今様退魔師!~当主達の退魔記録~

松脂松明

待ち構えるは甲冑

 闇にそびえ立つビルを、同じくらいの高さのビルから眺める影が二つ。
 一つは男。若いながら鍛え上げられた肉体に、年相応の顔が乗っている。短い黒髪と少しだけ洒落たツルのメガネをかけた男。鍛錬と実戦を積み上げた肉体は、異彩を放つ。崖を登坂しようと歩を進める大山羊のようだった。

 一つは女。とはいえ影だけ見れば男性と間違ったかもしれない。短い金髪に凛々しい顔つき。だが間近で見れば確かに女性だと分かるだろう。一種の中性的な美しさではあるが、線が細過ぎるのだ。その細い肉体に使命と殺意を充満させていることが分かるものは稀であることも確かだったが。

 男の名は双眸護兵。長い歴史を持つ双眸流の当主にして今様の退魔師。
 女の名はベリンダ・ミヨシ。現代に舞い戻った女騎士めいた見た目通りに騎士の名を冠している。ただし、彼女が相手をするのは異界異常から溢れた怪物。

 彼らが手を組み立ち向かうとする相手は“深淵”と称される怪物に他ならぬ。曰く宇宙外生命体。いやさ、地下から這い出るモノ。あるいは旧神。
 呼び方は数多あるが、どれもが的を射ているし、どれもが的はずれだ。正体不明。そう呼ぶしか無い怪物。

『…それを使って何事かを企む悪の組織に立ち向かう時、二人は正義のヒーローへと変身するのだ!』
「さっきから何を言ってるんですか部長」

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 切り捨てるサークル員の言葉に、狭霧華風はむぅと可愛らしい声をあげた。
 声は護兵とベリンダの耳に張られた符から発せられている。

『事実じゃないか。これからオカルトを悪用する秘密結社に乗り込むんだから…』
「俺は変身できないです」
『そこかよ!じゃなくてゴッちゃん、バレたらヤバイんだから慎重に行けよぉ。実際に深淵か怪異を見つけるまではこっちが犯罪者側なんだから』
「みみっちいことを言うな。最悪、ビル自体を倒せば証拠も何もなくなる」

 本気でやりかねない戦乙女には流石の護兵も閉口する。
 ベリンダの性格がどうか、ではなく彼女のような封印騎士はそうした存在なのだ。深淵を倒すか、封印するためならば躊躇がない。万の被害が出る前に5千人を巻き込むぐらいはする。

「…効率的に行こう。絶対にだ。ベリンダ、アレが深淵信者の巣ならばどこが急所だ?」
「意外かも知れんが、深淵は何かに根ざしている・・・・・・。この表現が的確かは分からんがな。大地か空か星か。セオリーならばそんなところだ」
『翻訳すると最上階もしくは屋上。あるいは地下。そんなところかな?博光君、君の紙飛行機で上を探れるかい?』
『え、俺の式神って部長には紙飛行機に見えてるんスか。…格好悪い…』

 後方からでも符による援助が行える符木津博光は、狭霧とともに少し離れた安全地帯から支援している。彼の符木津流は陰陽道から派生した流派であるため、紙によって使役する存在を生み出せる。遠隔操作できる能力は偵察などには貴重だった。

 軽口を叩きながらも既に準備を整えていたのだろう。護兵とベリンダの横を白いフクロウが通り過ぎていった。

「しかし…真っ暗だなビル。意外にホワイト企業?ほれ、ベリンダ。携帯食」

 護兵が投げはなった小袋を片手で受け取るベリンダ。その動きの間にも体の芯は全くブレず、そして見もせずに掴んだことからも彼女の戦闘力が伺えた。
 包から二つの携帯食が出て来るが、片方だけを咀嚼し始めてもう一つはポケットへと閉まった。

 また、こいつ家で食う気か…
 そう微妙な気分になる護兵は、食事ぐらいは食卓に招いた方がいい気分になってきていた。

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 ベリンダがリスのようになってきた頃に、博光の式神が戻ってくる。それと同時に、耳元の符が鳴る。

『上の方は何にも無し。ついでに途上もざっと調べてみたが、人の気配自体が無い。マトモな企業なら警備員とか宿直ぐらいいるものだが…』
『となると、地下かぁ。ここからは実際に入ってみるしか無いよ。見取り図もない』

 どこから手に入れた。その見取り図。
 突っ込みたい気分を抑えて、護兵は気の薄い膜を全身に巡らせるイメージを行う。深淵は見るものに狂気をもたらす可能性が高いと先の事件で学んでいる。行動開始から終わりまで防備は続けなければならない。

「装信…コード《サングリーズル》」

 ベリンダもまた封印騎士としての装備を召喚する。
 鋼で出来たボディスーツが全身をピッタリと覆っていき、鋼の戦乙女を現出させた。

「では…行くぞゴヘー。短期決戦狙いなのだろう?」
「了解。俺が援護、お前が主力だ」

 護兵は気功師であるために、安定した実力を長時間発揮できる反面、一瞬の火力に劣る。そして相手が深淵絡みとなれば耐久力は妖怪以上。ベリンダの突撃大剣の威力に期待するのが無難だった。

 二人はビルから飛び降りた・・・・・
 ベリンダはサングリーズルの翼を展開して滑空のように、護兵は体術を駆使して体勢を保ちながら時折気で生成した緩衝材で速度を調節していく。

『ソウボーくんも何気に派手好きだよねぇ…』

 それこそヒーローのように目標へと向かう二人をモニタ越しに眺めながら、狭霧華風は呟いた。

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 異質な気配こそ漂うものの、硬質の床も壁も冷たくおよそ人の気配が感じられない。ツルツルとしていながらも確かな厚みを持った半金属のような素材でできた壁に周囲を囲まれながら、護兵とベリンダは一本道を進んでいた。

 ちなみに現在護兵とベリンダがいるのは、既に地下の区画である。

「いよいよマジか。って感じだな…ここまで何の妨害も無かったぞ」
『扉の鍵は一般的なセキュリティ会社の低価格プランのモノだったし…外には年老いた門衛さんが一人。そのくせ地下は結構な設備みたいだね』
『いろんな可能性を検討したのがアホらしいっすね。電子、魔術の両方の妨害からサポートするために部長と二人で詰めてたのに…』

 静かな通路に静かな足音だけが響く。
 職業柄、夜闇の中での無音には慣れているつもりだった護兵だが、少しだけなり続ける機械音に背筋が寒くなる。感覚を広げてみても、かなりの巨大さ…という漠然とした像しかつかめない。

「くそっ。なんだ、この壁と床…足音の反響が妙だ。全体像がまるで掴めん。ベリンダ、何か分かるか?」
「元々私はそこまで知覚範囲は広くない。ゴヘーの方がまだ読めているだろうな。とはいえ、ここの建材は我々の鎧に近い材質に思える」

 封印騎士が身に纏う甲冑と同程度の素材を、区画全体に用いる?封印騎士が使用する武具は当然に神秘の要素も帯びた特殊な合金だ。例えるなら戦車の装甲板で家を建てるようなモノだ…粗末な警備に反して異常なまでの堅牢さが何を警戒してのものなのか、その意図も読めない。

『二人の位置はマッピングしてるから、帰る道には困らん…と思うぞゴッちゃん。歩みを少し遅くしてでも慎重に進んでくれ。ここまで警備が無いってことは、あらかじめ察知されての罠か、そもそも警戒する必要が無いってことかもしれんし』

 だろうな、と護兵は博光の言に内心で頷いた。鈍くなった感覚がようやくに戦意を感じ取ったのだ。
 彼らが何を作っているにせよ、ここはseals社の一部。ならば…

「いるぞ、ゴヘー。我らと同じ甲冑の気配だ」
「少なくとも同格。しかも逃げる気配は一切なし…でも、これで俺たちは犯罪者では無くなったな」

 封印騎士は元々seals社の一部が離反して生まれた。
 つまりかの組織に封印騎士の原型がいることは当然のことである。

 通路を進み、右手へと曲がると大きな部屋へと繋がっていた。そこに待ち受けるのは封印騎士の前身。墨色の鎧を身にまとう前時代的な風貌。

「アレが深淵騎士か…」
「そうだ、ゴヘー。あれこそ我らの敵、闇ですら無いものに魅入られた戦士だ」

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 黒騎士は大剣を片手にだらりと下げて、無造作な姿勢のままに佇んでいた。
 その姿に護兵は違和感を覚えるのだ。これから始まる戦闘に対する姿勢ではない。だが、戦意は肌に伝わってくる。
 何を企んでいるのか…それを知るために、護兵は目へと流す気を増大させる。多少、負担はかかるが相手の気の流れを読むことで相手の動きを予測するのだ。

 優れた視界が、黒騎士の甲冑を貫いて中身を捉えた時…ベリンダが地を蹴った。
 封印騎士の常を外した、いわば彼女なりのパワードスーツである《サングリーズル》を身にまとっての先手。その突撃は音の壁を突破せんとばかりに圧巻だ。

「よせ、ベリンダ!そいつは!」

 そして、だからこそ護兵の忠告はベリンダの耳に届かなかった。

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