記憶探偵はミルクパズルの謎を紐解くか?

巫夏希

第二十二話 移動

 そういうわけで。
 俺と舞、それと明里は通勤電車のボックスシートに腰掛けていた。俺と舞が隣同士、そして明里は窓側の進行方向の座席を陣取っていた。この場合俺と舞のどちらが明里と向かい合っているかというと、答えは前者だ。それは何かクジでも決めたのかというとそうでもなくて運命の悪戯という奴なのだろう。もしほんとうにそうだというなら俺は神とやらに右ストレートをしている。助走もつけて。
 そもそも俺は学校から家が徒歩圏内だから電車に乗ることはない。勿論ICカードなど持ち合わせていないから久しぶりに紙の切符を買った。それにしてもまだ紙の切符は販売しているんだな。てっきりすべてICカードに取って代わったものかと思ったが。

「あ、それ。私も気になって調べたんですけれど、やっぱり昔気質の人が多いみたいで。未だに紙の切符や定期券を使いたい人が居るみたいなんです。面白いですよね、今はスマートフォンで何でも出来る時代なのに、紙の有り難みに浸っているんですかね?」

 舞が何かいつもより押してきているような気がする。……とはいえ、俺たちが出会ったのは数日前。こんな雰囲気が漂うのも致し方ないような気がしないでもない。別に、悪いことではないだろう。けれど傍から見ればどうしてあの三人は同じ学校の制服なのに話すこともしないのだろうか、なんて無邪気な質問を投げかけるかもしれない。俺でも投げかけることもあると思う。
 けれど、それは大きな間違いだ。
 それは大きな認識の齟齬がある。

「……確かに、何かあるんじゃないか。紙なら、消えないっていう意味の分からない確信が」

 俺は切符を見つめながら呟く。
 紙なら印字されて残る。けれどそれは所詮インクの限界まで。インクが掠れてしまえば情報も喪失していく。その分電子データはインクなんて必要無いからサーバがある限り永遠にデータは永続し続ける。
 しかしそれはほんとうなのか。
 永続されたデータは、例えば百年前に書き記されたデータが百年後のそれと一致しているという保証があるのか。

「……ところで、明里。俺たちはどこまで連れ回されるんだ」

 窓からの景色をずっと眺めていた明里を見て俺はそろそろ質問しても良いだろうと思った。明里は笑みを浮かべつつ、どこへ行くと思う、とだけ言った。馬鹿にしているのか。
 明里は俺の表情を読み取ったのか、失笑し、

「聞いてみただけだよ。……今から向かうのは、私の記憶探偵としての活動で一番の立役者と言っても過言では無い。そんな存在の住まう場所へと向かっている。遠くはないけれど、電車を使った方が早いからね。そういうわけだよ」
「ふうん。成程ね。……そりゃそうだよな。あんな機械、協力者無しで一人で作ったとか言いだしたらそれこそ天才というよりは奇才だ」
「天才とまでは褒めてくれるのかい? 有難いことだね、まったく」
「うるせえ。思い上がるな。で? 俺が会ったところで何も出来ないことは百も承知という認識で良いよな。勿論、それは舞もだと思うが」
「勿論。当たり前じゃないか。二人はBMI端子を保持しているけれど、それだけであとはただの人間だ。それに、あれはそれなりに訓練が必要なことなんだよ。君には分からないことかもしれないがね」
「ああ、そうだよ。知らないことだ。何せ、BMI端子があるからといってミルクパズル症候群の罹患者でも何でも無いわけだからな。メリットといえば、将来ミルクパズル症候群にかかったとした時直ぐさま記憶のバックアップが出来ること……くらいか」
「定期診断とかでバックアップは取らないのか?」
「取れるほどの設備がこの辺りの市立中学にあるとでも? それともお前は一般家庭にあると思っているのか。BMI端子とUSB端子を変換させるケーブルとか、ウイルスから身を守るソフトウェアとかは販売しているし俺もインストールはしているけれど、それはそれ。ミルクパズル症候群はまた別の話だろ。それにあれはメカニズムがはっきりしていないわけだし」

 ミルクパズル症候群は、その発生メカニズムがはっきりとしていない。
 記憶のバックアップ技術が確立し、人類が記憶を一つの記憶媒体である脳だけに保持しなくても良い時代になったというのに。

「確かに、それもそうだね。ま、もしメカニズムがはっきりして万能薬でも開発されたら医者の商売あがったりだけれど。それこそ、記憶のバックアップ技術は少なくともそれ以上の進歩はないだろうし」

 ちょうど電車が駅に到着した辺りだった。明里は鞄を持って立ち上がると、

「さ。降りるよ。急いで」

 降りるなら降りると少し前から言ってくれれば準備も出来たのに。そんな言葉を言わせないかのような強行突破で、明里はそのまま電車から降りていく。
 俺と舞は、それこそ大慌てで鞄を取り出してドアが閉まるギリギリのタイミングで(駆け込み乗車ならぬ、駆け込み下車だ)降りるのだった。

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