ダイナマイトをこの僕に

土佐 牛乳

5話

 しかし彼女は、まったくと顔色を変えずにして、彼の言っている言葉にまた淡々と答えているだけであった。
「しかし返事がそっけないなあ。だから君は結婚ができないのだよ」
 まるでイラつかせるようにして八九という男は、メイナに威圧をかけるようにして腕を組みながら、鍵を指すようにしてメイナの顔を一目見ていた。そしてメイナと呼ばれる女性は、彼のぶっきらぼうな態度に物怖じせず、注射針を八九に手渡すようにして両腕を伸ばしていた。
「どうぞ」
 感情すらないのか、いいやメイナは八九という男に全くの関心がないようであった。まるで虫を見るようにして八九を見ているのである。メイナの返事もなにも返さないような指すような視線は、八九をさらにイラつかせる。
「ったく、どいつもこの私が何をしたというのだね」
 いやみったらしく、八九はメイナの両手にあった注射針を受け取った。
 そして、注射をしっかりと肉眼で確認できるような近くにまで寄せて、針先を視線で捕らえると、親指を少しだけ動かし、注射針の勢いがどれほどまでなのか、すこしだけ液体を出すことによって確認した。
 準備は万全であると感情を抑えた八九。メイナが、同時に俺の右腕の血管が浮き出ているところに、アルコールで拭いていた。八九はそのアルコールが拭かれている場所の血管の位置をしっかりと頭の中で把握して、注射針を慎重に近づけた。
 針先が俺の腕を刺して、俺の肉体に金属の針が入ってきたと認識した同時に、彼はすばやく注射のなかにあった液を、俺の体の中へと押し出していた。
 液体が俺の体の中で縦横無尽に走り回る。心臓がドクドクと音を鳴らすたびに、脈流の中に入ってしまった液体が、血液と交じり合い、そして頭の方へと成分が移動してしまったのか、頭の視界を捉える映像が、だんだんと鮮明になっていくのが感じた。まるでモノクロであった白と黒の色のベースであった世界に、赤、そして緑、青、黄色、紫、ピンク、とまるで視界情報強度が格段にも進歩してしまったように、白黒のテレビから、ブラウン管のテレビに変わってしまったかのような衝撃的変化が、俺の視界情報から変わってしまっていた。
 まるで次元の果てを見てしまったかのようなこの視界の情報に、俺という人間はついに人に戻ってしまったのかと勘違い、いいや人間ではない何かになってしまったのだろうかという、そんな万能間に似た現象が俺のいま頭の処理しているよくわからないところで、そのような客観的な観測ができた。
 次に何が変わってしまったのか、音である。まるで何も聞こえていても聞こえなかったように、筒抜けになってしまったような耳が、直接にして頭の中にある脳に情報をおくっているようにして、それは、”音”という概念が、俺の頭の中に入ってきた。もうコレは、少しの音でさえ大音量で流れている音楽のように不快な感覚であると、僕は八九という男の口の中で行われている歯のぶつかり合っている音でさえ、しっかりと聞こえてしまうほどに、辛いものであった。そして、メイナという女性のお腹の音でさえ、まるでそこに視界情報として存在しているかのようにして、この耳にお腹の音が入ってきた。聞きたくも無いようなそんな人間の生理現象の音、そして隣のおじさんが、くしゃみをしてしまっている音でさえも鮮明に、聞こえてしまっていた。ここまで来るとただの苦痛であるということに、僕自身は、この薬の効果を実感しているこの短い時間に辛いと感じてしまったのだ。
 次に入ってきたのは、においであった。匂いは病院の消毒液のにおいと、そしてなによりも辛かったのが、メイナという女性から発せられている香水のにおいであった。まるでアメリカのキャンデーを何日もぐつぐつと煮込んでしまったかのような、不快なにおいであったということにとんでもないような、激痛が花の中で広がっていた。鼻の奥にある脳みそに一番近いところにとんでもないような激痛が走ってしまっていたのだ。まるですしでわさびを多く食べてしまったかのようなすさまじい独特の不快感、そしてその激痛差に、僕という人間は、この病院にこもりっぱなしの城百な人間であったため、強靭な肉体を、このようなとんでもないようなにおいを発するにおいに対してまったくと体勢が無かったのである。
 俺は倒れるようにして、自分の足に覆いかぶさっていた布団に頭を突っ込んだ。あまりにも情報がいきなりと集中砲火するようにして僕の頭の中に入ってきたので、それが処理できるはずも無く、壊れてしまわぬように条件反射的に僕は布団の中に頭を突っ込んだ。
 そしてそこで、僕が無意識的に行っていたその現実逃避のようなものもまったくと現実を頭皮しているものではなく、とんでもないようなほどに辛い現実が僕を襲ってきた。まるで布団が僕に攻め立てているようにして、僕を襲ってきたのであったのだ。
 なぜこのようなことになっているのが、このときの僕にはまったくと理解ができていなかったが、しかし、今の僕ならそれは冷静にして考えることが出来る。
 それは、幻覚であった。
 とんでもないような不快感、そして絶望感、そして険悪感、そして憎悪感が僕の体全体におそってきたのだ。視界が、ぐるぐると回りだし、そして幻聴が加速するようにして、まるでここにいるのは地獄なのだろうかと、誰かに聞いてしまいたいほどのとんでもないような罪悪感が同時に襲ってきたのだ。そのときの僕は死にたいと連呼していたように思い出している。
 まるで世界が自分が見ている世界がこんなにも壊れてしまったのだろうかと考えてしまった。いいやここまでの不快感を一心に、そして一瞬にして襲い掛かってくるとなると、こうなってしまうのも無理はないと、僕はそう考えている。えげつなかった。それが僕のこのとんでもないような薬の作用の感想であった。
 一行で収まってしまうようにして、いいやそれは言葉では表せないであろうと、いくらここでその薬のあの絶望感を味わっていても、この分量ではおさまらないだろうと、大学のレポートがこのくつうの実況であるのならば、簡単にして100くらいは書けるだろう。
 まあこんな生涯に二度とないであろうと確信してしまうほどの上昇と下落を経験した。まるで僕の精神が一回りこの世界の経験をつんでしまったかのようでもある。

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