Koloroー私は夜空を知らないー

ノベルバユーザー131094

第五話 イケおじ神父様…だと!?


今日は元の世界のことも含め、人生で初めて、教会に来た。初めてなので大きいのか小さいのかはわからないが、映画の中に出てくる小さな教会、というイメージがピッタリだ。
「初めまして、ルーナちゃん」
「初めまして、神父様」
噂に聞いていた神父様は、とても人柄がよさそうな顔をしていた。40代後半ぐらいの叔父さんで、イケおじイケメンおじさんか!?と言われると、顔は特段イケメン!!と言うわけでもないのだが、身だしなみー眉や髪、それに顎鬚あごひげーを整えているから格好良く見える。それに、女の私が見惚みとれるほど自然で美しい仕草しぐさ、やっぱりイケおじかもしれない。
「ルーナちゃんに手伝ってもらいたいのは、今のところ教会の掃除だけでね。だからと言って、ここの教会は狭くないだろう?男二人でも間に合うんだが、どうも最近来る人が増えて忙しくてね…」
「大丈夫です。頑張ります。私でよければ」
この私でよければ、のちゃんとした意味は「ずぼらで部屋掃除が一番苦手な私でよければ」なのだが、敢えて口に出してしまうのは私の信頼度が下がるかもしれないのでやめておく。
「ルーノくんの妹さんなだけあって、可愛らしい人だ」
「え?」
この神父、もしかしてチャラい系イケおじか?
「やめてください神父様。俺に似てるだなんて彼女に失礼です」
「またまた君は謙遜けんそんしすぎだよ。もっと自己評価してもいいんじゃないのかい?」
「男の俺に似てるなんて彼女、傷つきますよ」
「そう言う意味じゃぁないんだけどね」
私は喋ってる二人の顔を交互に見た。
このイケおじ神父様は、ルーノの顔を知っているのだろうか…?それとも雰囲気の話…?

実のところ、私はこの2日間、共に過ごしてきたルーノの顔を知らない。
…と、言うのも、彼はその顔を鼻の下まで前髪で隠し、口元だけで感情表現をしているからだ。
彼自身、髪の隙間からものが見えるとはいえ、不便だろうし、顔が見えないなんてなんだか淋しいと私は一度だけ伝えたのだが「自分の顔が嫌いなのだ」と彼は一言言って話題を変えられてしまった。
イケメンだとしたら、自分の顔は好きだろうに…とは思うのだが、私も自分の顔が好きじゃない。隠して生きれるのなら、隠したい気持ちはよくわかる。…私は視界が遮られたら生きて行けないからしないけど…。だから彼の顔を見ることができないのは残念だが、彼の顔を見ることは半ば諦めている。

「ルーナちゃんは今まで何処で暮らしてたのかな?」
ビクッとする。違うことを考えていてボーっとしていたからでもあるが、答えられない質問を出されたからだ。しかし、兄妹離れ離れに暮らしていたら間違いなく疑問に思うだろう。…だから、私はルーノと事前に決めていた答えを告げる。
緑の街グリーンタウンで暮らしていました。とはいえ、ルーノと生き別れた後、街を転々とした後、緑の街グリーンタウンに辿り着きまして。街の端にある小さなお店を経営するご夫婦の手伝いをしながら過ごしていたので、その場所以外のことは詳しくなくて…」
よし、噛まずに言えた。私の中の女優魂が輝いた瞬間だった…って言いたいけど、緊張のせいで声震えすぎたし、上手く笑えていたかもわからない…もうだめだ。嘘ついたってばれるかも。
「大変な思いをしたんだね…それは大変だっただろう」
「あ、はい…そうですね…」
あれ、意外に嘘つけてる?
「じゃあ、緑の街グリーンタウンで最も有名な魔導研究所マジックラボ運命保管庫ディステニーボールトである【サティルーソ】に行ったことないんだね」
「サティ…ルーソ…?」
全くもって聞いたことがない。魔導研究所マジックラボ運命保管庫ディステニーボールト?この世界では当たり前の単語なのだろうか。聞き慣れない単語…いや、聞き慣れた単語が聞き慣れない組み合わせで帰って来た!!!!って感じだ。
「おや?結構有名なのになぁ…」
あっと、ここで墓穴掘ったか私!!!!
「神父様もご存知でしょう?悪魔インクーボが暴れていることを」
悪魔インクーボ!!?!?何それ!?
「ああ…そういやそうだったね…もしや彼女も?」
「ええ、悪魔インクーボに好かれやすい体質らしく、逃げても逃げても追いかけてくるようで…街のことを知る前に転々と色んな場所に移動していたようで」
「ああ…だから、ルーノくんも探すのに苦労したんだね」
緑の街グリーンタウンはこの国で最も発展している土地ですが、悪魔の化身インクーボとの向き合い方については我々黒の街ブラックタウンのほうが慣れているので」
「…なるほど」
ちょっと待てよおい!!!!話が!!本人の知らないところで!!どんどん進んでますけど大丈夫ですかルーノ!!あとで説明してもらえるんですかね!!?もう知らない単語多すぎて発狂しそうだよ!?ねぇ!!!!
…という、私の心の内は届いている様子で、こちらをチラリとみたルーノだったが…。
「ああ、あんまり人に話してほしくない内容だったよな。大丈夫。ここの教会は主に悪魔インクーボとの戦いの中心にあるのだから。心配しなくていい」
優しく微笑んで私の頭を撫でた。うん、そっか…じゃなくてですねぇ!?
だ!か!ら!その悪魔インクーボとやらはなんなんですか!!
「しっかしまあ、そりゃルーナちゃんがそんな状態だったと知ってしまったら、ルーノくんも見つけ次第、早く引き取りたくてしょうがなかっただろうね」
「ええ、だからこんな急になってしまったんですよ」
…よくもまあそんな打ち合わせしてない嘘ばっかつけるなオイ。しかし、その嘘も私のためだと思えば、今ルーノがでたらめに言ったこと、覚えておかなきゃならない。他の人にまた違う嘘をつくのもダメだと思うし、せめて緑の街グリーンタウンとこの街黒の街ブラックタウンのこと、それから有名と言われるサティルーソのことに悪魔インクーボのことは後で聞かなくては。
覚えなきゃいけないこと、聞かなきゃいけないこと、知らなきゃいけないこと。沢山あって…私、この世界でやっていけるのだろうか…ううん!弱音を吐いちゃダメ!!ここで弱音吐いたってうまくいくわけじゃないんだから!!誰かが助けてくれるわけでもないし、自分で何とかしなきゃ!!
「ルーナちゃん」
「はい!!」
「本当は君について詳しく知りたいところなんだけど、さっさと掃除終わらせないと行けなくてね」
「大丈夫です!」
むしろそのほうが助かります…。
「さて、じゃあルーノくん、箒に雑巾、それからバケツの場所を教えてやってくれ」
「はい」
「あの、どこをどう掃除すれば…」
人によって時には掃除に厳しい人がいる。ここはこう!あれはああ!みたいに。だがこの神父…
「あ、適当でいいよ適当」
「はい?」
だいぶ大雑把な性格のようだ。
「汚いなーって思うところササーってやってくれりゃそれでいいから」
キラッキラッのいい笑顔で笑う神父様。教会がそんな適当な掃除で許されるのか。
「じゃあ私は裏で仕事に使う薬草の選別をしてくるよ」
「ルーナ、掃除道具はあっちだ。行くぞ」
「え、あ、うん」
ルーノに手を引っ張られ、道具一式を置いてある場所に連れてかれる。それをまた笑顔で見送った神父様は奥にある部屋に入っていった。あのあの、ルーノは神父様にツッコまなくていいの?適当って言ってるよ?これ、仕事になってるの?
「バケツに水を汲んできたいんだが、ここの水回りは神父様が仕事する場所と外側にしかなくてな。基本、寒いから俺が取りに行くけど何かあった時に場所を知らないと困る。今日は外側だけ教えるからついてきてくれ」
ツッコミよりも仕事しろってことですよね。
「はーい」
彼が雑巾を入れたバケツを一つ持つと、私に箒を一本渡してくれた。彼も片手に箒を一本持っている。
「ぅう…さぶっ…」
しんしんと積もる雪を見るだけで体感温度がグッと下がる気がする。昼間だというのに厚い雲が光も通さず、壁も屋根も黒い家々から温かみも感じられず、窓から漏れる暖炉の光だけが、色をついているように思わせた。

私が黒の街ブラックタウンについて知っていることは二個ある。
一つ目は黒の街ブラックタウンという名前は、街全体が元から黒くてつけた名前ではない、ということだ。街の名前の由来を知るには創世記を熟読せよとのことだが。では何故、この街は黒いのか、という疑問が残る。
それについて語らなければならない人物がいる。この国の王妃【ステーロ】のことだ。
どの街の民からも愛された娘だったという。太陽のような笑顔で、月のような優しさで、老若男女問わず全てを愛し、全てに手を差し伸べていた、とルーノが楽しげに語ってくれた。
そんな彼女は、随分前に死んでしまったという。死の直接的な原因は聞いていないが、あまりにも突然のことだったと、彼は告げた。全ての民から愛された娘は殺されたのか、自殺だったのか、事故だったのか…。
それからこの街は、彼女をうしなったかなしみの表現を【街全体を黒く染める】という行為で示したのだという。…かれこれ数年以上前の話だというのだからビックリしたが、それでもまだ人々の哀しみは癒えないのだそうだ。
そしてもう一つ、私がこの街ブラックタウンについて知っていること。
それは街を黒く染めたその日から、雪がまない、ということだ。これについては誰も何もわかってないという。

と、言うことで、この街はとても寒い。そして、歩く人皆一様に白黒の服を着ている。私自身、白黒モノクロが嫌いなわけじゃなかったが、こうも何も色がないのを見ると寂しさを感じざるを得ない。
隣でバケツに水を入れながら淡々と掃除の説明をしてくれているルーノも私がボーッと街並みを見ていることに気づいて困ったように笑った。
「ルーナにはこの街がどんなふうに見える?」
それはどんな意図があっての質問だろうか。
「…なんていうか、寂しいなぁ…っては、思う」
少し間が空いて返事が返ってきた。
「…そっか」
一度だけ、お葬式に出たことがある。私は学生だったため制服を着て行ったが、家族は喪服を着ていた。黒いスーツに黒いネクタイ、黒い靴。全員が同じような格好をしていることが当たり前であり、礼儀でもある。だが、その恰好がまさに「死んだ」人がいることを認めろと言われているような気がして、ずっと下を見ていた気がする。

「黒色はね、好きなんだよ」
「へぇ」
これは本当のことだ。痩せて見える服の色だし、どの色の服とも合わせやすい。元の世界でも私は白黒の服ばかり着ていた気がする。
「でも、別に他の色が嫌いだったわけじゃないからなぁ」
私の世界では真黒なんてほとんどなかったから、暗い夜も電気の光で紺色に見えたし、冬になればイルミネーションが輝きだす。昼間は黄色に赤に…。
「例えば、何色が好き?」
突如言われて首を傾げた。
「…そう言われると、何色が好きだったんだろ」
「一番好きな色は何?って聞かれることはなかった?」
「一番、好きな色…は…」
私、一番とかそういうの気にしたことなかったから、その時その時の気持ちで好きな色を選んでいたわけだし、ずっと、どんな時も好きだった色があったとか…。
(本当に?)
頭がズキッとした。少しだけ視界が歪んだ気がする。
「ルーナっ…!!」
少しふらついた私にルーノがバケツを放り出して支える。バケツの水が雪を溶かして、そしてまたその水が氷になる。思えば、この世界の水道は凍らないのだろうか。
「あちゃ…バケツ、やり直しだね」
「それより、頭が痛いのか?」
彼は私の両肩をがっしりと掴み、私の顔を覗きこむ。
「あー…なんか、一瞬だけ。でも今は大丈夫!」
少し痛むけど我慢はできる。
「本当に?」
「寒かったからかな?片頭痛へんずつうがちょっとあっただけみたい」
へらっと笑う私を見ても尚、彼の笑顔は戻らない。
「早く教会に戻ろう。暖まってから掃除したっていいんだ」
何をそんなに心配することがあるのだろうか。
「大丈夫大丈夫、それよりもう一度バケツに水を汲みに行こう?ね?」
「ルーナ、俺がちゃんとやっておくから、一度教会に戻って休憩しよう」
「大丈夫だって。片頭痛は慣れてるから」
「ルーナ」
何度も私の名を呼んで心配してくれる彼の声が、わずらわしかった。
「大丈夫だから!!!!」
怒鳴った私を見て驚いた顔をした彼。心配してくれているだけなのに、善意で声をかけてくれているのに、彼は本当に優しいのに、私はどうしてこうも意地っ張りなのだろうか。何故、私はこうして他人の優しさに甘えられないのだろうか。後悔したって、怒鳴ったことが消えるわけじゃない。
「…ごめ、ん…」
消えそうな声で謝った。違う、もっと、ちゃんと言うことがあるでしょう。
どうして言えないの!!私!!!!!!
自分への苛立ち、できないことへの苛立ち、彼を傷つけた後悔。黒い、黒い感情がごちゃ混ぜになって濁っていく。

そんな私を彼はギュっと抱きしめてくれた。雪が少し積もった彼の肩に頭を置いた。彼は優しく私の背中を撫でると、何も言わずに黙っていてくれた。
そうなんだよ、ルーノ。貴方が正しい。本当は偏頭痛が痛いと大丈夫じゃなくてさ。でも、自分でやらなきゃいけないことがいっぱいあるから頑張らざるを得ない時がいっぱいあるの。本当は大丈夫じゃないのに、大丈夫って言わなきゃいけない時がいっぱいあったの。

強がらないと、元の世界では生きていけなかったの。

口には出せなかった。それでもわかってるよ、とでも言うように彼は私の背中を優しく撫で続けてくれた。ジッと、落ち着いたころに、やっと喋れるようになった。
「ごめんね、ルーノ。それと、ありがとう」
今度はちゃんとハッキリ、謝ることもお礼を言うこともできた。
「大丈夫。言いたいことはわかってるから」
「やっぱり、教会で休んでもいい?」
「もちろん。さあ行こう」
私のせいでだいぶ時間をロスしてしまったかもしれない。それでも彼は優しくしてくれる。
こんなに人に優しくされたのはいつぶりだろうか。

彼の優しさが身に染みた。

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