元、チート魔王が頼りない件。

雪見だいふく

砦探索『後編』

 俺は闇のオーラを放つ本に、恐る恐る、手を近づける。

 ……触っても大丈夫だよな。

 遂に俺は手を触れた。

 すると……。

 プルルルルルルル

 防犯ブザーや警備音。火災報知器のような激しい音が鳴り響く。

 何だ何だ!?

 俺は慌てながらも、本から指を離したが、音は鳴り響き続ける。

『おい! お前、どうしたんだ?』
『あっ、えっ、あ?』
『落ち着け。俺だ、魔王だ。その距離なら念話は届くからな。それより、この警報はなんだ?!』

 と、魔王様がジェスチャーを加えて聞いてくる。

『何か、本に触ったらプルルってなって、わーって!』

 動揺で言葉使いが荒れる。
 文章がまとまらない。

『まぁ、だいたい分かった……とりあえず、ここから逃げた方が良いと思わないか?』
『そ、そうだな……。廊下を走って、元いた場所まで逃げよう』

 俺は、一度そこで念話を辞めて走り出そうと足を動かす。
 だが、前回とは違い、そう甘くはなかった。

「侵入者発見。侵入者発見。ただちに排除します」

 女性らしい綺麗な声が鳴り響く。

『おいおいおい! 早く逃げるぞ!』

 走り始めようとして、アナウンスが鳴ったので、足を踏み出した状態で、止まりながら聞いていた俺に魔王様が呼びかけてくれる。

『ご、ごめん! 行くぞ!』

 と、俺は走り始める。
 魔王様が『先に行くぞ』と、言い、後ろを少し追うような形で走る。
 傍から見れば、幼男を後ろから追いかける犯罪者だ。

 案外、何も起こらず余裕ぶっていた俺の後ろを追うものがあった。

「うわぁ!!」

 驚きのあまり、声を上げてしまう。
 幼少期、後ろから男に追いかけられる恐怖を感じたものは、この世のどこかにいるかもしれない。
 だが、こんな体験をしているのはどこを探しても俺だけだろう。

 後ろから本が追いかけてきていたのだ。

 これを聞いて、本が飛んできたんだろ? と、思った人がいるかもしれない。
 だが、違う。
 本が意思を持っているように、パタパタと飛び、近づいてきていたのだ。

『おい! 魔王様! 本が本が!』
『なんだ……って、うっ……』
『今、倒れるなよ!? 本から逃げながら、魔王様を運ぶなんて無理だからな!?』

 そう念話で話しながら、走っていると図書室から、やっと抜け出し、廊下に差し掛かる。

『廊下に出たのはいいけど、ここから教室まで、めちゃくちゃ長くなかったか?』
『確かな……俺の脳内時計だと、歩いて十分、十五分はあったぜ』

 本は徐々にスピードを上げ、距離を詰めてきている。
 やべぇよ……、ここから十分、十五分ってことは走って七、8分か!?
 どうでもいいけど、まだまだあるよなあ!

『おい! 魔王様! 本がめちゃくちゃ近づいてきてる! しかも、冊数増えてきてるし!』
『もう動いてる本だから、冊数じゃなくて何匹じゃないか?』
『そんな事はどうでもいいんだよ!! 俺達、冗談抜きで死ぬぞ?!』
『……任せろ』

 冗談を抜かしている時とは雰囲気が違った。
 魔王様は立ち止まり、くるっと、こっちを向き、手を前に出す。

 魔法か……!?

 さっきは失敗が多かった。
 だが、やる時はやる魔王様だ。

『紅蓮に焼かれし炎……』

 炎なのか!? 魔王様が、厨二臭い、詠唱を始めると、手に小さいながら炎の玉が現れる。
 大きさは野球ボールくらいで小さい。
 だが、本を燃やすなら、その程度で充分だ。

『くらえ……! ファイア!!』

 魔王様がそう叫ぶと炎の玉が本を目掛けて飛んでいく。
 すると、本はみるみる動きを止めて完全に燃え散る。
 先頭の本が焼けたので、次の本とは距離がある。
 数は数百冊までになっていたと思うが、次の本との距離があるので逃げられるだろう。

 ……はぁはぁはぁ。

 そして、それから五分近く走り続ける。
 いつもより息が荒い。体力がやけに減っている……。何でだ……?
 気になるが気にしている場合ではない。距離があると思っていた二冊目の本との距離も、気がつけば、四、五メートルくらいになっていた。
 魔王様は教室前にたどり着いたのか、五十メートルくらい前に立ち止まっている。

『魔王様……! 多分、大丈夫だけど魔法を……もう一度』
『分かったぜ』

 魔王様はさっきと同じ魔法の詠唱を始める。
 教室まで、後、三十メートルくらい。
 だが、距離もどんどん近づいている。

『ま、魔王様! 頼む!』

「ファイア!!」

 だが、火の玉は飛ぶことなく、真下に落下した。

『し、失敗?!』
『す、すまない……! 悪いけど頑張って教室に入り込んできてくれ!』

 そう言うと、扉を開けて中に入る。
 本との距離は二、三メートル。
 教室まで後、四、五歩。

 ……間に、合う!

 俺は教室に飛び込んだ。
 その瞬間、辺りは光に包まれた。
 不思議な感覚だ。
 現実世界に戻れ……。

「うわぁぁあぁあ!!」

 思いっきり飛び込んだせいか、現実世界に戻った時、地面に思いっきりダイブしてしまった。

「痛た、た、たた……」

 あまりの痛さに息が切れてることなんてどうでも良くなる。
 すると、魔王様はその場で頭を深く下げる。

「ごめんな……俺が魔法を打てなかったせいで……」
「だ、大丈夫だ。うん……大丈夫だ」

 俺は足を痛めたことを勘づかせないように「平気、平気」と立ち上がる。

「でも……助かって良かったぜ」
「本当だな……初回と違って、甘くはいかないな……」

 もちろん。初回も結構危なかったし、危険だったのだが砦内であそこまで怖い思いをしたのは勇者と対面した一回だけだ。
 前回とは訳が違う。

 ……まぁ、そんな事より疲れたな。
 大変な思いをしたせいか、いっそう歳を取ったような気がした。

「……まぁ、帰ろっか」
「だな」

 俺達は、その後、玄関に気をつけながらバレないように校門をくぐり、近所の人に会うこともなく、無事、家に帰ることに成功した。

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