のん気な男爵令嬢

神無乃愛

移動

 移動の日。
 ともに行くもの全て、店内にいろと公爵が厳命した。全員が入れば狭く、具合の悪い者、年寄、赤子を抱えた者だけがやっと座っていられるような状態だった。
「まさか、移動って燃やすんじゃないだろうな」
 誰かが言った。その不安はすぐに周囲に広がる。
「どうやっても間者とは入ってくるものだな」
 みすぼらしい恰好をした男が、発言者を捕まえて嘲るように言う。
「ちょい、その声」
 店主がすぐに気づいた。
「何やってんだよ、公爵様」
 そちらに気を取られている間に、数人が倒れた。
「ほっほっほっ。こちらもすみましたぞい」
「爺さん、何しやがった」
「眠ってもらっただけだぞい。間者は置いていくかの、それともお前さんたちがさせられたように、肉盾にするかの」
 もう一人の方が危険なようだ。
「置いていきましょう。肉盾にして、余計な手間をかけたくありませんもの」
 マイヤが言うと、数人がかりでそいつらを店外に放り出した。

「アハト、魔力は?」
「ギリギリです。マナポーションが頂けるだけましですが」
 従者口調でアハトが答える。ヴァルッテリが腕輪を外し、放り出された面子の中で、一番魔力が多そうな男につける。
「これだけの大移転魔法は初めてだよ」
 そう呟いて、ヴァルッテリは建物に手を当て、発動させた。

 その地から一瞬にして食堂は消えた。

 慌てふためいた間者は、その足で王城へと報告へ行く。

 愚かな国王と宰相は、公爵の出した書類をまともに見ることなくサインをしていた。
 王太后に「お前が許可をしたのでしょう? 魔力が不足されることから腕輪を外すことも含めて」と言われ、再度目を通した時には遅かった。


 三度目の移転魔法行使で、何とか目的地へと到着した。
「……ついた」
 げっそりとしたヴァルッテリが、外から声をかけた。
 すぐにヘイノが動き、ヴァルッテリとアハトにマナポーションを渡すと、さっさと仕事をしろと言わんばかりに、再度食堂に戻っていく。
 それと交代で出てきたのは、アベスカ男爵領から来た冒険者で。
「まずは、時戻し」
 これで、住む場所は完成だ。前回と違い、森という天然物を戻すわけではないのでそこまで魔力を使わなくて済む。それだけがヴァルッテリとアハトにとて救いである。多少戻しすぎたとしても、再加速できる。
「出てきていいよ。ただし、レイスがいるから……って、ちょっ!?」
 一部逃げるように出て来た者にレイスがくらいついていた。
「私たちも説明したんだけどね」
 公爵が呆れたように言い、店主がため息をついていた。
「んなことより、安全確保のためレイス狩る方が先だろ!」
 火炎魔法を別方向に打ちつつ、冒険者が叫んでいた。

 公爵家による一方的なレイス駆逐戦の始まりだった。


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