金木犀〜君と一緒に駆け抜けた夏〜

日下部けいた(yousukeita0410)

プロローグ・STORY①



あれから何年の時が経ったか…。


気づけば俺も30歳を迎えた。


時間の流れは遅いようで早く、過去を振り返れば振り返るほど後悔と思い出が顔をのぞかせる。


そして、俺は未だに過去の自分から脱却できず、君宛の長い長い手紙を書いているのか…。


いや…。


それは考えないでおこう…。



何か集中するものがないと生きて行く事すら戸惑う日々。





朝6時。



日差しがカーテンからこぼれる。




「あー…。もう少し寝ていたい…。」

ベッド上にて二度寝を懇願する俺。


「あー…。また同じ朝か…。」



数分後。


「あ””っーー”!!!もう寝れねぇっ!!!」


思い切りベッドから起き上がった俺は、頭上に設置したスポットライトに思い切り頭をぶつけた。


「いっっでぇっっ!!こーのっ!バカタレがっ!!」

1Kの部屋に響き渡る俺の野太い声。

ベランダからは小鳥か…チュンチュンと鳴き声が聞こえる。

清廉な鳴き声とひどく濁った俺の声。



頭の痛みが徐々に癒えてきた俺は、冷静さを取り戻ししばらくベッド上であぐらをかいた。



俺の心に生き続ける君。

その君から発せられたであろう煌びやかで美しい思い出。

それが今見ていた夢……。


(いつまでこんな夢を見るんだ……。)

依然としてベッド上で考え込む俺。

もう一度寝る努力をしよう…。


そう心に強く願い、再び布団に包まった俺だった。






金木犀

『〜君と一緒に駆け抜けた夏〜』





作:KEITA




プロローグ






君と俺、あの夏から二人の時は止まったまま。



この写真立ての中で。



永遠に取り戻せない二人の過去や思い出に、鍵をなくした南京錠がかかっている。

いつからか、この南京錠の鍵を探すのも辞めてしまった。




「ケイタ…?ねぇ?ケイタ起きて?ケイタ!!」


「・・・・・。」




ガタンゴトン!ガタンゴトン!





ファァーン!!!



甲高い電車の通過音。





線路沿いのアパート。



「んーーーん…。」



寝返りをしながら、目覚めてしまったことに苛立ちが込めてくる。


そして耳元へ聞こえてくるいつもの声。


「ケイタ…。また、会いに来るね…。じゃあね…。」



ふと正気に返る俺。


「えぇっ…!またか…。また同じ夢。」


ベッド脇のカーテンからこぼれる日差し。

少し開いた窓からは心地よい風が数分おきに入り込んでくる。

だが、1Kの俺の部屋は空気が止まっているかのように淀んでいる。

新鮮な空気も、ほんの数秒で溜まりに溜まった淀みに消されてしまう。

カーテンを少しめくると雲一つない真っ青な空だった。



疲れていても眠れない日々がここ数日。

その上、いつもより目覚める時間が二時間程早い。

休みの日でも、一度目覚めると二度寝ができない。


このストレス達に苛立ちを覚え、タバコを手に取った。

俺はこんな朝が大嫌いだ。いっそうの事雨でも降ってくれればいい。


テーブルの上には、昨夜寝酒で飲んだウィスキーの半端と倒れたボトル。

ウィスキーグラスには無数の指紋が目立つ。

(昨日も飲み過ぎた…。)


頭を無造作にかくと同時にタバコの箱が手からすべり落ちた。

タバコの箱が足の爪先に当たり、TV台の奥に入り込む。



タバコの箱に誘導されている感覚まで覚えた俺。


(チッ!めんどくせぇなぁ!)


TV台の奥に手を伸ばすと、タバコの横に埃まみれになった一枚の写真が見える。



(なんで今さら…。あんなに探していたのに…。)




あの頃の六人が笑っていた。写真のバックには金木犀。


(みんな…あの後の物語をどう生きてんだろう……。俺だけなのか…?こんな時間の流れが止まった様な生活…。)


そっと埃を払い、TV台の上に置いた。




写真立てにカーテンから溢れる日差しが反射して、俺の目を突き刺す。



(チッ!眩しいんだっつーの!)




カチッ!カチッ!




フゥッ〜。



爽やかな風とは相反して、タバコの煙は淀んだ部屋の空気にゆっくりと馴染んでいく。


ここ数年の俺の生き様そのものだ…。


黒を白と言い改め、上司の機嫌を伺い、そして一組織に馴染んでいく。

いや…。馴染んでいくとは表面上の言い表し方で、正しくは居たくもない環境にしがみ付いているとでも言っとこうか…。





そして…。

君は2週間に一度のペースで、俺に会いに来る。決まって眠りが浅い朝方に。


それが現実であれば…。

こんな事今まで何万回と考えた。


答えが出ないことは重々分かっている。


(なぜいつまでも俺を苦しめる…。もう、いいだろう?俺は俺で生きていく。)


心の中で呟いた。


「ハァー…。」


大きくため息をついて、ふとTV台の南京錠がかかった写真楯を手にする。



笑顔の2ショット写真が少し色あせていた。


「ハアー…。」


二度目の溜息は俺自身を更に追いつめる。

心の奥のまた奥底へと。




気づかぬうちにタバコがフィルターギリギリまで燃え尽きていた。


火種が落ちてしまったタバコの吸殻を、無理矢理灰皿にもみ消す。





気づけば、もう7年の歳月が経った。

いつの間に、こんな遠くまできたんだろう。

街を歩いているとき、風呂に入っているとき、食事のとき。ふとした瞬間に思い出す二人の過去。



二人の時は止まったままだが、7年の歳月は、あの木だけを大きく成長させた。

当の俺は少しでも前に進めてこれたのだろうか。

今の俺には過去を綺麗な思い出としてすっぱり葬る去る事はできないであろう。

新しい景色が顔を出しても、ふとした瞬間に振出しに戻ってしまうのだ。

それでも、君がいた季節だけは、無情にもまた一つ過ぎていく。





そして…。

君と俺が過ごした街。



金木犀の匂いが本当に素敵な街だったっけ…。


二人の思い出は、歳月が経つ程、美化され遠ざかっていく。

まるで、金木犀の木が一本立つ独島が、手を伸ばすごとに遠ざかっていくように。

素敵な思い出も匂いだけを残して。

君と、俺達を巡り合わせ、共に過ごさせてくれた思い出の木。



金木犀…。


いつどの時も、気づけば近くに存在していた。

いや、金木犀を常に探していたのかもしれない。


揺れ動く俺の心。




「君は今どこにいるんだ?」

俺の心の底から湧きあがってくる声。


あれから一度も本気で笑ったことがないボロボロの心。


「もう少ししたら俺も会いに行くから…。」


現に行動に移せる勇気もなく、心から流れる涙には血が混ざりだす。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(以下、独り言)

そう言えば、この前また不思議な体験をしたよ。

会社のコンペがあったんだけどさ…。



君にもう一度会えるなんて、この先皆無なのに。

君に本当に似ていて…。
ドッペルベンガーだったらやばかったね…。あれ、死んじゃうって噂なんでしょ?
あっ!てか、君はもう…。

まぁこれ以上は言わないけど…。いつもこれ言うと怒るからね。

君と同じ様に、なつっこくて笑顔が素敵だった。

えくぼの位置すらも同じ位置だった。


えっ?結果は?

……。


それ、聞くの?
上手く行くわけないでしょ?

結局、いつもと同じ。

そう…。いつもと同じなんだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


こんな会話を君とするんだ…。

アパートの一室で。


もうこの世に存在しない君を、目の前にいると仮定して。






君は今空の上でしょ?

でも…。

「ずっと一緒」 あの時の約束…。


その約束を守り続ける君。

だから、今も会いに来てくれるんでしょ?




9年前の君との出会いから、はるか時空を超えて、俺の中の何かが震えた。

そして、君に書き続けている長い長い手紙はここから始まり、君や俺自身の過去から脱却するための卒業文でもある。








STORY1 

『全ての始まり、キャンパスライフ』






あれから時が止まってる様だ。


君と二人歩いた時間、場所、そして金木犀の甘い香り。

君は運命の人ではなかった…。

おはよう、おやすみ、お疲れ、行ってきます、ただいま。

どんな些細な言葉にも幸せは隠れていると思う。いや、「見出せる」と言い換えてみようか。

誰かが言っていた。
(「おかえり」の言葉で迎えてくれる家族がいてよかった。)
これもある種の「幸せ」である。

新婚夫婦では、「おかえり」の言葉の中に、愛情が満ち溢れている光景が安易に想像できる。

熟年夫婦の場合…。

「言っても何も返事しないのはわかっているし。それなら言わない方がいいのよ。」
この結末だ。

会話は人間だけに与えられたスペックであり、言い表し方或いは捉え方によって、「苦悩」とでも、「ジレンマ」とでも言い表わせるのではないか。


間違いなく、この様な日常会話は、家庭にありふれた一コマに過ぎないであろう。

ただ、ありふれた一コマ、その中に幸福を見出す事自体、君と俺の間ではこの先皆無なのだ。





当時…。

趣味も性格も全く正反対な二人は、飽きるところがない程惹かれあっていた。

君を本気で運命の人と思っていた。


「ねぇこれは?」

「この服似合ってる?前に気にしてたから。」

「これ好きでしょ?好きそうだと思った。」

「こんな場所好き?今度ここいってみようよ?」


いっつも、俺に合わせてくれていた君。

いっつも、とびっきりの笑顔。

いっつも、自分の事はあと回し。


俺のいい加減さやわがままから、無理が重なるといきなり泣き出す。泣き始めて数秒で大きな瞳が溢れんばかりの涙で決壊する。

涙一粒の重さって、過去になって初めて分かるのかもしれない。


二人の仲は壊したり修復したりの繰り返し。


壊して修復して…。

修復しては壊して…。



俺の自己中心的な考えは、いつの間にか君に対しての甘えになっていた。



喧嘩した時の最終文言は

「いっつも勝手じゃん?少しはわたしのことも考えてよ!」


そう君は泣きじゃくっていたっけ…。


そこで初めて君の心に気づく。



傷つけてばっかりだった…。





どれだけ君に無理をさせていたのか…。







それでも…。「あの時」から、「これで良かったんじゃないか、いや俺が全部悪かった。」と、自問自答の繰り返しの日々。

だが、こんな遠くまで一人歩いてきて思う事がある。


当時半端者の若い俺に、神様は試練を与えた…。

人を愛すること、優しい嘘、裏切り、絶望、別れ、何から何まで走馬灯の様に蘇ってくる。





少し立ち止まっては、後ろ(人生)を振り返り、「あの季節」が俺を一歩ずつ前(未来)へと進ませてくれている。

だから俺は生きている。

いや、生きていく事を選んだのだ。





そう…。あれは9年前。


君と初めて会ったのは、大学のどこでだっけ…。

そう言えば、君は言ってたっけ?

大学のカフェテリアで、まとまりがない、ボッサボッサの長い髪に、まーるい眼鏡。一人でテーブルに向かい、社会福祉学の予習をやっていたんだもな…?

俺はというと、缶コーヒーとタバコ、そして男友達とのくだらない会話。







「よぉっー!おはよーさん!昨日はお疲れなぁ!」

「いやいやぁ〜!こちらこそ!」

カサカサの声で返答する俺。

「なぁ!早速なんだけど今夜飲もうぜ!いい情報が入ったんだって!」


「はぁー?!お前ここんところ、毎日酒飲みじゃん?肝臓やられんじゃねーのぉ?」


「俺の肝臓は永久不滅!!」


「お前、いつか絶対救急車だわ!つーか、たまには女子大の子たちとも合コン組んでくれよなぁ?」
まだ、カサカサ声は治らない。


「いやぁー、そりゃ無理だわ!とりあえず、まずは学内から攻めねーとなぁ!」


「そぉそぉ~。まずはこの大学内から攻めようぜ!」


「ピボット作ってからじゃねーと。まぁーそのうち、嫌でも情報は飛び込んでくんべよぉ!」



女を求めるギラギラな声が、友人の間で飛び交う。

入学式から数日しか経っていない、中身がスカスカな友人関係。

左から右に流して話を聞きつつ、俺にとって必要な情報だけは確実に拾う関係だったっけ。



大学に行けば、合コンやくだらない話ばかりが日常に溢れかえっていた。




その上、猫をかぶった大学生活。

毎日精神を尖らせ、己の立場を常に確保しようとする無駄な努力の結果、大学に籍を置く理由自体分からなくなっていた。


あの、写真機の前で君と偶然会うまでは。



あの春の…。初対面の君を悪く言えば、「ダイヤの原石って、こういう事なんだな!もっとオシャレすればいいのに…。
きっと田舎の高校出身なんだろうな…。」

はっきり言って、そんなイメージだった。

口が悪い女評論家とでも言っておこうか。



あの春。

あの時、君に会わなければ。俺と出会わなければ、君は今もダイヤの原石のままだったのだろうか?

どの時点から時間軸が歪み始めていたのか…。









入学して間も無く一ヶ月。桜の時期も終わり、風が五月病を運びかけていた。

毎年俺は5月に近づくと堕落し始める。

ただでさえ、めんどくさがり屋なのに、さらに成長する。それは、今も治らない。


完全に持病だ。


「なぁ!ケイタ?今日の飲みはぁ?看護?福祉?どっちだっけ?できればよぉ!看護の方がいいなぁ!ナースの卵の方が、将来性ありそぉだし、何か燃えるわぁ!!」

一方的な友人の問いかけに徐々にストレスが溜まってくる。

「つーかよぉ!お前たまには、セッティングしてくれてもいいだろ?後片付けとか、空き缶の処理もいつも俺じゃん!なーんか、めんどくせーんだよなぁ…。たまにはお前のアパートで飲みするのもいーだろうが!!」

少し強めの口調で間髪入れずに反論した俺。


「あっ…悪かったって…。そんな怒んなょ…。」


「まぁ…どっちでもいーけどょ。」


五月病を抱えていた俺。そんな間柄の友人たちとは、会話も付き合いもそう長くなかった。







5月連休。



「帰ったわぁ!」

「お帰りー!ちょっと、歩きタバコはやめてよっ!」


実家に一ヶ月ぶりの里帰り。家族は寿司を買って待っていた。

酒もタバコも慣れた俺に、少し戸惑う家族。

表面だけ大人びた人間性と知らぬ間に伸びたピノキオの鼻。

少し悲しげな顔で母ちゃんは、「頑張れよ!」って言ってたっけ…。

「だいたいお前を遊びの為に、大学に出したわけじゃねーんだからなっ!それからそのタバコの量!少しは減らせ!」



親父には叱咤され、実家にはしばらく帰らないと思った。

夕飯も早々と、無言で自室に引き上げた。

堕落した生活を続けた結果、生活費があっという間に底をつき、金をせびりに帰った自分を馬鹿らしく思ったっけ。



今さら感じる。俺は大学に行って何をしたかったのか。何を学びたかったのか。

ただ、青春を謳歌したかっただけなのか…。

そして、あの春の君に出会って何が変わったのか。

俺の人生に光がさしたのか、もしくは、その先は暗闇だったのか?

こんな事も何万回と考えた。

まだ、長く続く暗いトンネルの中なのだろう…。






連休中、一泊二日で実家を後にした。

途中高速のパーキングで缶コーヒーを買った。

考え事をしている時にタバコと缶コーヒーは妙にマッチする。コーヒーとニコチンが体内に染み渡ると同時に、親父の小言も身に沁みていった。




あの時代、徐々に分煙対策は講じられていて、喫煙者は駐車場の端に追いやられていた。


まさしく俺の生き様のようだ。

要らない、使い用のない人間は端に追いやられる。



少し長めのタバコを無理矢理もみ消して、車に乗り込んだ。



メールの受信を示すランプが点滅している。


「いつ帰ってくるんだっけ?早く帰ってきて飲もうぜ!」


「今帰ってっからよ!ちっと待ってろや!」


同じ学科の友人からだった。


気にくわないと即日友人関係を断ち切っていた俺だったが、入学して一ヶ月もすると信じ合える友人が一人か二人はできたっけ。

俺の人生にも影響があった。いい意味でも悪い意味でも。それも俺の人生。死ぬまで完成しないパズルのワンピースなんだと思う。

パーキングでの家族への懺悔ザンゲも何のその、忘れたかのよう車を走らせる。楽しみと合間って、徐々にスピードもあがった。




「かんぱーい!」


実家での居苦しい環境から解き放たれた俺は、まさしく刑務所から出所した元囚人の様に開放感に浸る。

「連休もあっという間だなぁ!一週間も休みだと調子狂うわ。」


「まぁ!これからまた青々しいキャンパスライフが始まるってわけよぉ!」


「お前、なんだよ!?その臭え言い方は!」


「あっ!そーいえば!実家で誰かいい女の子見つけたのかよ?お前言ってたじゃん?地元でナンパしてくるって!」


「バーカ!そんな話あったら、まっさきにお前に電話するって!あんな錆び付いた街であるわけねーよ!」


「そーなんだ…。お前の実家ってそんなど田舎なの?」


「おまっ!お前うっせぇよ!!まぁー、連休明けたら、また合コンする相手、サークルとかに顔だして見つけよーぜぇ?」



室内には、連休明けから始まる「合コン争奪作戦会議」と、麻雀牌のぶつかり合う音、そしてこのセリフ。

「はい!ロン!!!」


「お前!まーた負けた!」


「チッ!もぉ辞めようぜっ!」


「いーがら!飲めよ!お前負けたんだから飲めよなぁ!!」


「もぅ飲めねーよ!こんなマズイ酒!」


「貧乏学生にはちょうどいい酒だって!」


アパートの一室から常に笑い声は絶えなかった。


麻雀をしながら宅飲み。

安い酒ばかりを買い漁った結末は自ずと分かっていた。

その上、敗者への制裁は、眞露と水を8対2で割ったものや、焼酎ロックにタバスコを混ぜた激マズドリンクの一気飲み。

一気飲みに成功した者には賞賛の声があがり、失敗した者には飲みきるまで一気コールが飛びかう。


一人暮らし1年目の長い長い夜は、俺たちに青春をいくつも教えてくれた。

安い酒でも、飲めるだけまし…。麻雀と女には酒が付き物。そうまで思っていた。

毎日のように、朝まで安い焼酎を数本開けてしまう勢い。

徐々に打ち解け、絆が深まっていく一夜一夜。

本当に楽しかった思い出が残り、二日酔いも当然残った日々だった。

案の定、次の日の一限には必ず遅刻する。酒も残り、眠気さえもを残して行く。




「なぁ…これやばくねぇ?完全に飲み過ぎだぞなぁ…。頭いてぇしよ…。」

と、トボトボ渡り廊下を歩く俺。


「やっぱダメだなぁ!麻雀やりながらは!ほんと飲みすぎる…。切りねーもぉ…」

一限は出席票だけを提出し、行き着く先はいつもの喫煙所。

缶コーヒーを片手に、いつものくだらない会話の続きが始まる。




「おー!美織ちゃん!この前の合コン!どーもねぇ!あのさぁ!今日看護の子どぉにかならない?」

この言葉の主であり、女好き、酒好き、お調子者のラベルを張られた男が相棒である。


(こいつ…。さっきと全く違うじゃねーか…。酒好きというか、女好きというか。さっき、飲み過ぎとか言ってたのによ…。)


俺の心の声は、この相棒には伝わらない。その上に、話はどんどん進んでいく。


「だいじょぶだって!人数ならすぐ集まるからよ!こいつも来るからさっ!」

ソッポを向いてタバコを吸っていた俺の肩を、思い切り叩く相棒。


「はぁっ?聞いてねーしっ!」


「場所?こいつのアパートだからさぁ!」と勝手な相棒。


「勝手に決めんなよっ!」



(オイオイ。まーた俺のアパートかよ。片付けもしてねーわぁ。)

と、心の中で呟く…。


大きくため息を吐き、頭を抱えた。

「ヤッリィっ!!今日も合コンゲット!!今月の成績は優秀!優秀!」


「そんなに日替わりで女と飲みてぇのかよ?」

相棒は俺の話を全く聞いていない。
むしろ、今月の合コンの数を指折り数えている。
俺はソッポを向いて、再びタバコに火をつけた。

「あっ!そーいえばよぉ!おい!ケイタ!?話聞いてんのかぁ?」


「んあっ?聞いてるよ!!合コンだろ?」


「違うって!学生課に証明写真だしたのかぁ?明日締め切りだってよ!」


「じゃあ明日でいいべよ!意味わかんねーな!」


「俺は心配してやってんだぞぉ~?今日も飲みだし、明日起きれんのかよ?しかも期限まもんねーと、学生証出してもらえないってよ!」


「それはわざわざどーもっ。まぁ明日の午後あたりでもいいって!」


「あっ!その怠慢が悪夢を引き起こすかもやで!借金取りみたいに催促の電話くるみたいやしね!履歴が全部学生課の番号で埋め尽くされる恐怖!」

と笑い転げる相棒。


「お前っ!その話のどこが面白いんだよ!?しかも、いつから関西弁になったんだよ!このエセ関西人!!関西の人に失礼だわ!!」


女と酒の話から、どこをどう取ったら、真面目な話に移行するのか。

この相棒。大半はふざけた会話、そして女と酒の話ばかりだが、たまに運命をわける程絶妙なタイミングで物事を振ってくる時があったっけ。



あの時、証明写真の話を振ってくれなかったら…。

どうなっていたのか…。もしかすると、あの時から時間軸が少しずつ歪み始めたのかもしれない。


写真機の前に行くと、先客がいた。仕方なく待つと、二分ほどで空いた。

今振り返るとこの二分ですらも、時間のイタズラだと捉える事もできる気がする。


写真を撮り終え、「相変わらず変な顔…。」と一人呟き印刷を待つ。

すると真上のカフェ二階から、レジュメが一枚落ちてきた。

拾って上を向くと、慌てふためき猛ダッシュで階段を降りてくる一人の女の子を目で追った。


「あっ!これ。はい。」




何が書いてあるかは分からなかった。それ以上に真っ赤な顔で階段を駆け下りてきた女の子に目が点になってしまった俺。


すると、その女の子はお礼も言わず、レジュメを無造作に取り去った。


(なんだあいつ!感じ悪!)


徐々に遠ざかる女の子の背中にそっと呟いた。


階段を登る手前で、軽く会釈をしてきた女の子。








「どしたぁ?」と相棒。


「なんでもねー。」と俺。


「早く3限出席取ってかえろーぜ!」


「お前、もう帰る気満々じゃねーかよ?さっき三限は真面目に出るっていってただろうが!!」


「飲み会!飲み会!合コン!合コン!彼女が百人できるかなぁ!ひゃーくにーんで飲みたいなっ!」

誰でも聞いた事があるであろう「一年生になったら」の曲を鼻歌まじりで編曲し、ウキウキの相棒。


(その前に昨日の片付けかぁ。先が思いやられる。)



アパートに帰ると、昨日の残骸。酒の匂いはプンプン、空き缶や空き瓶は山の様だ。

掃除機、換気、お香を焚いて。片付けが不得意な俺でも少しずつ段取りは上手くなっていた。


「空き缶捨ててこねーとなぁ。あっ!クローゼット汚ねぇ…。まぁ押し込めばいいか。」


片付けの時は、独り言がやけに増える。

ゴミをまとめて、ゴミステーションへ向かう。





ガラガラ!


缶ビールや、缶酎ハイの空き缶が、50本程入った生臭いポリ袋を、背負い投げのごとく収集場に投げ入れる時程気持ちの良い事はない。

やっと部屋が片付いたという気持ちも相まって。

「あっーーーーー!やっと終わったわー!!!!」



背を伸ばし深呼吸する俺の背後に車が1台停まった。


ファーンと甲高いクラックション。黒塗りのクラウン。


「よぉ〜!お兄さん元気?」




黒いサングラスをかけた相棒だった。

講義が終わってから、すぐ姿を消した相棒。

今日の合コンのために親父に借りてきた様だ。


「お前なんで、ドライブするわけでもねーのに車クラウンなんだよ?」


「買い出しに必要だっぺよ!しかも、合コン中にPRしたら、株あがんべよ!」


なまりになまった栃木弁の相棒。

そして合コンに関しては、一切抜かりがなかった。



「いやっ!俺の車もあるし!しかも!買い出しって言ったって、歩いて五分じゃねーのかよ…。」

と呆れる俺。

「いや!レディに例え五分でも歩かせらんねーべよ!転んだら綺麗な綺麗な足に傷がつくべよ!」

と陽気な相棒。


そんな相棒を見ていて思ったっけ…。
(こいつ完全にいかれてる。
てか、浮かれてる。
今日ブヨンセみたいな、ワタナ○ナオ○みたいなの来たらどうするのだか。責任は取りたくない。俺だったら出禁もしくは即解散するな…。)

「とりあえず、掃除手伝えよ!」


「わった!わっーた!」




何気なく大通りに目を向けた。

爽やかな風が俺の目の前を吹き去ると同時に、一瞬時が止まった様な感覚を覚えた。



日産の大衆車。
綺麗に磨いた黒の軽。


「あっ!」
思わず声を出してしまった。


写真機の。

レジュメの。


あんな車乗ってんだぁ。

前にどこかで会った様な…。

思い出せない俺は、しばらく歩道で立ち尽くした。

「おい!ケイター!なにしてんだよ?お前んち、オートロックかけてっぺよ!鍵あかねーぞ!」

「あっ!うん!今行くわぁ!」

車道を見つめボッーとする。


数秒後、我に返り、アパートの玄関方向に目を向ける。

「てか、やっべぇ!」

風でドアが閉まった上に、鍵を忘れてゴミを捨てに来ていた。

「やっちまったぁ!」


俺はこういう所が、いちいち抜けてる。

「大家から鍵借りてこねーと…。」




夕方六時。


日も最大限に長くなりかけたこの時期は、夕暮れの空気が素敵で、空の色合いも本当に綺麗だった。


とにかく今でもあの空、空気は覚えてる。

君と初めて出会った時の事や初めて話した時の声ですら。

もう過ぎてしまった過去を取り戻す能力やマシーンがあるのなら、五百万払ってでも欲しい。

人は、悲しい気持ちを通り越すと涙すらでなくなり、何故か笑えてくる。

こんな感情何度も経験した。

勿論、楽しいわけもなく、感情が全くない、無感情な笑みだ。

なぜか悲しみが無感情な笑みを運んでくる。

人間…。いや、男と女の過去や思い出は、プラスになるかマイナスになるかの両極端じゃないかと俺は思う。

「あの時の彼氏は良かった…。」とか、

「あの彼女との付き合いは最低だった…。」とか。

自分にとって都合のいいわがまま人間にでもなってしまおうか
…。

ポジティブ全開人間に、もしなれたら…。

悪い事は全て葬り去って、これから起こる未来を良き方向ばかりに考えられる人間も悪くない…。

それを場面場面で、上手く操れる人間になれれば、現状から脱出できるかもしれない。






30分経過。


タバコばかり増える。灰皿はさっき捨てたばかりなのに、いっぱいだ。

長いものと短いもの。
俺と相棒の性格や人間性までもを表しているかのようだ。



「おせーなぁ」


「バックれられたんじゃねーのじゃねーの?」


「そんなはずはないんだけどな…。」


「はいっ!これでいつもの二人飲み決定だなっ!!」

と大笑いする俺。

「おい!バーカ!俺のお姫様は今日必ず来っからぁ!」

この相棒の自信は何処からくるのか。分けて欲しいくらいだ。


(踊り続けさせてね!DJ!)
mーflo/come againの着信音。

とたんにテンションが爆発する相棒。

「きたーーーー!!!!!!なぁっ!来るって言ったべ?」

「なんでこの曲…。」

「はっ!?今日の合コンのテーマ曲だっぺよ!!毎回テーマ曲があるんだよ!」

「ふーん…。ってか!いーから!早く電話出ろよ!」



無性にも、俺が過去一度だけ付き合った彼女との思い出の楽曲だった。




「うん!うん!迎え?行く行く!どこ?」

相棒の合コン前の活力と言ったらいいか、行動力と言ったらいいか…。これには呆れる。呆れを通り越して尊敬すら見えてくる。






予定より小一時間遅れての開始。




「かんぱーい!はじめまして!」


合コンでいう、自己紹介。開始の儀式が始まった。
俺は儀式だと思う。

名前を言って、学科を言って、次に、趣味。手順は決まってる。
話が上手ければ、その時点から一歩リードして始まる。

ところが、カッコよく自己紹介しても所詮場所はアパートの一室。

俺が推奨していた合コンとは、お洒落なお店で男と女が対面に着席し、少し高めのシャンパンで乾杯、そして趣味や将来の話で盛り上がり、最後はお持ち帰りするパターンである。

しかし、アパートでの合コンときたら、確かに形式上は合コンなのだが、俺からすると新メンバーが3人増えただけの宅飲みコンとまでしか捉える事ができなかった。
その上、5人という大人数で宅飲みをした次の日は、ガッカリするほどの散らかりようがほとんど。せっかく苦労して作り上げた空間も台無しに終わる。


アパートは汚れない。酒はオーダーで運んでくれる。お洒落なお店の雰囲気は、ダメ男の俺を高演出してくれるかもしれない。

お店で飲む事のメリットは溢れかえっていた。

ただ学生特有の貧乏生活。それぞれの収入源は仕送りや週何日かのバイトからの拠出。

あの頃は例え合コンパーティと銘打っても、メンバーで資金を出し合い、アパートでの開催が多かった。推奨していた合コン理論など、酔っ払ってしまえば無いに等しいものであった。

合コンの回数を減らせば良かったのだが、毎日が今後の俺を輝かすであろう新しい出会い。酒を酌み交わしては、新しい仲間ができて、一つ一つが大切な思い出となっていった。




宅飲みコンは、深夜2時くらいまで続いた。

「今日はありがとね。またのもーよ。アドレス交換しよ!」


「あいよぉ!赤外線ここだから!俺受信でいい?」





「またねぇ!」


相棒が寝てる中、参加した女の子と隈なくアドレスを交換した。今後のピボットにする為に。



「部屋片付けなくてごめんね。」

「別に大丈夫だよ!気をつけてなぁ!」

愛想を振りまく俺を前に、足早に三人は帰って行った。



毎回終盤に聞く事ができるこのセリフ!

お決まりのセリフ言うなら、片付けるそぶりくらいみせて欲しい。


優しい言葉を見つけるの苦労する様な付き合いは辞めた方が身のためだ。



ソファに転がりイビキをかく相棒に向かって、

「お姫様帰っちゃったぞぉ!」

と、そっと声をかけた。


男と女の酒飲みの後の行動は、酔った勢いのSEXか…。

男が自分の好みでなければ長居はしない。

逆に少しでも気に入れば、ガッチリ横をキープする。色々な法則の様なものまでみえてくる。



酒に飲まれ熟睡した次の朝。


朝の日差しが眩しい中、目を覚ます。頭がぼっ〜とする。これもいつものごとく、飲みすぎなのだ。


「やっべぇ!1限!早く起きろ!代出できねーぞ!」


相棒を叩き起こして、教科書も持たず手ぶらで大学に向かう。

第1講義室のドアノブに手を掛けると、鍵が掛かってた。

この講義は、少しでも遅れると教授がドアに鍵をかけるのだ。

「あーぁー。出席一回とんだぁ!お前、目覚まし止めたっぺよ!」


「はっ!?知らねーし!だいたいお前が先に寝たんだから、早めに起きて、俺を起こすとか、そんな優しい気持ちおきねーかなぁ」と俺。

「うっせぇ!遅刻両成敗!」と相棒。

「何が両成敗。お前が昨日の合コンの主催だからなっ!!責任とってもらわねーとな!」


いつもと変わらぬ俺と相棒の会話。


すると、俺の目の前を膝丈ぐらいの白いシフォンスカートに、赤いカーディガンの女性が通過する。

とっさに目をやった。


(こんな格好をした女性はタイプだ。

同じ学科なのか…。

でも、初対面ではない気がする。

こんな人と宅飲みしてぇなぁ…。)




「あのぉ?この前はレジュメありがとうございました。見られるの恥ずかしかったから御礼も言わないで、ごめんなさい。」

と深々と頭を下げる女の子。

タイプの女の子から突然話かけられた事で、俺は呆然と立ち尽くしてしまった。当然、会話や考え事の続きが全く思いつかない。

やっとの思いで、口を開こうとすると、相棒が横槍を入れてきた。

「おい!何か喋れよ!御礼言ってっぞ!照れてんのか?」



俺の中で、【意中の女の子と絶好の場面に、絶対一緒に居て欲しくない人第1位】にランクインしている相棒。

(おぃ…おぃ…やめてくれょ…。頼む今だけどこかに消えてくれ…。)

そう心に呟いた。





「いや、いや。そんな事ないっすよ!何学科なんすか?」

「私?私福祉学科。あなたも福祉でしょう?」

「えっ!なんで知ってんの?まぁ…、今度またお会いしたらかまってやってください」
(何か日本語がおかしい)

「こちらこそ宜しくね。私まりえって言います。あなたは?」

「ケイタって、言います。一年ですか?」

「ぅん!これからもよろしくね。」



心がバクバクと高鳴り、とてつもなく早くて大きな物が心を通り過ぎたような感覚だった。

こうして、君との季節が始まった。まだ金木犀は香らない。

(引用)

アーティスト:mーflo 
楽曲名:COME AGAIN(12枚目シングル)
小説内にて、飲酒や喫煙など20歳未満で法律上禁止されている内容が含まれますが、小説上での表現です。

確かに、分からなければいい!と言う考えもありますが、現在は当時より法律が厳しくなっています!笑




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