今様退魔師!~当主達の退魔記録~

松脂松明

ありふれた怪異

 神秘とは秘すれば秘するほどに価値が上がる。そう信じる者達がいた。
 神秘が開示されたことにより、その真偽も分かるかと思われたし、実際に分かりもした。結果は世の常として曖昧なまま。知名度が低いほどに効果を発揮する神秘も確かに存在したが、同時に世間で信じられれば信じられるほどに存在感が増すものもあった。

 いわゆるところの縁起が後者の代表例だった。
 黒猫が現れると不吉だ。靴紐が切れると良くないことが起こる。口笛を夜中に吹けば蛇が来る…他愛もないジンクス達は人々が気にするほどに現実のものとなった。

 とは言えやはり、逆もまた真。四つ葉のクローバーを見つければ、幸運となる。不幸を回避するにはその日に合わせた色を身につければ良い。
 結局は相反する要素により対抗するのも容易となったが、それは無形のモノたちへの防備に過ぎない。実体化してしまった迷信は出現した瞬間に、世界へと固着するようになった。いまや誰も神秘の実在を疑っていないからだ。

 そして妖怪魔物あるいは魑魅魍魎と称される存在の中には、こうした無から誕生する存在が非常に多かった。そのうち、社会に仇なす存在…有害な者は怪異と号され討伐と恐怖の対象となるのだ。

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 この日、繁華街には少しだけ珍しい怪異が出現した。
 それは騒がしい通りの中にあって、静けさと温かみを売りにした店の中で生まれた。

 ほの暗く木目調の飲み屋は世間の騒がしさから隔離してくれるような安心感を、曽良場の人に提供する。囲炉裏を中心にした配置の客室で、部屋も別個に分けられている。少しばかり大人ぶりたい時には最適の場なのだ。
 そんな場で前髪で目まで隠れたような内気な女は、慣れない歓迎会に身を縮こまらせていた。

「どうよ~~飲んでるぅ?」
「あっ、は、はい!」

 下心ありそうな若い男が地味な服の下を想像して笑う。
 日常の舞台が大学へと変わったのだから、自分も変わってみよう…そんなありきたりな精神で明るいサークル勧誘へと応じたのだが、既に間違いだったと女は思い始めていた。
 運動系のサークルの勢いは慣れない者にはやはり辛いものがあった。例え彼女が真っ当・・・なサークルに属してもやはりイヤな思いをしたことだろう。

 このサークルはどこにでもある退廃的な集まりであり、明るさは見かけだけのものだった。歓迎会に薄暗い店を選んだのも計画的なことだ。暗い中では何かをしてもそうそうバレたりはしない。

 慣れないアルコールで鈍感になりつつあった、体を這い回る感覚で女は酔から一気に覚醒した。手だ。左右どちらかの男の手が自分を撫で回すようにしていた。

「やっ…!」

 か細い声で懸命に抗議しようとした時、それは起こった。

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 …ねぁが

 …子…ねぁが

「あん?何だこの声?」

 分けられて部屋となった店内は仕切りがあちらこちらにあって、他の客の声が中々届かないように造られている。そこで誰の耳にも届くというのは、かなり大きな声だろう。
 どこの部屋の客も訝しく思ったのだろう、少しだけざわめくような感覚で店内が埋まっていく。

「ちぇ!いいところだったのに!」

 声で女は左手側の金に染めた髪の男が手の主だと分かって、後ずさるように距離を取る。

「返金させてやろうぜぇ!何が“静かで落ち着いた店”だよ、とか言ってさぁ」
「いいね。その前に全部飲み食いしちゃってからだけどさ~」

 男の威勢に別の席の女が返す。
 …駄目だやはりついて行けない。
 そう目隠れの女が決心して、さらに後ろに下がった。それが彼女の全てを救った。

『灰で遊ぶ子はいねぁが!』

 声は、このサークルの個室から発せられた。

「へぁ?」

 金髪の男の眼の前に突如として、仁王像のような巨漢が出現した。頭は燃え盛る炎熱で、歯は焼べられた炭で出来ているようだった。巨漢と言うが高い天井にまで頭は届きそうで巨人のようですらある。

『灰で遊ぶ子はおめか!』

 言葉とともに身を乗り出した巨漢が大きく口を開き、灰を固めたような腕で男の肩を掴み上げた。

「あつっぁああ!ああぁっぁああ!?」

 灼熱の手指が肩に食い込む痛みに男は悶絶した。顔を別の生き物のように歪めて、股下を小水で濡らした。だが、肉に焼けた鉄を差し込まれて耐えられる人間の方がおかしいだろう。彼の無様な様子を誰も笑うことなどできない。
 何かへの罰のようにいきなり現れたソレだが、これはただ相手を捕まえるだけの動作に過ぎなかった。

 巨漢の口が開き、炭の歯が乱杭歯のように迫り…男を貪り食った。

「ひぃええええぇぇあい!?」

 ここでようやく我に返った同室の面子は、外への戸へと群がったり、仕切りを体当たりで倒してでも逃走を図った。
 目隠れ女は単純に腰を抜かして動けなかった。

 灰の仁王像の手が迫る。
 こうした悲惨な光景は、神秘に溢れた世界ではありきたりなものだ。焼けるような指先を見たくないように、目隠れ女は目をつぶろうとするが、それすらもできない。

///

 こうして彼女はありきたりな事態に巻き込まれる。
 当たり前に運悪く怪異に遭遇して、当たり前に何もできない。
 だから…

「あー、たまにゴっちゃん抜きで飲みに来てみればコレだ」

 当たり前のようにどこかの誰かが現れた。
 白い何かが狭い空間内で乱れ舞う。仄暗い室内で赤熱に照らされたそれは…

「折り紙…?」
「そうだよ。一般人は下がってろ。腰が抜けて立てないか?」
「す、すいません…」

 割って入った男は先程までいた金髪達と同じように、だぶだぶとした服を身につけて見た目にはだらしがなかった。しかし、目隠れ女から見ても不思議と不快感は沸かなかった。

 …折り紙が巨人に纏わりついて視界を防ぐ。おしおき・・・・をしようとしていた巨人は思わぬ妨害に憤怒の熱をあげている。

灰坊主あくぼうず…あー、コイツこの見た目で正の側の存在だからやりづらいんだよなぁ…退散符じゃ駄目か。全く…思わぬ出費だよ」

 灰坊主…灰で遊ぶ子供を叱るために生み出された架空の存在。囲炉裏の灰を弄ぶと現れて、子供を攫い貪り食うとされている。

「あのっ!にげっ逃げた方が…!」
「だいじょーぶ。大丈夫。こいつはこの辺りじゃ存在が不確かだ。存在の地元ならもちっと厄介なんだが…赤熱変坤、急々如律令!」

 その服の弛みは中に大量の紙を仕込んでいるからであり、今回取り出されるのは願いの象徴。折り鶴が巨漢を取り囲み次第に向かっていく。飛んで火に入る虫ならぬ紙だ。何の意味があるというのか…全く理解が追いつかない光景だが、灰でできた巨人の口に折り鶴達が次々と飛び込んでいった。

「朱より黄へと移れ!」

 その言葉には夏から秋への移り変わりを命ずる声が込められている。
 灰坊主の体内には退魔師が繰り出した紙から出来た、灰が詰まっている。体の大部分に混ざったそれによって、灰坊主は命令に従うしか無い。

『灰で…遊ぶ…おめ…か…』
「囲炉裏の正しい灰模様の書き方なんざ、現代人が知るわけねー。いいから寝てろ…黄から白へと移れ!」

 再度の命令によって灰坊主は火の属性から完全に金へと移された。自身の変化に伴って、意義が果たせなくなった迷信はただの灰へと戻って崩れ落ちた。

 夢を見ているような光景だった。
 それを魅せつけられて、目隠れ女は思わず問うた。

「あの…お名前を…」
「あー博光。名字はどうでもいい。退魔師だよ」

 来た時と同じように、飄然と退魔師は去っていった。

////

「…博光にしては実に格好いい活躍をした話だが、それが何でこうなってるんだ?」

 双眸護兵はサークル室にいる白い布をした物体に声を投げた。
 サークル室の隅で符木津博光はカーテンの裾に隠れている。時々うめき声が聞こえて、ぴくぴくと震えていた。天才退魔師の姿としては随分なことである。

「あれじゃないかな。ソウボー君」

 部長の指差す方向を見てみれば…僅かに開いた扉に目がある。護兵も思わずひぃっと声をあげそうになった。

「障子に目ありじゃなくて、扉にメアリー!って感じ」
「はぁ…部長にはどう見えてます?」
「女の子の目」

 それぞれ違うが特殊な目を持つ双眸護兵と狭霧華風の両方にそう映るということは、扉に張り付いているのは紛れもなく人間の女性なのだ。
 耳を澄ましてみれば少しだけ声が聞こえるだろう。

「博光様…博光様…博光様…」

 名が呼ばれるごとに、博光という名の白い塊はびくっと跳ねる。

「可愛い子みたいだし、念願のモテ期だよー出ておいで~博光君」
「ハンターフリークかぁ…俺のところには来ないぞ、良かったな博光」

 稀にだが退魔師のような存在には熱烈なファンがつくことがある。自分が戦いたくなくとも、切った張ったを張れる存在への憧れ。単純に対象の外観がいい場合もある。海外でよく見られるためにハンターフリークと呼ばれていた。

「博光様…博光様…」

 一番恐ろしいのは人間だ。薄情な友人達を見て符木津博光はそう理解した。

「そうだ。この子サークルに入部させれば、こそこそしないんじゃないかな?」

 狭霧華風が妙案とばかりに手を打つと、双眸護兵はそのアイデアに拍手した。
 話が自分に向いたため、髪で目が隠れた女が扉から少しだけ顔を覗かせた。

「やめてよぉ!?」

 博光の主張はサークル棟に虚しくこだました。

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