元、チート魔王が頼りない件。

雪見だいふく

寿司

 俺は手を洗い、席に座る。
 隣に魔王様が座っていて、前に父、右斜めに母だ。

「じゃあ、隣の子の歓迎って……呼びづらいな。名前、何て言うんだ?」

 ……何にしよう。どうせ、友達なんて少ないわけだし……。いや、認めてはいないけど。
 空想上の人物でいいか。

「こいつは田中ってやつだよ」

『田中!? 俺はヴァイスだ!』
『ここでの名前だよ!』

「田中君かぁ。じゃあ、下の名前は?」

 何にしよう。無難な名前だろ……?
 義光でいいか。なんとなく、思いついたし。

「義光くん。『田中』 義光」

 偽名としてはそこそこだろう。めちゃくちゃおっさんくさいが。

「改めて、田中たなか 義光よしみつです。よろしくお願いします」

 自己紹介すると、職を失った、おっさんにしか見えないな。

「出来た子ねぇ……」
「こちらこそ、よろしくな!」

 両親は嬉しそうに話を進める。
 早く食いたい。

「なぁ、食ってもいいか?」
「どうぞー」

 うっしゃあぁぁああ!! 

 俺のターン!!

 この、お寿司は五つずつ入っている。
 つまりだ、早めに美味しいものを食い、もう一つ、貰ってしまえばいいのだ。

 俺は、そう思い、最初から、中トロを箸で取り、皿にのせる。
 そして、俺は醤油をあまりかけない派なので、二、三滴、魚にかけて完成だ。

 ゴクリ。

 俺は息をのみ、口に運ぶ。

「……!」

 口に入れた瞬間、中トロの旨みが一気に広がる。
 それとお米がいい感じにマッチし、俺の口を落としにくる。
 スジがあると、思っていたがスジがない。
 米と魚は一気に口の中でとろけ、俺の腹へと運ばれていった。

「う、美味いぃ……」
「これ、おいしいねー」
「もしかして、義光くん。お寿司、嫌いだったかな……?」
「こ、こんな高そうなものを貰ってもいいんですか!?」

 ただただ固まっていたらしい。
 これじゃあ、まるで、育ての親があまり贅沢をさせなかったみたいじゃないか。
 ましてや固まるって……。しっかり食べていたのか?

 あれ……こいつに飯を与えていたのって……。
 まぁ、いいか!

 そう決めた俺は次に大トロを食べる。
 中トロとは、どう違うのか。楽しみだ。

 先程と同じ手順で大トロを口に運ぶ準備をする。
 光に照らされ、油がテカテカしている。
 その綺麗な赤は生の牛肉に見えなくもない。凄く綺麗だ。
 そんな大トロに感動しながらも口に運ぶ。

「うまい……!」

 旨みがジュワーっと出てくる。
 とろけるというより、溶けるといった感じだ。これだけ聞くと油じゃないか。と、思うかもしれないが、ほとんど旨みなので、全然嫌じゃない。
 むしろ幸せだ。

 そんな幸せに浸りながら、赤み、サーモン、ブリ、ハマチ、サバ、タマゴなどの寿司にも、手をつけ食べ終わる。
 皿の中に残すのは少しの寿司のみ。
 ラストスパートをかけて一気に食べ終わる。
 父は遠慮をして、橋を止めていたが、魔王様はがっついてきた。
 食うスピードが早く、かなりの強敵だった。
 食べ終わり、皿を見渡すと、一つの寿司が残っていることに気が付く。

 それは『トロサーモン』だ。

 何故だ? 何故、こんなものがっ!
 食いたい……が、これは母親のやつらしい。
 魔王様は目を輝かせていた。

「諦めろ……」
「……」

 落胆したように、肩を落とし、目を落とす。

「そんなに落ち込まないでよー。どっちか食べていいよ」

「「……!?」」

 この時、俺達、戦闘民族の血が騒いだ。
 俺はいそいで箸を掴み、寿司に向かって走らせる。
 だが、魔王様は落胆していたためワンテンポ遅れている。
 ……この勝負、貰った!

 次の瞬間、俺に衝撃が走る。

 忘れていた……。こいつは手で掴む勢だ。
 出遅れの差は無くなったように見えた。
 が……! ここは箸のリーチで勝てる範囲だ。
 反応が遅れていなかったら、魔王様は勝てたのになぁ!!
 と、ニヤニヤしながら魔王様を横目でチラっと見る。
 魔王様は手を引っ込めていた。
 これじゃあ、まるで俺が馬鹿みたいじゃないか。
 俺も手をゆっくりと動かし、寿司を掴もうと箸を近づける。
 三十センチ、二十センチと近づいていく。
 やったぜ! ぐへへー!

 が……。そんなに寿司戦争は甘くなかった。

 なんと、俺の手は金縛りにあったかのように動かなくなってしまったのだ。

 何故だ! 少し伸ばせば届くのに!

 その後、魔王様が「おっ!」と、言いながら、寿司を手で掴み、口に運んだ。
 それと、ほぼ同時のタイミングで手の自由が帰ってきた。

『なぁ、俺様。いい事に気がついちまったぜ』

 こいつ……念話に変えて話してくるなんて……。煽っているのか!?

『おのれ……何をしたんだ! トロサーモンの恨み……!』
『まぁまぁ落ち着け。凄いことに気がついちまったから。部屋に戻ったら話してやるよ』

 この上から目線から話してくる時は何かを掴んだ時の魔王様だ。
 俺はトロサーモンのことを片隅に置き、自分で使った皿などを台所に持っていった後、部屋に戻った。

「で、何だよ?」

 聞きながら、俺はベッドに寝転がり、全身を広げる。

「それがな……!」

 こんなにもテンションが高い魔王様。

 これは食事のおかげなのだろうか……?

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