自由な不自由ちゃんの管理日記
03 入れるついでに、一緒に入ろうかと思いました。
女の子の管理、というよくわからないお仕事を仰せつかった俺。
昼ごはんの後は、特に何もすることがなかったので、彼女の隣で持ってきた本を読んだ。
途中で、「何を読んでいるの?」と彼女に訊かれたときは正直に言うかどうか迷ったが、俺は素直に「人間失格」と答えた。その後彼女が作った、「ふっ」という小さな笑いの真意を俺は問いたい。
別に恥の多い生涯を送ってきたわけではない俺には、あの蔑むような笑い方は辛い。
さて、時は進んで8時過ぎ。俺の『女の子管理ウィーク』(ただいま命名)はもうすでに一日目を終えようとしていた。夜ご飯もあったものを適当に調理して食べた。
あの玲乃はピーマンが苦手だったらしく、皿の端っこによけていたが、俺が「食べれないの?」とわざと訊いてやったら「た、食べれるわよ」とむしゃむしゃ口に入れていた。
直後、ん~~~~!と唸る彼女の目は、バッテンになっていたけれど。
そして、今に至る。
俺は皿洗い。彼女はテーブル前から窓のそばの定位置へ戻り、読書中。
ちなみに、彼女の移動は俺が車いすを押してやっている。最初は少し手間取ったが、ストッパーの存在を覚えた今、もう難しいことなんて一切ない。
「そっち暗くないか?」
「大丈夫よ。……というか、もうこんな時間なのね」
玲乃もとい「自暴女」は壁掛けの時計を見遣りそう言った。あれ、逆? まいっか。
「そろそろお風呂に入らないと……」
「あぁ、そうか。行ってらっしゃい」
やはり女の子にとって風呂というのは大切なものなのだろう。
普通ならここで俺が、「あ、じゃあ洗ってくる」となるのだろうが、なめてくれては困る。
聞いて驚け。俺は掃除のときに風呂も洗っており、夕飯前には給湯ボタンをぽちっと押していた。したがって、もう風呂場はほかほかにスタンバイできているのだ。
完璧すぎる自分の働きを少しばかり誇っていた俺だったが、目の前の彼女の反応は称賛などではなかった。
ジトっとした両眼で玲乃はこちらを見ている。あー、そうか……。
「わたしが一人で行けると思うの?」
「あー……つまり?」
「全く、察しが悪いわね……」
いやいや、そんなことはありませんお嬢さん。俺は十分に彼女の言わんとしていることを理解している。
そう、理解しているからこそ、そのことが間違いである可能性と少しでも残しておきたいのだ。
「だ、か、ら、わたしをお風呂にいれなさい、って言ってるの」
そして、彼女はふいっとそっぽを向く。
ちらりと除く頬も、耳も、首筋まで真っ赤になっていた。
「い、いや普通に無理だろ」
「だってしょうがないじゃない。今日は歩けないもの」
「ていうか、あんたはいいのかよ。俺、男だぞ?」
「知ってるわよ。……でも、頼れるのは唯しかいないし……」
あぁもう、なんだよこの展開。ラブコメかよ。
もういっそのこと風呂なんて入らなくてもいいんじゃないかと言いたくなるが、きっとそんなこと言ったら怒られるだろう。
というか、俺いま、唯って呼ばれた……?
「……わかったよ……でも、一つ条件。タオルは巻けよ」
「あ、あたりまえじゃない」
と、いうわけで俺は彼女を風呂に入れることになったらしい。
ここで俺が承諾したのは純粋に彼女が風呂に入れないと悲しむだろうという紳士的な思考があったからだ。
不純な理由など全くありません。はい。
そうと決まれば善は急げ。
俺は彼女を車椅子で脱衣所まで運ぶ。
「自暴女」の指図通りに彼女の部屋から衣服も持ってきて、ついに脱衣である……。
というか、女の子の衣服をその女の子の部屋から持ち出すってかなり恥ずかしいんですね。初めて知りました。
「えっと、じゃあ靴下から」
「息が荒いわよ。あと顔真っ赤」
「う、うるさい……」
できるだけ落ち着いて、息を整え俺はしゃがみ込む。
驚くほど細いふくらはぎに手を添えて、純白の靴下へ俺は手をかけた。
というか、触れただけで「んっ……」とか吐息漏らすな。なんか俺が悪いことしてるみたいになるから。
もうこれ以上やってると頭がおかしくなりそう。
「はい、脱げた。次」
「わかってるって」
あぁ、なにやってるんだろ、俺。
出会って初日の女の子の靴下を命令されて脱がせるって……。
しかし、内心で愚痴ってもこの大仕事が終わるわけではない。細い足のひんやりとした温度に驚きを感じつつもくるぶし、かかとと手を回し、ゆっくり脱がせていく。
「そんなことやってて悲しくならないの?」
「お前が命令してんだろ……」
明らかに俺をからかうためだけに放たれたと思われるその疑問へ冷静な返答をして、俺は彼女の足から靴下を引き抜いた。
「……さっきから気になっていたのだけれど、あんた、とかお前、とかやめてくれないかしら」
お前こそ、俺をさっきいきなり呼び捨てにしただろうが……まぁ、別にいいんだけれど。
「じゃあ、なんて呼べばいいんだ?」
俺はこういう時のテンプレートとでも言うべき一言を彼女に投げかけた。
一週間も一緒にいることになるのだ。早いうちに呼び名を決めておくのはなかなかに大事なことかもしれない。
「そうね……お嬢様?」
「本当にそう呼ばれたいんだったら、俺はお前の人間性を疑う」
「冗談よ。普通に玲乃でいいわ」
小さく笑う彼女に「了解」と返して俺はしゃがみ状態から立ち状態へ移行する。さて、次は何を脱がすべきだろうか。あれ、もうすでにこの状況に順応してしまっている。やばいな、俺。
「次はワンピースね」
「あぁ、ジャンプ買って来いって?」
「この期に及んで逃げる気?」
いやいやいや、あらゆる手段を用いてこの場から退散すべきだと俺の全細胞がささやいているのですが。
だって、ワンピースなんて脱がしたら……。
「君たち~なにしてるの?」
「ひゃあっ!」
何の前触れもなく、そんな声が俺の耳に聞こえた。
いつの間にか開かれていた脱衣所の扉。そこから顔を出していたのは今回の依頼主、怜美さんだった。
その目は面白いものを見たという風に細められ、口元は口裂け女か、ってくらいつりあがっている。
ちなみに、「ひゃあっ!」は俺の声です。
「な、なにって玲乃を風呂に……」
「あぁ、そっか。じゃあごゆっくり」
「いやいやいや、待って! 普通交代しますよね!」
「えー、めんどくさいし」
「面倒くさいとはなんだ! めんどくさいって!」
なんだか、明らかにおかしい言葉が聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。気のせいだと願いたい。
俺はとにかく怜美さんを脱衣所の中に引き込んで、自分はその部屋の外に出た。
そのままバタンと重厚なつくりの扉を閉めて、外から「よろしくおねがいしますね!」と叫ぶ。
それに中から、「もー、わかったよ。けど明日からはよろしくね」という返答が聞こえたが、もうそれは無視しておいた。
あぁ、疲れた……。
けど、よく考えたら怜美さんがこのタイミングで現れたのは偶然とは考えにくい。
わざと頃合いを見計らって、この家に来てくれたのかもしれない。
複雑な気持ちの中怜美さんへの感謝を内心で言って、俺はリビングへ戻った。
昼ごはんの後は、特に何もすることがなかったので、彼女の隣で持ってきた本を読んだ。
途中で、「何を読んでいるの?」と彼女に訊かれたときは正直に言うかどうか迷ったが、俺は素直に「人間失格」と答えた。その後彼女が作った、「ふっ」という小さな笑いの真意を俺は問いたい。
別に恥の多い生涯を送ってきたわけではない俺には、あの蔑むような笑い方は辛い。
さて、時は進んで8時過ぎ。俺の『女の子管理ウィーク』(ただいま命名)はもうすでに一日目を終えようとしていた。夜ご飯もあったものを適当に調理して食べた。
あの玲乃はピーマンが苦手だったらしく、皿の端っこによけていたが、俺が「食べれないの?」とわざと訊いてやったら「た、食べれるわよ」とむしゃむしゃ口に入れていた。
直後、ん~~~~!と唸る彼女の目は、バッテンになっていたけれど。
そして、今に至る。
俺は皿洗い。彼女はテーブル前から窓のそばの定位置へ戻り、読書中。
ちなみに、彼女の移動は俺が車いすを押してやっている。最初は少し手間取ったが、ストッパーの存在を覚えた今、もう難しいことなんて一切ない。
「そっち暗くないか?」
「大丈夫よ。……というか、もうこんな時間なのね」
玲乃もとい「自暴女」は壁掛けの時計を見遣りそう言った。あれ、逆? まいっか。
「そろそろお風呂に入らないと……」
「あぁ、そうか。行ってらっしゃい」
やはり女の子にとって風呂というのは大切なものなのだろう。
普通ならここで俺が、「あ、じゃあ洗ってくる」となるのだろうが、なめてくれては困る。
聞いて驚け。俺は掃除のときに風呂も洗っており、夕飯前には給湯ボタンをぽちっと押していた。したがって、もう風呂場はほかほかにスタンバイできているのだ。
完璧すぎる自分の働きを少しばかり誇っていた俺だったが、目の前の彼女の反応は称賛などではなかった。
ジトっとした両眼で玲乃はこちらを見ている。あー、そうか……。
「わたしが一人で行けると思うの?」
「あー……つまり?」
「全く、察しが悪いわね……」
いやいや、そんなことはありませんお嬢さん。俺は十分に彼女の言わんとしていることを理解している。
そう、理解しているからこそ、そのことが間違いである可能性と少しでも残しておきたいのだ。
「だ、か、ら、わたしをお風呂にいれなさい、って言ってるの」
そして、彼女はふいっとそっぽを向く。
ちらりと除く頬も、耳も、首筋まで真っ赤になっていた。
「い、いや普通に無理だろ」
「だってしょうがないじゃない。今日は歩けないもの」
「ていうか、あんたはいいのかよ。俺、男だぞ?」
「知ってるわよ。……でも、頼れるのは唯しかいないし……」
あぁもう、なんだよこの展開。ラブコメかよ。
もういっそのこと風呂なんて入らなくてもいいんじゃないかと言いたくなるが、きっとそんなこと言ったら怒られるだろう。
というか、俺いま、唯って呼ばれた……?
「……わかったよ……でも、一つ条件。タオルは巻けよ」
「あ、あたりまえじゃない」
と、いうわけで俺は彼女を風呂に入れることになったらしい。
ここで俺が承諾したのは純粋に彼女が風呂に入れないと悲しむだろうという紳士的な思考があったからだ。
不純な理由など全くありません。はい。
そうと決まれば善は急げ。
俺は彼女を車椅子で脱衣所まで運ぶ。
「自暴女」の指図通りに彼女の部屋から衣服も持ってきて、ついに脱衣である……。
というか、女の子の衣服をその女の子の部屋から持ち出すってかなり恥ずかしいんですね。初めて知りました。
「えっと、じゃあ靴下から」
「息が荒いわよ。あと顔真っ赤」
「う、うるさい……」
できるだけ落ち着いて、息を整え俺はしゃがみ込む。
驚くほど細いふくらはぎに手を添えて、純白の靴下へ俺は手をかけた。
というか、触れただけで「んっ……」とか吐息漏らすな。なんか俺が悪いことしてるみたいになるから。
もうこれ以上やってると頭がおかしくなりそう。
「はい、脱げた。次」
「わかってるって」
あぁ、なにやってるんだろ、俺。
出会って初日の女の子の靴下を命令されて脱がせるって……。
しかし、内心で愚痴ってもこの大仕事が終わるわけではない。細い足のひんやりとした温度に驚きを感じつつもくるぶし、かかとと手を回し、ゆっくり脱がせていく。
「そんなことやってて悲しくならないの?」
「お前が命令してんだろ……」
明らかに俺をからかうためだけに放たれたと思われるその疑問へ冷静な返答をして、俺は彼女の足から靴下を引き抜いた。
「……さっきから気になっていたのだけれど、あんた、とかお前、とかやめてくれないかしら」
お前こそ、俺をさっきいきなり呼び捨てにしただろうが……まぁ、別にいいんだけれど。
「じゃあ、なんて呼べばいいんだ?」
俺はこういう時のテンプレートとでも言うべき一言を彼女に投げかけた。
一週間も一緒にいることになるのだ。早いうちに呼び名を決めておくのはなかなかに大事なことかもしれない。
「そうね……お嬢様?」
「本当にそう呼ばれたいんだったら、俺はお前の人間性を疑う」
「冗談よ。普通に玲乃でいいわ」
小さく笑う彼女に「了解」と返して俺はしゃがみ状態から立ち状態へ移行する。さて、次は何を脱がすべきだろうか。あれ、もうすでにこの状況に順応してしまっている。やばいな、俺。
「次はワンピースね」
「あぁ、ジャンプ買って来いって?」
「この期に及んで逃げる気?」
いやいやいや、あらゆる手段を用いてこの場から退散すべきだと俺の全細胞がささやいているのですが。
だって、ワンピースなんて脱がしたら……。
「君たち~なにしてるの?」
「ひゃあっ!」
何の前触れもなく、そんな声が俺の耳に聞こえた。
いつの間にか開かれていた脱衣所の扉。そこから顔を出していたのは今回の依頼主、怜美さんだった。
その目は面白いものを見たという風に細められ、口元は口裂け女か、ってくらいつりあがっている。
ちなみに、「ひゃあっ!」は俺の声です。
「な、なにって玲乃を風呂に……」
「あぁ、そっか。じゃあごゆっくり」
「いやいやいや、待って! 普通交代しますよね!」
「えー、めんどくさいし」
「面倒くさいとはなんだ! めんどくさいって!」
なんだか、明らかにおかしい言葉が聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。気のせいだと願いたい。
俺はとにかく怜美さんを脱衣所の中に引き込んで、自分はその部屋の外に出た。
そのままバタンと重厚なつくりの扉を閉めて、外から「よろしくおねがいしますね!」と叫ぶ。
それに中から、「もー、わかったよ。けど明日からはよろしくね」という返答が聞こえたが、もうそれは無視しておいた。
あぁ、疲れた……。
けど、よく考えたら怜美さんがこのタイミングで現れたのは偶然とは考えにくい。
わざと頃合いを見計らって、この家に来てくれたのかもしれない。
複雑な気持ちの中怜美さんへの感謝を内心で言って、俺はリビングへ戻った。
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