劣等魔術師の下剋上 普通科の異端児は魔術科の魔術競技大会に殴り込むようです

山外大河

11 夢への第一歩

「さて、報道部の人達と話してたらなんとなく本当に鍋食べたくなったので今日は鍋にしようと思うんですけど、どうですかね?」

 帰り道、渚が美月にそんな事を言う。

 普通科、魔術科問わず県外から多くの生徒が集まる島霧学園だが学生寮は存在しない。
 代わりに学園周辺には学園と提携を結んだアパートやマンションが多く、基本的に生徒はそこに住まう事となる。
 赤坂達も県外勢であるため当然そこに住んでいる訳だが、渚と美月はそこそこ広めのマンションに二人暮らしな訳で、どうやら今日の夕飯は鍋になるらしい。

「まあ確かに肌寒いしね、いいんじゃないかな」

「……本当にいいのか美月。別にそのつもりないのにかなりアレな闇鍋になりましたみたいなオチも――」

「ないですよ! もう最近私の料理でそんな事稀にしかないですよ!」

「稀……先月のアレみたいな奴かな?」

「……あ、うん……そうですね。本当にご迷惑を掛けました」

 まるでトラウマを穿りだされたように渚が苦い表情を浮かべ、同じくトラウマを穿りだしてしまった赤坂と美月に頭を下げる。
 そんな渚に美月は苦笑いを浮かべながらフォローするように言う。

「で、でもまあ最近は基本的にはおいしい料理作れるようになったよね。さっきのクッキーもそうだけど」

「……ほんと、最初は大丈夫かよと思ったんだけどな。あの時と比べたら凄まじい成長率はあると思うぞ」

「まあ、私は私なりに頑張りましたから。まあそれ以上にお二人に頑張ってもらった訳ですけど」

 そう言って渚は微笑を浮かべるが、反面赤坂はげんなりした表情を浮かべる。

「……正直あの味見地獄は味覚が狂うかと思った」

「ハッ……もしかして最近味覚が狂ったからおいしく感じられるんじゃ――」

「それある!」

「ないですよそんなの!」

 あってたまるかという様な表情を浮かべ、ジト目で二人を見る渚。
 そんな渚の料理の実験台、もとい味見アドバイスを二人が始めたのは中学二年の夏だ。
 赤坂が初めて篠宮渚という天才魔術師と出会った夏。
 色んな事があって渚と美月が一緒に暮らし始めた夏。
 そして、二人と一人が。否、もしかすると一人と一人と一人が三人になった夏。

 そんな夏から。赤坂と渚が魔術科の合格を目指して特訓している中で、受験勉強の合間にひたすら料理やそれに伴う勉強を一生懸命やってきた。
 何の為に。

「まったく。私は真っ当に成長してるんです!」

「知ってるよ」

「うん、知ってる」

 赤坂と美月は今度はもう茶化す事無くそう答え、それに渚も笑みを浮かべて答える。

「分かればいいです。そしてこれからも成長しますよ! 目指せプロの料理人!」

 そんな、端から聞けば話の流れで出てきた冗談の様にも聞こえる言葉。
 少なくとも篠宮渚という少女の口から出てきた時点で多くの人からは冗談としか取れない様な言葉。

 それを一切の曇りのない目で渚は口にする。
 それは本当に夢を語る時の様に。

「……さて、そんな訳で今日は鍋にしますけど、赤坂さんも食べに来ませんか?」

「え? いいのか?」

「いいも何も私達と赤坂さんの仲じゃないですか。駄目なわけないです。美月もいいですよね?」

「もちろん。人数多い方が賑やかでいいしね」

「まあそんな訳なんで、どうですか?」

「じゃあご馳走になるよ。丁度俺もなんとなく鍋食べたくなってきた所だし」

「じゃあ決まりですね。……何鍋にしようかな」

「「食用の鍋でお願いします」」

「鍋料理って基本的に食用ですよ!?」

 そんな話をしながら足を踏み入れた、丁度帰り道の途中にある商店街。
 その商店街の電気屋の前で赤坂は足を止めた。

「……どうしました?」

「まあ大体予想つくけどね」

 そう言って渚と美月は赤坂の視界の先にある展示用のテレビに視線を向ける。
 そこに映し出されていたのは今朝から報道されていた、北九州で発生した魔術結社を主体としたテロ事件の速報だ。
 ショッピングモールを占拠し人質を取り、そこで何かしらの大規模な術式を発動させようとしいていたらしい。
 警察では対応できない程大きくなったその事件には魔捜官が介入し、そして半日が経過した今、こうして被害を最小限に抑えて事件は解決に導かれた。そんな速報。
 テレビ画面には突入時の映像が繰り返し流れており、その映像を流しながらニュースキャスターやコメンテーターがそれぞれコメントを口にしている。
 そして赤坂もそれを眺めながら呟く。

「……やっぱカッコいいな」

 警察組織の花形。
 赤坂隆弘の憧れ。夢の形。
 テレビ画面にはそんな存在が映し出されている。
 そしてそれを眺める赤坂に渚は言う。

「そんなカッコいい魔捜官に隆弘はなるんだよね?」

「……ああ」

「今日の勝利はその大きな第一歩ですよ。今日、名実共に赤坂さんの力が魔術科の生徒にも負けない事を証明できました」

 そして一拍空けてから渚は言う。

「とにかく今は全国大会出場を目指しましょう。美月は魔術科、私は普通科の入学を勝ち取って夢へと一歩踏み出せました。次は赤坂さんの番です」

「夢への一歩……か」

 篠宮美月は立派に篠宮の家を継げる魔術師になる為に魔術科への入学を目指し、そして勝ち取った。
 渚も周囲の大人の苛烈な反対を押しきって、料理人の夢を叶える為に魔術の道から退けた。
 まだ第一歩。きっとまだ何も叶っていない。それでも確かに第一歩を踏み出せたのは間違いない。

 では、赤坂隆弘は。

「そうだな。この調子で校内予選勝ち抜いて全国大会出場を目指す。それが俺の夢への第一歩だ。全力でお前らに追いつく」

 そうした所で夢が適う保証なんてない。
 それでもそれこそが、赤坂隆弘の夢への第一歩だ。

「その意気です」

「がんばろ、隆弘」

「おう!」

 協力してくれる二人の言葉に赤坂は強くそう返す。
 この二人となら前へと進める。
 そう、目の前の二人に感謝しながら。




 こうして今日、入学式当日。
 普通科の少年、赤坂隆弘が魔捜官になる為の計画は……悪足掻きは、無事始動したのであった。

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