話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

桐島記憶堂

ぽた

EX:7.温かな夏の終わり

 僕らが戻る頃、皆は既にかき氷を食べ終えていた。
 当然も当然か。まだ残っていれば、それはもう完全に全て液体だ。

 何かあったのかと問うてくる智樹、並びに酔いも冷めた身内、景にはちゃんと謝っておいた。そも、葵が席を立った理由の半分は景の助言あってのことなのだけれど、それは今はいいだろう。
 ともかく何もなく葵が見つかったこと、おまけで”おそらく”の答えを手に入れられたこと。収穫としては十二分だったわけなのだから。

 事情を知らぬ友人二人に、母さんの許可を取ってから話した。
 二人は首を傾げてうーんと唸るばかりで、やはりすぐには答えが出てこない様子。

「えっと、涼子さん。その子とそのお兄さんって、見た目の差はどれくらいのものなんですか?」

 景が尋ねた。

「声については、あんまり覚えてないかな。背丈でいえば、当時高校二年のお兄さんと小五のたけちゃんとでは、二十センチは違ったんじゃないかしら。おっきな人だなぁって思ってた記憶はあるけん」

「髪型とかは?」

 今度は智樹が尋ねた。
 隣では「私も聞こうと思ってた」と景が一言。そういえばと姉さんが続き、皆で母に視線を集める。

「全然違ったわ。短髪だったたけちゃんに比べて、お兄さんは耳まで隠れていたもの。切るのも面倒だから伸ばしっぱなしって言ってたわ」

 なるほど。
 仮説だけを披露するならば、これで仕上げだな。

「その後、お兄さんと会ったことは?」

 僕が尋ねた。

「一度も会ってないわ」

「シルエット、すぐに消えた?」

「ううん――っと、そういえば思い出した……消える間際ではあったけれど、影はだんだんと大きくなっていったわ」

「大きく?」

 景が聞き返す。

「ええ。だんだんと近付いてくるように。驚いたわ」

「家に庭はあった?」

「縁側があったわ」

 その返事を以って、とりあえずの説明はいくことが分かった。

 宴もたけなわ、とりあえずあれこれ買っていた食べ物のごみを片付けて、帰路へとつくことに。
 母さんに説明するだけならば自宅でも良かったのだけれど、当然ながら景と智樹がどうしてもと言うものだから、じゃあ場所はどこにしようという話になった。しかしそれも、うちの屋上を使えという智樹の進言によりすぐに解決、立証に必要なシーツと物干し竿まで準備してくれることになった。
 借りていたトレイをかき氷の屋台に返し、そのまま人並みに逆らって会場を出ていく。

 直前、こんな状況でもマイペースを保つ葵は綿菓子を購入。
 美味しそうにちまちま食べながら歩く。
 狐の面を横にかぶりながら子供のように嬉しそうな表情を浮かべる葵を、母さんと姉さんは我が子のように微笑ましく見ていた。
 葵ちゃん可愛いわ、とデレる二人を他所に、冷静な智樹はそれを邪魔しない程度の声で僕に「何に必要なんだ?」と尋ねる。

「シーツのこと?」

「あぁ。物干しも必要ってことは広げて使うんだろうが」

「見てからのお楽しみ――って程に上手くいくかどうかは分からないけれど、おそらく期待は裏切らないと思うよ」

「ふぅん。まぁ分かった。じゃあ、走って戻って準備だけしとくけん」

「急ぎじゃないから別に構わないんだけど?」

「早く結論見たいからな。時短だ、時短」

 そう言い残すと、智樹はさっさと走り出してしまう。
 それを見ていた景がどうしたのかと尋ねてくるのに対し、準備らしいと答えるや、その景までもが「じゃあ手伝ってくる」と走り出す。
 本当に付き合ってないのだろうか、あの二人は。



 程なくして智樹の家に戻ると、屋上から二人が声を掛けてきた。

「準備出来てぞー。あと景、下から下着見えるぞー」

「ちょ、ばっ……ってあたし今日ズボンだけん…!」

「はっはっは。はよ来んさいマコー」

 この、と勢い勇んで踏み込んだ景の鉄拳が智樹の顔を捉えたのは――うむ、葵もばっちり見てしまっているようだ。
 驚き、飽きれて笑って、僕らはまた階段を上がっていく。

 開き放されていた扉の向こうでは、真っ白なシーツが竿にかかっていた。
 高さ約二メートル。僕の理想程度の大きさだ。

「これで良かったのか?」

「ばっちり、ありがとう」

 それを横から見て、広い屋上の中でも扉近くの方にあることを確認すると、

「皆そっち側から見てて。あ――っと、ごめん葵、手伝ってくれる?」

「うん」

 本当ならそれを見ていたいのだろうが、葵は断ることなく僕の呼びかけに応じて歩いて来る。
 僕、そして葵のスマホのライト機能を起動させ、二つ一緒に持って僕の方に光を浴びせるよう指示し、その僕は葵とシーツとの間に入る。

「まだ下げといて。僕が合図を送ったら当ててくれ」

「分かった」

 この小さなライトの届く距離ギリギリまで葵を下げさせ、僕はシーツ寄りに立つ。
 そして片手を挙げて葵にオーケーサインを送ると、

「おー」

 薄いシーツにはちゃんと僕の影が映し出されたようで、向こう側から驚きの声が四つ上がった。
 しかし、ただそれだけで終わるわけではない。
 僕があるアクションを起こすと、今度は「歩いて来た」との反応があった。
 だんだん近くなっている、大きくなっている、と。

 上手くいったようだ。

「ありがと、葵」

「ん」

 素っ気なく答えた葵に笑みを返して、僕は今度は皆に、こっちに来てくれと指示を出した。
 はーい、との短い返事のあとで足音が近寄って来て、シーツから顔を出した四人は、

「あれ、遠い…?」

 僕の位置を確認するや、疑問に顔をしかめた。

 少し考えれば分かることではある。が、シチュエーション如何では。

 普段僕らが見慣れている日中出来る影――あれは街灯ではなく、太陽光によって作られるものだ。早朝、あるいは夕暮れが迫れば影は伸び、長くはなるが、太さは変わらない。それは、太陽光が並行光線であるからだ。

 対して人工の光。
 今のこの状況、つまり太陽光の届かない夜であれば、影を作り出すのは人工的な光だけだ。
 実験でもしなければ知り得ないことだが、影が大きくなったり原寸大に戻ったりするのは、光源とスクリーンとの間にある影を作り出す物体が、その間で距離を変える場合だ。光源に近ければ影は大きくなり、遠ければ小さくなっていく。
 先、僕は皆の方へと歩いたのではなく、葵の方を向き、葵の方へと歩いていたのだ。
 それが、皆には”近付いてきている”という錯覚を生んだ。

「なるほどね」

 智樹の呟きが聞こえた。

 たけちゃんのお兄さんもおそらく、光源を遠ざけて影を実寸大まで小さくなるようにして写した。歩いて来るようにというのも、僕が今証明してみせたのと同じことだろう。
 縁側から家屋までは数十センチ程の段差がある。それに加えてしゃがみでもしていれば、背丈の説明はつく。
 髪に関しては、わざわざ切ってでもして現れたのだろう。
 少しでもたけちゃんに合わせて、母さんの前に出でも大丈夫なように。

 僕の披露したそんな説に、母さんはしばらく声を出さなかった。いや、出せなかった。
 たけちゃんのことを思って、昔を思い出して、思い出に浸って。
 色々な波が押し寄せて来ていて直ぐに整理が出来ない、といった様子だった。

「確かに原理は簡単だ。でも、何でそんなこと思いついたんだ?」

 智樹が問う。 

「ほら、昔見たサスペンスドラマ。落ち武者の」

「落ち――あぁ、そういうことか」

 僕らがまだ小学校の頃によく見ていた、何シリーズにも至る程に人気だったとあるテレビドラマ。そのある話数で、落ち武者のシルエットが刀を振りかざしながら近づいて来る際、どんどん大きくなってそれを見ている人に恐怖を抱かせて――といったシーンがあったのを、先のテントと光源の位置関係で思い出したのだ。

「あくまで仮説、それもたまたま見つけただけの。それでも――」

 ちらと見た母さんは、少し穏やかな顔をしていた。
 納得いったのかどうかは分からない。それが正しいのかも分からない。

 けれどそれは母さんの願った通り、靄を取り去って良い思い出にするに至ったらしかった。

 今まで見たどれよりも優しい表情を浮かべて、ただ一言。

「ありがとう、まこと」

「礼を言われる程のことかどうかは正直微妙かな。昔ドラマを見ていたのもたまたまで、葵が狐の面をかぶってあそこにいたのもたまたまで――って、偶然も偶然が過ぎる色んなことが合わさっただけだよ。全部が僕の手柄ってわけじゃない」

「ううん、そんなことないわ。それでも、私は貴方にお礼を言う。それと、葵ちゃん。あと景ちゃん、智樹くんも」

 偶然が結果を呼んだのならば、その偶然を起こした全てに感謝をする、と母さんは言った。
 閃いた僕、葵に面を買うようアドバイスを送った景、そも鳥取への誘いを是とした葵、この場所を提供してくれた智樹。
 母さんは、その重なり全てに礼を言った。

 律儀な人だ。
 感謝をするにしても、例えば導き出しただけの僕だとか限定しようものなのに、この人は――

「みんな、ありがとう」

 笑顔の花が咲く。
 母さんの長い髪を夏の夜の風が撫で、ふわりと揺れた。

 そんないい雰囲気の中。

「お母さんお母さん、私には?」

 と茶々を入れる姉さんのマイペースさ。
 少し考えて適当に、けれど愛情を込めて、母さんは「葵ちゃんの可愛い髪型、ありがとう」と。

「ちょ、それって結局は葵ちゃんを褒めてるでしょ…!?」

「ふふふ」

 口元に手を当てて笑う母さんの笑顔は、さらりとした心からのものだった。

 何とかしてそのお兄さんとコンタクトを取って、確認をすればすぐに答えは分かることだけれど、母さんはそれもまた良い思い出だったと、此度の僕の推測を以って終止符を打つことにすると言った。

 そうして収束した身内の小さな依頼の次には、再び僕の計画性の無さが浮上してくる。
 しゃんしゃん祭は、前夜祭の昨日、今日、明日とこの時期に三日連続で行われる一大イベントであり、納涼花火大会は三日目の明日に決行される。
 つまり、日帰りを一泊と変更するだけでなく、花火を見るなら三日に延長しなければならないわけで――

 しかしその旨を告げるや、葵は喜んでもう一泊することを選んだ。
 僕は内容こそ知らないけれど風呂であれだけ痛い目を見たというのに、じゃあ下着は私のを貸してあげるよ、という姉さんの提案にもあっさりと乗っかった。楽しいことが待ってるなら多少の我慢くらいは出来る、というのが葵の言い分だった。
 姉さんは、まだ完全には心を許されていないらしい。

 翌日、朝食を摂った後は、葵たっての希望で祖父母の畑仕事を手伝った。
 久々の作業は腰に来るものがあったけれど、全くとダメージなく涼しい顔を浮かべる葵を見ていると、都会っ子も存外馬鹿には出来ないことを悟った。
 そうしてその後昼食を摂って時間を潰し、夜には花火大会へ。夜空を彩る五千発もの光の花に、葵はとても満足している様子だった。
 楽しかった、と感想を述べる半面、翌朝待ち受ける地元への帰路を寂しく思い、花火が終わった静けさの中で、葵は姉さんと強く抱き合っていた。
 早くうちに来なさい、という姉さんの言葉に、葵は意外にも「そのうち」と冗談で返した。

 迎えたその次の朝は、大きな駅までは送ってやると言う祖父に甘え、バンへと乗り込み、駅へと向かうことに。道中は「楽しかった」「風呂では実はこんなことが」と葵の話を聞いては、祖父と一緒になって笑った。
 駅に辿り着き、荷物を纏めて礼を言って降りると、ちょっと待ってと祖父に呼び止められた。

「何?」

「これ、持って行きんさい」

 渡された袋に入っていたのは、幾つかの金瓜だった。
 リビングで葵が美味しそうに食べているのをたまたま見ていて、どうせなら土産にということで持ってきたのだと言う。

「……ありがとう、ございます」

「構わんけん、向こうで家族さんと食べて」

「はい」

 自然な笑顔で返す葵に、祖父は満足した様子でハンドルを切って、来た道を戻っていく。
 金瓜を持つ葵の手の代わりに、僕が葵のキャリーを引いて駅の方へ。

 帰りの電車の中で葵は、それを大事そうに抱えながら幸せそうな寝息を立てていた。

 来週から夏期講習が始まる葵にとって、これが果たして良い思い出となったのか、少しの疑問はあったけれど――その顔を見れば、答えは語るより明らかだった。

 推薦を取る葵の受験は、とりあえずは二月の後半。
 それが終わるまで葵とはあまり会えない。
 少し寂しいやら何やらと思うところはお互いにあったが、その先でまた学部こそ違えど一緒の学び舎へと通えるかと思うと、存外それも和らいだ。以上に、応援したい気持ちの方がむしろ強い。

 それまで、僕はまたあの記憶堂に通い、やってくる人の願いを桐島さんと共に叶える日々が戻ってくる。

「むにゃ……うぅ…すー……」

 まぁ、今はそれも忘れよう。
 とりあえず、向こうに戻るまでの数時間だけは。

「桐島記憶堂」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「現代ドラマ」の人気作品

コメント

コメントを書く