自衛官志望だったミリオタ高校生が、異世界の兵学校で主席を目指してみた件

高雄摩耶

第三話 ペア

「小畑裕二です。よ、よろしく、お願いします」

    俺は初めて「転校」する事がこれほど緊張するものだと思い知らされた。

「皆さんもすでに知っているとは思うが、今日から一緒になる小畑だ。みんな仲良くしてやってくれ」

    担任の向上教官がそれしか言ってくれないので、みんな嬉しいのか困っているのかよくわからない表情だ。まあ、副寮長の東藤さんだけは、拍手してくれているが。

「貴様の席はあそこの一つだけ空いてるところだ」

   窓際の一番後ろといういわゆる「主人公席」とも言えるところが俺の席らしい。

「ね、私の言った通りになったでしょ?」

   右隣にいたのは例の副寮長、東藤智恵子。

「あれだけ反対されてたのにどうやって?」
「んー、まあちょっとね」

    彼女はニッコリしているが何やら相当ヤバいことをしたような気がする。

「制服、似合ってるわよ」
「そうかなぁ・・・」

    昨日教官の人たちが用意してくれたものだ。この学校の制服は冬、夏用共に海軍の正規の制服も意識したものであり、冬服は上下とも紺色で統一されている、らしい。
    俺は男なので下がズボンだが女子用はスカートになっている。どうも男子用のものがなかったようで、わざわざ俺のために急いで取り寄せたという。
   そして、前に座っているのもいつか見た顔だ。

「まさか私の後ろに来るなんてね」
「君は確か宇垣・・・なんだっけ」
「失礼ね、宇垣直美よ」
「あぁ、ご、ごめん!そうだった。恩人の名前を忘れるなんて」
「まあいいわ、許してあげる。これからよろしくね、小畑少尉」
「あ、あぁ、ありがとう・・・」

    でも、全く知らない人でなくてよかった。俺はつくづくそう思った。



    小畑君もといい、小畑少尉に正式に学校編入が言い渡されたのは一昨日のことだった。
    これまでも信じられないこと続きだったのに突然の編入指示。
本人はもちろんのこと、学校の教官達も混乱した。そもそもここはいわゆる女子校であり、男子が入るなどあり得ないことだ。
    しかし、軍隊は上官命令絶対の組織。学校の管轄組織である海軍省からの命令には従わなければならない。教官達が大慌てで準備をしているのは、医務室からもわかった。
    と、言うわけで。
   俺は晴れて、この学校に入ってしまったのだった。

「さあ、授業始めるぞー。小畑、教科書ないから隣に見せてもらえー」
「は、はい!」

    さすがはこの時代の教科書。表紙はは主席簿みたいで表紙に「第三号生 航海科 東藤智恵子 水雷」と印刷されている。どうやら「水雷」という授業のようだ。

「水雷の授業なんてやったことないでしょ」

そりゃそうだ。
なにせつい一週間前までは普通の高校の授業をうけていたのだ。

「まあ、私たちも今年から始めたばかりだし、大丈夫でしょ」
「そうか?」

    といって内容を見てみる。中にはさまざまな「水雷兵器」に関する事が書かれている。
    機雷に関する文献のところを見てみると、写真を見ただけで結構理解できた。

(これは確か潜水艦用の八八式。こっちのは八九式。おお、これは浮遊式の一号機雷!)

    なぜこんな事がわかるかといえば、それはズバリ「ミリタリー オタク」だからだ。
    つまり、こういうミリタリー 系のことに関しては、まずわからないことはそうない。特に大正から昭和初期の時代は自分の「得意分野」とも言える。

「じゃあ機雷の続きをやっていくぞ。日露戦争で、機雷という兵器が陰で活躍していたことは、前回話した。今回はその後の情勢を見ていく」

    なんだかワクワクしてきた。

「日露戦争で機雷の力を思い知らされた日本は、戦後兵学校の教育課程に新しく機雷戦というものを組み込んだ。君たちも二号生になったら学ぶだろう」

俺のいた元の世界の日露戦争では、機雷によってロシア戦艦「ペトロヴトロフスク」や日本戦艦「八島」「初瀬」をはじめ、多くの艦船を失っている。
この世界でも恐らく、同じことが起こったのだろう。
しかし、「機雷戦」の課目が追加されたのは「水雷学校」だったはずだが・・・。

「まあ、機雷戦の課目はあまり人気はないけどな。さて、日露戦争で日本は、一号および二号機雷を使用したが、これらの機雷を改良したのが、明治四〇年採用の係維式三号機雷だ。改良とは言っても、性能的には二号とさほど変わらない。本格的に改良されたのは・・・」

    毎日こんな授業が受けられると思うと、今までの心配も何処へやら。少しやっていけそうな気がした。




しかし、2限はそうもいかなかった。

「それじゃ石嶺。ここはどうだ?」
「はっ、方位150度に135海里進みます」
「よろしい。では東藤。その地点から沖縄への到達時間は?」
「はい、1時間20分です」

    次は「航海術イ」という課目だったのだが、質問も受け答えも、俺には暗号にしか聞こえない。
    特に「数学」が大の苦手である俺にとって、こういう計算は大敵なのだ。

「ダメだ。全然分からん」
「すぐ覚えれるから大丈夫、大丈夫」

    いや大丈夫じゃないんですが・・・。
理解に苦しんでいるうちに、授業は終わってしまった。

「どう、授業は順調?」
「いや、順調なわけないだろ」
「まあ初日だし、気にしてもしょうがないよー」
「はぁ・・・」

    午前中だけでこのザマだ。とても順調とは言えない。

「分からなかったら私と直美で教えるから。ねー直美」
「はぁ!?、なんで私が!」

    さっきから、なぜか前を向いて固まったままの宇垣が、急に変な声を上げた。

「だって直美が助けたんでしょ?ならいいじゃない」
「まあ、いいけど。ていうか編入させたのはあんただから私は関係ないでしょ!」

    そんなに嫌がらなくても・・・。
しかし、教えてくれるのはありがたい。

「へぇー、君があの噂の小畑ってやつか、まさか寮長様が捕まえて来るとはなぁ」
「?」

    一人の女子がいきなり声をかけてきた。確かさっき石井と名前を呼ばれていたはずだ。

「もー。いきなり馴れ馴れしいじゃない。全くあなたは・・・」
「悪かったよ、私は書記の石井響、よろしくな」
「ああ、よろしく」

    男みたいな話し方をするのには違和感を感じたが、東藤によれば昔からこうなのだそうだ。

「そうだ直美。岸埼教官から伝言だよ。業課が終わったら小畑に学校の中を案内してやれって」
「私、今日は別件があるからダメよ」
「え、そうなのか?参ったなぁ」
「じゃあ私が行こうか?」

東藤が言った。

「本当に?ありがとう智恵」
「よし、そうと決まれば早速行動開始よ!」
「え、もう行くのか?」
「もちろん!さあ行くわよ!」
「えぁ、ちょっと、待って・・・」

俺は、東藤に連れ去られるようにして教室を飛び出した。



    今日は授業が午前で終わるということなので、案内してもらうにはちょうど良い。回ってみるとこの学校の敷地のだだっ広さがわかる。校舎はもとより、その他の施設が多すぎる。
東藤によれば、学校のある広島県、江田島の中にはおよそ30もの学校関係の建物があり、はじめてきた人にとってはまさに「迷路」のようだ。学校の生徒でも、たまに迷子になる者もいるほどだ。

「さあ、ここがまず、私たち航海科が使う専門棟。航海術に必要ないろんなものが詰め込まれてるわよー」

    建物自体は三階建で、校舎と同じく赤煉瓦の外壁。中に入ると一、二階には海図代やら測定器やらが無数に置いてある。ちなみに三階は物置。

「ここは基本私たち航海科しか使わないから、好き勝手できるわよ」
「好き勝手と言われても」

    今まで何してきたんだと言いたいところだが、そこは抑える。

「隣は砲術家が使ってる棟で、大型機材の収容庫になってるの」
「ここは煉瓦造じゃないんだな」
「比較的新しいからね。まあ、あまり見栄えは良くないけど・・・」

    確かに、他の建物が赤煉瓦のなのにここだけありふれた「倉庫」になっている。

「この隣も、さらに隣も砲術科の建物よ」
「へぇー、砲術科はやけに建物が多いね」
「そりゃ砲術科は兵学校の中でも人気の学科だからね、生徒数も多くなるのよ」

    元の世界の海軍兵学校でも、砲術は花形のポストだった。ここでも人気なのは納得できる。

「じゃあ東藤は何で砲術をやらなかったんだ?」
「んー、よくわかんない。何となく大人数のところは嫌かなぁって思っただけ」
「だから航海科に」
「そうよ、意外でしょ?」

    本人は意外だと言っているが、俺は東藤らいしと思ってしまった。
グゥ〜。
    腹が空腹を知らせる。

「そういえば、私たちまだお昼食べてなかったわね」
「あ、そういえば」

    案内する方も聞く方も、夢中になっていたので全然気づかなかった。

「よし、じゃあ食堂行こう!」
「だ、だからそんなに慌てなくても」

彼女に腕を強引に引っ張られながら、食堂へと向かった。



食堂は最初にいた校舎と隣接しており、教室からも近い。
それにしても、さすがはこのサイズの学校。
食堂も二階建てと大きかった。
さらに驚いたのは、そのメニューだ。丼とか、アジの塩焼きとかを想像していたが、レストランでも出せるんじゃないかというくらい豪華な洋食だったのだ。

「東藤達は、毎日こんな豪華なものを食べてるのか?」
「お昼は毎日っていうわけじゃないけど、夜は毎日こんなものよ」
「さ、さすがは兵学校・・・」

    正直、こういう食事は慣れていない。ナイフとフォークまであるのでなおさらだ。

「ウチらだって最初は慣れてなかったさ。だから大丈夫だって」

さっきたまたま食堂で出会った石井が言った。

「お、練習艦隊が帰港したみたいだぞ」

食堂からは、呉の軍港の様子が一望できる。
外を見ると、確かに艦が続々と呉の港に入港していた。

「私たちも、半年ぐらい後に訓練航海に出るのよ。海に出られるのが楽しみね」

    すると東藤は突然クイズを出してきた。

「さて、問題よ響。あの艦隊の前から三番目を航行しているのは、何型駆逐艦でしょうか?」
「え、えぇ、あれか?えっとあれは・・・」

    前から三番目。前に雑誌で見たことがある。艦首のウェルデッキと、マストの形からして、恐らく神風型駆逐艦ではないだろうか?

「わかった!初春型だ!」
「ブブー、残念。答えは神風型。昨日教えたでしょ。響もいい加減艦型覚えないと」
「いやーすまんすまん。やっぱりウチは苦手だなぁ」

    おぉ、予想的中。

「じゃあ、一番最後尾のは?」
「え、なんじゃありゃ」

    最後尾をさっきの神風型よりひとまわりほど大きい艦が航行している。
あれは簡単だ。

「香取型」
「その通り!あの香取型軽巡は恐らく・・・響が答えた?」
「いや、ウチじゃなくて」

    二人の見つめられて自分が答えてしまったことに気づいた。まずい、ただでさえスパイの疑いをかけられているのに、こんなこと答えたら・・・。

「へー、すごーい!」

    東藤のテンションが急に上がった。

「小畑君、この距離で艦型がわかるなんて。もしかして元軍人とか?」
「いや、そんなわけ」
「冗談よ。でも、それだけ正確にわかるなんて、よっぽどの海軍通なのね」
「そんなにすごいことか?」
「すごいことだよ。だってうちらでもまだまだの人なんていっぱいいるのに」

    意外であった。
女子の兵学校に来るなんて、よほど海軍好きだと勝手に思っていたのだが。

「さあ、小畑君がよほどの海軍好きだってことがわかったところで、次行くわよ」
「まだ行くのか?」
「もちろん!まだまだ見せなきゃいけないところはあるんだからね」
「じゃあついでにウチも付いてっていい?どのみち暇だし」
「よし、じゃあ三人で行こうか」

    東藤に引きずられるようにして食堂を出た。



その後も、広い校内を散々歩かせられたものだから、それだけでくたびれてしまった。

「ここが最後の場所よ」
「やっと最後か・・・」

    外はすでに日が暮れかけている。いったいどれだけ歩かされたんだ?

「ここが私たち航海科の家。つまり寮ね」
「こんなところに寮が」

そこは他の建物とはかなり離れており、言われなければどこにあるのかわらないような場所だった。

「ここは一号生から三号生まで100人くらい寝泊まりしてるわね」
「そんなにいるのか?」
「まだ少ない方よ。多いところだと300人近く入ってるところもあるわね」
「へぇー」

    ここも赤煉瓦で二階建て。表に、「四号寮 航海科」と書かれている。

「東藤少尉以下三名。ただいま戻りました」
「お帰りなさいませ、東藤様、石井様」

    入口脇の寮監室に報告すると、女性が一人出てきた。背は俺たち3人よりも低い。この子も生徒だろうか?

「小畑君、紹介するわ。ここの寮監を務めてる伊達和子さん」

    口調は丁寧でとてもしっかりしている。
   そしてなぜかメイド服姿。

「どう、可愛いでしよー。でも、こう見えて年上なのよ」

えぇ・・・。
伊達さんに抱きついたまま東藤が言った。外観からして、俺にはとても年上には見えない。

「東藤さん。一応私は寮監ですよ?もう少し敬うべきでは?」
「えー、可愛いからいいじゃん」
「そうゆう問題ではありません」

とは言っても東藤は離れようとしない。

「ここの寮監を務めている伊達と申します。小畑様の事はすでに存じ上げております。記憶喪失になられたたとか?」
「まぁ、そんなところです、かね」
「それは困ったものですね。一日も早い回復をお祈りしています」
「あ、ありがとうございます」
「ところで石井様。またシーツをたたまずに外出されましたわよね?」
「いゃ、あれは、その・・・」
「次やりましたら一週間寮掃除にしますからね」
「す、すみません、反省します・・・」

   あんな性格だった石井がいとも簡単に撃ち負けるとは。恐るべし寮監。

「それでは小畑様。お部屋へ案内しますのでこちらへ」
「あ、はい」

伊達寮監に連れられて部屋へと向かう。
東藤と石井もついて来ようとしたが、寮監に部屋に戻れと言われたので渋々戻って行った。

「この寮では生徒二人で一つの部屋を使っていただきます。ペアの方と仲良くしてあげてください」
「僕のペアってどんな人ですか?」
「フフ、それはお楽しみという事で」

寮監も意地が悪い。

「ここが、小畑様に使っていただくお部屋です」

そこは、階段を二階に上がってすぐにある部屋だった。
扉の上に「三号生 一」と書かれている。
部屋の中は畳五畳くらいの広さで、2段ベッドと二つの机が3分の2を占めており、そのためかやけに狭く感じる。

「先程石井様にも言いましたが、生徒も皆様には、毎朝起きたら自分のベットのシーツや毛布をたたんでもらいます」

    そう言うと、そこのベットを使って実際に見せてくれた。さすがは寮監、畳み方がとても綺麗だ。

「このように簡単にたたんでもらえれば構いません。ただしあまりに汚いとやり直しをさせますので気をつけてください」

    続いて、ベットの下の引き出しを開けた。

「ここには着替えが入っております。朝はベットと着替え、合わせて1分で完了してください」
「1分、ですか?!」
「くれぐれも、遅れないようにお願いしますわね」
「は、はい・・・」

他にも、部屋の使い方を聞いていると、ドアをノックする音がした。

「寮監、ただいま戻りました。入ってもよろしいでしょうか?」
「あなたの部屋でしょ。構いませんわよ」
「寮監、どうしてわたしの部屋に・・・って!なんであんたがいるのよ!」

    入ってきたのは三号生寮長、宇垣直美だった。

「今日からここを使わせてもらうからに決まっているだろ」
「はぁ!?なんであんたが私の部屋に、どう言う事ですか寮監!」

    すると伊達寮監はニッコリしながらこう言った。

「宇垣様のお部屋しか空きがありませんでしたので」
「だからって男を寮にまで入れるなんて」
「同じ場所で勉学に励み、同じ釜の飯を食うのが仲間というものです。例え男でも例外はありませんわ」

    その言葉が気に入らないのか、今度は俺を睨みつけてきた。

「いい?私の部屋で寝止まりするのは許すわ。でもこの部屋の管理者は私、つまり全て私の命令に従ってもらいます。いいですね?」
「そんな!」

    俺があまりに酷いと言ってやろうとしたが、代わりに寮監が話しはじめた。

「宇垣様。今日からあなたたちはペアなのです。お互いを尊重し合い、協力することが必要です。それができないならば・・・わかっていますね?」
「ひぃ!」

    それを聞いた宇垣がよほどビビったのか変な声を出した。

「まあ、よろしくな」

    俺が右手を差し出そうとするが、宇垣はこっちを見ようともしない。

「私は、認めないから」

    この後、俺と宇垣が話すことはなかった。

「自衛官志望だったミリオタ高校生が、異世界の兵学校で主席を目指してみた件」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「歴史」の人気作品

コメント

コメントを書く