自由な不自由ちゃんの管理日記
20 酔ったついでに告白しました。
「長居しちゃってすみません」
「いいや、玲乃も喜んでたみたいだし、来てくれてありがとう」
玄関先で、もう帰るらしい鈴菜を俺は見送っていた。
「あの……お兄さんはもう今週で帰られるんですよね……?」
「あぁ、まぁな」
「……もう、会えないですかね」
「どうだろ。そこまで遠くもないし偶然会ったりするかもな。ていうか、なんで?」
「べ、別に深い意味はないです! それじゃあ、お邪魔しました!」
なーんか妙にドタバタして帰ったな。しかし、気を利かせて早く帰ってくれたのだろうか。なんなら夕食までふるまう準備はできていたのだが……。
「帰った?」
「あぁ。なんか楽しそうだったな」
リビングに戻ると玲乃が話しかけてきた。
手に本は持ってはいるが、閉じられている。やっと気づいたが、あれは彼女なりのサインらしきものらしい。本を閉じているときは話したい気分で、開いているときは話したくない。一種の意思表示か。
「別に、楽しくなんて……」
「妙な意地張るなよ。楽し気にしゃべってたじゃねぇか」
「まぁ、こうして唯としゃべるよりは楽しかったかもしれないわね」
「このっ……」
「冗談よ」
ふふっ、と小ばかにするように彼女は笑った。
いや、こっちとしては純粋にむかついたんだが。
「それにしても、止まないわね」
彼女の視線は窓の外、振り続ける雨へと向けられていた。
「あぁ、そうだな。まだ一時は降りそうだ」
「……明日は、晴れるかしら」
明日? 明日は何か予定があるのか? と、尋ねる前に思い出した。そうか、そういえば明日はこの町の花火大会だ。
「晴れるだろ。知らんけど」
というか、雨でも『何か』に頼んで晴れにしてもらおう。
あれを乱用するのはどうかと思うが、なんというか人のために使うのならいいような、そんな気がする。ま、ただの独善かもしれないけど。
「ねぇ、唯」
「なんだ?」
彼女は外から俺へと視線を移した。
まっすぐにこちらを見つめる瞳は、とても深くて吸い込まれそう、なんて印象を抱いてしまう。
「あなた、花火を見たことはある?」
「あるけど、なんで?」
「それは、どこで?」
え、そこまで踏み込んで聞かれるとは思っていなかった。
えぇっと、記憶が曖昧で思い出せない……あれ、本当にどこで見たんだっけ……?
なんというか、その絵は思い出せるんだけど、題名と作者名が思い出せるみたいな……記憶に靄がかかったようなそんな歯がゆい感じがする。
「いいわ、思い出せないならそれで」
「……? どういうことだ?」
「気にしないで。とにかく、明日は晴れてくれたらいいわね」
□
時の流れはやっぱり早い。
気づいたらもう暗くなりかけてて、飯を食べて片付けたらもう夜は深まっていた。
玲乃を帰ってきた怜美さんが入れて、その後に続き俺も入った。
で、ちょうど今出てきたところだ。
「あ、おかえりー。どうだった? 玲乃の残り湯は?」
「嫌な言い方しないでください」
変な想像しちゃったじゃないか。
「まぁまぁ、そう怒らずに座りなって」
ビールの缶をもって笑う怜美さんは酔っていた。酒臭い。何本飲んでるんだ、この人は。
「また飲んでるんですか」
「いいじゃない。酒は百薬の長っていうし」
「飲みすぎたらただの毒ですよ」
こんな風に酒を飲む怜美さんを止めるのも今夜で最後か。
明日はもうこんなまったりしてないだろうし、そう思うとすこし物寂しい。
「ていうか、もう遅いですよ、帰らないんですか?」
「んー、今日は浅田くんと少し話がしたいなぁ、って」
「はいはい。何ですか?」
なんかいかにも話したいことがある、みたいな雰囲気をまとっていたのでとりあえず聞いてみたらビンゴだ。まぁ、訊き方はあれだけど。
「えっとね、話っていうかカミングアウトだね」
「何のカミングアウトですか?」
つまらない話だったらすぐさま寝よう。
そう心に固く誓いながら俺は尋ねた。
「そんな深い話でもないんだけどねー、えっと、浅田くんって人材派遣会社からこの仕事を紹介してもらったでしょ?」
「はい。それが?」
「えっとね、どうしてこんな仕事に浅田くんが選ばれたと思う?」
「どうしてって……ただの偶然じゃないんですか?」
そんなものに理由なんてないだろう。せいぜい、その派遣会社の社員の気まぐれ、とかそんなところじゃないのか?
と、思考を展開させる俺に怜美さんはノンノンと指を振る。
「わたしね、偶然ってこの世の中にはないと思ってるの」
「幸せなひとですね」
「そうでもないでしょ? 自分に何か悪いことが起こったら、偶然で済ませられないじゃない。理由を考えて、余計に苦しんだりするかもよ?」
「そんな人には見えないですけどね」
我ながら失礼なことを言っているなと思う。しかし、彼女はどこ吹く風といった様子であははと笑っていた。
「話を戻すとね、浅田くんがこうしてここにいるのは偶然じゃないのよ」
「どういうことですか?」
「まぁ、突き詰めていったら偶然と言ってもいいのかもしれないけど……玲乃が選んだのよ」
「はい?」
選んだ、って何をだろう。
この話の流れからすると、もしかして――
「あなた、浅田くんをよ。もともとね、この家と玲乃の世話は私が一人でやってたの」
「え? 俺が雇われたのは元の管理人さに用事があるからって……」
「あれは嘘ね。浅田くんを雇うための嘘」
どういう、ことだ? なんだか、繋がってたこの仕事に関する辻褄がその言葉ですべて破綻した。
もともと怜美さんだけで事足りてるなら、なんでわざわざ人を雇った?
しかも俺なんていう大してぱっとしない人間を。
「種明かしをしちゃうと、玲乃がこの人を雇ってほしい、って私に言ってきたのよ。管理人として、この人を雇おう、って」
「それが、俺?」
「えぇ。それを聞き入れる私も私よね。だけど、玲乃が物を欲しい、とか、何かをしたい、なんていうことは今までほとんどなかったから、なんだかうれしくて」
「それで、俺を雇ったんですか」
俺の問いに怜美さんは黙って頷いた。
だけど。
「だけど、どうして、玲乃は俺を雇おうって――」
「さぁ?」
「さぁってことはないでしょう? 理由くらい……」
「本当に私も知らないのよ。知りたかったら、玲乃ちゃんに直接聞いて。っと、いい加減眠くなってきちゃった。じゃ、私帰るねー」
そして、そのまま彼女は去っていった。
……っていうか、あの人酒飲んでたよな。それで車乗って帰ってたから……おい、飲酒運転じゃん。
そんなこんなで俺の管理人生活6日目は幕を閉じた。思ったより、あっけないなんて感想を抱くのは、少し傲慢だろうか。
「いいや、玲乃も喜んでたみたいだし、来てくれてありがとう」
玄関先で、もう帰るらしい鈴菜を俺は見送っていた。
「あの……お兄さんはもう今週で帰られるんですよね……?」
「あぁ、まぁな」
「……もう、会えないですかね」
「どうだろ。そこまで遠くもないし偶然会ったりするかもな。ていうか、なんで?」
「べ、別に深い意味はないです! それじゃあ、お邪魔しました!」
なーんか妙にドタバタして帰ったな。しかし、気を利かせて早く帰ってくれたのだろうか。なんなら夕食までふるまう準備はできていたのだが……。
「帰った?」
「あぁ。なんか楽しそうだったな」
リビングに戻ると玲乃が話しかけてきた。
手に本は持ってはいるが、閉じられている。やっと気づいたが、あれは彼女なりのサインらしきものらしい。本を閉じているときは話したい気分で、開いているときは話したくない。一種の意思表示か。
「別に、楽しくなんて……」
「妙な意地張るなよ。楽し気にしゃべってたじゃねぇか」
「まぁ、こうして唯としゃべるよりは楽しかったかもしれないわね」
「このっ……」
「冗談よ」
ふふっ、と小ばかにするように彼女は笑った。
いや、こっちとしては純粋にむかついたんだが。
「それにしても、止まないわね」
彼女の視線は窓の外、振り続ける雨へと向けられていた。
「あぁ、そうだな。まだ一時は降りそうだ」
「……明日は、晴れるかしら」
明日? 明日は何か予定があるのか? と、尋ねる前に思い出した。そうか、そういえば明日はこの町の花火大会だ。
「晴れるだろ。知らんけど」
というか、雨でも『何か』に頼んで晴れにしてもらおう。
あれを乱用するのはどうかと思うが、なんというか人のために使うのならいいような、そんな気がする。ま、ただの独善かもしれないけど。
「ねぇ、唯」
「なんだ?」
彼女は外から俺へと視線を移した。
まっすぐにこちらを見つめる瞳は、とても深くて吸い込まれそう、なんて印象を抱いてしまう。
「あなた、花火を見たことはある?」
「あるけど、なんで?」
「それは、どこで?」
え、そこまで踏み込んで聞かれるとは思っていなかった。
えぇっと、記憶が曖昧で思い出せない……あれ、本当にどこで見たんだっけ……?
なんというか、その絵は思い出せるんだけど、題名と作者名が思い出せるみたいな……記憶に靄がかかったようなそんな歯がゆい感じがする。
「いいわ、思い出せないならそれで」
「……? どういうことだ?」
「気にしないで。とにかく、明日は晴れてくれたらいいわね」
□
時の流れはやっぱり早い。
気づいたらもう暗くなりかけてて、飯を食べて片付けたらもう夜は深まっていた。
玲乃を帰ってきた怜美さんが入れて、その後に続き俺も入った。
で、ちょうど今出てきたところだ。
「あ、おかえりー。どうだった? 玲乃の残り湯は?」
「嫌な言い方しないでください」
変な想像しちゃったじゃないか。
「まぁまぁ、そう怒らずに座りなって」
ビールの缶をもって笑う怜美さんは酔っていた。酒臭い。何本飲んでるんだ、この人は。
「また飲んでるんですか」
「いいじゃない。酒は百薬の長っていうし」
「飲みすぎたらただの毒ですよ」
こんな風に酒を飲む怜美さんを止めるのも今夜で最後か。
明日はもうこんなまったりしてないだろうし、そう思うとすこし物寂しい。
「ていうか、もう遅いですよ、帰らないんですか?」
「んー、今日は浅田くんと少し話がしたいなぁ、って」
「はいはい。何ですか?」
なんかいかにも話したいことがある、みたいな雰囲気をまとっていたのでとりあえず聞いてみたらビンゴだ。まぁ、訊き方はあれだけど。
「えっとね、話っていうかカミングアウトだね」
「何のカミングアウトですか?」
つまらない話だったらすぐさま寝よう。
そう心に固く誓いながら俺は尋ねた。
「そんな深い話でもないんだけどねー、えっと、浅田くんって人材派遣会社からこの仕事を紹介してもらったでしょ?」
「はい。それが?」
「えっとね、どうしてこんな仕事に浅田くんが選ばれたと思う?」
「どうしてって……ただの偶然じゃないんですか?」
そんなものに理由なんてないだろう。せいぜい、その派遣会社の社員の気まぐれ、とかそんなところじゃないのか?
と、思考を展開させる俺に怜美さんはノンノンと指を振る。
「わたしね、偶然ってこの世の中にはないと思ってるの」
「幸せなひとですね」
「そうでもないでしょ? 自分に何か悪いことが起こったら、偶然で済ませられないじゃない。理由を考えて、余計に苦しんだりするかもよ?」
「そんな人には見えないですけどね」
我ながら失礼なことを言っているなと思う。しかし、彼女はどこ吹く風といった様子であははと笑っていた。
「話を戻すとね、浅田くんがこうしてここにいるのは偶然じゃないのよ」
「どういうことですか?」
「まぁ、突き詰めていったら偶然と言ってもいいのかもしれないけど……玲乃が選んだのよ」
「はい?」
選んだ、って何をだろう。
この話の流れからすると、もしかして――
「あなた、浅田くんをよ。もともとね、この家と玲乃の世話は私が一人でやってたの」
「え? 俺が雇われたのは元の管理人さに用事があるからって……」
「あれは嘘ね。浅田くんを雇うための嘘」
どういう、ことだ? なんだか、繋がってたこの仕事に関する辻褄がその言葉ですべて破綻した。
もともと怜美さんだけで事足りてるなら、なんでわざわざ人を雇った?
しかも俺なんていう大してぱっとしない人間を。
「種明かしをしちゃうと、玲乃がこの人を雇ってほしい、って私に言ってきたのよ。管理人として、この人を雇おう、って」
「それが、俺?」
「えぇ。それを聞き入れる私も私よね。だけど、玲乃が物を欲しい、とか、何かをしたい、なんていうことは今までほとんどなかったから、なんだかうれしくて」
「それで、俺を雇ったんですか」
俺の問いに怜美さんは黙って頷いた。
だけど。
「だけど、どうして、玲乃は俺を雇おうって――」
「さぁ?」
「さぁってことはないでしょう? 理由くらい……」
「本当に私も知らないのよ。知りたかったら、玲乃ちゃんに直接聞いて。っと、いい加減眠くなってきちゃった。じゃ、私帰るねー」
そして、そのまま彼女は去っていった。
……っていうか、あの人酒飲んでたよな。それで車乗って帰ってたから……おい、飲酒運転じゃん。
そんなこんなで俺の管理人生活6日目は幕を閉じた。思ったより、あっけないなんて感想を抱くのは、少し傲慢だろうか。
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