魂喰のカイト

こう・くろーど

18話 再誕

 
 王都から離れたところに位置する城。
 遠目から見てもわかるほど禍々しく、誰も寄りつけない。
 ――故に王城にも匹敵する大きさのその城は『魔城』と呼ばれた。

 魔城には主はいない。
 住む魔物からの忠誠を浴び続けた魔王は既に死んでしまっていた。 
 死因は人族と魔物の戦争にある。
 3年前に起こったその戦争の最終局面で勇者と戦い、敗北したのだ。

 だが、不気味なことに魔王は死に際に一切の怨念を持たず、狂気的な笑声とともに言葉を残したという。

 ――「また戻る」と。

 魔城に住む魔物はその言葉を信じ、主人の帰りを待ち望む。
 しかし、その思いは届かずに玉座は依然として無人のままだった。


 ――このときまでは。

 
 魔城の奥深く、限られた魔物しか入ることを許されない小部屋があった。
 その部屋には黄金の棺が1つと、棺を守る魔物が1人だけ佇んでいる。
 この風景は魔王が死んだときから変わっていない。

 だが、そんな風景に異変が起きた。
 突如として棺の中の魔力が高まる。
 いきなり魔力が高まることなど、魔物の自然発生しか考えられない。
 しかし、この高まり方は魔物の自然発生などと比べると異常であった。
 明らかに普通の魔物が発生するときに使われる魔力量ではない。
 このような魔力を誕生に使うのはそれこそ魔王と同等の魔物――。

 莫大な量の魔力は徐々に人の形を帯び、その枠組みに押し込まれていく。
 人の空間に収めるには多すぎる魔力は圧縮されていき、輝きを増していっている。
 『大量の魔力』を『密度の高い質の良い魔力』に変換しているのだ。
 そうすることによって人型であるがゆえの小さな体積にすべての魔力を収めている。

 しばらくすると魔力の高まりが収まり、人型の魔物が棺の中に誕生した。

「ああぁ、再誕できたか」

 現れた男は喜びを声に乗せて呟く。
 青白い肌を持ち、額に2本の角を携えるその男はゆっくりと上半身を起こした。

「おかえりなさいませ、バース様」

 棺を守っていた魔物が頭を垂れる。
 その様子を確認したバースと呼ばれた男は、魔物に対して問いかける。

「勇者との戦いから何年たった?」
「3年でございます」
「3年か……今回の再誕はやけに短いのだな。前回は数百年かかったというのに」

 バースの持つスキル【再誕リバース】は死んでも復活することができるものである。
 制限などはなく、死因、時、状態、全てに関係なく行使することができる。
 だが、復活の期間に関しては詳しくはわかっていない。
 完全にランダムなのか、それとも死亡に関するところで決まるのか。

「くだらない」

 バースはそう吐き捨てる。
 そう、バースにとってはどうでもいいことなのだ。
 復活することには変わりないのだから。

 この能力を持ったバースは慢心していた。
 勇者との戦いで負けてしまったのも気の緩みがあったことが関わっている部分もある。
 もちろん真剣に戦ってはいたのだが、死闘と呼べるものではなかった。
 すべてを燃やし尽くす覚悟で戦っていたら少しは結果は変わっていただろう。

 バースのこのスキルの存在を知っているものは少ない。
 勇者たち、人間側はいざしらず、魔城に住む魔物たちも古参以外知り得ていない。
 対策をねられることを防ぐために広めていないのだ。
 古参の魔物もそのことを承知で、再誕リバースの存在を口外していない。

 たとえ再誕リバースを知られたところで対処のしようはない。
 そう思うことも事実なのだが念には念を入れているのだ。
 自分を殺した相手と対峙したとき殺し損ねた、と勘違いさせる程度の効果はあるだろうとバースは考えている。

 バースは立ち上がり、首を鳴らす。
 そして、魔力を開放した。

 その細く、端麗な容姿からは想像できないほど強力な魔力。
 魔力を察知した城内の魔物は一時の間もおかずに気づく。
 主が戻ったと。

 城内のいたる所から歓声が上がった。
 熱気のこもったその叫びはバースの鼓膜を震わせる。

 バースは再誕リバースの存在を知る古参については心配してなかったが、知らないものは「また戻る」という言葉だけだったので、心に少しばかり不安を残していた。
 だが、その声の熱をうけ、杞憂だったと確認する。
 もし戻るまでに数百年もかかったとしたらバースのもとを離れた魔物も存在していただろう。
 しかし、3年では魔物たちが主を離れることはなかったようだ。

「私の魔物たちはまだ衰えていないようだな」

 バースは顔に狂気的な笑みを浮かべ呟く。
 そして、その足で玉座へと向かいだした。

 玉座の間につくと、そこには戦死により何人か欠けてはいるが3年前にともに戦った下僕たちが並び、ひざまずいていた。

 魔物にとって戦闘力は全てだ。
 力は地位となり、富となる。
 よってこの場に集まるものはすべて戦闘力の高い精鋭たちだった。
 そして、その強力な魔物をまとめ上げる立場。
 それは絶対的な力を持つ証だった。
 バースは肌に感じる配下の魔力に自分の高みを再確認し、慢心を深める。

 ひざまずく者を一瞥すると、バースは落ち着いた様子で玉座に座す。
 その姿は確かに威厳を感じさせ、その事実が下僕たちに更なる安心感を与えた。
 そして、少しの間を置いた後、力強い声で宣言する。

「時は満ちた。今こそ先の戦いの雪辱を果たし、薄汚い人族を滅ぼすときだ」

 バースの瞳が赤黒く光る。

 このとき、蘇りの魔王バースが再誕した。



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