大魔導師になったので空中庭園に隠居してお嫁さん探しに出ます。

ノベルバユーザー160980

プロローグ

「大魔導師様!!」


誰かが俺のことを呼ぶ声が塔に響き渡る。開いた窓から外を見ると、空は青く、近くの野原に寝転がればさぞ気持ちのいいだろうと思える昼下がり。
しかし、今俺がいるのはそんな美しい日向ではない。
薄暗い塔の中、石レンガの地面が差し込む光の柱に照らされているが、視界は薄暗い。


「大魔導師様!その聡明なお考えをどうかお聞かせください!!」


呼んでいた本にしおりを挟んで気だるげにゆっくりと閉じる。
鬱陶しいその声の主に知恵を貸すべく重い腰をふかふかのソファーから持ち上げる。


「今行くよ」


まったく、今日はいったい何の騒ぎだろうか。






俺の名前は天草時雨あまくさしぐれ。俗にいう転生者というやつらしい。
こっちに生まれた俺は捨て子だったらしく、人族の国の郊外にあるこの塔に住んでいた魔術師のお爺さんに拾われた。転生者という身分を隠し、この塔でしばらく暮らした。
どうやら俺を拾った爺さんは人間の国では厄介者扱いされていたらしい。わけのわからん事を住民に言いふらし、閉じこもったまま数か月間魔術の研究で出てこなかったと思ったら爺さんの家から紫色の煙が噴き出したりなど、ありとあらゆる問題をひたすらに起こし続けた結果、ついに国外に追放されたらしい。
その後はこの塔を魔術を駆使して作り、俺が来るまで一人寂しく暮らしていた。
爺さんは俺を魔術の研究の後継者にするつもりで育てた。その結果は大成功で、俺は魔術の領域を軽く超え、寿命すら超越した存在になった。
要するに魔術師ではなく魔導師になったのだ。
ここまで来るともはや俺が人間であるのかどうかは少し疑問の残るところだが、まぁひとまずそのことについては置いておこう。
魔法と言えるだけの術が使えるころには俺は古今東西の様々な知識を手に入れていた。
農業、漁業などの一次産業から、国家の運営にかかわるような政策方針。果ては万物創造とまではいかなくともある程度の物なら無から有を生み出すという魔法の特性を生かした創造能力も会得した。
そしていつの間にか俺は大魔導師と呼ばれるようになり、各国からご意見番のような扱いをされていた。
それからというもの、よそにその能力が知れてしまい毎日毎日毎日毎日俺のところには様々な国の使者が来るようになった。
ここまでで大体俺が転生して340年ほどだろうか。中身はどうであれ体の方は若いころの肉体に戻してあるし、見た目的には十代後半程度なのだが、歳は120を超えたあたりから数えてはいない。
まだやろうと思えば魔法についての研究を進めることもできるかもしれないが、正直言って俺にできないことなんてほとんどなくなってしまった。
要するに飽きたのだ。
その一点において知識欲が消え失せた。それは何かを研究することにおいては致命的な欠点だ。
そのことに気づいてからは死ぬことも何か特別にすることもなく、たまに読書をしながらだらだらと生きながらえて今に至る。


「おお、大魔導師様。本日はご機嫌麗しゅう―――」
「御託はいいから。用件だけ話してくれ」
「ははっ。我が領土での作物の育ちがいささか芳しくありません。いろいろ手は尽くしたのですが―――」


そう広くない応接間でどこの国からの献上品だったか覚えていないひじ掛け付きの金ぴかで真っ赤なクッションのついた椅子に肘をついて退屈さ全開で話を聞く。


また作物の話か。
どうせお前たちの『いろいろと手を尽くした』は神に祈りをささげて三日三晩懇願するくらいだろうに。それか口先だけで特に何もしていないまま俺のところに聞きに来るか。
なぜこの二択になるのかと言うとこの世界の二大宗教の話をしなくてはいけなくなる。その話はまだ先でいいだろう。


などと考えながら作物の育っていないいろいろな土地の名前を聞いていく。考えてみればここ数十年で随分と土地の名前も変わった気がする。昔は魔術を極めたら知識でしか知らない外の世界を旅してまわろうなどと考えていたが、ある程度魔術を習得して『遠見の魔術』を使えるようになってからはそんなことも考えなくなってしまっていた。今度こそ旅に出てみるのもいいかもしれない。
昔、日本にいた頃は異世界に行ったらしたいことなんてもっと沢山考えていた気がするんだが。このところは長い間薄暗いところで一人孤独に研究ばかりしていたせいか感情というものが凝り固まってしまている気がしてならない。そのせいで昔やりたいと思っていたことも今ではあまりやる価値がないように思えてしまうのだ。
なにか、なにか現状を打開するようなことは考えていなかっただろうか。
そんなくだらないことに俺が思考を巡らせている間も使者の話は進んでいる。正直言って塔の地下にある肥料渡して私の力でーすとか適当抜かして終わるつもりだったのだ。少しばかり話を聞いていなくとも構うものか。


うーん。研究、孤独、異世界、夢…これと言って何も思いつかない。これほどまで自分のボキャブラリが死んでいるとは思ってもみなかった。


いつからか感情と共に変わらなくなった真顔のままで使者の話を聞いている風を装う。
いつまでも「異世界…異世界…」と思考を働かせていると、使者が「ああ、そういえば」と声のトーンを多少明るくして問いかける。


「これは今回の話とは少し関係ないのですが、大魔導師様はご結婚はなされないのですか?」
「なに?結婚?」
「はい。我が領地の領主さまが自分の娘をぜひ大魔導師様の妻にと申されていました」


この話を聞いた瞬間に俺の脳にピロリィン!という効果音と共に電撃が走った。


「それだ!」
「ど、どうされました大魔導師様」


普段声を上げない俺が急に大きな声を出して椅子から立ち上がったことに驚いたのか、使者がびくりと体を震わせて目を見開く。


「ありがとう。君のおかげで答えが見つかった気がする」
「そっ、それはようございました!わたくしなどが大魔導師様のお力になれるのでしたら何なりとお申し付けください」


何が起きたかわからないが失敗したのではなくてよかったと安堵している使者をよそに、今後のプランを組み立てる。
ようやくこの先の目標が決まった。ここ100年程冷め切っていた俺の心にかすかに温かさが戻ったような気もする。
凝り固まった表情筋で口角をほんの少し上げてこれから先に起こることに心を躍らせた。





「いやはや本当に良かった」


沢山の馬車や護衛が行列を作っている。その中央付近にいる一番豪華な馬車の中。先程大魔導師が住む賢者の棟と呼ばれている塔から帰って来た貴族の老人は目を瞑りながら安堵した表情でホッと胸をなでおろしていた。


あの物静かで感情を表に出さない大魔導師様が急に声を挙げられた時はもうご助力を得られないかと思ったが、こんなにもたくさんの魔法の土を頂いて帰れた。


そう考えながら後ろの馬車の方を見る。他の人を乗せるための者ではない荷馬車には、大量の白い大きな袋が積まれていた。


「それにしてもあれは何だったのだうか」


大魔導師様がいきなり何の前触れもなく立ち上がって「それだ!」と叫ばれたときは顔には出さないように努めてはいたが、正直なところかなり焦らされた。あの方の怒りを買って協力を取り付けられないなんてことになろうものなら領主に何を言われるかわからないどころか領地内の被害が想像するのも恐ろしいことになってしまっていたかもしれない。
結局あの魔法の土たちを積み終わってからはあわただしく塔の中に戻られてしまったので結局何事だったのか聞くことはできなかった。


機会はまたいくらでもある。その時にでも聞けばよかろう。


そう考え、早く農民たちにこの土を届けねばと帰路を急ぐのだった。





「サイズはこれくらいでいいかな…。後は何が必要だろう。風呂か?風呂は必要だな」


別に風呂に入らずとも体を清潔に保つことはできるが、そういう物理的な意味合いとは違う精神的なところでの風呂の存在と言うのは大きい。
何か辛いことがあったとき、深く考えたいことがあるとき、そんなときはやはりお風呂に入るのが一番だと俺は思う。風呂とは心の洗濯であり心の湯たんぽなのだ。
そんな日常的なことを考えている最中ではあったが俺の目の前にはこれ以上ないというほどの非日常的な光景が広がっていた。
目の前の空に巨大な島のような物が浮かび上がっている。巨大なというか具体的には大量の土の塊を直径100メートルの半球状の形に魔術で固めたものなのだが。


「図書館は必要だな。あとは暮らす家はもう考えてあるし、小さな果樹園もほしいな」


こんなにワクワクした気持ちになるのはいつぶりだろうか。いや、もしかしたらワクワクしている気になっているだけかもしれないが。こんな時はワクワクする物……なはずだ。
しかし、結局のところ顔は真顔のままなのでいまいち言葉が説得力を持たない。
いや、今はそんなことは別にどうでもいい。


「よし、これで準備はいいだろう」


誰に言うでもなく一人そう呟く。
後ろを振り返るとこの数百年俺が一人孤独に過ごした塔がポツンと寂しく建っていた。


「この場所ともこれでお別れか。今思えばなかなかにお世話になった気がする」


死んだ爺さんの墓にはついさっき花を供えてきた。これでもう思い残すことは無い。


「いってきます」


その言葉を口にして俺は俺の空中庭園新しい家に向かった。





「大魔導師様!!」


今日もその塔には彼を呼ぶ声が響き渡る。
今日の来客はごつい中年騎士で、その顔は疑念を抱いてしかめられていた。


おかしい。何度読んでもいつも返ってくる気だるげなお返事がない。


先日来た貴族の所属する領地の国以外にも人間の国は複数あり、その他の種族も含めるとさらにたくさんの国家が存在する。
しかし、この一帯は彼が定めた非戦闘地域であり、この塔の付近で血を流そうものなら彼の助力は受けられない。それ故に様々な種族が彼のことを訪ねる。その中には助力を得るという事を名目に彼を取り込もうと考える者も多い。
そこまでではないが、今回の騎士もそれに近い要件だった。
魔族との関係が緊迫し、あわや戦争になりかけている。このまま戦争になってしまえば、兵力でも備蓄でも苦しい彼の国は敗北を喫してしまう事だろう。
その戦争を回避、または何とか勝利や停戦に持ち込むための手段がないかとかの大魔導師を訪ねたのだったが、以前のようなちょっとやる気がなさそうなあの間延びした返事が返ってこない。


まさか大魔導師様の身に何かあったのでは!?


「大魔導師様!!」


そう叫んで急いで大魔導師がいるであろう部屋へと塔の階段を駆け上っていく。


「大魔導師様!ご無事ですか!?」


ビタン!と壁にたたきつけられた扉が少し傾きながら止まるが、その部屋の中には探し人の姿はない。
動揺しながらも中を探索すべく足を踏み入れる。少し部屋の中を歩くと机の上のメモに目が行く。
そこに書かれていたのはまさに衝撃の内容だった。




ここに来た誰かへ。
お嫁さんを探しに旅に出ます。探さないでください。
もし俺のことを見つけたときはそのことは誰にも言わないでください。
でも何か困っていることがあれば力になる……と思います。


「な、なんという事だ...」


騎士は彼が無事だという事に多少安堵しつつも、大魔導師失踪というこの衝撃の事態をどう受け止めるべきか頭を抱えるのだった。





そのころ当の本人は空中庭園に建てたこじんまりとした一軒家の自宅にある自室で本を読んでいた。


「よく考えたらこんなでかい島で空飛んでたらすぐばれる気もするけど...。その時はその時でいいか」

別にやろうと思えばいつでも魔術で透過させられる。しかし、その辺を飛んでいたワイバーンが衝突してはかわいそうだ。
とりあえず高度をもう少し揚げておけば問題ないか。
そんな合理主義の塊と面倒くさがりなものぐささをごちゃまぜにしたような性格の主を乗せて、空中庭園は空を進んでいく。




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