夏から頑張る雪の華

虹華 悠

第5話 それぞれ

佑に追い出されるようにして家を後にした昼下がり。真夏を名乗るに相応しい暑さに額から出た汗が頬を伝う。ただ、二階から一階の自室に行くだけの道のり。安全性の低い階段を降りながら思う。

「この階段も、もう寿命だな。業者に連絡しとくか。」

  私は、2年契約のスマホを取り出そうとズボンのポケットに手を突っ込む。使ってもいないのにスマホが熱い。家に帰って冷ましてから使った方が良さそうだ。

「あぁ……夏。夏かぁぁ〜だ〜る〜い〜」

  誰もが思うこの嘆きは、夏のねっとりとした風にまとわりつかれ周囲を漂う。こんな時、佑ならなんか言ってくれるだろう。そんな事を思う。ふと、二人だけになった二階の一室が気になった。私が出てから全然時間も経っていないから何もないのが普通だし、ましてや、出会ってまだ三時間もしてない二人に何かあるとも思えない。でも……だけど……うぅぅ〜なぜかとてもきになる……。これはあれだ。夏の暑さにやられて少しおかしくなったんだ。そう思い込む。そう言い聞かせる。それを理由にゆっくりと引き返す。いや……引き返そうとしたその時。聞こえたんだ。なきごえが。体が反射的に動いてしまった。だって聞こえてしまった。なきごえが。体が無視する事を許さなかった。聞こえて来たんだ。

  の鳴き声が。

  まだ、佑にも知られていない私の秘密
誰にもみられていない私の至福

  私は、ネコが大好きだ。

  正直、人に知られたくない。学生時代のちょっとショックな思い出が蘇るから。また、言われるのではないかと思うと少し、ほんの少しだけどバレたくないと思う。何があったか。それは、学生時代に友人との帰り道で猫を見つけた私は普段の猫とのふれあいの癖で友人がいるというのに躊躇いもなく猫語で話しかけてしまっていたのだ。それを見ていた友人に「クールな感じなのにものすごいギャップだね」と笑われたのだ。ね?少しショックでしょ?だから嫌なんだ。特に、仲の良い人にはバレたくない。だから佑も知らない。見られたらそれまでだけど、それまではネコとねこねこしてたい。

  それから3分ほどねこねこさせてくれた後、ネコはゆっくりと去っていった。その時だ。聞こえた。女の子の大きな泣き声。もう誰だか見当はつく。雪華ちゃんしかいない。そうすると泣かしたのは佑しかいない。

(早速泣かしたのか!  何をやった……。見に行くか?  いや、でも二人で解決できるものであったら私が行くのは無駄だ……でも気になる!)

  私は、自分の中でいっぱい考えた後、こっそり見にいってみることにした。

  何が起きていてもパニクったらダメだ。いつも通り行こう。階段をゆっくり上がり、こっそり顔を出す。…………私が行く必要はなさそうだ。あれなら二人で、いや、佑一人で解決できる。というより、あれならもう解決してる。

  私は、少し笑っているみたいだ。口角が上がっているのが自分でわかる。なぜか。これからが楽しみなんだろう。佑関係であんな光景が見られるなんて。

  
  雪華ちゃんが

  佑の体に泣きながら抱きついていた。

  佑は、少し困った顔をしていたけど引き離すことはしてなかった。抱きしめ返していないところは佑らしい、やっぱりあいつは良いやつだ。


  私は、さっきまで嫌っていた暑苦しい夏の風を少し心地よく感じた。心が少し晴れた気分だ。私は、そんなやつだったっけ。人を見て気分が晴れるなんて私も変わったのだろうか……これからも変わっていくのだろうか……。そんな事を思いながらもう一度階段を下る。


  私は、ネコが好きだ。



–––––––––同刻  野良猫視点–––––––––
  
  俺は猫だ。名前?  そんな洒落たもんぶらさげて生きているように見えるか?  俺は野良だ。野良猫だ。だから名前はない……

  それが半年くらい前の俺の考え。俺は、この周辺に2年前くらいからいる図太く生きる野良猫だ。あれは、半年くらい前のことだ。俺のいる地域のある場所にバカみたいボロいアパートがある。大家のおっちゃんも、「もう終わりかね〜」なんて寂しいこと言いやがってた頃だな。あいつが来たのは……

「すいません、『木漏れ日荘』ってここであってますか?  」

  そう言って空っぽそうな目をした女がおっちゃんに話しかけていたな。そうして、おっちゃんが「そうだよ」って返すと女は「そうですか、今までご苦労様でした」って言って、おっちゃんと何か話していたんだよ。それから小一時間おっちゃんと話したあと、おっちゃんと一緒に俺のところに来たんだ。俺が覚えているのは、おっちゃんの

  「こいつは野良だ。ふてぶてしい顔をしているだろう。だがこいつは可愛いやつでな。暇なときでいい。こいつが姿見せた時は愛でてやってな。」

というのと

  「分かりました。猫は別に好きではありませんけど愛でるくらいなら請け負いましょう」

  つってすげ〜チラチラ見てくる女の姿だ。そん時はまさかあんなに面倒見られるとは思ってなかったがな……

 
  まぁ、とりあえず俺はこのボロアパートをテリトリーにする野良猫だ。だから、どこの部屋の誰が抜けて。どこの部屋に誰が入ったかを自然と覚えちまう。それで問題なのが……四月くらいにやって来た若い青年とつい先日やってきた少女だ。今、その二人が騒いでる。少女の方が青年に抱きついて泣いている。実になんだろう……修羅ってやがる。意味がわからん。青年が何かを話しているのは見えたが言葉を聞いた少女が突然胸に飛び込んで泣いていた。何か、嫌な事でも言われたんだろうか。それとも、救われる一言を投げかけられたのだろうか。俺にはわからん。猫だからな。所詮猫だ。獣だ。野良だ。人の心の一つでもわかってみろ。野良の冷たい心にはどうしようにも当てはまらねぇ。だが……人の暖かい温もりには抗えねぇや……


  俺は猫だ。野良だ。死を待って自由に生きる。野良猫だ。名前は……『ノラ』だ。野良の俺にも名前ができた。野良の俺に相応しい名前だ。あの女がつけてくれた。悩んだ末がこの名前なんだとよ。呆れちまうぜ、なぁ?全く……いい名前はありがとう。



俺は、野良だ。
俺は、猫だ。

俺は、野良猫のノラだ。
これからも、あそこ木漏れ日荘を守るひたすら自由な野良猫だ。

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