魂喰のカイト

こう・くろーど

22話 噂話


 木製の扉に手をかけ、心地よいドアベルの音を聞きながら店内に入る。
 来たのは、前についグレートボアのステーキに舌鼓を打ってしまった高級志向の店だ。

 この1週間、毎日通ってしまった。
 武器屋が安定して利益を生んでくれたのと、ここの料理が美味すぎるのが主な理由だ。
 美味しいものに罪はないし、金貨を貯めてまで欲しいものがあるわけではない。
 せっかくだから贅沢することにしたのだ。 

「よっ、リディル」
「イルム。今日も来たんだね」

 1週間通っているうちにすっかり仲良くなったリディルに声をかける。
 どうやらいつもと同じスープを食べていたみたいだ。
 食事を摂っていた手を止めて、隣に腰をおろした俺に微笑みかけてくれた。
 相変わらずの美青年さが眩しい。
 あのとき付けた王子のあだ名は間違いではなかったと、ここ最近で痛感してしまった。

 リディルとは、ちょっとした冗談を言い合えるような仲になった。
 対等な友人というものが中々いなかったから嬉しい限りだ。
 ロシュともわりと軽口を言い合っているんだが、子供らしい容姿と敬語からどうしても気兼ねない友人、と言った感じではない。
 この間お礼を兼ねて武器屋に遊びに来たルティアだってまだまだ子供だし、そもそも女の子だから少し気を使ってしまう。
 だから、リディルは唯一俺が気兼ねなく話すことができる人物なのだ。

「あ、いつものでお願いします」
「承知しました」

 いつもの、というだけで店主には伝わるようになった。
 これだけ毎日同じものを頼んでいたら流石に覚えられてしまったようだ。

 なにを頼んだかって?
 ……グレートボアのステーキに決まってんだろ!
 ここ1週間の夕食は全部ステーキだ。
 それだけこの店のステーキに魅了されてしまっていた。

 だって、美味いんだもん。
 肉最高。
 イノシシ最高。
 考えるだけで涎が出そうだ。
 早くこないかな。

 おっ、肉が焼ける音が聞こえてきた。
 香ばしい匂いが広がってきて――。

「ねえ、イルム」

 あああ、昨日の食べ終わった後からずっと待ちわびてたんだ。
 これのために今日も頑張ったと言っても過言ではない。
 それほど美味しかったのだ。

「おーい?」

 まさかここまで食に影響されることになるなんてな。
 自分でも思っても見なかった。
 もしかして半神人になって味覚が強化されているからとかか?
 だからこんなにもステーキが美味しく感じるのかな?

 ありえない話ではない。
 聴覚が上がって味覚が上がらない道理は無いからな。

 実際、視力も上がっているのだ。
 集中すれば1キロ先も見えるかもしれない。
 元の視力と比べれば、その差は歴然。
 こちらは鮮明に、より濃く目にうつしだされる。
 まるでアナログ映像とハイビジョン映像だ。
 こう考えると五感全部が向上している可能性もある。

 ――と、そこでリディルが肩をトントン、と触れてきた。

「ん? なんだ?」
「いや、一心不乱になってたからどうしたのかなって」

 どうやら俺は少々肉に熱中してたらしい。

「ごめん、ステーキが待ち遠しくて」
「あははは、それほど?」
「ああ、それほどだ」

 どうやらリディルはこの店のステーキの良さを理解できていないらしい。
 そもそもリディルは肉を食べなさすぎるのだ。
 いつもスープやサラダばかり。
 だからステーキの良さがわからないんだ!
 いいだろう、夕食を終えたらステーキの素晴らしさをみっちり解説してやろうじゃないか。
 ステーキの良さを理解してくれるまでは帰さないぞ! 

「イルム、絶対何か企んでるでしょ」
「え。い、いや、なんのことかなぁー?」

 こっちをジト目で見てきた。
 リディルがステーキしか食べないように洗脳しようだなんて考えてないんだからね!
 勘違いしないでよね!


「お待たせしました、グレートボアのステーキです」

 おお! ついに来たか、ステーキ!
 いつ見ても最高に美味そうだ!
 焼き加減も抜群だし、肉汁も素晴らしい!

 ナイフを使って切り分けて口に運ぶ――ああ、至福だ。
 もうこのステーキさえあれば俺は生きていける。
 ビバ、グレートボア。
 ビバ、ステーキ。
 ビバ、店主。

「ところでイルム、最近ある噂が出てるんだけど」

 俺がちょうどステーキを完食したころにリディルが話しかけてきた。
 ステーキを味わっているときに話を始めないあたり、リディルは気が利く。

「どんな噂だ?」
「それが、王都近くでの魔物、それも上級のものが増えているらしいんだ」

 へぇ、それは大変そうだな。
 王都を拠点として活動している冒険者はもちろん、普段使う素材や食材を郊外に取りに行く人たちまで危険にさらされることになる。
 経済状況にも影響を与える事態なんじゃないか?

「魔物が増えるときは大抵強力な統率個体が現れる。近々調査隊、討伐隊が組まれるかもね」

 なるほど。
 確かに森のゴブリンが増えたときも、ゴブリンファイターとか言う少し強めの個体がいた。
 今回もそれと同じように強い魔物が紛れているということなのだろう。
 しかも、増えた魔物すら強力。
 だったら統率をする魔物は更に強くなっている可能性が高い。
 結構、まずい状況なのかもな。

「イルムも王都の外に出るときは注意をしたほうがいいよ。統率個体に遭遇でもしたらたまったもんじゃない」
「ああ、十分気をつけるよ」

 この身体能力を持ってしてみれば倒せそうな気もするけどな。
 ――って、それはさすがに慢心しすぎだ。
 俺は戦闘に関しちゃ素人だからな。
 そんな魔物なんて戦わないに越したことはないし、今の実力じゃ歯が立たないかもしれない。
 もしもの為に日頃から少しずつ鍛えておいたほうがいいだろう。

 そういえば最近は魂喰ソウルイーターを使ってないな。
 魂喰ソウルイーターでスキルを集めて身体能力を強化するのも一つの手だ。
 武器創造クリエイトウェポン魂喰ソウルイーターで手に入ったものだし、魔物の持つスキルは馬鹿にならない。
 単純に戦闘力を強化したいなら手っ取り早いと言えるだろう。

 いっそのことダンジョンにでも潜ってみようか。
 そうすれば色々な種類の魔物と一気に会える。
 数もきっと悪くないだろう。

 よし、決めた。
 ダンジョンに行こう。
 ちょうど明日は定休日に設定している日だ。
 善は急げ、明日に潜ってみるか。

 ――と、そうだ。
 ダンジョンに潜る云々の前にステーキの美味さを語るんだった!
 今日はみっちりステーキの美味さを教えてやる。
 覚悟するんだな、リディル!




   



「魂喰のカイト」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く