記憶探偵はミルクパズルの謎を紐解くか?

巫夏希

第九話 記憶の海

 そうして、俺たち記憶探偵同好会の三名による『記憶の鍵探し』が始まった。

「それにしても……何というか、混沌に満ちているな」

 ウインドウに映し出されているのは、記憶。正確に言えば岬先輩の脳内に近いのだろう。
 白い空間の中に無限にも近いオブジェクトが浮かび上がっている。そのオブジェクトは一つ一つをよく見ると数字が羅列している何かがあったり、女性に模した彫像があったり、様々だった。

「人の記憶というのは、基本的には混沌に満ちているものよ。色々なものを毎日のように蓄積して、それを取り出すということをし続けているからね。だから人間の脳は海のように捉えられていることもある。記憶が浮かぶ、海。忘れ去られていく記憶は浮力を失い沈んでいき……」
「やがて、消える、と?」
「そういうことになるわね」

 記憶の海。見たことはないけれど、こうやって脳内で記憶が存在し続けているのだと思うと、何だか複雑な気分だ。だって今ある状況は岬先輩だけじゃなくて、俺や明里、舞の脳内もそうなっているのだということと同義なのだから。
 記憶の海を見ていると、様々なオブジェクトが浮かんでいるわけだけれど、その中に一つ違和感を抱くオブジェクトが見つかった。

「あれは……」
「分かりやすいくらいに、鍵のかかった宝箱だな」

 そこに浮かんでいたのは、宝箱だった。その箱は鎖で雁字搦めにされており、南京錠で施錠されていた。
 それは誰かがもう二度とそれを開けないように施錠したようにも思えた。

「……取敢えず、見立てはついたわね」

 そう言って明里は立ち上がると、鞄から小さい箱を取り出した。箱を開けるとそれより一回り小さい白い機械とケーブル、それに折り畳み式のスリーブアンテナを取り出した。
 機械にスリーブアンテナを接続し、机上に設置する。二本のケーブルは機械とパソコンを接続し、そしてもう一つも片方の端子を機械に接続した。

「ねえ、ワトソン。ちょっとこのケーブル持って」
「へ?」
「いいから」

 言われるがままにケーブルを持つ。
 明里は後ろ髪を掻き上げて、慣れた手つきでうなじにあるボタンを押す。すると、防水用の蓋が開き中からBMI端子が覗かせていた。

「それ。私に差して」
「これを、か?」
「そ。それって、BMI端子でしょ?」

 確かに良く見ると明里のうなじにあるBMI端子に接続出来そうだ。

「本来は有線で接続したほうが楽なんだけれど、BMI端子を埋め込んでいる人もそう居ないからね。普段は無線でやるしかないって話」

 接続したところで、彼女は必要最低限の補足をした。
 成程。つまりこれは今岬先輩が装着しているHCHを通して無線で記憶領域に乗り込む――ということか?

「話が早いじゃない。つまりそういうことよ。あの宝箱の謎を解き明かせば、きっとこの子の悩みも解決する」
「この子って、彼女は先輩だぞ。……いや、そんなことお前に言ってももう無駄な気がしてきた」
「よく分かってきたじゃない。私たち、うまくやっていけるかもね?」
「まさか」

 明里はゆっくりと深呼吸を一つする。

「これから私は記憶の海に飛び込む準備をするわ。準備をする、と言っても深く瞑想をするだけなのだけれどね。だからあなたは記憶の海に飛び込んでいる私を監視して。もし何かあったらパソコンにマイクが内蔵されているから、それで話しかけて」
「ああ、成程。これはただの監視ツールじゃない、ってわけだな」

 監視だけじゃなく、記憶の海に誰かが飛び込めばその経由で干渉することも出来る、ということだ。

「そういうこと。それじゃ、あとはよろしく」

 そうして、明里は機械にあるスイッチを押した。


 ◇◇◇


 意識を集中させる。ゆっくりと、ゆっくりと。感覚的には自分を一つの球体と意識すること。人間と意識していると簡単に行うことができない。つまり自分は人間ではない、主人公ではない、と思い込ませることが大事。まあそんなことを言ったところでレクチャーの一つにもなりゃしないし、結局の所は私自身が編み出した自己流のやり方、ということになるのでオススメは出来ないのだけれど。
 そして私の身体から私の意識が――ゆっくりと解脱する。あとは流れに乗るだけ。私の身体に接続されたBMI端子を通して私の意識を乗せた電気信号を機械に移動させる。
 電気信号とはいえ、符号化を行えば0と1の集合体に過ぎない。つまり私の意識も最終的には0と1に分解できて、その集合体から為るということだ。その存在は、電気信号に私の意識を乗せていく上では非常に重要なことになる。
 0と1の符号の集合体になったとしても、私はわたしだ。意識として存在している。だから私は記憶探偵として存在できているのだから。
 ここからは有線ではない。無線のルートを通ることになる。有線ならば二重構造になっている光ファイバーに近いケーブルを通ることになるから意識の混濁をする恐れはない。しかし無線になると様々な電波――例えば無線LANやスマートフォンが受ける電波など――の干渉を受ける可能性が非常に高い。そしてそれは私の中でノイズとして処理されることとなる。
 勿論対策はしている。HCHに搭載されているノイズキャンセラーを通すことだ。HCHには専用の周波数帯域しか受け付けないように設定されており、その周波数帯域は基本的に何か別の機械が使うことはない。だから仮にノイズが入ったとしてもフィルター式のノイズキャンセラーを用いて私の意識にノイズが混じることを必要最低限としている、ということだ。
 そんな長話をしている内に、私は彼女が装着しているHCHへと到着した。HCHにてノイズキャンセラーのフィルターを通り、記憶の海へと入っていく。はっきり言って記憶探偵の活動で一番嫌なところはこのフィルターを通るところ、と言ってもいい。身体のすべてを確認されて、0と1の集合体からノイズを元に戻そうとする。つまり、それがうまく機能しなければ、私がわたしとして存在出来なくなってしまうことだって十分に考えられる。まあ、そんなことが起きないように数え切れないくらいのテストを経験しているわけなのだが。

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品