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桐島記憶堂

ぽた

31.達成感

「さて――」

 やってきたわけだけれども。
 存外と歩いたなぁ、澄海岬まで。あと少しだ。

 うに丼の効力がどこへやら、すっかい足は棒だ。
 体力作り、しないとなぁ。
 と、思うのも――

「久しぶりのお散歩は、気持ちが良いですね」

「そうだな」

 何ともなしにスタスタと歩く、大輔さんと小夜子さん。
 嘘だろ、と思わず声が漏れてしまった。

 僅かばかり肩を落として歩き進めると、桐島さんがまた横に着いて来て、お疲れですか、と尋ねて来た。
 見栄を張って「いいえ」と答えれば、弄ってくるか、笑って流すか。
 どちらにしても、意地が悪い。

「そういう貴女は、随分と平気そうですね」

 答えを言っているようなものだけれど。
 とはいえ、嘘は吐いていないだけに、灰色とは映るまい。

「私はあまり。もやしで作家でも、意外と体力には自信があるんですよ?」

「それはまた羨ましいスペックですね。半分、わけてくださいよ」

「あらあら。作家志望なら、お弟子さんという形でも――」

「すいません嘘です」

 指導されたところで、追い付くことはおろか、その尻尾すら掴めなさそうだ。
 断ると、桐島さんは少し残念そうな顔。
 本気――のわけは、ないかな。

 程なくすると、岬まで辿り着いた。
 写真で見た通り、ぐるりと囲まれた小高い空間の中に、まるで池のように少しの水が溜まっている。

 本当に、来たのか。

 他人の力は借りた。大いに借りた。
 それでも、僕だって頑張った。
 出来ることは、出来るだけやった。

 だからか。

 これほどまでに、清々しいのは。
 達成感が、今までにないくらい大きいのは。

 葵の件は、既に桐島さんが解決した上で僕が動いた。
 リルの件は、知らぬ間に本人が自分で解決し、手紙を置いていた。花を手向けたのも、葵だ。

 協力、と自分の良いように解釈をした上ではあるけれど、初めて、僕が依頼を解決した。
 僕にも、出来たんだ。
 借りた力は、極々普通の一般人である岸姉妹と、葵のみ。天才的な桐島さんの手は、借りていない。

 結局と言えば、挑戦状もあっさりと躱されてしまったわけではあるけれど、それがイコール“負け”だというわけでもない。
 勝ったとも言えないのが、悔しいところだ。

「桐島さん……」

「はい?」

「何だか――分かりません、何と言おうとしたのか」

「あらあら。ゆっくりで構いませんよ」

「は、はぁ…」

 感慨深い、とはまさにこのことか。
 これ以上ない喜びだ。

「僕……貴女が記憶堂を継いだ理由が、もう一つ絶対にあったのではないかと思っているんです」

「と言いますと?」

 これといった制限のない依頼制度。
 ノーと言わない店主。

「利用価値以上のものがありますよ。だって、そうでしょう。自分の働きで人が幸せになって、笑顔になって――そんな仕事、誇る以外に何としましょう」

 対人の仕事なんて山ほどある。
 しかし、その中でもこれは特殊、いや唯一つの仕事であって、依頼の幅も様々だ。
 それを成した時、相手がどう取るか――自分が、どう感じるか。

「なんて、いい仕事なのでしょうか…」

 僕が言えた義理ではないけれど。
 そうそう思ってしまえるのだから、仕方がない。

「そうですね。きっと、私もそれは思っていたことなのだと思います。神前さんと出会ってからというもの、それは更に強いものとなりました」

 ふと、桐島さんは僕の方に向き直った。
 釣られて僕も視線を向けると、

「葵ちゃんのことも、ヴェネツィアでのことも――神前さんの真っ直ぐさは、あのお店にとって、とても大きな力となってます。ありがとうございます」

「僕は……その時々で、ただみっともなく足掻いているだけです。辻褄もはっきりしない、前後もあまり考えない、特攻隊みたいなものです」

「いいじゃないですか、特攻隊。居て損なことはありませんよ」

「だと、自分でも思いたいですけれど」

 思っていない、と言えば嘘ではあった。

 再び岬に目を向けると、少し遠くから手を挙げて僕らを呼ぶ修二さんの声が聞こえた。
 依頼は――

 僕はとりあえず、桐島さんだけを修二さんの元へと向かわせた。
 そしてそれは存外と正解だったようで、修二さんは頷く動作で以って礼を伝えて来た。
 二人の正面には大輔さん。カメラを構え、二人の姿をその小さな箱へとおさめていく。

 すると、入れ替わるようにして、今度は小夜子さんがやって来た。

「本当に、良かった。仲直りが出来て、母としては本当にほっとしています」

「それは、こちらとしても有難い反応です。と言っても、ほとんどは友人の手を借りましたけれど」

「ふふ。助け合い、と申せば聞こえは良いですよ? 全て抱えるなんて、今回の件は特に、人ひとりの身には余るものです」

「……ありがとうございます」

「どういたしまして? どうしてお礼を言われたのかしら?」

 わざとらしく微笑んで、小夜子さんは僕の顔を覗き込んだ。
 あの人があの人なら、親も親か。
 誰が答えてやるものか。

「さぁ」

「まぁ、釣れないですね」

 口を尖らせて不満を漏らすのも、親譲りか。

「綺麗な景色ですね」

「ええ、本当に。懐かしいわ、昔、ここに来た時のことが」

「でしょうね。そう、貴女はちゃんと覚えている筈なのです」

「神前さん…?」

 わざわざそんなことを口にしてしまったのにも、理由は一応あった。

 記念撮影を終えた二人の内一人、修二さんが、こちらへ向かって歩きながら、小夜子さんを手招いていたのだ。

 そうして入れ替わるようにして、それを尋ねるべき相手を対峙する。

「今がチャンス、ですかね。聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」

「……えぇ。分かりました」

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