のん気な男爵令嬢

神無乃愛

仕掛けた罠2

「お嬢様なら問題ありませんので、さっさと魔獣を狩っちゃいましょう」
 気が付けば、マイヤの傍に領都に住む住民が集まっていた。しかも採取をしている。
「……えっと」
「役割分担がありまして。非戦闘系は、大人しくしていることになっております。その分薬草類は規定以上を納める義務がありますが」
 もう、どこから突っ込んでいいのか分からない。それがヴァルッテリたちの感想だった。
「ガイア、マタタビ草の群生がありましたわ! 獰猛な魔獣が押し寄せてくる可能性がありますわ!」
 マタタビ草とは? ヴァルッテリたちが首を傾げていると、マイヤがほくそ笑んでいた。おそらく存在しない薬草なのだろう。そして「獰猛な魔獣が押し寄せてくる」という言葉を、相手方に聞かせるつもりなのだ。
「てぇへんだ! 急いで取っちまわねぇと!」
「え?」
 本当のヤバい薬草なの!? そう思ってしまうのも、仕方がない。領民たちはいそいそと採取していた。

 にんまり、その言葉があう笑みがマイヤから漏れていた。
「皆さん! 急いで避難して! ガイアは足止めを!!」
 妙樹の後ろからだけでなく、四方からもポイズンウルフの大群が押し寄せていた。

 ポイズンウルフ。
 ウルフ系の魔獣の中でも厄介な部類に入る。毒を持った牙で、獲物やヒトを死に至らしめ、それを食す。一頭くらいなら、獰猛とは言えないが、こうも大群でこれば、獰猛と言えるだろう。
「……うそ、だろ」
 妙樹の傍に、ポイズンウルフが来ることは絶対にない。ポイズンウルフは、妙樹の匂いが苦手なのだ。だから、樹液を旅商人たちは持ち歩くのだ。
 ガイアの唇が動いた。「ポイズンウルフは何らかの術で操られています。術師の糸が見えますが、どうしますか?」と。
「ウルヤナ!」
「はっ!」
 こういったことは、本当ならウルヤナよりもアハトが得意なのだが。
「多分、主様でも注意すれば見れるレベルです」
「……アハトに連絡」
 なんだ、このお粗末さは。これが罠なのか? ならばそれに乗ろうではないか、ヴァルッテリはそう思った。
「御意」
「ついでに領民を避難させて」
 すべて音を介さずに言う。一頭だけでも連れていけば、そこからアハトが追う。

 ガイアも領民の避難に回っていた。マイヤが襲われないのは隠密のスキルのおかげなのだろうか、と本気で思った。
「妙樹の傍に陣取っているからですわ」
「……そうでした」
 そういえば、そうだった。妙樹の傍にポイズンウルフは近づけない。妙樹を背に、ヴァルッテリは剣を構えなおした。
 剣に風をまとわせ、切り刻んでいく。
「せっかくの素材が台無しですわ」
「あとでインベントリにしまっておくから。ウルヤナが戻ってきたら解体してもらう」
「あら、ウルヤナさん、わたくしの領地に欲しいですわね」
「何で?」
「解体師というのは、貴重ですの」
 綺麗に解体が出来るということで、マイヤたちは専属で何人か雇っているという。
「やらないよ!」
「残念ですわ」
 さして残念そうでもなく、マイヤが呟いた。これも作戦なのか、何なのか。

 そんな会話をしていたら、ふわりと魔術師らしき男が出てきた。
「あれは、王国の魔術師の証ですわ」
 マイヤの言葉にヴァルッテリはぞっとした。つまり、ヴァルッテリのことは王国にほとんどが漏れていると。
 しかし、その魔術師が用いた術は……。
「どこから突っ込めばいいのかな」
「さぁ? さすがにどうしようもないですわね」
 ずぶりと飲み込まれた術式の中で、二人揃って呆れたのだ。

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