怪談殺し

ダイナソー

病室と社章

 明美は夢を見ていた。
 両親が、闇子が、三虎が、明美の大切な人達が明美の元を離れていく。
 明美が呼びかけても、叫んでも、彼女等は振り返らずに何処かへ向かって行く。
 明美が手を伸ばしても、走っても、明美は彼女達に追い付けない。
 遂に明美は彼女達を追いかけるのを止めて泣き出した。
 深い絶望の中、明美だけが唯一人残された。

 夕日の射す病室の中。
「おい、まだ動かない方が良いんじゃないか」
 明美はベッドの上で目を覚ました。
 武者がそう言っていたのは明美にでは無く、包帯の下の傷を抑えながら歩いてくるヤミコにだった。
「私は大丈夫だから。それよりも明美ちゃんの様子はどう?」
 二人は怯えた様子で此方を見る明美に気付いた。
「明美! 大丈夫か。目が覚めたんだな」
 明美は尚も怯えた様子で武者に尋ねる。
「前がよく見えない。眼鏡は何処?」
 明美は眼鏡を探して辺りを手で探している。
「眼鏡は右の棚の上だ」
 そして明美は眼鏡を見つけ、眼鏡を掛け直す。
 明美はしばらく武者とヤミコ、更に周囲を見回していたが、次に明美の口から出た言葉は武者達にとって以外なものだった。
「此処は何処? パパ? ママ?」
 ベッドの上の明美の前で二人は固まっていた。パパとママとは自分達の事かと二人は考えていた。
 二人は暫く黙っていたが、なんとかヤミコが明美に答える。
「此処は病院。明美ちゃんは気を失って此処に運ばれたんだよ。覚えてない?」
 明美は首を横に振る。
「覚えてない。私はどうして気を失ったの? ママ」
 明美の言動が明らかにおかしい。いつもよりずっと幼い感じだ。
 いくらか言葉を交わす内、二人は確信した。
 明美は現実を直視する事に耐え切れず、遂に明美の心は何年も昔に戻ってしまったのだと。
「三虎ちゃんの事は覚えてる? 明美ちゃんの親友なんだけど」
 明美は首を横に振る。
「覚えてない。私に友達がいた?」
 やはり明美はほとんど全てを忘れてしまっている。そう考え、ヤミコは慎重に言葉を選びながら明美に告げる。
「三虎ちゃんは遠くに行ってしまった。だから明美ちゃんはそれが悲しくて、気を失う程悲しかったんだ」
 明美はその話を聞きながら、少しだけ嬉しそうな顔をしていた。
「そうなんだ。よく覚えてないけど。私にもそう思える様な友達が居たんだね」
 明美はその友達が死んでしまった事も分かっていなかった。

 病室の外で武者は十金と合った。
「明美様の様子はどうですか?」
 十金の質問に武者は答える。
「目を覚ました。今は中でヤミコと色々話してる。だが記憶のほとんどを忘れてしまったらしくて、今の明美はもう小さな子供と同じだ」
 武者の言葉を聞いて、十金の暗い表情が更に暗くなった。
「そう……ですか……明美様はもう……」
 武者は首を横に振る。
「俺もヤミコもまだ諦めてないぜ。明美は今はちょっと疲れちまってるが、いつかきっと元に戻ると信じてる」
 武者の言葉に十金は頷く。
「そう……ですよね。明美様はまだ生きている。ならまだ希望は有る。でなければ天国のお嬢様も浮かばれない」
 そう言いながら十金は一つのUSBメモリを取り出した。
「武者様が見つけたあのバッチのマークは、オタマ社の社章の様です。和也がオタマ社にハッキングを仕掛けて、あの会社が忍者達を囲っている事を突き止めました。このUSBメモリには、その詳細な情報が入っています」
 武者はUSBメモリを受け取る。
「ありがとう。後で見させてもらうよ」
 十金はそれではと言い、武者に一礼すると帰って行った。
「さて、後はいつ乗り込むかだが」
 武者は独り言を言いながら、病室の中の明美へ心配を寄せていた。
「今の明美をこれ以上危険な目には合わせられないな」
 そこで武者は考える。今の明美を守る事が出来るだけの実力を持ち、なおかつ信用の出来る人物。
 自分は敵陣に乗り込む為除外、ヤミコも既に手負い、十金では心許ない。
 武者は一人だけの適任者を思いついた。

 キャンピングカーの中。
 携帯電話に着信が掛かる。
「はい、僕です」
 着信に答える声。
「俺だ。怪談殺しだ。一つ頼みがあるんだ。ニャル」
 名前を呼ばれた青年。ニャルは快く武者の頼みに応えた。

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