ゼロの魔導騎士と封印の魔導書《グリモワール》
No.2―11 執行部の日常
正午12時。
太陽が最も高く上り、街が1番活気づくその時間帯。
王都西区にある魔導具店『スレイヤー』の2階、執行部メンバーの共有スペースの1角に置かれたソファーの上で、クリストは重大な選択を迫られていた。
時間よ止まれと念じながら、先ほどから空中を右へ左へとさ迷う右手首をガッと左手で掴む。襲い来る震えをなんとかやり込め、命を懸けた戦闘に臨むが如く感覚を研ぎ澄まし―――
「ここだぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
クリストがそう叫ぶと同時、右手が霞むような神速で振り下ろされ―――カン!と音を立てて持っていた駒を白黒の市松模様の盤に叩きつけるように置いた。
「ふっふっふ………これでどうだ!」
「そう来ましたか。では僕はこうで………」
不敵な笑みだったクリストの表情が、一瞬で青ざめ。
それを見た向かい側に座るセリルの瞳に、勝利を確信した光が宿る。
だが、次の瞬間。
「だったらこうするまでッ!」
白の駒を取ったクリストが、やはり気迫溢れる叫びと共に駒を振り下ろし―――そして。
「これで………チェックメイトですね」
放たれたセリルの一言と共に、激戦は幕を閉じた。うちひしがれるクリストと、やはり穏やかな表情のセリル。だが、双方の瞳には次への勝利への欲望が渦巻いているのだった。
そして、そんな熱い2人を眺める4人がいた。
それはもちろんこの家の住人である、ソラミア、ルーナ、ユグド、アリスの4人である。
「何やってんだ、あれ?」
「賭けチェスだってさ。今73対74でセリルが一歩リードってところかな」
「ふーむ。チェスとはまた面白そうなものをやっておるの。妾もやりたいものじゃ」
「私も昔姉さんとよくやったなぁ………」
それぞれ思ったことを口にしながら、再び始まった真剣勝負を眺めている。最近では当たり前となっているこの光景は、魔導具店の仕事のつかの間の休憩に行われている。
とはいえ今日は平日、客足は少ない。
実際のところ、1日で10人くれば大繁盛という状況なのだ。それは単に、魔導具の需要が少ないというのもあるのだろうが。
なので、彼らは昼間からこうしてチェスに興じているのだった。
「チクショウ、また負けた!」
「たまたまですよ。確率の問題です」
「さりげないフォローありがとう!クソッ、ただでさえ手持ちが少ないのに!次は必ず勝たねばならん!」
意気込みも新たに次の戦場へと向かう2人を眺めながら、ソラミアはため息混じりに呟く。
「………手持ち無いならやらなきゃいいのに」
「………全く同意見じゃがの。ああ見えてクリストはかなりの策略家じゃ。勝てる見込みがあるのじゃろ」
ズズーとお茶を啜りながら、同じく呆れた様子のアリスが返事を返す。すると早くもチェス観戦に飽きたユグドが、ふんふんと鼻を鳴らした。
「ん?アリス、何飲んでんだ?あんま嗅ぎ慣れない匂いだけど………?」
「これか?これは東方の国で作られた『抹茶』なるものじゃよ。この渋みがなんともいえなくての………」
「なんかババくさくねぐるふっ!?」
余計なことを口走ったユグドが、まるで見えない力に押し潰されたように床に倒れ込む。そして足元に倒れているユグドにアリスはゴミでも見るような視線を向け―――気づいた。
何に?
ユグドの視線が、アリスの足元、もっと正確に言えばドレスローブのスカート部分の中へと注がれていたことに、だ!
そしてユグドは、無遠慮な視線を向けながら、勝ち誇ったように笑い、勝利宣言をする。
「………白か」
「―――ッ!コイツ、本気で抹殺してくれるッ!」
さすがにアリスの怒りが沸点を突き抜け、懐から紅い宝玉を取り出し………。
「っておい!それはマジで死ぬッ!」
「うるさいわ変態!『喚装』ッッッ!!!」
途端に宝玉が光を放ち、1本の短杖へと姿を変えた。
それを大きく振りかぶり、目の前の変態を文字通り抹殺すべく勢いよく振り下ろして――― 
ガキイィィィン!!!と漆黒の魔剣の切っ先と衝突。その瞬間、魔剣が纏う魔力が不可視の何かを無効化したのかパァン!と乾いた音が空間を叩いた。
そしてその魔剣の持ち主であるクリストが、魔剣を掴む右手を限界まで伸ばしながら、冷や汗を垂らして呟いていた。
「あ、あっぶねぇ………。あと少しでこの辺一帯がまっ平らの更地と化すとこだった………」
「止めてくれるなクリスト!早くそこの変態の息の根を止めなければ………ッ!」
「なに物騒なこと口走ってんだ!?おいこら馬鹿野郎ユグド、お前また何をやらかしやがったんだよこのくそったれああ!?」
「な、なんでそんなキレてんだよ!?」
「当然キレるわ!あとちょっとで知らぬ間に死ぬとこだったんだぞ!?何やらかしたんだコラ!」
「お、オレはただ、仕返しにアリスのスカート覗いただけで………ッ!」
倒れ伏したままユグドがそう言い放つと、離れたところでことの成り行きを見守っていた野次馬3人組が、それぞれコメントを伝える 。
「「サイッテー…………」」
「ユグド、とりあえず処刑していいですか?もちろん判決は有罪、死刑1択ということで」
そんな恋人に負けず劣らず物騒なことを言い出したセリルを、クリストが慌てて取り押さえにかかる。
「ちょっと待て、冷静になれ!おいこら、抵抗すんなって………だから机の上のナイフに手を伸ばすな!」
「ふふふ、ケーキカット用のナイフではいささか斬りにくいですが………まあ良いでしょう」
「だから良くねぇっつってんだろ!ちょっ………そ、ソラミア、ルーナ、見てないで手伝ってー!」
「え、あ、うん分かった!」
「もしかしてアタシ頼りにされてる?よ、よーしルーナさん頑張っちゃおっかなー!」
男2人の掴み合いにソラミアとルーナも参戦し、ますます状況がカオスへと突入する中、クリストの懐の通信用の宝玉が着信を告げた。
「くっそ、誰だよこの忙しい時に!」
舌打ちしながら宝玉を耳に近づけると、その向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。
『ああ、ハーネスだが。今からちょっと城に来てくれるか?少し話があるんだが………』
「現在ただいまお取りこみ中につき手が放せねぇって言うか、簡単に言やぁすぐこっち片付けて行くから少し待ってろタイミング悪りぃなコンチクショウ!」
太陽が最も高く上り、街が1番活気づくその時間帯。
王都西区にある魔導具店『スレイヤー』の2階、執行部メンバーの共有スペースの1角に置かれたソファーの上で、クリストは重大な選択を迫られていた。
時間よ止まれと念じながら、先ほどから空中を右へ左へとさ迷う右手首をガッと左手で掴む。襲い来る震えをなんとかやり込め、命を懸けた戦闘に臨むが如く感覚を研ぎ澄まし―――
「ここだぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
クリストがそう叫ぶと同時、右手が霞むような神速で振り下ろされ―――カン!と音を立てて持っていた駒を白黒の市松模様の盤に叩きつけるように置いた。
「ふっふっふ………これでどうだ!」
「そう来ましたか。では僕はこうで………」
不敵な笑みだったクリストの表情が、一瞬で青ざめ。
それを見た向かい側に座るセリルの瞳に、勝利を確信した光が宿る。
だが、次の瞬間。
「だったらこうするまでッ!」
白の駒を取ったクリストが、やはり気迫溢れる叫びと共に駒を振り下ろし―――そして。
「これで………チェックメイトですね」
放たれたセリルの一言と共に、激戦は幕を閉じた。うちひしがれるクリストと、やはり穏やかな表情のセリル。だが、双方の瞳には次への勝利への欲望が渦巻いているのだった。
そして、そんな熱い2人を眺める4人がいた。
それはもちろんこの家の住人である、ソラミア、ルーナ、ユグド、アリスの4人である。
「何やってんだ、あれ?」
「賭けチェスだってさ。今73対74でセリルが一歩リードってところかな」
「ふーむ。チェスとはまた面白そうなものをやっておるの。妾もやりたいものじゃ」
「私も昔姉さんとよくやったなぁ………」
それぞれ思ったことを口にしながら、再び始まった真剣勝負を眺めている。最近では当たり前となっているこの光景は、魔導具店の仕事のつかの間の休憩に行われている。
とはいえ今日は平日、客足は少ない。
実際のところ、1日で10人くれば大繁盛という状況なのだ。それは単に、魔導具の需要が少ないというのもあるのだろうが。
なので、彼らは昼間からこうしてチェスに興じているのだった。
「チクショウ、また負けた!」
「たまたまですよ。確率の問題です」
「さりげないフォローありがとう!クソッ、ただでさえ手持ちが少ないのに!次は必ず勝たねばならん!」
意気込みも新たに次の戦場へと向かう2人を眺めながら、ソラミアはため息混じりに呟く。
「………手持ち無いならやらなきゃいいのに」
「………全く同意見じゃがの。ああ見えてクリストはかなりの策略家じゃ。勝てる見込みがあるのじゃろ」
ズズーとお茶を啜りながら、同じく呆れた様子のアリスが返事を返す。すると早くもチェス観戦に飽きたユグドが、ふんふんと鼻を鳴らした。
「ん?アリス、何飲んでんだ?あんま嗅ぎ慣れない匂いだけど………?」
「これか?これは東方の国で作られた『抹茶』なるものじゃよ。この渋みがなんともいえなくての………」
「なんかババくさくねぐるふっ!?」
余計なことを口走ったユグドが、まるで見えない力に押し潰されたように床に倒れ込む。そして足元に倒れているユグドにアリスはゴミでも見るような視線を向け―――気づいた。
何に?
ユグドの視線が、アリスの足元、もっと正確に言えばドレスローブのスカート部分の中へと注がれていたことに、だ!
そしてユグドは、無遠慮な視線を向けながら、勝ち誇ったように笑い、勝利宣言をする。
「………白か」
「―――ッ!コイツ、本気で抹殺してくれるッ!」
さすがにアリスの怒りが沸点を突き抜け、懐から紅い宝玉を取り出し………。
「っておい!それはマジで死ぬッ!」
「うるさいわ変態!『喚装』ッッッ!!!」
途端に宝玉が光を放ち、1本の短杖へと姿を変えた。
それを大きく振りかぶり、目の前の変態を文字通り抹殺すべく勢いよく振り下ろして――― 
ガキイィィィン!!!と漆黒の魔剣の切っ先と衝突。その瞬間、魔剣が纏う魔力が不可視の何かを無効化したのかパァン!と乾いた音が空間を叩いた。
そしてその魔剣の持ち主であるクリストが、魔剣を掴む右手を限界まで伸ばしながら、冷や汗を垂らして呟いていた。
「あ、あっぶねぇ………。あと少しでこの辺一帯がまっ平らの更地と化すとこだった………」
「止めてくれるなクリスト!早くそこの変態の息の根を止めなければ………ッ!」
「なに物騒なこと口走ってんだ!?おいこら馬鹿野郎ユグド、お前また何をやらかしやがったんだよこのくそったれああ!?」
「な、なんでそんなキレてんだよ!?」
「当然キレるわ!あとちょっとで知らぬ間に死ぬとこだったんだぞ!?何やらかしたんだコラ!」
「お、オレはただ、仕返しにアリスのスカート覗いただけで………ッ!」
倒れ伏したままユグドがそう言い放つと、離れたところでことの成り行きを見守っていた野次馬3人組が、それぞれコメントを伝える 。
「「サイッテー…………」」
「ユグド、とりあえず処刑していいですか?もちろん判決は有罪、死刑1択ということで」
そんな恋人に負けず劣らず物騒なことを言い出したセリルを、クリストが慌てて取り押さえにかかる。
「ちょっと待て、冷静になれ!おいこら、抵抗すんなって………だから机の上のナイフに手を伸ばすな!」
「ふふふ、ケーキカット用のナイフではいささか斬りにくいですが………まあ良いでしょう」
「だから良くねぇっつってんだろ!ちょっ………そ、ソラミア、ルーナ、見てないで手伝ってー!」
「え、あ、うん分かった!」
「もしかしてアタシ頼りにされてる?よ、よーしルーナさん頑張っちゃおっかなー!」
男2人の掴み合いにソラミアとルーナも参戦し、ますます状況がカオスへと突入する中、クリストの懐の通信用の宝玉が着信を告げた。
「くっそ、誰だよこの忙しい時に!」
舌打ちしながら宝玉を耳に近づけると、その向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。
『ああ、ハーネスだが。今からちょっと城に来てくれるか?少し話があるんだが………』
「現在ただいまお取りこみ中につき手が放せねぇって言うか、簡単に言やぁすぐこっち片付けて行くから少し待ってろタイミング悪りぃなコンチクショウ!」
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