異世界は割とどうでも良かったけど地球もピンチらしいので行ってきます。但し相棒のおかげで胃がマッハです。
閑話 サキの即決
私はいつからこうしていただろう。部屋から出ることも億劫で、両親に心配をかけてしまっている。でも今は何をやってもダメなのだ。“生きがい”が無くなってしまったのだから。
「お兄ちゃん……」
何度も、何度も何度も読み返した置き手紙。簡単な言葉で綴られた、兄らしい手紙。それを眺めているだけでまた涙が溢れてくる。
「もう二ヶ月以上……どこに行ったの……」
幸いにして学校は夏休みが終わろうとしている時期、それでも丸々一月は休んでしまっている。学業の遅れを取り戻すのも並大抵のことではないだろう。事情を知っている友人たちも、今はそっとしておいてくれるのか、たまにチャットアプリで心配のメッセージを送ってくれる程度だった。
「私……私もう、限界だよ……」
ふらっと、ベッドから降りてゆらゆらと揺れながら、一歩一歩、机に近づいていく。引き出しをゆっくりと開けながら、そこからカッターを取り出した。
「お兄ちゃん……私もうダメだから……」
チキチキチキ、とカッターの刃を出して、それを手首に宛てがい………。
「はいはいはい! ストップストップ! 危ない危ない、このままだったらマサヤさんに怒られる所でしたよー、もー」
「えっ!?」
気がつけば、私の手の中からカッターは消えていて、白くてふわふわとした地面の不思議な空間にいた。目の前にはホッとした様子の絶世の美女が優雅に椅子に座っている。
「あ、私死んだんだ」
でなければ、夢を見ているのか。私は自分の頬をつねってみた。……普通に痛い。
「ここは死後の世界でもなければ夢の中でもありません、現実ですよー」
私は混乱した。だって、私は自分の部屋にいたはずなのに、いきなり見たこともない場所へと一瞬で運ばれてきたのだ。
「混乱していますね? わかりますわかります、マサヤさんは……あれはちょっと規格外でしたけど」
「えっ、今マサヤって……お兄ちゃんの事!? お兄ちゃんの事知ってるの!?」
私は目の前の美人にあわてて駆け寄る。すると、彼女はニッコリと笑ってもう一つの空いている席を指し示した。
「まあまあ、ゆっくりお茶でもどうですか?」
「そんなことより、お兄ちゃんの事聞かせて!!」
「大丈夫、ちゃんと説明しますから」
何か、抗いがたい圧力に負けて私は不承不承席についた。
「それで、お兄ちゃんの事なんだけど」
早速切り出したのだが、彼女は優雅に紅茶を入れて勧めて来る。
「まあお茶の一杯でも飲んで落ち着いてからでもいいじゃないですか、ね?」
「はあ、まあ……」
仕方なく、紅茶を口に含んだ。思い返してみれば、まともに味を感じたのは何日ぶりだろう。必要最低限の食事は取っていたけれど、お兄ちゃんがいなくなった日からどれもこれも全く味がしなくなった。
しかし、この紅茶は身体に染みる。まるで身体に溜まっていた澱みが全て浄化されていくかのように気持ちが軽くなり、私はすっかり落ち着きを取り戻していた。
「で、話の続きなんですけれど」
「そうですねー。最初に自己紹介しましょうか。私は女神様なんですよ!」
どうだ凄いだろうとばかりに豊かな双丘を見せつけられて、私は胡乱げな瞳になる。
「あ、そういうのはいいんで。私無神論者なんで」
「神様を前にして何たる不敬!? 全く、あなた達兄妹は本当に似ていますね」
くすくす、と思い出しながら笑っている自称女神様。
「あなたの事は知っていますよ、加賀理 咲さん。随分お兄ちゃん思いのようですね」
「お兄ちゃん思い……?」
その言葉に私の中でスイッチが入ってしまった。これは、私の思いの丈をこの女神様に解らせる必要がありそうだ。
「私のお兄ちゃんへの思いはそんな軽い一言では語り尽くせないんですよ! いいですか、そもそもの出会いは――」
――一時間後。
「どうかしら? 少しは私の思いが伝わりました?」
「ええ、あなたが立派なブラコンだということが痛い程理解できました。出会いも何も病院での新生児の時代から語りだしたのは全く解せませんが」
何故か引きつった笑みを浮かべる女神様。まだまだ言い足りない事はたくさんあるけれど、私は一応女神様とやらの話を耳を傾ける事にした。
「あなたのお兄さん、マサヤさんは今異世界へと行ってもらってます。その世界、ヴァールスを救うために」
「一体どういうこと……?」
私はお兄ちゃんがどういった経緯で異世界へと渡ったのか、今何をしているのかを詳しく説明してもらった。そして気がついたら女神様に飛びかかっていた。
「あんたが、あんたがお兄ちゃんを――!!」
「ひゃーっ!? 見た目に似合わず血気盛んですねあなた!」
飛びかかろうとしたのが謎の壁に阻まれて跳ね返されてしまった。
「あーっ!? また紅茶こぼれちゃったじゃないですか! またお洗濯しなきゃ……」
自身の貫頭衣に似た服に付いた染みを悲しげに眺める女神様にツッコミを入れざるを得ない。
「そっちの心配!? 神様なんだから新しいの作ったらいいでしょ!?」
「いけませんねえ、最近の若い子はこれだから。これも豊かな日本で育った弊害なんでしょうかねえ」
急に妙に年寄りくさい事を言いだした女神様。
「神様に不敬な事したら、罰が当たりますよー? マサヤさんなんて何回食らったことか……」
「お兄ちゃんが女神様を押し倒そうとしたの!?」
「いえ、そうじゃなくて異世界で不埒な事を……」
「お兄ちゃん、私を心配させるだけさせておいて自分はお楽しみだったの!?」
「誰かー、助けてくださーい。この人、話聞いてくれないんですけどー」
女神様が見知らぬ誰かに呼びかけているが知ったこっちゃない。私は、お兄ちゃんが見知らぬ女に不埒な事を働いたということが許せない! こんなに心配しているのに! こんなに心配してるのに!
「女神様! すぐに私をお兄ちゃんの所へ送ってください!」
「駄目です」
「なんでやねん! いてこますぞこらぁ!」
「人格変わってる!? どうどう、落ち着いて落ち着いて」
ふー、ふーと肩で息をしていたら、女神様がその理由を聞かせてくれた。
「今のあなたでは、はっきり言ってマサヤさんの足手まといになってしまいます。弱いあなたを庇ったばかりに、マサヤさんが死んでしまう……そういうことがあり得る世界なんですよ」
「ううっ……」
ハッキリとそう言われては反論の余地はなかった。私はスポーツは少々得意だけど、それだけだ。別に剣の達人でもなければ何か武道を修めているわけでもない。
「あなたは、この後神託という形でテレシー国に保護を求めます。その後ヴァールスに降りて、“聖女”として力をつけてください」
「聖女? 私が……?」
「ええ、聖女の勇者、サキ。それがこれからあなたが歩むべき道です。遠からずマサヤさんにも会えることでしょう」
「解った、行くわ! 私をお兄ちゃんのいる世界に連れて行って!」
「あー、良かったー。これで憂いが一つ取れました」
心底喜んでいるらしい女神様を不思議に思い、尋ねた。
「何をそんなに安心してるんですか?」
「あなたが笑ってくれている事に、ですよ」
私はお兄ちゃんの下に行けるということで知らず笑顔を作っていたらしい。でもそれも無理らしからぬ事。ようやく、待ち望んでいた人に会えるのだから!」
「女神様、飛びかかってごめんなさい。それと――心配してくれて、ありがと」
照れくさくなって、ちょっと視線を外しながらだけど感謝を伝えると、女神様はまたくすくすと笑った。
「そんなところまでそっくりなんですから。それじゃあ、先ずは神託を授けますね」
待っててね、お兄ちゃん。私絶対立派な聖女になって――とりあえず一発食らわせてあげるから!
「お兄ちゃん……」
何度も、何度も何度も読み返した置き手紙。簡単な言葉で綴られた、兄らしい手紙。それを眺めているだけでまた涙が溢れてくる。
「もう二ヶ月以上……どこに行ったの……」
幸いにして学校は夏休みが終わろうとしている時期、それでも丸々一月は休んでしまっている。学業の遅れを取り戻すのも並大抵のことではないだろう。事情を知っている友人たちも、今はそっとしておいてくれるのか、たまにチャットアプリで心配のメッセージを送ってくれる程度だった。
「私……私もう、限界だよ……」
ふらっと、ベッドから降りてゆらゆらと揺れながら、一歩一歩、机に近づいていく。引き出しをゆっくりと開けながら、そこからカッターを取り出した。
「お兄ちゃん……私もうダメだから……」
チキチキチキ、とカッターの刃を出して、それを手首に宛てがい………。
「はいはいはい! ストップストップ! 危ない危ない、このままだったらマサヤさんに怒られる所でしたよー、もー」
「えっ!?」
気がつけば、私の手の中からカッターは消えていて、白くてふわふわとした地面の不思議な空間にいた。目の前にはホッとした様子の絶世の美女が優雅に椅子に座っている。
「あ、私死んだんだ」
でなければ、夢を見ているのか。私は自分の頬をつねってみた。……普通に痛い。
「ここは死後の世界でもなければ夢の中でもありません、現実ですよー」
私は混乱した。だって、私は自分の部屋にいたはずなのに、いきなり見たこともない場所へと一瞬で運ばれてきたのだ。
「混乱していますね? わかりますわかります、マサヤさんは……あれはちょっと規格外でしたけど」
「えっ、今マサヤって……お兄ちゃんの事!? お兄ちゃんの事知ってるの!?」
私は目の前の美人にあわてて駆け寄る。すると、彼女はニッコリと笑ってもう一つの空いている席を指し示した。
「まあまあ、ゆっくりお茶でもどうですか?」
「そんなことより、お兄ちゃんの事聞かせて!!」
「大丈夫、ちゃんと説明しますから」
何か、抗いがたい圧力に負けて私は不承不承席についた。
「それで、お兄ちゃんの事なんだけど」
早速切り出したのだが、彼女は優雅に紅茶を入れて勧めて来る。
「まあお茶の一杯でも飲んで落ち着いてからでもいいじゃないですか、ね?」
「はあ、まあ……」
仕方なく、紅茶を口に含んだ。思い返してみれば、まともに味を感じたのは何日ぶりだろう。必要最低限の食事は取っていたけれど、お兄ちゃんがいなくなった日からどれもこれも全く味がしなくなった。
しかし、この紅茶は身体に染みる。まるで身体に溜まっていた澱みが全て浄化されていくかのように気持ちが軽くなり、私はすっかり落ち着きを取り戻していた。
「で、話の続きなんですけれど」
「そうですねー。最初に自己紹介しましょうか。私は女神様なんですよ!」
どうだ凄いだろうとばかりに豊かな双丘を見せつけられて、私は胡乱げな瞳になる。
「あ、そういうのはいいんで。私無神論者なんで」
「神様を前にして何たる不敬!? 全く、あなた達兄妹は本当に似ていますね」
くすくす、と思い出しながら笑っている自称女神様。
「あなたの事は知っていますよ、加賀理 咲さん。随分お兄ちゃん思いのようですね」
「お兄ちゃん思い……?」
その言葉に私の中でスイッチが入ってしまった。これは、私の思いの丈をこの女神様に解らせる必要がありそうだ。
「私のお兄ちゃんへの思いはそんな軽い一言では語り尽くせないんですよ! いいですか、そもそもの出会いは――」
――一時間後。
「どうかしら? 少しは私の思いが伝わりました?」
「ええ、あなたが立派なブラコンだということが痛い程理解できました。出会いも何も病院での新生児の時代から語りだしたのは全く解せませんが」
何故か引きつった笑みを浮かべる女神様。まだまだ言い足りない事はたくさんあるけれど、私は一応女神様とやらの話を耳を傾ける事にした。
「あなたのお兄さん、マサヤさんは今異世界へと行ってもらってます。その世界、ヴァールスを救うために」
「一体どういうこと……?」
私はお兄ちゃんがどういった経緯で異世界へと渡ったのか、今何をしているのかを詳しく説明してもらった。そして気がついたら女神様に飛びかかっていた。
「あんたが、あんたがお兄ちゃんを――!!」
「ひゃーっ!? 見た目に似合わず血気盛んですねあなた!」
飛びかかろうとしたのが謎の壁に阻まれて跳ね返されてしまった。
「あーっ!? また紅茶こぼれちゃったじゃないですか! またお洗濯しなきゃ……」
自身の貫頭衣に似た服に付いた染みを悲しげに眺める女神様にツッコミを入れざるを得ない。
「そっちの心配!? 神様なんだから新しいの作ったらいいでしょ!?」
「いけませんねえ、最近の若い子はこれだから。これも豊かな日本で育った弊害なんでしょうかねえ」
急に妙に年寄りくさい事を言いだした女神様。
「神様に不敬な事したら、罰が当たりますよー? マサヤさんなんて何回食らったことか……」
「お兄ちゃんが女神様を押し倒そうとしたの!?」
「いえ、そうじゃなくて異世界で不埒な事を……」
「お兄ちゃん、私を心配させるだけさせておいて自分はお楽しみだったの!?」
「誰かー、助けてくださーい。この人、話聞いてくれないんですけどー」
女神様が見知らぬ誰かに呼びかけているが知ったこっちゃない。私は、お兄ちゃんが見知らぬ女に不埒な事を働いたということが許せない! こんなに心配しているのに! こんなに心配してるのに!
「女神様! すぐに私をお兄ちゃんの所へ送ってください!」
「駄目です」
「なんでやねん! いてこますぞこらぁ!」
「人格変わってる!? どうどう、落ち着いて落ち着いて」
ふー、ふーと肩で息をしていたら、女神様がその理由を聞かせてくれた。
「今のあなたでは、はっきり言ってマサヤさんの足手まといになってしまいます。弱いあなたを庇ったばかりに、マサヤさんが死んでしまう……そういうことがあり得る世界なんですよ」
「ううっ……」
ハッキリとそう言われては反論の余地はなかった。私はスポーツは少々得意だけど、それだけだ。別に剣の達人でもなければ何か武道を修めているわけでもない。
「あなたは、この後神託という形でテレシー国に保護を求めます。その後ヴァールスに降りて、“聖女”として力をつけてください」
「聖女? 私が……?」
「ええ、聖女の勇者、サキ。それがこれからあなたが歩むべき道です。遠からずマサヤさんにも会えることでしょう」
「解った、行くわ! 私をお兄ちゃんのいる世界に連れて行って!」
「あー、良かったー。これで憂いが一つ取れました」
心底喜んでいるらしい女神様を不思議に思い、尋ねた。
「何をそんなに安心してるんですか?」
「あなたが笑ってくれている事に、ですよ」
私はお兄ちゃんの下に行けるということで知らず笑顔を作っていたらしい。でもそれも無理らしからぬ事。ようやく、待ち望んでいた人に会えるのだから!」
「女神様、飛びかかってごめんなさい。それと――心配してくれて、ありがと」
照れくさくなって、ちょっと視線を外しながらだけど感謝を伝えると、女神様はまたくすくすと笑った。
「そんなところまでそっくりなんですから。それじゃあ、先ずは神託を授けますね」
待っててね、お兄ちゃん。私絶対立派な聖女になって――とりあえず一発食らわせてあげるから!
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