いつか英雄に敗北を

もふょうゅん

2話

姉さんの後を追って階段を上がると、こぢんまりとした部屋の中央にあるテーブルにはバスケットが置かれていて、そこからパンの焼けたいい匂いがただよってきた。椅子に座ってパンをひとつ手に取る。すると姉さんがコップにミルクを注いで持ってきてくれた。
「……」
「うふふ♪」
「…ご機嫌だね姉さん」
俺の向かい側の椅子に座り、朝食をもそもそと頬張る俺をとても楽しそうに見ている。いつもニコニコしてはいるが今日は特に。
「そうかしら♪」
「うん、良い事でもあったの?」
そう尋ねると今度はイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「よくぞ聞いてくれました!お姉ちゃんは今日、かねてよりの願いが叶うのです!」
腰に手を当ててその立派な胸を張る。この魅惑のボディで一体何人の男性を魅了したのだろう。
パシャリ!
「うっ…何?」
突然強い光が発生し視界が悪くなる。カメラのフラッシュだったのだと、姉さんの手にあるものを見て気がつく。
「その写真どうするの?」
「ふっふっふ〜♪これが願い事を叶える最後のピースなのだよ」
そう言って写真の俺にキスをする。
それを見せられた俺は少し嫌な予感がして朝からげんなりしてしまった。
「変なことに使っちゃ嫌だよ?」
「平気平気!」
「ならいいけど」
少しの疑心を残しつつ最後のパンを食べ終えてミルクを飲みほした。


「さてと…これで整備は終わり。どう?」
姉さんに振り返り乗るようにうながす。ロックを解除してエネルギーを供給し始めると気の抜けた音とともに機体が浮き上がる。
「ん〜…うん!平気みたい」
「よかった」
試運転を終えて俺は道具を片付け、姉さんは出勤の準備をするために一度部屋に戻って行った。
「さてと、今日の予定は…」
お昼までに農業機械を三つ修理してそれを届ける。
午後は特に急ぎの仕事はないし、パーツを補充しに第13商店街まで買い物に行こうかな…
いや。たまには屋敷にも顔を出さないといけないし、
午後は完全に店を閉めて…
パシャリ!
「…姉さん?」
「はぁ〜♡真剣に考え事する顔もカッコイイ!」
「ちょっと」
さすがに二度も写真を撮られるとあまりいい気分ではない。なんとか奪い取ろうと手を伸ばすと、その手を掴まれて引き寄せられてしまった。
「あんまり根を詰めすぎないで?たまには屋敷のみんなにも顔を見せてあげてね」
ぽんぽんと頭を軽く叩かれ、そう囁かれる。
「そうだね、午後は用事もないしみんなに会いに行くよ。朝食のお礼もしたいしね」
姉さんは本当に家族思いだし優しいし美人だけど、その優しさに少しムズムズしてしまう。
「あら!今日の朝食はお姉ちゃんが作ったのに」
「姉さんは料理出来ないでしょ」
「えへへ、バレひゃった」
「…俺の髪食べないで」
家族思い…なんだよな?


「それじゃあ行ってきま〜す」
「気をつけてね」
「は〜い!」
姉さんは軍服をきっちりと着こなし、アングラーターに乗って職場に向かっていった。13歳の頃から今も変わらず軍務をまっとうしている姉さんは、職場では娘のように扱われたり姉のように慕われたり、もちろん一人の女性としても人気が高いらしい。まあ、それはともかく。
「ほんとに便利だよね、アレ」
アングラーター。正式名称:反重力アンチグラビティスクーター。
優秀な技術者と魔術師が協力し、魔法の上位の存在。『神法:重力』に限りなく近づくことに成功した証である。誰もが扱える魔法と違い、神法は未だに謎の多い術でほとんどの人が使えないし、使えても回復神法しか確認出来ていない。アングラーターに使われているのは厳密に言うと魔法なのだが。
この発明は時代を大きく前進させ、帝国はより一層の発展を見せた。その後も多くの発明品が生まれていき、歴史にその名を…刻んでもおかしくはなかった。
ほんとうに同情しかできないな。
実際に名を刻んでいるのはアングラーターともうひとつのみ。
それが━━━━━
ビビビビビビ!!
「おっと、早く仕事しなきゃ」
いつの間にか時刻は午前10時、そろそろ始めないと運搬が間に合わなくなる。
「運搬は40分かかるっけ、急がないと」
とりあえず目の前の薬水散布機に向かい合った。


二機の修理が終わったところで集中するのをやめる。
この仕事を始めてから一番多く扱ってきただけあって時間も短縮できた。
「さあ、あと一機片付けちゃうかな」
「ちょっといい?」
「あ、はい。なんですか?」
気合を入れ直したところで声をかけられる。振り返ると道に面した仕事場の大きな入口に一人の少女が立っていた。
「ここって…工房なの?」
キョロキョロと興味深そうに仕事場を見回している彼女は短い茶髪で、少しツリ目のクールな感じだ。
「見たままですけど」
「そう…」
なんだかこちらを哀れみを含んだ目で見ているような気がするな…
「えっと、急ぎの仕事があるので用があるなら早く仰ってください」
「仕事ってその農業機械?」
「これの修理ですね」
「ふ〜ん…見てていい?」
「…いいですけど」
そう返事をすると入口のすぐ近くにある椅子に座ってこちらを観察し始めた。
用がないのにこんな所に何しに来たんだか。何にせよさっさと仕事をしなくちゃ、短縮できた時間は今のやりとりでなくなってしまったから。


「ん…終わりっと」
試しに作動させてみても問題なく動いているようだし、さっさと依頼主に届けてあげよう。
「…すごい」
黙って作業を見ていた彼女は少し驚いた様子で呟いていた。
「ありがとうございます」
未だに得体の知れない彼女に若干の不信感を抱きながら営業用の態度を崩さずに対応する。
「いつからここで働いてるの?」
「この店は俺が5歳の時に始めました」
その答えに彼女は先程よりも一層驚いたようだった。
「…5歳?しかも君の店なの?」
「はい」
「今、いくつ?」
「12歳です」
「…同い年なのね」
「そうなんですか」
そこで会話が途切れ彼女の顔を伺うと、何やら考え込んでいるようで顎に手を添えていた。とくに聞きたいことがないのなら今のうちに運搬の準備を進めてしまおうか…と、歩きだそうとしたところでまた肩を掴まれる。
「君に頼みたい仕事がある」
彼女はとても真剣な眼差しで、そして少し楽しそうに口を開く。
「仕事の内容は━━━」
「あの、とりあえず今の仕事を終わらせたいんだけど…」
残念だけど今それを聞いている時間はない。

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