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桐島記憶堂

ぽた

11.たまには

 帰り道。
 駅で岸姉妹と別れた後で、そう遅い時間でもなかったからと、葵に一方入れてみた。
 文面は至って単純だ。
 差し入れがあるから今から良い?
 と、それだけ。

 直ぐに『良いけど遠くない?』と返って来たけれど、丁度近くに来てるんだけどさ、なんて返信をすると『分かった(´・ω・`)』と浮かない様子。
 バレてるな、これ。

 許可を貰ったからには行かない手はない。
 自宅とは反対方向に電車で向かい、僕は葵の家へと急いだ。

 その間も、考えるのはお兄さんの件だった。
 スマホを片手に慣れない検索をかけながら、頭では情報を整理していく。
 ウニ、名産、と引いて出て来るのは、やはり北海道が多い。それも、どこも函館ばかり。しかし、函館などという北海道の中では都市部であるそこに、写真で見たような場所はあるとも思えない。

 ――と、その繰り返しだった。

 やはり僕の力では、これが限界。
 一人で誰かの役に立とうなど、思い上がりだったのだろうか。

「どうしたの? 顔、暗いよ?」

 声を掛けられた目の前には、葵の姿があった。
 薄いジャケットに、タイツこそ履いているようではあるけれど短パンと軽い格好で、少し心配そうにしながら僕の顔を覗き込んでいる。

 岸姉妹との帰り同様、知らぬ内に家まで来てしまったのか。そう勘繰りながら辺りを見回すと、そこは葵の家までの最寄り駅広場。
 葵の方が、こちらに来ていたのだ。

「大丈夫、何もないけど……葵はお散歩?」

「ううん、コンビニ。まだ食事はあんまり喉を通らないから、ゼリー買いに。あと――こっちに向かって歩いてれば、まことにも会えるかなって」

 またそんなことを。
 言われるこっちの身にもなってくれ。凄く恥ずかしい。

「えっと……帰り?」

「これから」

「そっか。じゃあ着いて行くよ。何かあったら困るし」

「身体は何ともないんだけど……ううん、やっぱりよろしく」

「お安い御用で」

 振り返って先を行く葵に並んで、一緒になって歩き始める。
 少しして問われたのは、どうしてまた夜になってから差し入れなのかということだ。

 僕はつい小一時間程前まで岸姉妹と一緒にいたこと、そして差し入れとはその二人からの物であることを話した。
 すると、別に気遣いとか良いのに、と小言を言う葵だったけれど、その横顔はとても穏やかなもので――内心、凄く嬉しいのであろうことは聞くまでもなかった。

 しかし、敢えて避けてそれだけ話したというのに、聡明な葵は目聡く不思議を発見し、指摘してきた。
 どうして天文部でもないまことが、あの二人と一緒にいるのか。と。

 出来れば今は受験勉強に専念して欲しいところだから、話したくはない。そう言った。
 すると葵は、やっぱりまた厄介に巻き込まれているんだ、と溜息を吐いた。

「厄介と言うか、まぁ依頼だから仕方がないと言うか」

「それにプラスして家庭教師って、何だか申し訳ないよ」

 葵しゅんとして、また小さく溜息。

「いや、それは僕が好きでやってることだから。頼まれ事であることに変わりはないけれど、渋々受けた訳じゃないんだよ?」

「そうだけど……まことは、優しすぎる」

「そういう葵も、わざわざこっち方面に来るとはね」

「何よ。ダメ?」

「別に何も言ってないだろ。どちらかと言えば、まぁ嬉しい方かな」

 そう言ってみると、葵は意外そうに目を丸くした。
 どういうこと?
 そう無言で問うてくる葵に、僕は存外あっさりと言葉が出て来た。

「受験勉強は大事だ。今の時期、何より優先しなきゃならないからね」

「うん……うん?」

 頷き、顔を見上げる。
 面白い上に可愛らしい反応だ。

「息抜きって言うと言葉は悪いけれど……こうして一緒に歩くことも、最近では無かったから。気を遣ってきてくれたのはちゃんと分かってる。でも、やっぱり嬉しくてさ」

 ここ数日ないし週で僕が呼び出されるのは、家庭教師の仕事に関することだ。
 終わる度にいつも菓子やら軽食やらを出してくれて、頂きながら何でもない会話はするけれど、外を出歩くことはめっきりなくなってしまった。
 葵には悪いけれど、少し物足りなかったのだ。
 葵びたいとまでは言わない。でも、やっぱりこうして外には出たい。外に出て、並んで歩きたい。
 こんなこと口にしようものなら、受験生に対する冒涜だと批難されかねないから言わないけれど。

「晴れて受験が終わって同じ大学に通えれば、またぞろ岸家とも交流しようものだけどね」

「だね。二人は元気?」

「元気も元気、ちょっとうるさいくらいだよ。さっきだって、ヴェネツィアの事とか根掘り葉掘り聞かれ場ばかりさ。誤魔化して流してやってたんだけど、それだと納得してくれなくて」

「ふふ。いいね、早くまた会いたい」

 財布を持っていない方の手を口元に沿え、女の子っぽく笑う葵。
 珍しいなこんな笑い方も、こんな言葉も。

 以前までは、ちょっと変わっているだの言っていた気がするのだけれど。
 仲、良かったっけ?

「行けたら良いな。大学」

「まぁその為に協力してる訳だからね。遥さんも、岸家面白姉妹も」

「……そうだね。ありがと」

 ふと穏やかに目を細め、素直な例を零す葵。
 立ち止まって、僕の目を真っ直ぐに見て何も言わない。

 夜中の静けさと相まってやや大人な空気に感じてしまうけれど、よく見れば下の方で手を差し出してきていた。
 握手?
 そんな素っ頓狂な返しをすると、頬を膨らまして唸り、終いには無理やり僕の手を取った。

「ほ、ほら、夜道って暗いし、怖いし……はぐれないように? あ、あと、寒いし…!」

「握って来ておいて疑問形はないでしょ。ま、そういうことならいいけどさ」

 本当は分かっていた。照れ隠しだ。
 葵は暗闇も怖いものも大丈夫だと、確か遥さんが言っていた。
 高宮葵とは、そういう女の子なのだ。
 人には優しく何でもするが、自分のこととなると途端に詰まらせ、言いたいことを言えなくなる、ちょっと内気でとても思いやりのある女の子。

 遥さん曰く友人は全然いないそうなので、それはきっと僕に対してだけだ。
 もっと世界を知って、仲良く話し合える友人も増えれば、きっともっと様々な側面が見えて来る筈だ。

 でも――何だろうな。
 そうなったら良いなと思う自分と、それを勿体なく思う自分がいる。

 再び歩き出した夜道。
 誰ともすれ違わなかったのは幸いだった。
 程なくして辿り着いたコンビニでゼリー、ついでにスポーツドリンクを買った。
 走って帰るの?
 先の僕のように可笑しな返しをする葵に、僕は持っていたそれを手渡してやった。

「ゼリーにも栄養に水分はあるけどね。まぁおまけ程度と思って、貰っておいてよ」

「……ふふ。やっぱり、優しい」

「早く食事を食べられるようになったら良いねって、それだけだよ」

「また私に奢りたいの?」

「そこは『一緒に行きたいの?』って聞く場面じゃないかな」

 そう言われたら言われたで恥ずかしい気もするけれど。
 すると、言質取った、と言わんばかりに葵が微笑んだ。

「また、どこか行きたいね」

「僕払いっぽいけどね。たまになら良いけどさ」

「ふふふ」

 随分と楽しそうに笑う。
 夜とあって、変なスイッチでも入っているのだろうか。
 あるいは、家での質素な食事に飽きて来ていたとか。

 いや、それは無いか。
 遥さんを気遣って自分から多くを強請らない葵に限って、そんな我儘は言うまい。
 そんな筈はないよな。

 僕だって嬉しいし。

「柔らかくなったね」

「セクハラ?」

「必要ないのに言わせて貰うと”表情”のことだよ。初めて会った時から通潤橋関係の道程終わりにかけて、割とずっと無表情だったから。いや、それは言い方が悪いな。堅かった、かな」

「それはあるかも。まことは最初から優しかったけど、会ったばかりだったし」

「会ったばかりの相手を熊本まで付き添わせようと言い出したのには驚いたけどね。今更だけど、予定通り新幹線と電車で行くなら、結構なお金がかかってたよ? 僕の分、考えてた?」

「あ、あの時は――ごめんなさい、夢中で」

 しゅんとして俯いてしまった。
 言ってみればそれすらも、初日や最近まではなかったことだ。

「肩を落とす感じも、ヴェネツィアだったかな、それくらいから見られた」

「ぶ、分析してるの…!?」

「思い返せば、だよ。クールな表情でボーイッシュな格好でって、ちょっと大人っぽい高校生だなって思ってたけど、全然そんなことはなかった。話していけば表情豊かだし、色々考えて温かい人だし、一緒に居て楽しい」

「な、なな…!」

 不意に立ち止まり、わなわなと小刻みに震える葵。
 繋いでいた手つっかえて同じように立ち止まって振り返ると、

「なんで、そんな恥ずかしい台詞…当たり前みたいに言えるの…!?」

「恥ずかしいって、そんな――」 

 ふと思い返すと、その通りだった。
 もはや、告白だ。

「あぁいや、そうじゃなくてね、いやそうなんだけど…!」

 もう駄目だ。
 僕じゃ収拾がつけられない。

 自分で言っておいて何を言ってるの。
 そう葵が憤慨するのも最もだった。

「と、とにかく…!」

 無理矢理切り替えて大きく言い放つと、葵は僕の手から岸姉妹よりの差し入れ物を取り上げ、

「これ、ありがとって二人に言っておいて…! も、もう今日は帰るから、ばいばい…!」

 強く胸に握りしめ、そそくさと去っていく葵。
 畳みかけるように言われて返せないまま、その姿はどんどんと遠ざかっていく。

 そして気が付けばそこは、既に最寄りの駅だった。

 恋は盲目、とはよく言ったものだ。

 自分に呆れて溜息を漏らすと、ポケットの中でスマホが震えた。
 遥さんか、あるいは桐島さんか、その兄か。
 勘繰りながら開いた画面に出ていた名前は、高宮葵。

『スポドリも、あと手を離さなかったことも、一応ありがと。皆へのお返しは、大学合格の電話だから!』

 女の子には敵わない。
 それを悟った瞬間だった。

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