記憶改竄的現世界物語

さも_samo

第19話:最低で劣悪なベストヒーロー

ボフッ...ボフッと音を立てて、死体の山を作っていた黒服達は塵と化して行った。

その秒もかからない消滅に異様な恐怖を感じたのは言うまでもないが、それ以上に目の前で今起こっている光景に。異常すぎるその光景に、俺の脳では処理が追いついかなかった。

「季子....お前....」

コクリと下を向く季子。
仮面で被されて表情が読めない。

電池を抜いた動くぬいぐるみの様な立ち振る舞い。

再び顔をこちらに向けた季子は完全に仮面に飲まれたらしく、そこに生気を感じることは出来なかった。

拳を構え立ち上がる。

記憶の改竄は季子に対して行っていない。
と言うより彼女の【ハイド】が邪魔をして改竄が出来ない。

なのに、だ。なのに何故季子は記憶を改竄した時に出来る独特の構え方ができるのだ。
自己改竄して初めて出来る戦闘態勢。

素人が改竄によって無理やりプロになろうとするからこそそうなってしまう構え。

何故それを....。
いや、季子に対してそれは愚問だった。

彼女は【見て覚えた】のだ。
彼女は今まで2回この戦い方を見ている。

覚えて自分のモノにしたのだ。
彼女の化物じみた頭脳が、集中力が。
今の彼女は記憶の改竄無しであの狂気的な身体能力を発揮できるだろう。

人間の脳が無意識に作り出した構え。
人間の限界をフルで発揮したこの構え。

そんなものを意識的に絞り出すなんて....。

ハッキリ言って異常だ。

しかも無意識で初めて発揮できる能力を意識的にという事は...。

「グフッ」

腹に入る一撃。
視界が一瞬でブラックアウトする程の痛み....。

季子の殺意は本物だった。

膝から崩れ落ちたが、俺だって異能力者。やられっぱなしで居る訳には行かない。
咄嗟の判断で彼女の右腕を掴む。
そのまま投げの体制に入る季子。

一瞬踏ん張り、そして一気に力を緩める。

当然背負い投げの要領で投げられるが、パッと受身を取る。

季子が勢い余らせそのまま重心を崩す。
そのタイミングで季子の足を払う。

重心を崩した季子が俺の上にうつ伏せで落ちてくる。

一瞬ドキッとしたが、別の事に気を取られている暇は無い。
仮面が無ければ息遣いがそのまま顔に当たったのになんて考えてない....。

いない。

うつ伏せになった季子の腕を掴み後ろに回す。
身動きを取れなくし、季子は完全な【拘束状態】になった。

必死に抵抗しているが、この状態ならその抵抗も無駄だ。

「勝治。改竄」

テラの口から聞こえたその断片的な言葉。

「分かってる。でも【ハイド】がかかってるせいで改竄出来ないんだ!」

何かハッとした表情を見せるテラ。

「お姉ちゃん聞こえるんでしょ?」

「ねぇ!季子姉ちゃん!」

テラが何かを確信した様でニヤリと笑う。

「勝治。そのまま頑張って耐えて」

「仮面の秘密が分かったわ」

「仮面の秘密?」

「えぇ、存在してるけど存在しない仮面の正体....」

テラのその発言に何かを探していたミレイ・ノルヴァがこちらを振り向く。

「顔付いてる仮面は存在しないけど、心理状態にはちゃんと本当の仮面が被さってるの」

「仮面は精神に被さって、そのエネルギーが具現化してるのよ」

「表面化した仮面を壊すから、壊された人間は内側から滅びるの!」

テラは目玉をキョロキョロ動かしながらそう話す。
何かを探している様に見えたが、一体何を....。

「つまり、仮面が人間の深層心理を隠しちゃうから、その仮面に描かれた表情の通りにしか動けないって事よ」

テラには悪いがサッパリ分からない。

「つまり俺はどうしたらいいんだ?」

「お姉ちゃんの心理に必死に呼びかける。幸い意識はちゃんと残ってるみたいだから。勝治はお姉ちゃんが【ハイド】を解除した瞬間に仮面の記憶を全部消して!」

やっと分かった。
そういう事か。

仮面は顔を隠し表情を固定するもの。
それに反してこの仮面は人の思考を隠し固定する。

そうすれば表面には仮面に描かれた表情しか出てこない....。

だから俺はその仮面を【壊す】訳ではなく【消さ】なくちゃいけないんだ。

「お姉ちゃん!これ分かる?」

テラが右手から取り出したのは一本のクレヨンだった。

季子の抵抗が段々強くなって行く。
少しでも力を緩めたらその時点で即アウトだ。

季子が苦しそうに頭を押さえる。
仮面の表情が苦悩に歪む。

効いてるのか....?

テラの目が何時にもなく静かになって行く。
静かで冷たく、モノを考えるには最適な瞳に。

しかし、テラの口が開かれる様子は無かった。
最善手が思いつかないようだ。

ここに来ての手詰まり....。

一体どうすれば....いや、待て。

季子の事だ。
常識を当てはめずに考えてみよう。

そう、一瞬だった。
一瞬ふと思いついた方法....。

季子の意識を戻す。
最低で劣悪だが、最も確実な方法。

「先生!鏡を下さい!」

「あ?あぁ、ほらよ」

そう言って先生は自分の髪を一本引き抜き、【ウッドソード】で鏡に変化させた。

投げられた鏡を無事にキャッチすると同時に、季子がするりと拘束を抜け出す。
こちらに向かって拳を飛ばす季子に対して、鏡を向けた。

ピタリと止まる季子の拳。
仮面にノイズが走り、一瞬季子の素顔が見えた。

季子の泣き顔が。

「貴方....最低よ」

「すまん、頼む」

【ハイド】

季子がハイドを解除し、俺は彼女の記憶に入り込む事が出来た。

━…━…━…━…━

黒く澱んだ、ノイズだらけの世界。
季子の記憶の世界は、最高にマッドで狂ったモノだった。

そりゃぁ常識も欠如するわと納得する、そんな記憶世界。

仮面がドアを鎖でロックする南京錠の様に佇んでる。

美和子には申し訳ないが、彼女の死が無ければ俺はこの仮面を破壊できなかっただろう。
全てがマイナスに行っている訳ではない。

どれだけ狂っていても、どれだけ辛くても。
それが【存在】する限り、全てマイナスに偏る事はありえないのだ。

フッ....と閃光が走り、仮面は消え去った。
押さえつけられた記憶が湖の様に溢れ出てくる。

沢山の色が無数に湧き出る虹の様な空間。
マッドな世界は一瞬で浄化された。

しかし、どう見ても一箇所だけ治りきっていない箇所がある。

深い深淵。

その深淵から、泣き声の様なものが聞こえる。

耳を近づけた瞬間、俺は深淵に吸い込まれた。
音も立てずに、ただ静かに。意識が。

吸い込まれた。

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