べてる、そのたびに律儀にも許可を取ろうとするからそれがもどかしかったりするけどね」
屋敷のことはすでに彼ら五人に任せているので彼らで決めていいと思う。たまに俺が帰宅してすることといえばそんな彼らに稼いだお金を渡すくらいのものだ。
「君だってその子達のために屋敷を解放した」
そういう彼女は少し不満そうだったがそれは間違いだ。
「解放したのは俺じゃなくて姉さんだよ」
「どちらでも同じこと、なぜ謙遜するの?」
「俺は屋敷は潰れるだろうと思ってたからダメ元で彼らに声をかけただけ。姉さんはどうにかして屋敷を残したくって彼らに声をかけた、動機は異なっていて結果が同じになっただけ」
だから謙遜してるわけじゃなくて不純な自分を蔑んでいるんだよと自嘲の笑みを浮かべると、彼女はひどく悲しそうな顔をして
「君は、鈍感で残酷ね」
と寂しそうに呟いた。

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