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桐島記憶堂

ぽた

13.思い出会議

 休日たる今日、時間を忘れて没頭し、記憶堂に籠ること早二時間。
 片手でスマホを操作しながら、たまたまヒットした文献がここにあれば手に取って読み、無ければまた一つ一つ探していく。そんな作業を繰り返し、気が付けば昼前だ。
 予定では、そろそろ来るはずなのだけれど――

『ごめーん』

『ください』

 すりガラスの扉の向こうから、元気のいい声と落ち着いた声が響く。
 来たようだ。
 前半の妹よ、それだとただ謝っているようにしか聞こえないぞ。

 もはや語るべくもない、揃った二つの声と言えば岸姉妹だ。前日にはちゃんと桐島さんに許可を貰っていたので、谷村別れて記憶堂に入って直ぐ、二人には地図付きでメールをしておいたのだ。
 桐島さんと面識こそあれ、記憶堂に来るのは初めてとあって、表では二人がただただはしゃいでいる声が聞こえてくる。確か二階が部屋よね、何だか雰囲気のあるお店ね、と話しては同意し合って、とにかくも楽しそうである。
 そのままモザイクを見ているのも面白そうではあったけれど、いい加減開けないと何か言われそうだったので、鍵を開けて二人を正面扉から招き入れ、再び施錠。
 間違って依頼人でも来てもらっては困るので、戸締りはしっかりと。

「どうせなら、藍子さんと一緒が良かったわ」

「許可を取ってあげたのは僕ですよ。頭に礼の一つも置かないとは……琴葉さん、今更ですけれど、ちょっと非常識過ぎませんか、貴女のお姉様?」

「あー、はは、ごめんねまこっちん。多分、君にだけ!」

 それは弁明にもなっていない。追い打ちもいいところだ。

 自然と大きな溜息が漏れると、僕は早速と二人の方に手を差し出した。
 それが何を意味するかは言わずもがな、琴葉さんは無言で頷くと、背負っていた女の子らしいデザインのリュックから、一冊の分厚いスクラップブックを取り出し、僕に手渡してくれた。

「私と乙葉の、藍の結晶よ」

 その響きは流石に淫猥だ。
 はぁ。今年に入ってから、ずっと溜息を吐き放しな気がする。

 ともあれ、借り受けたそれのページを捲っていく。
 意外な事に、これの大半を制作したのはしっかり者の乙葉さんではなく琴葉さんらしい。資料集めを乙葉さん、切り取りとレイアウトは琴葉さん、と役割を決めてあたり、たまに「もうちょっと左」と文句――基、指示を乙葉さんから受けて進めて行き、完成したものなのだそうだ。
 何故、乙葉さんが基本作業には参加しなかったのか。

「いいこと、タバコ君。適材適所という言葉があって――」

「苦手?」

「え、得手不得手の問題よ…!」

 言い方を変えただけなのでは。
 乙葉さんはどうやら、指先を使ったり、大雑把なデザインをしたりといった作業が苦手らしい。
 そんなことを考える僕に対し琴葉さんが、完璧主義であるが故に、柔軟な発想がしにくいんだよ、と言ってきた。なるほど、それなら得心がいく。
 いや、それなら、岸家にお邪魔した時の予定ルーズさは――考えたら負けな気がするな。

 一息。
 改めてスクラップに目を落とすと、そのレイアウトは見事なものだった。
 地域毎、且つジャンルや場所の括りで分かり易く纏め、プチ情報なる手製のメモ書きも添えてあって、一目でそれがどんな特色であるかが把握出来るようになっている。
 写真も丁寧に切り取られていて、本当に好きでやっていたのだということが伺え、見ているこちらも楽しくなる物だ。

「そっちが長野県にあるスタービレッジ阿智。環境省の全国星空継続観察で”星が最も輝いて見える場所”の一位に堂々と選ばれた阿智村って所なの。写真だけでも凄くない? あ、それはベタだけど奥多摩で、隣のは九十九里浜。それでね――」

 といった調子で、作った本人の解説も止まらない。
 ずっと聞いているのも僕としては良いのだけれど、許さないのは限りある時間だ。
 話はまた何時でも、幾らでも出来るので、僕は早めに待ったをかけて本題に入った。

 つい、と申し訳なさそうに照れる琴葉さんは、短く謝ると別のスクラップを取り出した。

「名産を集めたスクラップだよ。昨日ぱらっと見返してたら、ウニのことも――ほら、ここ」

「ちなみに、こっちのは切り取らなかった資料よ。ウニはこれかしら」

 姉妹揃って、かき集めてきた物を出す。なかなかの量だ。
 一通り読み切るまでに、どのくらいかかるだろう。



 と、危惧してはみたものの。
 存外と、全体目を通すだけなら一時間とかからなかった。
 詳細に文字を一つ一つ読んでいけば、あるいはもっとかかるかも分からなかったけれど、早めに結論が出てしまったので仕方がない。

「この、ちょこっと特徴メモなんですれど」

「はいはい、どれ?」

 下手をすれば年下にも見えよう所作で近寄る、歳上姉妹の妹の方。
 僕が指さしたところを覗き込み、それがどうしたと問うてきた。

「新鮮な魚介に釣りまで楽しめますってありますが――他のもそうなんですけれど、味のルポとかってありませんかね? ほら、よくネットに転がってるような口コミとか」

「あぁ、そっか。やたらに甘いウニがって言ってたもんね。でもごめん、私たち、趣味の延長とは言えあくまで天文部活動の一環として作ったやつだから、そこまで詳しくは……」

「なるほどです。すいません、至らぬ配慮でした」

 それはそうか。
 天文部が全国を調べようものなら、それは星がよく見える土地について調べるか。

 スクラップのページ閉じて、僕は二人に向かい合った。

「ありがとうございます。参考にはなりました」

「役には立たなかったというわけね?」

 乙葉さんが鋭い眼光で睨む。

「あ、いえ、そういうわけじゃ…」

「そうだよ乙葉…! 仕事で頑張ってるまこっちんに悪いでしょ…!」

 と意外も意外な仲裁を成したのは琴葉さん。僕と乙葉さんの間に立って、いつも通りの悪口を止めに入っている。
 その様子に、一番驚いていたのは乙葉さんだ。
 確かに振り返ってみれば、今までは一緒になって僕を弄っていた。弄って、楽しんでいた。
 どういった心境の変化なのだろうか。

「嫌にたらこ君の肩を持つのね。いいえ、別に私も虐めているつもりではないのだけれど」

「なら尚更やめなって。私らのスクラップに欲しいものが無かったって言うなら、また一から探さなきゃなんだろうし、手伝ってあげようとは思わないの?」

「勿論思うわよ。言われなくても、私が読んでいる本は何かしら?」

 ふふんと微笑んで見せてくる表紙には”ウニが美味しい県図鑑”とある。

「大学の図書館で借りて来たのよ。スクラップ、さらっと見た限りではあまり役には立ちそうになかったものだから」

「ななっ……ちょ、それは酷いでしょ…! 何で言わないのよ…!」

「リスクヘッジよ」

「悪い大人の言い訳よ!」

 噛り付く琴葉さんも、もう乙葉さんをそれ程怒ってはいないらしい。
 何だかんだと中の良い姉妹だ。

 乙葉さんが読んでいた本をちらと見やると、それはそれは夥しい程のウニに関する写真が載っていた。
 どこどこの名産、どんな味だと、事細かに書かれている。

 その、最後の方のページに。

「”礼文島”って確か、トサカの左にある所よね」

 トサカ――まさか、北海道のてっぺんの形を言っているのか。
 うんうんと頷く琴葉さん。まさか姉妹でしか伝わらないメッセージで会話をされようとは思わなった。名前も知らなければ、僕には全く分からないところだったぞ。

 ともあれ、見つけたそのページには新鮮なウニの写真、そしてそれに関する見出しとして、

「”変化する極上の甘味!”とありますね」

「おそらくバフンウニね。日を通すと甘味が増すと聞いたことがあるわ。確か、日本一のウニだとも」

「日本一…」

 そういえば。
 ウニ、甘い、などといったワードでの検索は掛けていたが、ブランドや高級安物といった検索の仕方はしていなかった。
 しかし、それでも日本一誇るのであれば、一番に出て来ても――うーん。
 考えても仕方のないことはあるか。

 諦めて、乙葉さんにはそのページを読んでおいてもらって、自分はスマホで検索をかけてみた。
 ウニ、礼文島、と。

 礼文島、及び利尻島のバフンウニの大半は、ミョウバンを使わずに塩水に浮かべて保存するのが特徴らしく、そうすることで、磯の臭みなく自然な旨味を味わうことが出来るのだそうだ。
 そんな生ウニの焼き。こちらが、礼文のウニが日本一だと言われる所以らしい。
 濃厚な口当たりである生から、より豊かに、濃縮された旨味が出て来るけれど、口当たりは優しくなり、ウニの持つ旨味を最大限に引き出すことが出来る。

 と、ある。
 誠二さんが探していたのはつまり、礼文島のことか。

 それを確かめるべく、今度は”礼文島”だけで画像検索をかけてみた。

 すると出て来たのは、左右に大海原を控えた大きな山に、三日月状の島の端、そこに咲き誇る季節の花々、そして――

「小高い岩山に囲まれた、小さな岬……」

 お兄さんに見せて貰った写真と同じアングルの、岬の写真があった。

 日本最北の離島、礼文島。
 海抜ゼロメートルから高山植物が咲くことから”花の浮島”とも呼ばれている。
 写真の場所は”澄海岬すかいみさき”というところで、礼文島を訪れんとする者たちは、一度はこの写真をみて「行こう」と思い立つ程に有名な場所らしい。
 流石は浮島の二つ名。漢字でこそあれ、空に映えているようだな名前だ。
 つの字に湾曲した断崖に囲まれ、晴天時には浅瀬の深い青色と相まって、最高のコントラストを見せてうれる。

 ウニというキーワードでは他に、食事処にウニ剥きセンターといった施設もあるらしい。

「一回は行きたいねって、話してたことあったよね」

「ええ。礼文岳に寝転がりでもしたら、最高な夜空が見えるでしょうねって」

 二人は顔を見合わせて、あれやこれやと調べた日々に思いを馳せた。
 出来ることなら、依頼達成と同時に二人も連れて行きたいところではあるけれど――事情が事情だ。

「しかしまた、ピンポイントな本を手に入れて来ましたね。魔術師か何かですか?」

「とにかくも読み漁っただなんてこと、全くないので悪しからず」

 すいません、ありがとうございます。

 深々と頭を下げつつ、それを終えるとすぐに画面をスクリーンショット。
 桐島修二宛てのメールに、添付して送った。

 それから程ない返信には『流石は藍の雇い人だ』と。
 手柄は全て、この姉妹だ。

「ん、んー! ふぅ。何だかお腹空いてきちゃったね」

 とりあえずの目途が立つと、大きく伸びをした琴葉さんが言った。

「そういえば、桐島さんが作り置いてるって言ってたマフィンとクッキーが――」

「どこかしら!」

 食いついたのは意外にも乙葉さん。
 音速を越え、気が付けば目の前に。

「れ、冷蔵庫に……昨夜、二人が来るのならと腕を振るったそうです」

「なら紅茶を淹れましょう。琴葉、手伝いなさい」

「え、う、うん」

 ノリ良い妹も驚きの表情。
 通潤橋での折、明るく楽しそうに話していた琴葉さんの方が好いているかと思いきや、乙葉さんはどうやらその遥か上をっているらしいな。

 男よりも女を虜にするとは。
 何とも恐ろしい雇い主だ。

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