記憶探偵はミルクパズルの謎を紐解くか?

巫夏希

第二十六話 虚数課③

「僕は世界を破壊した。世界は僕を破壊出来るのだろうか? 否、それは断じて否。そんなことが出来る筈がない。そんなことを出来る筈もない。結局はただの人違いだ。ドッペルゲンガーもナイーブな性格には陥っていない。そうだ、結局はそうなんだ。僕はただの人間で、ここはただの箱庭……」

 部屋に入ると、突然何かをぶつぶつと言い回る人間に遭遇した。
 いや、それを俺は人間と呼んでいいのだろうか?
 実は人間のようで人間ではない、人の皮を被った何かなのでは無いだろうか?
 俺はそんな妄想を、そんな虚構を、思い描いてしまう。

「……彼ならば、ただの人間ですよ」
「え?」

 俺の思考を読んだのか、はたまた顔に出ていたのかは分からない。
 しかし、その男は当てずっぽうで発言したとは考えにくい。何処かきちんとした証拠を持って発言したように思えた。

「……驚いたか? これでも場数はこなしてるんでね。人の考えてることなんて簡単に分かっちまう・・・・・・。残念ながら、な。そっちの嬢ちゃんの思ってることは流石に分からねえがな。きっと何らかの防御プロテクトをしてると思うんだが」
「……お兄ちゃんの知り合いなんて変わり者しか居るはずが無いもの。だから少し防御をしただけ」
「とは言っても普通の人間はそう簡単に出来る筈が無いのだけれどね……。それにしても、素晴らしいことだよ。……おっと、話を戻すことにしようか。彼は、そう、変わった言動や行動をしているように見えるが、はっきり言ってただの人間だ。寧ろそういう人間だからこそここに来たと言ってもいいか」
「どういうことだ?」

 流石にそろそろ話をこちらに戻しておきたい。
 はっきり言って二人の話題は次元が跳躍し過ぎている。だから、ここでグレードを下げておかないといけない。

「……二重人格。それくらいならあんたも聞いたことがあるだろ。その類だよ、彼は。彼がこういう態度を取っているのは、昼間の時だけ。この人格が眠りにつくと、別の人格が目を覚ます……っていうカラクリだ」
「え。でもそれって身体には負担が起きていないの?」
「勿論、そう思われても仕方ないだろうな。……そして、嬢ちゃんの言う通り、その通りだよ。精神には問題なくても身体には十分過ぎる程ガタが来ている。医者が言うにはもって一年で心臓が停止すると言われている。残念ながら、どんな薬を使ってももう一人の人格を消すことが出来ない。それどころか、お互いがお互いの人格を庇っているんだそうだ。そんなもんで普通の部署じゃ扱いきれないから今は……」
「ここに居る、というわけね。納得」
「白いアルミホイルは女神様の与えられたプロテクトに過ぎない! ……おや、課長。戻ってきていたのかね? ということは高説は聞いていたか?」
「残念ながら途中からだよ。ところで、ほれ。連れてきたぞ。お前の好きそうな話題だ」
「精神を汚染されたくなければ白い服に身を包むのが良いのだよ」

 白衣を着用しながら、男は立ち上がる。

「その団体はとっくに壊滅しているよ。無論、そんなものは存在しないと科学的に証明されてな」

 課長は彼の扱いに手慣れているようだ。……ということは昔からここに居るのだろうか? 二人はそういう関係なのかもしれない。

「……聞いているよ。記憶を改竄出来るのでは、ということだろう? はっきり言って可能性は十分にあり得る。人間が科学力によって神の領域に土足で踏み込んでいるのだから。しかし、それはいずれ罰を受けることになろう。神は、人間の行動を許してはいない。否、今も許してはいないのだ。エデンの園で囓ったリンゴの罪、原罪を」
「とにかく、まずは実物を見て貰ったほうが早いわね」

 そう思って机に鞄を置く明里。
 そしてパソコンを取り出すと、画像を開く。
 それはあの記憶の海に浮かんでいた、明らかな人工物のキューブだった。

「……ほう、これまた立派なキューブだな。これが記憶の海の中に浮かんでいた、と?」
「ええ。私がこの目で見たから間違いない」
「正確には君の精神が、だろう。人間の肉体そのものが記憶の海へ向かうことは敵わない。人間の精神を、電子化することによって、0と1の信号に分けることによって、漸く他の人間の記憶の海へとダイブすることが出来るのだから。……として、これはとても興味深い」

 その男は画像を見つめながらぶつぶつと呟いている。不気味だったから俺は少し彼と距離を置くことにした。別に感染する物だとは思っちゃいないが、少し恐怖が勝っていた。


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