自衛官志望だったミリオタ高校生が、異世界の兵学校で主席を目指してみた件

高雄摩耶

第二章 世界大戦 第一話 事件処理

    その写真は白黒ながらも、ヨーロッパにおける今を示していた。
    5月10日より「フランス王国」への侵攻を開始した「ドイツ第四帝国」は、破竹の勢いで着々と勝利を手にしようとしていた。
    いわゆる「電撃戦」である。
    俺にとって朝新聞を読むことは半分日課とかしていた。そして今日5月21日の新聞には、相変わらず戦争のことばかりがちやほやされていた。

「『5月19日、ドイツ軍先頭がドーバー海峡に到達。フランス獲得は目前』だって」
「こんなデカイ字で書いてあれば嫌でも目に入るよ」

    喋り足りないのかただの暇なのかは知らないが、今日はなぜか智恵も一緒に見ている。

「ねぇ、新聞なんか見てて面白い?」
「世の中の情報を知るのは大切だぞ」
「そうは思うけど、私新聞読むの苦手だしね」

    残念ながらこの学校には基本的に情報源は新聞かあとはせいぜい噂程度だ。

「この写真てそのドーバー海峡のだよね?」
「そうみたいだな」

    広大なドーバー海峡と、海岸に到達したドイツ軍の装甲車を写したもので、画質は荒いがフランス占領を象徴するかのような印象すら感じられる。

「私もいつか行ってみたいな。ヨーロッパ」
「智恵は旅行とか行くのか?」
「あまり行かないね。家族ぐるみで軍人だから、お母さんもお姉ちゃんもあんまり休みが取れないし」
「ああ、たしかに」
「でも、任務で世界中いろんなところに行けるから、つまらなくはないらしいよ」
「それもそうだな」

    遊びではないとはいえ、国外に行けるのはいいものだ。

「裕二君は行かないの?」
「俺もあんまり行かないな」
「それなら、一緒に行こうよ。ヨーロッパ」
「ええ、今は戦争中だろ」
「なら終わってからでいいじゃない。それに、ドイツがヨーロッパ全土を掌握してくれれば、同盟国の私たちどこでも行きたい放題よ」
「そ、そうだな・・・」

    笑顔で言う智恵だが、この先の歴史を知っているのか知らないのかの俺は複雑な気持ちになった。

「そ、それはいいとして、日本の中ならどこに行きたい?」
「日本の中で・・・北かな」
「え?」
「北国。北海道とか。私生まれも育ちも雪とかあんまり降らないところだったから、一度積もりに積もった雪を見てみたいなぁ」

    智恵のことだからどこだかよく分からない場所をあげるからと思っていたが、意外とまともな答えだった。
    
「積もった雪ってそんなに珍しい物なのか?」
「裕二君は積もった雪見たことあるの?」
「家が北の方だったからな。冬になると・・・」

    そこまで言って我に帰った。
    いかんいかん。そんなことを話したら俺が記憶喪失なんかじゃないことがバレてしまう。

「冬になると?」
「な、なんでもない」
「どうしたの?なんか急におかしくなったみたいだよ」
「失礼な。俺は別におかしくなんてないぞ」

    なんとか話題を逸らそうと新聞をめくると。

「あ、この映画!」
「うぁ!」

    俺から新聞を奪い取るつもりかと思われるほどの勢いでのぞいてきたものだから、俺は押しのけられてしまう。
    しまいには膝の上に乗りかかって来る始末だ。
 
「お、おい。一体何を・・・」
「これよこれ、『桜咲くまで』。今話題の映画だよ。もしかして知らないの?」
「知るわけないだろ、映画なんて」
「すっごく面白いんだから!貴美だって見に行ったんだし」
「いや、見てないのに面白いって・・・」
「もぉー。みんな面白かったって言ってるんだから面白いの!」
「ああ、そ、そう、だな・・・」

    しかし実際新聞の映画欄のトップに載っているのだから話題になっているのはたしかなようだ。
    残念ながら俺はこの時代の映画など知らない。知っていたとしても「ハワイ、マレー沖海戦」みたいな戦機高揚映画だけだ。

「その桜なんとかって映画はどんな話なんだ?」
「桜咲くまでだって。学生の男女が禁断の恋に落ちてしまうところから話が始まってね。春、桜が咲くまでお互いの秘密にしようって約束を交わすの。でもその関係が・・・」
「まるで見てきたみたいだな」
「ち、違うのよ!私はただ貴美からほんのすこーしだけ内容を教えてもらっただけで・・・」

    どうやら相当聞き出しているようだ。
    そこまで知ってるとなると見たくなってしまうのもわかる。

「そんなに見たいなら見に行けばいいじゃないか。この学校にも休みはあるんだろう?」
「そんなの無いわよ」

    いきなり真顔になったかと思えばストレートに答えてしまう。興味なさそうに。

「え、無いって」
「そのままだよー。この学校に休みなんて無いよ。あるとすればお盆とお正月くらいかな」
「そんなことって・・・」

    まさに月月火水木金金。
    休みがないなと思っていたが、まさか1日もない・・・。

「と言うのは嘘です」
「嘘なのかい」
「半分ね。たしかに正規の休みはそれだけだけど、『日曜休』もあるから」
「日曜休?」
「申請を出して通れば、日曜日に限って一日休みがもらえて外に出られるのよ。ただし、連続で申請はできないけど」
「なかなか厳しいんだな」
「優しい方だって、教官は口を揃えて言うわよ。これが連合艦隊とかだと。何週間も上陸できないから」

    上陸できないことは=休みがないということだ。そう考えれば、学校が空母の上とかじゃなくてよかったと思ってしまう。

「智恵、そろそろどいてくれないか?」
「何が・・・ふぃや!」

    俺に乗りかかっていることに今更気づいた。智恵は身長は俺と同じくらいだが、随分と軽い感じがした。女子はみんなそうなのか?

「ご、ご、ごめんなさい。私、ついいつもの癖で・・・」
「いや、俺は気にしてないから」

    二人のやりとりを面白くなさそうに聞いているのは、誰であろう宇垣だ。さっきから新聞の向こうからずっとこちらを見ている。

「朝からイチャついて、まるで恋人みたいね」
「ち、違うから!私は別に、裕二君の恋人なんかじゃないから!」

     腕をブンブン振り回しながらこれでもかと全力否定する。

「まあ、智恵の恋人にはもっと長身でカッコいい男がお似合よ。少なくともあんたよりは」
「チビで悪かったな」

    つまらなそうだった顔が一変して嫌味混じりの笑顔になった。智恵までもクスクスと笑っている。
    そこに、少々駆け足気味でやってくる人影があった。誰であろう鏑木である。

「直美さん。向上教官が朝食後に伝えたいことがあると」
「あら、ありがとう鏑木さん」
「恵で構いません。もう他人同士じゃないんですから」

    今までの関係が嘘のように、二人のやりとりは普通に出来ている。
    昨日の夜何があったのか。遡ること昨日夜十時半。





「どうする宇垣。このままあいつらを野放しにするのか?」

    航海科寮に戻った俺たちは決断を迫られた。すなわち、このことを全て教官に報告するか、あるいは無かったことにするのか。
    普通なら当然、報告するであろう。航海科の備品に損害が出ているのだからなおさらだ。
    しかし、報告すれば砲術科がどのような行動に出てくるかわからない。手段を選ばない連中だ。下手をすれば今までよりも酷いことをやってくる可能性もある。

「あなたはどう思うの?鏑木さん」
「わ、私、ですか?」

    一緒に帰ってきた鏑木に、宇垣は質問をぶつける。今の状況にあって、おそらく一番悩んでいるのは鏑木のはず。
    そんな彼女に、宇垣はあえて聞いた。

「報告するかしないか、どうなのよ」
「私は、その。できれば、目を瞑っていただけるとありがたいと・・・」
「つまり、見逃せってことよね」
「は、はい・・・」

    たとえいいなりにされていても、良好な関係にあった鏑木にとって、滝島が処罰の対象になるのは避けたいと思うのは当然だ。

「まったく、図々しいねえ。ウチらに今まであれだけの迷惑かけておいて、無かったことにしろだなんて」
「ちょっと響。それは・・・」
「そのことは本当に申し訳なく思っています!それでも報告するなら、名前を出すのは私だけにしてください!」
「鏑木・・・」

    鏑木の本心からの声に、石井は思わず動揺した。

「響。あなたの言いたいことも分かる。でもこのクラスのリーダーはこの私。あなたに命令権はないわ」

    二人の様子を見て、まずいと思ったのか宇垣がいつも以上にきつい口調でそう言う。こんな宇垣は今まで見たことがない。

「私は報告しないつもりよ。他のみんなからはもう答えを聞いているわ。“報告しなくてもいい”って」
「でも・・・」
「人間は過ちを犯すもの。小さい大きい関係なしに。そうなれば当然罰を受けなければならない。でも、砲術科があの調子じゃあ、報復のイタチごっこになるかもしれない。どちらかが止めるまで。だからお願い、響も今回ばかりは報告するのは無しにしてほしいわ」

    石井はなんとか了承してくれたが、まだ納得いかない様子だ。完全に砲術科の思い通りになってしまったのだから無理もない。
    しかし、宇垣はそれに付け加えた。

「ただし、教官には報告しないと言っても、これまでの分返してもらうわよ。滝島さん」

    言われた本人はといえば、椅子に腰掛けて一点を見つめたまま微動だにしない。まるで残業から帰ってきた途端に離婚話を持ち掛けられたローン持ちのサラリーマンのようだ。
    返事のない滝島にかわり、鏑木が聞く。

「あの、私から言うのもおかしいと思いますけど、あまり酷いことは・・・」
「そのあたりに関しては心配いらないわ」

    滝島の元へ歩み寄り、同じ目線になるようにしゃがんだ。

「滝島さん。あなたがどう思っているかは知らないけど、私たちはあなたと同じ、航海科の仲間だと思っているわ。だからお願い。あなたも私たちのことを家族も同然だと思って、一緒にやっていきたいの」
 
    滝島からの返事はない。しかし、うつむいた頭がほんの少しだけ動いたのは見逃さなかった。

「寮監。そういうわけなので、この事は内密にお願いできますか?」
「宇垣様たち皆さんの意見だというのなら、否定はいたしません」

    伊達寮監も納得のご様子だ。正直、真面目な寮監がこの一件についてどう思っているのか気になっていたのだが、気持ちを汲んでくれた。    
    あとは滝島本人がどうするかだ。

「明日も、私たち訓練をする予定よ。参加しなくても、見にきてくれるだけでもいいわ」

    やはり答えはない。横では鏑木がおどおどした様子で見つめ、それを横で見ているのは眠そうな智恵。少し離れて柱に寄りかかっているのはモヤモヤ顔の石井。また、やりとりをしているうちに他の生徒もゾロゾロと集まってきていた。その中には二号生や一号生の姿も見受けられる。
    宇垣はそんな事は気にせず、最後に少しきつく。

「ただし、これ以上妨害するのを続けるようなら、私たちはあなたを許さい」

    そう言って彼女はそのまま自室へと戻った。





「でもよかったよね。滝島さんとはまだちゃんと話せてないけど、恵ちゃんと仲良しになれて私も安心したなぁ」
「それで、滝島の様子は?」
「はい、私と奈々とは普通に話せるみたいなんですけど、やっぱり昨日のことがあってから元気をなくしてしまって」
「それは困ったねぇ・・・」

    智恵は俺の方を見て、「何か元気づけるアイデアを!」という目で見つめてきている。これだけ見られるとなぜだか俺の方が恥ずかしくなってしまう。

「お、俺に聞いたってすぐに作が出せるわけではないぞ!そもそも、俺は滝島のことなんて全然知らないんだからな!」
「裕二君・・・酷いよー。私にそんなに非協力的だったなんて」

    智恵が目に手をかざして泣きじゃくる真似をする。残念だが俺はそんなことで動じる男ではない。

「そうねー。あんたは何もできないただのバカでろくでなしで変人なんだから、協力なんてできないわよねー」

    それを見た宇垣もまた真似をする。智恵に比べて言い方が雑な上俺の悪口をぶちまけているだけだ。

「ふふふ。皆さんこんなに面白い人たちだなんて思っていませんでした」
「そう、これが私たち!そして今日からはあなたも、その仲間であり友達でもあるのよぉ〜」
「え?」
「これからよろしくね、恵。それから私のことは、智恵。その敬語もなし。それでいいんだからね」
「でも」
「もぉー、めんどくさいわね。智恵がいいって言ってるんだからいいのよ。あと、私のことも直美でいいわ。そこのバカはコイツでもあんたでも好きに呼べばいいから」
「は、はい!」
「いや、それはひどすぎる・・・」

    これでは全くの不名誉な呼ばれ方しかしない気がする。
    鏑木は「それなら・・・」と考えた挙句。

「なら、裕二様と呼ばせていただきます」
「へ?」
「裕二・・・様!?」

    予想外の答えに俺はもちろんのこと宇垣まで目を丸くした。

「ちょっとちょっと!なんでこんな奴を“様”呼ばわりするわけ!?」
「実は私、殿方は絶対的な格上だと思っていないと話しづらい性格で、だから“様”付でないと落ち着かないっていうか・・・」
「はぁ・・・」

    ため息をしたのは俺ではなく宇垣だ。どうやら自分と同じように俺をからかう仲間が欲しいと密かに期待していたのだろう。
まあ、結果は完全に裏切られたわけだ。ザマあみろ。

「俺はどういう呼ばれ方でも構わないよ。恵がそう言うなら」
「はい!これからもよろしくお願いします裕二様!」

    様だなんてそんな呼ばれたことがないので、かなり違和感があるわけだがここは恵を尊重しようではないか。

「ところで直美。恵ちゃんがさっき向上教官が呼んでたって言ってたけど・・・」
「そうだ!忘れてたわ。早く行かないとまた叱られちゃう。ほら、あんたも行くのよ」
「え、ええ!なんで俺まで」
「いいから行くの!」

    宇垣に手を握られ強引に引っ張られる。俺は宇垣に引きずり出されるように食堂から出て行った。




「なんで俺を連れてきたんだよ。呼ばれたのはお前だけじゃあ」
「あのままあそこにいたら、どのみち調子に乗るに決まってる。だから連れてきたの!」
「そんなことないから・・・」

    やけに大股歩きで進む宇垣は、昨日の母親のような姿とは一変、冷静さを失った子供のようだ。

「それと、いつまで俺を引っ張っていくつもりだ?」
「何のこ・・・ヒヤァ!」

    さっきから俺の手をガッチリと握っていたのに気づかなかったのか?
    宇垣は手を見るなり悲鳴にを似た裏声を出して、まるで手に乗った虫を払うように振りほどいた。

「ななな、何で私の手なんか握ってるのよ!」
「いや、握ってきたのはお前だろ」
「うるさい!知ってたならすぐに教えなさいよ!」

    俺は別に何もしていないのに・・・。全く不条理である。
    そしてここは廊下のど真ん中。さっきから他の生徒たちが物珍しそうに見物しているのに宇垣は気づいていない。

「大体、あんたみたいな男はそもそもここにいちゃいけない存在なんだからね!私たちが匿ってあげてるだけマシだと思いなさい!」
「なぜ今そんなことを・・・」

    俺はさっきから周りの目線が気になって仕方がない。早いところ終わらせて教官の元に・・・と思ったがその必要はなかった。

「おい、何をゴチャゴチャ喚いている」
「こ、向上教官!」

    どうやら宇垣があまりにも遅いので探しにきたらしい。そのためか明らかに不機嫌だ。

「遅いから探しにこれば、夫婦喧嘩とはいいご身分ですな。宇垣」
「申し訳ありません・・・」

    宇垣が態度を一変させて頭を下げる。俺もまたそれにならう。
    見ていた他の生徒がクスクス笑うのがわかった。

「まあいい、お前にこれを渡したかっただけだからな」

    そう言って教官が宇垣に渡したのはA 4サイズほどの茶封筒だった。しかしただの封筒でないことは明らかだ。まず普通の封筒よりも使っている紙が厚い。中を見られないようにするためだろう。さらに表には「海軍省直渡」「開封厳禁」「海軍大臣海軍兵学校長承認済」といった印がこれでもかと押されており、物々しさを感じさせる。

「これは?」
「さあな。校長からお前に直接届けるように言われたんだ。だから私は中身は知らない」

    そこまでして他人に見られてはまずいもの。一体何が入っているんだろうか。まさか、俺に関すことか?海軍省に引き渡せという命令書!いや、それならばなぜ宇垣なんだ?命令書なら教官が知らないなんておかしい。ということは、昨日のあの一件がバレたのか。それとも宇垣本人に関わることか・・・。

「お前の元に届いたことを確認した。私はもういくぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」

    マジマジと封筒を見つめる宇垣。透視能力でもあるのだろうか。

「何よ」
「いや、中身が何なのかなーって」
「あんたが知る必要はないわ。私宛のものだし、それにここに「閲覧後要焼却」って書いてある。つまり、他人に見られる前に処分しなさいってこと」
「俺に見せてはくれないのか」
「何でそんなにこの封筒が気になるのよ」
「いや、別に・・・」

    やはり自分に関係があることなのかと心配になってしまう。しかし宇垣はそんなことを知ってか知らずか封筒の表を隠すように持つと。

「これは海軍省が“私宛て”に送ったものよ。あんたが見るようなことがあれば、下手をすれば情報流出で逮捕されるわよ」

    宇垣なりの脅しなのだろうが、俺からは裏に書かれている「留学生準備目録」という筆文字がはっきりと見えていた。

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