異世界は割とどうでも良かったけど地球もピンチらしいので行ってきます。但し相棒のおかげで胃がマッハです。

N通-

リイラの本心

 光が一瞬で収まると、僕達はだだっ広い寝室へとひしめきあっていた。

「な、何事!? なんなの!?」

 手はず通りにまず僕の魔法で扉の封印をする。

「アイス・ウォール!!」

 バキッ、メキッと分厚い氷の壁がドアを塞ぎ、外から騒ぎを聞きつけた衛士達の怒号が聞こえる。

「姫様!? 何事ですかっ!? くそ、何故扉が開かん!!」

「おい、魔法士を呼んでこい!」

 外での騒ぎを無視して、兵士達がベッドを取り囲み、そこへつかつかとライラが歩み寄っていく。突然の襲撃に驚いて放心していたリイラは、ライラの姿を見て明らかに安堵したように問いかけた。

「お、お姉さま! これは一体何事なのです? 何故このような真似を!」

 ライラは、リイラの言葉の一切を無視して宣告した。

「リイラ・ルーラン! 皇位簒奪を企てた謀反の大罪人としてこの場で捕縛する。大人しく縛に付きなさい」

 冷たい瞳でベッド上のリイラを見下ろし、ライラは剣を抜くとその切っ先をリイラの鼻先へと向けた。

「お、お姉さま? これは一体何のご冗談ですか? 皇位簒奪など、私にはまるで心当たりがありません!」

 凄い、これが演技なのか? まさに迫真と言った様子で訴えかけるリイラに、しかしライラは一顧だにせず、剣を振り上げて一気に振り下ろした。

「ひやああぁぁぁぁ!?」

「なんだ、今の悲鳴は! くそ、ここを開けろ!!」

 外の衛士がドアを切りつけているようだが、そんなもので僕の魔法の壁は崩れない。

「あ……ああぁ……」

 ライラは、リイラの身体の真横を通り過ぎベッドを深々と切り裂いた。ベッドの上に薄い染みが徐々に広がっていくが、誰もそれには触れずに取り囲んだまま微動だにしなかった。

「ど……どうしてこんな酷い真似をするんですお姉さま……一体どうされたというのですか……私はお姉さまを――」

「お黙りなさい、時間稼ぎだという事は解っているのですよ、リイラ
。いくら私が“お花畑”だからと言って、ここまでされて理解できないわけはないでしょう?」

 その言葉にハッキリと驚愕の表情を露わにしたリイラは、次第にその顔を憎悪と怒りに塗れさせて叫んだ。

「タルクの奴、私を売ったわね! それ以外にその事を知るものなんていない……ちくしょう! あんなバカに任せた私がバカだったわ!!」

「それがあなたの本性なのね、リイラ」

「そうよ、いつまでもいつまでも良いお姉様をしてくれてありがとう! おかげでこっちは毎日あなたへの憎しみが、怒りが募っていったわ!!」

 ライラはここで初めて表情を崩した。

「何故……」

「何故!? そんなことも解らないからアンタは“お花畑”なのよ、お姉さま!? あははは! ……いつもいつも、来る度に私が手に入れられない物の話をして、私が見ることの敵わない景色の話をして、私にどうしろっていうのよ!! 所詮、生まれてからずっと恵まれてきたアンタなんかには解らないでしょうね!」

 リイラは叫びながら、泣いていた。溢れ出る涙を怒りで塗りつぶすかのように、怨嗟の声を止めどなく続ける。

「私にはこの部屋しかなかった! この部屋が私の世界のほとんどだった! お城から出ることなんてもってのほか、しょっちゅう城を抜け出してはそれを自慢してくるアンタには辟易してたわ! だから私は勉強した! 必死に、難しい本をたくさん読んで、どうすれば私が自由になれるか考えた! だから、アンタなんかに皇位は相応しくない! 皇帝に選ばれるのはわたしなの! アンタじゃない!」

 痛ましい。それが僕の率直な感想だった。兵士のみんなも、たかだか十歳前後の子供の迫力に気圧されているようだった。彼女はまだ狂ったように笑いながら続ける。

「それにしてもアンタはやっぱりバカよね! 今私を謀反の罪で裁くなんて不可能だわ、そんな事も解らないの!? だって私はずっと“ここ”にいたもの! それは衛士達も知っている、私が黒幕だなんてあなた達の勢力がいくら喚こうが聞き届けられるわけがない! 逆に妹を貶めようとした皇族としてアンタが裁かれることになる!!」

「……いくらわたくしがバカでも、それくらいのことは考えています。マサヤ殿」

「はい」

 名を呼ばれ彼女の隣に並ぶと、リイラは見慣れぬ男に怪訝な顔をした。

「初めまして、第二皇女。僕の名前はマサヤ・カガリ。異世界から召喚された勇者です」

「異世界の……勇者!?」

 流石にそれは想定の範囲外だったのだろう、彼女はぽかんと口を開けて僕の顔を見上げる。僕はそんな彼女に、スマホを取り出して見せた。

「何、それは」

 憮然とした聞き方ながら何か嫌な予感を感じているのだろう、若干顔を引きつらせるリイラに、僕は絶望を叩きつける。

「これは僕の世界のまあ、魔法の道具のようなものでね。こんな事が出来るんだ」

 そして、僕は動画の再生ボタンを押した。

『……だから、アンタなんかに皇位は相応しくない! 皇帝に選ばれるのはわたしなの! アンタじゃない!』

「わ、私!? 私が板の中にいる!? なんなのその魔法は!」

「これは事実をそのまま映像として記録する事が出来る道具でね。さて、この自白動画を見た皇帝陛下はいかにお考えになるかな?」

「それを寄越せええええぇぇぇ!!!」

 子供とは思えぬ奇声を上げて、飛びかかってきたリイラを、いつの間にか僕の隣にいたリアが首を刈り取るように腕を伸ばし、その膂力だけでリイラを空中に持ち上げてしまった。

「ぐっ……はな……せ……っ!」

「マサヤを傷つける者は私が許さない。例え、それがあなたであってもね、リイラ」

「リア……お姉さま……」

 さしものリイラも、リア相手では勝ち目はないと思ったのか、がっくりと項垂れて力を抜いた。リアは、首を絞めていた手を離すとリイラをベッドの上に放り出す。

「申開きは陛下の前でなさい、リイラ」

 ライラに告げられたリイラは、しかし弱々しく首を振るだけであった。

「そんなもの……する気はないわ……」

 完全に全ての希望を断たれ、目の光が完全に失われている。生きる気力が抜けた人形のようにだらりと手足を投げ出し、まるで抵抗の意思を示さない。

「さあ、行くわよ。マサヤ殿、扉の開放を」

 ライラの指揮に頷いて、僕は扉に炎の魔術を向けて氷の壁を砕いた。その瞬間、室内に雪崩込んできたのは衛士と魔法士達だった。

「な、何者だ!! 賊か!!」

「静まりなさい!!」

 衛士達の前に、ライラは凛とした態度で歩み寄り、抜刀したまま声を張り上げる。

「我が名はライラ・エルトゥナ・ルーラン!! ルーラン帝国第一皇女である!!」

「ラ、ライラ様……!? これは一体どういうことなのです!!」

 ライラは、縄をうたれた状態で兵士に連れてこられたリイラを指し、口上を述べる。

「これなるリイラ・ルーランは皇位簒奪を企てし大罪人であるため、わたくしが断罪と捕縛をするために秘密裏に侵入した。これより皇帝陛下へと謁見し、その罪を全て暴く!」

「な、なんですとっ!!」

 事情をよく解っていない衛士達は蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、ライラはそんな衛士達を尻目に堂々と王城内を進み、僕達や兵士もそれに続いて行進していく。

 やがて、皇宮を揺るがす大事件はこうして解決した。

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