魂喰のカイト

こう・くろーど

39話 戦いの後に


 力が流れ込んでくる。
 体中に広がる力の奔流。
 抗うことのできない快感。

 ああ、気持ち良い。
 最高だ。
 極上の快感。
 ……極上?
 足りないな?

 駆け巡る違和感。
 足りない。
 足りない!
 足りない!!
 足りないいい!!!

 ――って、なに考えてるんだ!
 快感に支配されるな。
 落ち着け。
 俺の目的は力を手に入れることじゃない。
 王都で暮らすことだろ……?


 暗黒剣を片付け、顔を両手で叩く。
 ……ふぅ、落ち着いた。
 まったく、俺、なんてこと考えてるんだ。
 それにしても、”足りない”?
 どういうことだ――って、ダメだ。
 考えだしたらまたおかしくなりそうだ。
 深く考えるのはやめよう。
 バースは消した。
 それだけでいい。

 と、そこで落ちている腕輪のようなアクセサリーがふと目に入った。
 バースの近くに転がっていたのだ。
 バースが落としたのだろうか?
 綺麗なアクセサリーだ。
 紅の、ルビーでもない不思議な宝石が埋め込まれており、高級品であることは明白。

《装飾品:紅宝の腕輪 紅の純度の高い魔石が埋め込まれた腕輪》

 説明、それだけか。
 それでいいのか鑑定よ。

 ……まあそれはいいとして。
 中々に良い物のようだ。
 戦利品として持って帰るか。

 バースも倒したし、奪っても文句は無いだろう。
 誰の所有物かは後でリディル達と話し合って決めるか。

「……イルム、バースを倒したんだね」

 リディルがよろよろとこちらまで歩み寄ってくれた。

「ああ、倒した。正確には殺してないんだが――詳しいことは後でリディルにだけ話す。知られたら俺の立場が危ういしな」
「……? そうか。 わかった、あとで聞こう」

 納得はしてないが、聞き入れて貰えたようだ。
 良かった。
 バースが再誕リバースというスキルを持っていたことや、俺の魂喰で完全に滅ぼしたこと。
 皆に知られてマズイのは俺の魂喰だ。
 知られでもしたら確実に危険人物リストに入れられてしまう。
 それは個人的にツラい。
 だから、この話はリディルだけにする予定だったのだ。

「……それにしても、悪かったな。俺が倒しちまった。……仇だったんだろ?」

 黒翼でここに飛び込んでくる前、憤怒を宿したリディルを見た。
 何か理由があったことは間違いない。
 これまでリディルが大きく動揺したのは仲間のことだけだった。
 仇だと当てずっぽうでふっかけたのだが、どうやら正解だったようだ。

「……いや、気にしないで。結局、悪いのはボクなんだ。……勇者なのに守れなかった、ね」
「おい、それは――」

「イルム、無事だったんだね! バースを倒したんだね!!」

 アリシアが満面の笑みでこちらに駆けてくれた。
 後ろでロプトが忌々しそうに俺を見て、フィオンが俺に称賛を送ってくれている。
 ははは、ロプトは相変わらずだが、俺は上手くやれたみたいだな。

「もう、イルムが一人で残っちゃったときは本当に心配したんだから。ダメだよ、無茶しちゃ?」 
「ははは、ごめんな。あれしか思いつかなかったんだ。それに、終わりよければ全て良し、だろ?」
「ハッハッハ。そのとおりだな」

 扉から全身傷だらけのアルダスが入ってきた。
 あの傷でここまで堂々と歩けるってすごいタフネス。  
 尊敬するな、ホント。
 さすがアルダス。

「アニキ! 置いてくなよぉ!」

 ……そうそう、アニキって感じだ。
 って、え?
 アルダスのことアニキって呼んでる奴なんていたか?

「何を言う、お前のほうが軽傷だろう。置いていかれるお前が貧弱なだけだ」
「いやいやぁ、それは無いっすよ! 傷は塞がってますけど身体はドギツイんですって。さっきの反動もあるんすよ!」

 そう言いながら入ってきたのは魔物。
 細身の身体の魔物だ。

「あぁ、安心してくれ。コイツにはもう従属の契約をしている。俺の配下だ」
「そうだニンゲンども! 俺はアニキに惚れいって従属契約してもらったんだ! 敵じゃねぇぞ、安心しな!」
「名はドーグ。うるさいが勘弁してやってくれ」
「あ、うん。……従属契約してるのなら構わないけど」 

 リディルが少し引いている。
 どうやらうるさい奴は苦手なようだ。
 アリシアは微笑んでいる。
 新たな仲間ができて喜んでいるのかな?

 従属契約。
 たしか魔物を配下における魔法でそんなのあったっけ。
 ペットみたいに飼いならすって話だ。
 命令を背いたり主人に危害を加えようとすると激痛が走るだの死ぬだの。
 情報は正確じゃないけどそんなもんだったはずだ。

 ま、それなら暴れだす心配もないし安全だな。

「それにしてもイルム。お前、強いな」
「ん? ああ、それほどじゃないよ」
「はっ、勇者より力を持っていてそれほどじゃないとは、面白い男だな」
「……リディルは今、呪いで力を失っているとはいえ、この国で最強の存在だ。……それより強いとは、驚いたぞ」

 フィオンとアルダスが俺に呆れている。
 さすがのアリシアもこれについては苦笑い。

「まあそんな話はどうでもいいさ。とりあえずここから脱出しよう。みんなももうボロボロだしね」

 リディルの声で皆が動き出す。

 ……これで一件落着だな。
 魔物の大軍に襲われたときはどうなるかと思ったけど、無事で良かった。

 はぁ、それにしても、本当に生き延びたよなぁ。
 魔導王が無かったらそれこそ死んでた。
 なんたって黒霧で誤魔化して斬り込んでも、スキを突かれて殴られるわ斬られるわ。
 最終的には逃げながら炎獄連続で撃ってただけだもんな。

 しかも、竜が大量にいた。
 これは本当に泣きそうになった。
 斬っても斬れないのだ。
 ただでさえ数が多いのに、本気で威力を出さないと倒せない。
 魔力の枯渇は魂喰で避けられたわけだが、死んでも可笑しくない状況だった。

 スキル”餓狼”。
 出撃前にダンジョンで手に入れたスキルだが、これの効果は素晴らしかった。
 倒せば倒すほど動きやすくなっていくのだ。
 敏捷が上がり、一発一発も重くなっていく。
 これが無くても死んでいただろう。

 まぁ、とにかく生き残ってよかった。
 流石にまだ死にたくは無かったしな。
 せっかく異世界に来たのだから満喫したいのだ。

 さて、王都に戻るためにもう一度狼に乗って旅をしますか。
 ……心配はロシュだけだな。
 ミラに頼んでおいたから、大丈夫だとは思うが。
 死んだら承知しないぞ。




 こうして、魔城攻略は一段落ついた。
 そのまま王都に直行し、受けた連絡は王国軍の勝利というものだった。
 やはりバースを倒したのが大きかったらしい。
 突然魔物が弱体化したとのことだった。

「ししょー! 僕、勝ちましたよー!!」
「イルム様、無事に役目を果たしました」

 それから、ロシュ、ミラ共に無事だった。
 傷は多く、少しばかり安静にしないといけないようだが、命に別状は無い。
 良かった。
 本当に。

 魔城で見つけた紅宝の腕輪は俺のものになった。
 バースを倒したのが俺だったから、受け取って欲しいとのことだ。
 ま、別にこの腕輪は欲しくもなかったんだがな。
 特に効果も無いみたいだし。
 でも、貰えると言うなら貰う。
 ちゃんと感謝もしておいた。

 さて、それで今度、勇者パーティで祝勝会があるらしい。
 俺も参加することにした。
 側で寂しそうにしてたロシュが寂しそうにしていたのでついでに呼んでおいた。 
 そのことに関しては、前々から俺の弟子ってことで気になっていたらしく、リディルたちも歓迎してくれた。

 とにかく次は祝勝会で会おうということで解散したわけだった。




「クソッ、何も……できなかった……!」

 路地裏で悔しそうに呟く青年。
 その腰にはショートソードが掛けられている。
 戦争に参加した一人でもある。

 青年は今回の戦争で何もできなかった。
 確かに戦ったが、倒した魔物の数は他に比べて少なく、かと言って魔物に食われる兵士を救うことができたわけでもない。
 逆に、守られたこともあった。

 ――足手まとい。
 その言葉が頭に浮かび、それを認めたくないように首をブンブンと振る。
 悔しさに顔は歪み、握りしめた拳からは血が滲んでいる。

 もっと力があれば。
 少なくとも目の前で食われたあの人を助けることができたかもしれない。
 俺を助けようとして死んだ男は死ななかったかもしれない。

 青年は項垂れた。

「力が……欲しい……!」

《そうか、ならば私の元へ来い》 

 青年の頭に声が響く。
 青年は振り向き、剣を構えるが、誰もいない。
 何かの魔法かと思い、武器を構えることをやめた。
 ここは王都。
 咄嗟に武器を構えてしまってはいたが、路地裏であっても真っ昼間から人を襲うような真似をするものはいないだろうと判断したのだ。

《私には力がある。私に従えば力を授けよう》

「本当に、力が手に入るのか……?」

 青年はその言葉に耳を貸してしまった。
 それが、闇に染まる一歩目だと知らずに。

コメント

  • ノベルバユーザー206733

    話の流れからしてこれは転生ではなく転移なのではないでしょうか、自分の勘違いならすいません。

    1
コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品