怪談殺し

ダイナソー

病院と掘削機

 薄暗い部屋の中。
 雷と男がちゃぶ台を挟んで座っていた。
「ダークマンとフルメタルジャケットがやられました」
 男は歌い続けていた。
「聞いていますか? フロッグマン」
 フロッグマンと呼ばれたその男は人と蛙を掛け合わせた様な見た目で、怪字の刺青をしていた。
 蛙男は答える。
「聞いてるよ。雷先生」
 雷は言う。
「あなたにも出て行って欲しいのですが」
 蛙男は雷に手を振ってみせる。
「もうすぐ僕の季節だ。その時になったらまたおいで。それに」
 雷は問う。
「それに?」
 蛙男は言う。
「キルドーザーが動いたようだ」

 三虎が総合病院に入院して一週間が経った。
 明美と闇子は三虎のお見舞いに来ていた。
「明美も闇子も来てくれて嬉しいの」
 ベッドの上の三虎は笑顔だった。
 三虎の病室には三人の少女と一人の青年が居た。
 その青年、十金は難しい顔で考え込んでいる様子だった。
「私が病院に担ぎ込まれてからずっとこうなの」
 三虎は言葉を続ける。
「十金、友達が来てる間ぐらいはもっと柔らかい表情に出来ないの?」
 三虎の言葉に十金は、はっとした様な顔になる。
「すいません。お嬢様、また考え込んでしまっていました」
 十金が考え込んでいたのは、あの時自分が近くに居れば三虎をどうにか守れたのではないかという事だった。
 三虎は十金に言う。
「十金が居てもどうしようもなかったの。それぐらいあの時は急な出来事だったから」
 十金は苦い顔をする。
「しかし」
 三虎は優しく笑う。
「だから十金が思い悩む事は無いの」
 十金の語気が荒くなる。
「しかしお嬢様はもう歩く事が出来ないのですよ!」

 三虎は右膝を擦りながら言う。
「膝が完全に駄目になっててね。一生車椅子の生活だって言われたの」
 三虎を見る三人は難しい顔だ。
「でも命があるだけ良かったの。ただ、克典君の事は今も悔しい」
 克典は三虎を助けようとして死んだ。
 三虎にとってそれほど親しい仲では無かったが、自分を救おうとした人間の死は、彼女の心にも大きな傷を残していた。
「私も克典君の葬式に参加したかったの」
 病室が重い空気に包まれ、しばらくの沈黙が流れる。
 不意に三虎が手を叩いた。
「さ! 暗い話はここまでにしよ! 十金、何かテレビが見たいの」

 明美の家で武者はテレビを見ていた。夕方の時代劇を見ていたが、その時緊急速報が流れた。
「おい! 今良いところだっただろ!」
 武者はテレビに怒るが、テレビは緊急速報を続ける。
「町をブルドーザーが一直線に突き進んでいます。まだ死傷者は出ていませんが、このままブルドーザーが直進すると総合病院に突き当たります」

 三虎は震えていた。
 三虎達四人もテレビの映像の中のブルドーザーを見ていた。
 十金は言う。
「今、武者様と連絡を取りました」
 十金は言葉を続ける。
「私と武者様であのブルドーザーを何とかします。明美様と闇子様はお嬢様に付いていてあげてください」
 そして十金は明美と闇子を見る。
「もしもの時はお嬢様を頼みます」
 そう言うと十金は病室を出て行った。

 町を破壊しながら進むブルドーザーの前に武者が立ちはだかった。
 武者がブルドーザーを煽る。
「回り込んだぜ。うすのろ」
 ブルドーザーは武者を無視するかのようにただ突き進む。
「無口な奴だぜ」
 武者は刀を構えその両腕に力を溜める。両腕の筋肉が盛り上がる。
 そして武者とブルドーザーが衝突する寸前、武者が渾身の一撃を振り下ろした。
 鈍い音が響く。
 武者は刀を弾かれ、数歩後退した。
「なんて固い奴だ」
 武者が刀を鞘に納める。
「なら次の手だ」
 そう言った武者はその場で両腕を構えた
「相撲しようぜ」

 武者とブルドーザーの押し合いが始まる。
 武者の全身に力がみなぎり、ブルドーザーが更に馬力を上げる。
 両者譲らず。お互いがその場を離れない。
「今だ!」
 武者は叫んだ。
 その言葉を合図に近くの物陰に潜んでいた十金が現れ、ブルドーザーへ向けてミサイルランチャーから対戦車ミサイルを発射した。
 ブルドーザーの車輪目掛けて対戦車ミサイルが飛来する。
 着弾。大きな爆発が起きた。

 車輪を破壊されたブルドーザーはその場で停車していた。
 武者は十金に指示を出す。
「屋上に上がれ」
 十金が近くのビルへ入っていった。

「さてと」
 武者がブルドーザーを下から掴む。
 その手に再び力が籠る。
 そして雄叫びと共にブルドーザーを持ち上げ、引っくり返した。

 ビルの屋上に着いた十金は、山の様にその場に積まれた爆弾を見る。前もって十金が用意していた物だ。
 十金はその爆弾を手に取ると、ビルの下に引っくり返った状態のブルドーザーを確認する。
「さすが武者様だ」
 そう言って真下のブルドーザーへと爆弾を投下した。

 爆炎の中に消えていくブルドーザーを見ながら、武者は屋上の十金へサムズアップした。
 十金も武者へサムズアップを返した。
 その時、二人は完全に油断していた。
 突然の襲撃者に二人は反応出来なかった。

「君、そろそろウザいよね。ちょっと死んでくれないかな?」
 その言葉を聞きながら、武者は初めて自分が切られた事に気付いた。
 武者の視線の先には仮面の女が立っていた。
「誰だ? お前」
 武者が仮面の女に尋ねた。
「誰でも良いでしょ。次の一撃で殺すわ」
 仮面の女はそう答え、その手に持つ刀を構えた。

 勝負は一瞬で決まるだろうと武者は考えていた。
 仮面の女が突撃の構えを取り、武者がそれを迎え撃つ構えだ。
 武者が全精神を集中させる。
 瞬間、仮面の女が動いた。

 武者は急速に自分の周りの時間が遅くなるのを感じていた。こんな事は初めての体験だった。
 仮面の女が捉えられる程度の速さでこちらへ向かって来ていた。
 その鈍化する時間の中で、武者は重く鋭い声を聞いた。
「簒奪者を許すな。簒奪者を殺せ。この時間の中で奴を殺せ」

 二つの刀が交差し、二人の体が交差した。
「なっ!?」
 仮面の女は驚愕の声を上げた。
 横腹の熱を感じながら、仮面の女は武者を見た。
「お互い深傷みたいだな。仮面女」
 武者は再び刀を構える。
「まだやるかい?」
 仮面の女は答えず、そこから去った。
 武者は少しの間その場に立っていたが、緊張の糸が切れ、片膝をついた。
 さらに少しして、ビルの中から十金が駆け付けた。
「あの女は何処に?」
 十金の問いに武者は答える。
「もう此処には居ないぜ」
 十金は言う。
「まだ怪談が居たとは、気付きませんでした」
 武者は首を横に振る。
「いや、あいつは怪談じゃないよ。明美達と同じ、要人だ」

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