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子連れプログラマーVRRPG脱出計画

穴の空いた靴下

第1話 アクシデント

 目の前に広がる広大な台地。
 頭上にはどこまでも広い深い深い青空。
 既に雲は見下ろす位置にある。

 山頂にほど近い稜線からふと横を見ると息を呑むような美しい景色が広がっていた。
 この大陸、いや、世界は美しい。

 どこまでも広い草原、鬱蒼として準備なく侵入すれば容易に迷ってしまう森林、自然の厳しさを教えてくれる山岳……
 様々な地形がこの大陸には存在している。
 そのすべての場所に、俺はいけるのだ。

 今、俺がいるこの場所だって一歩足を踏み外せば、『現実世界なら』死んでしまうだろう。
 細い山道の左右はほぼ直角の切り立った山の壁面。
 どこまで落ちていくか想像もつかない。

「でも、ココなら……」

 俺は、迷うことなく細い稜線から空中に踏み出していく!

「アーツ壁走り!」

 ポワンというSEサウンドエフェクトと共に光が足を包む。
 とんでもない角度で切り立った法面に、難なく直立する。

「一気に山頂まで行くぞー!」

 そのまま俺は身体はとんでもない角度で斜めになっているが、普通の地面にいるかのように走り出す。

「フハハハッハ! たのしー!!」

 現実世界では決して行うことが出来ないであろう動き。
 俺はそのままこの山の山頂までほぼ垂直な壁面を爆走していく。

 VRMMO

 仮想現実ヴァーチャルリアリティ

 色々な呼び方はあるかもしれないが、今、俺がいるこの場所は、『ゲーム』の中だ。

 俺の名前は蒼海そうかい りょう、プログラマーだ。
 小学生からプログラミングの世界にどっぷり浸かって、気がついたら国家プロジェクトであるVR技術の研究者になっていた。
 今年で37歳。……彼女? 
 俺の相棒はこのデバイスだ。
 左手に付けた腕輪を操作してモニターを出していく。
 重力波形、俺の心拍、画像出力、リアルタイム演算などのデータが目まぐるしく変化していく。

「よし、安全性能は問題ないな。俺の身体も元気そうだ」

 現実世界では今たくさんのスタッフが俺のバイタルと走らせているプログラムの解析で走り回っている。

 VR計画。

 国を挙げて開発している所謂ダイブ式、脳波と神経伝達解析によるVR世界に人間の意識を送り込む技術の開発を担当している。
 現実世界の俺は、仰々しいダイブ用の機械と凄まじい種類のモニターにつながれている。
 お尻の穴から尿道までモニター入れるって知っていたら、立候補しなかったのになぁ……

 それでも俺は『中』に入る必要があった。
 プログラミングは俺が身命をかけて組んだ自信作。
 それでもとんでもなく膨大な情報量の処理にどういうことが起きるのかリアルタイムで『診て』『治す』には内部で自分の手でやるのが最も効率的だと考えた。

 もちろん何度も何度もテストを繰り返して、こうして自分の足で歩き、飛び回り、走り回っている。

「ま、ここでは俺はなんでも出来るんだよねー。フライ!」

 山頂に到達するが、そのまま空中に走っていく。
 俺のコマンドとともに、空中に駆け出した身体がふわりと浮き上がり、自分の思い通りに飛び回る。

「お遊び感覚で組み込んだけど、やっぱり現実で出来ないことがなんでも出来るのがVRの醍醐味だよね!」

 現実で空を自由に飛び回るなんて、どこぞの猫型ロボットでもあるまいし不可能だ。
 いや、ドローンみたいなもので飛び回れるかもしれないが、この身一つで空を飛ぶ、それこそ魔法みたいなことは出来ない。

「空中制御も問題ないな……」

【主任! そろそろ都市部へと移動してください。フェーズ34に移行したいです】

 毛色の違う声が頭のなかに響く。
 管制室からの通信だ。

【了解した】

 せっかくなのでこのまま山を一気に滑降していく。
 風が顔を打ちつける。

「いてて、ウインドバリア」

 一応言葉に出しているが、考えて、発動させれば大抵のことが出来る。
 なんとなくさ、恥ずかしいけど、詠唱したほうがイメージ出来るからついつい唱えてしまう。
 顔に打ちつける風が、目の前に作られた空気の層によって和らげられて心地よいそよ風に変わる。

「ヒャッホーーーー!」

 標高数千メートルの山を空を飛び一気に下山する。
 こんな体験、現実世界ではそうそう味わうことはない。
 広大な草原の中央に、城壁に囲まれた都市が見えてくる。
 今日の実験はNPCノンプレイヤーキャラの導入だ。

【いいですねー主任……楽しそうで……】

【ああ、沙羅さらか。控えめに言って……最高だな!】

【βには絶対立候補しよっと……】

 この少し馴れ馴れしいのはかぶら 沙羅さら。29歳。
 同じ研究所で働くスタッフで、偶然にも近所で何が楽しいんだか人の家にきてはゲームをやってた妹みたいな変わり者。まぁ、幼馴染的な奴だ。
 まさか同じプロジェクトに来るとは思わなかった。
 自慢じゃないが、このプロジェクトに参加できるやつは国内外を問わず凄まじい難易度の関門を通過できた超エリートだけだ。
 沙羅は天才的な構成力を持っている。
 おぼろげなイメージみたいなものを形や図に明確に作り上げることが出来る。
 俺の突飛なアイデアも沙羅のお陰でスピーディに実現できている。
 問題は昔っからだけど設定中というか、今回の世界を作るにあたってもキャラ一人一人に深い設定を作り込んで世界全体としての様々な歴史まで作り込みが半端ない。
 もともとゲームデザイナーやシナリオライターみたいな仕事を何時かするためにそういうネタは大量に持っているそうだ。
 一度軽くテキスト見させてもらったが、どこの長編RPGだよって作り込みで驚いた。
 むしろ大手メーカーに持っていけばいいのにって出来だった。
 変態に天才的な技術を与えるとこうなるのかー、と生暖かく見守っている。
 これを言うとお前に言われたくないと猛烈に反撃してくる。
 しかし、俺はアイツほどのゲーム狂いではない!

【街についたらNPCを導入してみますので、コミュニケーション能力など様々なテストをしてもらいます】

 確認してみると、うんざりするほど大量のチェックシート……
 これも大切な仕事だ。仕方ない。
 スカートを捲るとか馬鹿げたこともするのか……

【遼主任には私の作り込んだNPCとたっぷり戯れてもらいますよー】

【また設定作り込んだのか……無駄にデータが重くなるからほどほどにするように言ったろ……】

【うぐっ……いや、でも私の悲願でもあるVRMMORPGが……】

【ゲームじゃないって言ってるだろ!】

【そんなこと言ったって遼兄だって魔法とかアーツとかめっちゃ趣味全開じゃん!】

【こ、これは主任特権というかなんというか……】

【私だって、ストーリーとかキャラとかめっちゃ作り混んだんですから!】

【ストーリー……?】

【あっ……】

【主任、沙羅さん。
 夫婦漫才はそれくらいにしてくださいそろそろ街ですから主任も準備してください】

【夫婦漫才ってなんだそりゃ……】

【夫婦……】

 城壁を飛び越えて空から街へと侵入する。
 もちろん誰もいない。
 美しい中世風の石造りの町並み。
 コレも好きなスタッフがモデリングして作っていた……容量が……
 城の細部までしっかりと作り込まれており、大反対したのだが……
 容量負荷テストだなんだと押し切られて導入している。

「ま、世界最高のスーパーコンピューター那由多なゆたにかかれば、どんな負荷も問題ない……」

 俺の真の相棒。那由多。
 日本が誇るスパコン、地熱発電による豊富な電力を利用して、5階建ての施設のすべてをそのスパコンの管理に当てている。
 計画当初は税金の無駄遣い、日本人もとうとう脳みそが逝ってしまったと、さんざん国内外から馬鹿にされたが。
 いざ完成すると様々な難病の蛋白分析、新薬開発、難病の治療方法、新しいIT技術の構築、まさに無双状態で様々な業績を立て続けに成し遂げた。
 開発当初からずっと関わっていた俺は、その手腕を買われてこのプロジェクトに参加できた。
 まさに、相棒なのだ。

【まずは一人から、初めていこう】

 ……どれくらいの時間が経っただろうか?
 膨大なチェックシートをこなしながら、一つ一つ仕事をこなしていく。
 NPCの人数も少しづつ増えていき、今では街が街らしい動きをし始めている。

【すごいな、これは。ほんとうに現実の街みたいだ】

 商店で忙しそうに客を呼び込む男性に軽く手を上げると、相手も笑顔で手を上げて挨拶をしてきて、何か買ってくれと話しかけてくる。
 俺はデバイスでちょちょっと操作してこの世界での通貨であるゼニーを作り出して支払う。
 代わりに林檎を受け取る。
 かじってみると……うん。甘いりんごを食べている感覚がある。
 いや、普通に食べてるなこりゃ。

「これは……少し怖いぐらいだな……」

 自分で根幹となるプログラムを組んでおきながら、凄まじく優秀なスタッフが集まって本気でやりたいようにやると、『世界』を作っていることに少し怖さを感じてしまう。

 那由多の様々な功績のお陰で、日本は今空前のバブルになっている。
 過去の経験から内需の停滞していた経済活動の活発化と、産業への投資援助、学術的な慢性的な資金不足の解消など、刹那的な退廃的なバブルではなく、健全で進歩的、革新的な方向にきちんと舵を取れたのは幸運だったと言える。
 ある国際的な事件のお陰で、平和ボケしていた日本人が珍しく理性的な判断をして、きちんと行政運営能力のある政治家を選んでくれたお陰らしい。
 俺は政治はよくわからん。投票もいつも友人に入れている。そんな男だ。

 那由多に関してもプログラム設計の殆どを俺が携わっているから、今回のプロジェクトにも膨大な資金が投入されている。

「それにしても、世界を作るとか……恐れ多いよなぁ……
 罰でも当たらなきゃいいけど……」

 俺のばーちゃんの口癖だ。

「日本には八百万の神様がいる。いつもお天道様は見てるんだよ、謙虚に生きなきゃいかんよ……」

 自分の口で繰り返して言ってみる。
 俺は別に優れた人間ではない。
 目の前に存在する問題を、その難易度に関連なく夢中になって解いていたら、この立場になっていた。
 もてはやす人物や、俺を担ごうとする人間も多かったが、このばーちゃんの言葉のお陰で堅実に謙虚に研究だけに没頭してこれた。

 ばーちゃんはまさに人生の師と言っていい。
 だからこそ、今回のプロジェクトの傲慢な面を感じ取って、俺は少し不安になった。
 その不安な気持ちからか、何の気なしにデバイスでこの世界のゲーム的な要素をいじっていた。
 俺の能力だって、この世界なら簡単にいじることが出来る。
 地面を素手で叩き割るような力だって、目に見えない程の早さで駆けることもなんだって可能だ。

「これも傲慢かもしれないな……」

 なんとなく数値をいじり終わって、そうつぶやく。

【遼主任、次のテストで今日の予定は全て終わります。
 今、目の前に現れる青年に、擬似自我を導入します。
 その青年に挨拶をして、その反応を見たらおしまいでーす】

 妙に声が上ずっている。
 嫌な予感がする。

【おい、疑似自我の設定はどれくらいのサイズなんだ……?】

【え? ……えーっと結構じゃないですかねー】

【おい、どうしてそこを誤魔化す!
 さてはとんでもない量だな!】

【那由多なら大丈夫ですよ!】

【あのなぁ、ただでさえ疑似人格は負荷がでかいんだ!
 出来る限り軽くしろって……】

【最終フェーズ実行しまーす】

【おい! 人の話を聞け!】

 ブゥンと明らかに『世界が重くなった』冗談みたいな話だ。

【おい! 重くなったぞ!】

 口ではこう言っているが、俺は那由多を信頼している。

【だ、大丈夫です。まだ許容範囲の半分以下です……】

【は、半分!? お前! どんなサイズにしやがった!】

【主任、後で超叱ってくださいねー。
 だから王城と同規模はやりすぎだって言ったんですよ……
 しかも自分のPCに直接繋いで入力してるんですよー】

【な、城サイズの疑似人格……だと……しかも、お前のPC余計なデータ大量に入ってるだろうが!
 そんな危ないもの繋いどくな!】

 沙羅のモンスターPCは魔改造されていてノート型なのに鈍器のように分厚い。
 しかも中には大量の設定やらアイデアが、この世界にいつの日か反映させるためにと野望の塊、パンドラボックス状態になっている。

 それを直接つなぐのは、流石にそれは不安が……
 流石に双方向データは干渉させないぐらいの注意力は……あるよね?

 目の前にはじっくりじっくりと抽出されていく青年……
 ああ、いかにもアイツが好きそうな弱々しい美男子だな……
 そりゃ早く見てみたいってアイツの変態的な欲望を抑えられないのもおかしくはない。
 ……不安はあったが、どうやら問題は無さそうだ。
 こういった問題が起きるのは導入直後って決まってるんだ。

【まったく……一時はどうなることかと……】

 ビリッ。

 青年の姿に電気が走ったような気がした。

【ん? なんか起きたか?】

【ええっと、きゃっ! 地震!?】

 ビーーーーービーーーーーービーーーーー!

 頭のなかに警戒ブザーがなる。
 物理的なマシンからのブザーと、心のなかから、これはやばいという予感、ダブルだ!

【どうした!? 何があった!?】

【じ、地震が……すぐにログアウト……地震じゃない!?】

 管制室も混乱しているようだ。

【落ち着いて一つ一つ処理していけ、皆なら大丈夫だ】

 俺は心の底からそう思っている。
 あそこのメンバーならどんなことがあっても大丈夫。

【噴火!? 地熱発電……暴……ザザッ……走……!?】

【おい、どうした?】

【……ザザッ……ナユ……いぎょ……ザザザ……システ……ザーザー……ウン!!】

【リョーーーーーウ!!】

 沙羅の叫び声が聞こえた気がした。

 そこで俺の意識は……途絶えた。







 

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