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桐島記憶堂

ぽた

2.桐島藍子

「記憶を扱う……?」

 文字通り、と言われても。
 当たり前のように言ってのけられたその言葉が耳に馴染まず思わず聞き返すと、霧島さんは軽く短く「ええ」とだけ言って頷いた。

 四代前から続く隠れた名店、記憶堂。
 全国一店舗ここしかないけれど、ごくごく限られた知る人ぞ知る、お悩み相談所のようなものらしい。

 先代である祖父、ただしから引き継がれた霧島さんは、副業として趣味程度にこの記憶堂を経営しているのだそうだ。本業は小説家で、そのペンネームは僕のようなあまり本を読まない人種でも知っている程、有名な作家さんのものだった。

「部屋中に積み重なったあれらが、その記憶のお仕事とやらに関係があるのですか?」

 所狭しと積み重ねられていた、詰め詰めで並ぶ本棚に収まりきらない量の本たち。
 観光地や隠れたスポットに触れた内容のものばかりだった。

「ご名答。私の先代たち――って言ってもまだ四代なんですけれどね。代々ここを担ってきた人たちが使っていたもので間違いありませんよ」

「具体的には?」

「そうですねぇ」

 瞬間、顎に指を添えて考え始めたかと思うと、すぐに何か閃いたようで、部屋を出てすぐに戻って来た手には一冊の本が握られていた。
 表紙を下にして置かれる際にちらと見えた限りだと、そこには”鳥取”と書いてあるらしかった。

「神前さん、地元愛はありますか?」

「無い訳ではないと思います。少なくとも、自宅周辺地域だけなら、ある程度の歴史にも造詣があるつもりです」

「まぁ、それは頼もしいですね」

 これから何が始まるのか。
 桐島さんは悪戯な笑みを浮かべて、

三徳山みとくさん投入堂なげいれどう――の、手前ですね。三佛寺さんぶつじ本堂についてです」

「僕に自身が無さそうと見て、また随分と有名どころですね」

「ふふ、まあそう言わずに」

 お淑やかに笑うと、まずはと一言入れて人差し指を立てた。

「お寺では、特別な行事が執り行われる際に、本堂正面に取り付けられる幕があるのですけれど、それを何と呼ぶかはご存知ですか?」

「寺の行事……五正色幕ごせいじきまくでしたっけ。あまり詳しくはありませんけど」

「十分です。では、その色はご存知ですか?」

「色? 白、緑、赤……他は思い出せませんね」

 僕の答えを聞いた桐島さんは、またも「十分ですね」と置いて、

「よくご存知ですね。マニアックなところを攻めたすもりだったのですけれど」

「田舎者だからですかね、ネットとか芸能とかって話よりかは、祖父母とばかり話す所為で、そういった知識だけは無駄に増えていくんですよ」

「いえいえ。こと、ここのアルバイトに関して言えば、それは無駄にはならないことなのですよ?」

「と、言うと?」

 桐島さんは、重ねて言葉による返事ではなく、持ってきていた本を寄越すことで応じる。
 そしてある一つの頁を指定してきた。

 言われた通りに開いたそこには、たった今話していた三佛寺本堂の写真が載っていた。
 それを迷いもせずに言い当てたことも、既に人外の域に達しているのだが、桐島さんはそこから更に、「配色は五色」と、半ば呟くようにして言って僕の目を見て来た。
 それが乗っている頁は今、僕の方を向いているわけで、彼女には一切見えていない。

 しかし、

「左から順に、白、青、緑、黄、赤の五色。繰り返しで二つ、白と青だけが続いている七つ。どうですか?」

 淡々と言われて、一瞬間だけ呆気に取られた。
 彼女が、部屋を出て戻るまでにそこを見ていたのだとしたら納得は行くが、それはまずどう考えても有り得る話ではなかったからだ。
 読まずに持ってきたなら記憶力は凄まじいものであるし、仮にここに至るまでの過程で読んだのだとしても、その頁を覚えてでもいなければ不可能なくらい、彼女は短い時間ですぐに戻って来た。

 更に言うなら、鳥取出身である僕がここに来ることの予想でもつかなければ、あるいは未来視でも出来ないことには、まずは鳥取に関する本を探すことから始めなければならない。たまたま部屋を出た先すぐの所にこれがあったのだとしても、それを手に取り戻るくらいの時間しかかかっていなかったのだ。

「どうして、といった面持ちですね」

「それはそうでしょうよ。どういったトリックなんですか?」

 何となくそう問うと。
 彼女は種も仕掛けもないと言い張った。

 では、どういうことか。

「答えは単純。私が、一種のサヴァン症候群のようなものだということです」

「サヴァン…え、本当なんですか?」

「あら、疑いますか。本当も本当ですよ。それに、それほど珍しいものでもありませんし」

 珍しくないって――そんなわけはないだろう。
 共感覚や瞬間記憶といった特殊な能力は、そう誰もが持っているものではない。学校の校庭に全校生徒並ばせたとして、そこに一人いるとも限らないと聞いたことがある。
 それが本当かどうかはさておいても、僕の回り、たまに見るテレビに出ている人にも、変わった人は見たことがない。

「幼い頃には何も無かったのですけれど。いわゆる後天的なものなのですが、私の脳波には何の異常も逸脱もなく、どこか障害をきたしている訳でもない。まあ、いつ失われるかも分からないということですかね」

「そんな軽々と……なるほど、仕事の役に立っているとは、そういうことでしたか」

 彼女は、先の地図、ひいてはここにある書物の内容を、覚えているのだろう。それと不随して、この建物の中に散らばっている本の位置も。概要内容、全てを把握しているからこそ成し得る業。

 僕とは感覚が違い過ぎる。

 と、そこで僕は一つ引っかかった。

「貴女がそれだけのことを出来るというのなら、僕が採用される理由がない。貴女の言うように、それが後に無くなってしまうものだとして、それが僕を無条件で採用する理由になるのですか?」

 そう僕が聞いた瞬間、彼女の表情が少し曇った。
 聞いてはいけないことを聞いてしまったのか。
 下手をすれば地雷を踏んでしまったと気付いてしまっては、不用意に発言できない状況に、僕は彼女が何か言葉を発するのを待つ他ない。

「私の言うこと――貴方は、信じてくれますか?」

 信じられるかときたか。
 信じられなかった思い出でもない限り、そんな言い方はしないのだろうけど。

 嘘を吐いて後に傷をつける方が、よっぽど酷い行いだとは思うな。

「聞いてみないことには」

 彼女の言い分を尊重しつつ保身もする。
 どっちつかずで便利な言い訳は彼女も分かったようで、曖昧な笑みを残して「では」と話し始めた。

「サヴァンが何かと聞き返さなかった辺り、共感覚と呼ばれるものも少しは知っていると理解しても?」

 僕は無言で頷いた。

「分かる、としか言いようがないんですよ。私は、人の感情や言葉の是非が、色で見えてしまうのです。調べてみても前例がないだけに、これを共感覚と呼んでいいものかは不明ですけれど」

「感情が…?」

「はい」

 感情が、見える。
 色として人の感情が見えるというのは、どういった具合に見えるものなのだろう。

 と、芽生えた疑問も今はぶつけるべき時ではない。

「どんな感情が何色か振り分けられるようになった理由は割愛しますが、貴方は信用に足る――いえ、汚れた色が微塵も混じっていないのです」

「僕が――それは、何色なんですか?」

 彼女は一拍置いて、

「透明です」

 僕は、振り分けに属しているのかも分からない、とても色とは言えない色をしていた。

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