怪談殺し

ダイナソー

屋敷と人形

 何処でもない何処か。
「ファニーゲームがやられたようだな……」
「ククク……奴は十三怪談の中でも最弱……」
「新しい怪談ごときに負けるとは十三怪談の面汚しよ……」
「なら次はあたしが行くわ」
「そうだな、お前なら奴を殺せるだろう」
「まかせたぞ。アナベル」

 明美と武者の出会った日の翌日。
 学校の昼休みに明美と三虎は話し合っていた。
「そういうわけで昨日怪談と! それと戦う武者と出会ったんだ!」
 明美は三虎に昨日の出来事を熱く語っていた。
「動画を見たの。私は明美の言うことを信じるよ」
 三虎は明美にあれやこれやを質問してきたが、あれやこれやの質問がしたいのは明美も同じだった。
「私も昨日起きたことをすべて理解出来ては無くて、私も三虎ちゃんに色々と聞きたいことが有るんだけど」
 明美のその言葉に対して、三虎は両の手を叩いて合わせた。
「なら今日は私の家に寄ると良いの」

 二人は残りの授業を終わらせた後、竜宮院家の屋敷へ向かった。
 竜宮院は三虎の名字で、三虎はこの町でも富豪の家の娘として有名だ。オカルトマニアということも。
 二人がしばらく歩いた後、屋敷が見えてきた。
「相変わらず大きいね」
 屋敷はとても大きい。
「大きすぎるのも考え物なの」
 二人は屋敷の門の前に着いた。
 三虎がインターホンに声をかける。
「ただいま。今日は明美ちゃんも一緒なの」
 三虎がインターホンに声をかけると屋敷の門がゆっくりと開いた。

 屋敷の玄関で出迎えてくれたのは三虎家の執事だった。
「おかえりなさいませお嬢様。明美様もよく来てくれました」
 その執事の青年は、線の細さと力強さを兼ね備えた、そんな印象の青年だ。
「ただいま十金。今日もご苦労なの」
 十金と呼ばれた青年は二人を屋敷の中へと促す。
「お父様とお母様は?」
 三虎が十金に聞く。
「今日もお二人共仕事が立て込んでいるようで帰りは遅くなると聞いています」
 その言葉を聞いた三虎は少し寂しそうに言う。
「そう」
 三人は長い廊下を歩く。
 廊下には様々な絵画や剥製、人形などが飾られている。まるで博物館の様な屋敷だ。
 明美は一つの人形と目が合った。
 黒地に灰色の模様のついた服を着た西洋の女の子の人形。
「あれ? こんな人形も前に来た時にあったかな?」
 明美はこの人形の存在を、少し疑問に思った。
「明美」
 廊下の先を歩いていた三虎が明美に呼びかける。
「何か気になるものでも?」
 明美は人形から目を離す。
「いや、何でもない」
 三人は三虎の部屋へと向かった。

 三虎の部屋。
 三虎の部屋はとても広く、様々な物も置かれているが、よく整理されている。
「では私はお茶を用意してきます」
 十金が部屋を後にし、二人が部屋に残された。
 明美は部屋の中の様々な物を見て回る。
「また色々増えたね」
 部屋には明美が前に来た時より、確実に物が増えている。
「そうだね。色々増えたの」
 明海は先程見た人形の事を思いだし、三虎に聞いた。
「そういえば廊下の人形も増えてたよね」
 明美はあの人形について三虎に教えて貰おうかと考えていた。
「人形?」
 三虎は何の事かという顔だ。
「そう。黒地に灰色の模様のついた服を着た西洋の女の子の人形」
 それだけ聞いても三虎は何のことか思い出せないようだ。
「そんな人形無かったと思うの」
 明美は三虎の言葉に驚く。
「え?」
 三虎の記憶力は人並み以上だと明美は知っているからだ。
「じゃあさっきの人形は?」
 その時部屋の外でパン!と音がなった。

 その少し前、屋敷の廊下。
 お茶を用意して戻ってきた十金は三虎の部屋の前に立つ小さな影を見た。
「人形?」
 人形が十金を見た。
「あら? ごきげんよう」
 人形は優しく微笑む。
「そしてさようなら」
 直後、人形はその左手に持つボウガンの矢を十金に向け発射した。
 十金は矢を寸前で避け、懐の拳銃を取りだして人形へ向けて撃った。
 パン! と音が鳴った。
 銃弾が人形へと迫る。
 だが人形は右手の剣で銃弾を切り払った。
「あら? なかなかやるじゃない」
 人形は再び十金へボウガンを向ける。
「でもただの人間に私は殺せない」
 人形が十金へボウガンの矢を放つ。
 十金はまた矢を寸前で避け、拳銃を人形に向けようとした。
 だが人形も速い。拳銃の狙いが定まらない。
 人形は十金へと高速で駆け寄りその剣で十金に切りかかった。

「ようやくあなたの登場ってわけね」
 人形は十金を切れなかった。
 突然の乱入者が人形を蹴り飛ばしたからだ。
「大丈夫か? 青年」
 突然の乱入者は鎧兜に身を包んだ大きな武者だった。
「大丈夫です。貴方達は一体?」
 十金が武者に聞く。
「俺はあんたの見方だ。そして奴は俺達の敵」
 武者は人形の方を見た。
「まあいいわ。時間はたっぷりある」
 そう言うと人形は武者へ向けて矢を放ちながらその場を去った。
「捨て台詞だけは一丁前だな」
 武者はそう言いながら飛んで来る矢を掴み、へし折る。
 十金は、武者に自分への敵意が無いと分かりとりあえず安心した。
「ありがとうございます。貴方が来なければ死んでいました」
 そして十金は今やるべき事を武者へ伝えた。
「お嬢様達が心配です。合流しましょう」

 三虎の部屋へやって来た十金と武者を出迎えたのは怯えた様子の二人の少女だった。
「十金。さっきの音は何なの?」
 そう言う三虎の足は震えている。
「私の銃の音です。お嬢様」
 十金の言葉を聞きながら、三虎は震える足を手で押さえる。
「どうして銃を撃ったの?」
 三虎は出来るだけ正確に今の状況を理解しようと十金に説明を求めた。
「人形に襲われて応戦したのですが、私にも状況が理解しきれてません。すいません」
 だが十金も今の状況を完全には理解しきれずにいた。
「あの、横から失礼しますけど、それは多分怪談が現れたから。ですよね? 武者さん」
 明美は何とか三虎達の理解の助けになれればと、武者に話しかけた。
「そういうことだ。しかも前に出て来た奴よりも多分強い」
 怪談というキーワードで三虎は冷静さを取り戻した。
「明美の言っていた黒い人形、襲ってくる、怪談、聞いて欲しいの。心当たりがある」

「その前にお嬢様、お茶を用意したのですが」
 十金が左手に持っていたトレイを三虎の前に差し出す。
「いただくの」
 三虎はトレイの上の紅茶を受け取った。
「明美様も」
 続いて明美の前にもトレイが差し出される。
「ありがとうございます」
 明美もトレイの上の紅茶を受け取り、十金にお礼を言った。
 十金は申し訳無さそうに武者を見た。
「ああ、俺? 俺は必要ないよ」
 武者は軽く手を振った。
「すいません。事態が事態なので」
 十金と武者のやり取りを眺めた後、三虎は語りだした。
「呪いの黒い人形の噂は皆は知ってるかな?」
 三虎以外の三人は首を横に振った。
「その話は黒い人形がいつの間にか家に入り込んでるって所から話は始まるの」
 三虎が少し声のトーンを落とす。
「その人形は黒い女の子の人形でとても綺麗だけれども、どこか恐ろしくもあるの」
 三人も真剣な表情で三虎の話を聞く。
「どこから入り込んだのか家の住人は不思議に思うのだけれど、用事があって家を出ようとする。そこで気づくの。玄関のドアが開かないって」
 武者が部屋の窓へと近寄って言う。
「なら窓を割って外に出るってのは?」
 三虎は首を横に振る。
「一応試してみると良いの。でも話の中では窓のガラスを割ろうとしても割ることが出来なかったはず」
 武者は近くの椅子を手に取り窓のガラスに思い切り叩きつけた。
 窓のガラスはびくともせず、逆に椅子が盛大に壊れた。
「むぅ。無理か」
 武者は少し残念そうな顔をした。
「話を続けるね。家の住人は外に出る事が出来ず、電話も外に通じない。そしてまたある事に気づくの」
 三虎の話は続く。
「さっきまであったはずの人形が無い。そして振り返ると」
 明美は固唾を飲んで聞いていた。
「人形が剣を振り上げていたの」
 武者が口を挟む。
「奴はボウガンも持ってたけどな」
 続いて武者は三虎に質問する。
「それで奴の弱点とかは?」
 三虎は再び首を横に振る。
「知らないの」
 だが武者は少しでも情報を欲していた。
「何でもいいから他には?」
 三虎はそれでも記憶を引き出し、黒い人形についての知識を武者に伝える。
「建物が大きいほど、物が多いほど、人形は隠れやすく、強力になるって話なの」

 四人は暫くの間、人形への対策と今後の方針を話し合っていた。
「誰か助けが来るまで籠城するのは?」
 三虎の言葉に武者が口を挟む。
「誰が助けてくれるっていうんだ? まさか三虎の両親や警察に何とか出来るとでも?」
 却下。
「そうでなくても籠城するのは?」
 十金の言葉に武者が口を挟む。
「おすすめできないな。俺やあの人形は食事の必要も無いが、人間はそうはいかんだろう」
 却下。
「人形がどこかに隠れてるなら、そのまま閉じ込める事は出来る?」
 明美の言葉に武者が口を挟む。
「あんまり意味は無いと思うぞ。俺やあの人形なら屋内のドアやシャッター程度なら簡単に破壊できると思うし、そもそも閉じ込めた後でどうする?」
 却下。
「結局は奴を見つけ出してぶった切るしか無いって事だ」
 不意にそれまで何か考え込んでいた三虎が口を開いた。
「私に良い考えがあるの」

「いや、ドン引きなんですけど」
 三虎の話を聞いた三人共が拒否反応を示した。
「三虎ちゃん。まだ混乱してるの?」
 と、明美。
「なかなかのクレイジーだな」
 と、武者。
「いけません! お嬢様! そんな事は!」
 と、十金。
 三人は三虎の正気を疑った。
「でも一石二鳥の作戦だと思うの」
 だが三虎の目は自信に溢れている。
「それはそうですけど」
 十金はとうとう三虎を説得するのを諦めた。
「私は正気だし」
 明美は三虎に何か言おうとした。
「なら、やるべきなの」
 しかし三虎の自信に溢れた目を見て、言うのを止めた。

 四人は玄関ホールへやって来た。
「やはり開きません。お嬢様」
 十金がドアノブを回し、玄関の扉が開かない事を確認する。
「やっぱり人形を探しだすしか無いの」
 そして四人がシャンデリアの真下へ来たその時。
 四人の頭上のシャンデリアが勢いよく落ちてきた。
 武者が明美を、十金が三虎を抱えてシャンデリアを避ける。
 だが今のシャンデリアの落下によって四人は二組に分断されてしまった。
 そして落下したシャンデリアの上には、ボウガンを構えた人形の姿があった。
「狙うなら弱い方からよね」
 ボウガンは十金に抱えられたままの三虎の頭を狙っていた。そしてボウガンの矢が放たれる。
 十金は三虎を抱えたまま辛うじて矢を回避。
 そこに人形が、十金達を目掛けて一直線に跳びかかった。
 武者が十金達の元へ走る。だがこのままでは間に合わない。
「チッ!」
 武者が舌打ちと同時に刀を投げる。
 人形は空中で振り向き、剣で刀を切り払った。
 振り向いた人形の表情は勝利を確信したような満面の笑みだった。
「しまった!」
 ボウガンが武者の後方の明美を狙っていた。
「チェックメイト」
 人形は振り向いたまま、明美へと矢を放った。

 ボウガンが明美へと狙いを定めた時、明美は死を覚悟した。
 いや、まだ十六歳の少女には死への覚悟など無かった。
 ただ死への恐怖と絶望が明美の心を包み、明美はただ叫ぶしかなかった。

 その一瞬に何が起こったのか、その場に居た誰にも理解出来なかった。
 結果としてボウガンの矢は明美の前で止まって落ち、明美はまだ生きていた。
「何、何が起きたの?」
 混乱する明美に人形が一言。
「そう、腐っても要人ということね」
 人形は肩を竦めた。
 そう人形が言っている間に、武者が人形の前に躍り出る。
 そのまま人形に蹴りを浴びせかけた。
 人形はその蹴りを避け、玄関ホールから続く廊下へと着地した。
「じゃあ、あたしはまた新しい隠れ場所を探すから」
 人形はその場を離れようとした、だが足を止めた。
「屋敷の奥から燃えている?」

 人形が動揺している間に武者は床に刺さった刀を抜き、十金は拳銃を構えた。
「やってやったの。やっぱり効果覿面じゃない」
 人形は廊下の先を見ている。
 廊下の先が燃えている。いや、屋敷のほとんどが燃えている。
 四人は玄関ホールヘ来る前に屋敷へ火を放っていたのだ。
「これじゃあ何処にも隠れられないわね」
 人形ははまだ廊下の先を見ている。
 十金が人形へ向けて拳銃を撃った。
 人形は廊下の先へ顔を向けたまま、剣で銃弾を切り払った。
 人形が振り返る。
「なかなか思い切った事するじゃない。そういうの嫌いじゃないわ」
 人形が言い終わるのと同時に武者が人形へと駆け寄り、刀と剣がぶつかり合った。

 一切の無駄な動きの無い刀と剣のぶつかり合い。
 だがそれも長くは続かなかった。
 次第に人形が、動きの精細を欠いていく。
 人形は人々の認知の他に、近くの物に詰まった思いからエネルギーを得ていた。
 しかし屋敷の燃えていく今、少しづつエネルギーが抜けていくのを人形は感じていた。
 そうして何度か刀と剣が打ち合った後。
「手詰まりね。いいわ。切りなさい」
 人形が剣とボウガンを床に落とした。
「どういうつもりだ?」
 武者は人形の行動を訝しんだ。
「あまり見苦しいのは好きじゃなくてね」
 武者は人形に一つ質問する。
「お前を切る前に一つだけ聞かせてくれ。お前はさっき要人と言っていたがそれは何だ」
 武者は要人という言葉に聞き覚えが無かった。
「あの娘を守っていればいずれ分かるわ。だってあの娘は力の片鱗を見せたのだから。さあ、切りなさい」
 その言葉を聞いた後、武者は人形を切った。
 人形は塵となって消えた。

 屋敷が燃えていくのを三人は眺めていた。
 屋敷が燃えていくのを見ながら、明美は今回の役目を終えた武者に言われた事を考えていた。
「私は要人。でもそれは一体何?」

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