異世界は割とどうでも良かったけど地球もピンチらしいので行ってきます。但し相棒のおかげで胃がマッハです。
赤い死神
道行く人に訪ね歩きながら、冒険者ギルドへとあっさりと着いた。どこの冒険者ギルドもそうなのか、それともやはり王都だから特別なのか。立派な門構えの建物に、僕は少々ビビり気味だった。
ここまでは特に問題はないが、ここからが何か起こりそうな気がする。少々不安になって隣のリアの様子を見ると、かけらも緊張感を持っておらず早く入りましょうとでも言いたげに目線で訴えてくるのみであった。
僕は、覚悟を決めてリアを伴い中へと入る。
中は受付カウンターと、その横に併設されているちょっとした酒場のようになっており、今は昼日中だというのに飲んだくれている冒険者らしき集団もいた。ここは定番の初心者なぶりでも来るのかなーとビクついていたが、誰も寄ってこないどころかそれなりに活気のあった室内がシンと静まり返った。そのうちの何名かが口々にささやきあっている。
「あ、あの人は……!」
「おいおい、今日は厄日かよ……」
「酔いが醒めちまった……」
明らかにこちらを、畏怖と敬遠の眼差しで見詰めてくる人々。僕は首を傾げながらも、平和ならばそれでいいかと気楽に考えて受付カウンターの方へと向かう。受付は窓口が三つあり、どれも美女が応対しているようだった。その中の一つ、亜麻色の髪をしたスラッとした美人のカウンターへと足を運び、用件を伝える。
「ごめんなさい、ちょっとよろしいですか?」
「は、はいっ!?」
ちょっと声をかけただけなのに、やや過剰な反応を見せる受付のお姉さん。折角美人なのに、顔が若干引きつっている。
「ここで冒険者のノウハウを学ぶように言われてきたんですが……」
「えっ!? 冒険者になられるんですかっ!?」
受付のお姉さんはびっくりした顔で僕の後ろ……リアを見つめ、僕とリアの間を視線が行ったり来たりしていた。
「あのー、もしかしてなんですけど。リアの事って知ってたりします?」
僕は嫌な予感を覚えつつもそうたずねると、お姉さんはコクコクと頷いて、逆に問い返してきた。
「むしろ貴方はリア様とどういったご関係で……?」
「ただの旅の連れです」
僕が無難な答えを返した瞬間、後ろのリアが噴火した。
「ちっがーうでしょ!! あなたはこのヴァールスを救うためにやってきた異世界の勇者様でしょ! そして、わ、私のパートナーでしょうが!」
……折角僕が穏便に事を運ぼうとしたのに、このポンコツ勇者は一々いらんことをする。
「ええっ!? 異世界の勇者様がこの世界にやってきたんですか!?」
そりゃ受付のお姉さんもびっくりするわな。そっと周囲を見渡すと、ざわざわと僕らを取り囲むようなざわめきが立っていた。
「おい、マジかよ……アレが勇者?」
「俺のほうがなんぼかマシだぞ」
「しかし、相手があの“赤い死神”だぞ」
「おいっ馬鹿野郎!!」
誰かが口にした“赤い死神”とやらの言葉に、ぴくっとリアが反応した。
「今、何て言ったのかしら……?」
ゆらり、とリアの体が揺れて、目が据わる。こんなリアは見たことがなかったので若干引いていると、それ以上に酒場の冒険者たちがガタガタと席を立ち、リアから少しでも距離を取るように離れていく。
「な、なあリア? 何をそんなに激怒してらっしゃるので?」
「はあ? 異世界人はちょっと頭の出来が良くないのかしら?」
お前にだけは言われたくねえよ、と思いつつも僕は大人しい人なのでそのまま続きを聞いていた。
「この! 国の至宝にして大勇者であり美少女である私にはあるまじき二つ名でしょ!?」
あー、解った。自信過剰なこの王女様は物騒な二つ名が気に入らないのか。
「でもカッコイイじゃん、“赤い死神”」
厨二ズム溢れる名前だけどね!
「えっ、カッコイイ……?」
おや? リアの様子が。
「そうそう。魔族なんて一撃でやっつけられそうな強さを感じるよ」
「そ、そうかしら? 私に似合う名前かしら?」
「リアには(脳筋的な意味で)ピッタリだと思うよ!」
「そうね、やっぱり勇者はかっこよさも大切よね!」
ちょっろ! この勇者ちょろ!
「みなさんもそう思いますよねっ!」
僕が大声で腰の引けていた冒険者の人達に声をかけると、その意図を悟ってくれたのか、徐々に良い反応が返ってくる。
「あ、ああ。俺は王女様はいつもカッコイイ人だなって思ってたんだよ!」
「そうとも! その豪腕、まさに鬼神のごとし! 赤い死神は伊達じゃない!」
「そうよね! 私もそんな二つ名憧れちゃうわー」
皆さん大変ノリが良く、リアの鼻がどんどんと高くなって態度もデカくなっていくのが手に取るように解った。
「じゃあこれから私の事は“赤い死神の勇者 リア”として呼ぶことを許します!」
「お、おお。それはいいんじゃないかな、うん」
自信満々なリアはとりあえず放っておいて、僕は再び受付のお姉さんに向き直るとこそっと聞いた。
「あの、リアって随分有名というか、悪名というか、轟いてるみたいですけど何かあったんですか?」
「……王女様には内緒にしてくださいよ? 実は、王女様はちょくちょくお城を抜け出しては城下町で遊ぶクセがありまして……その、ならず者たちを相手に良く大立ち回りというか、蹂躙というかを繰り広げておりまして……。ついたあだ名が“赤い死神”なんです……」
リアがやりそうな事である。しかし、よくあの過保護な王様がリアを街に出すことを許したな。あ、許してないのか。抜け出してって言ってたし、腕力にモノを言わせればリアを止められる者なんてこの国にはいないもんな。
「ありがとうございます。ついでと言っては何ですが、冒険者のことについてのご相談の方なんですけど」
「あ、はい! それではまず冒険者登録をして頂きます。これはどの国に行っても通用する身分証ともなるギルドカードの発行をして頂くのが最初ですね」
ふむふむ、なるほど。そう言えば僕の身分を保証するものがこの国を出てしまえばなくなってしまうものな。これは大事だ。
「では、そのギルドカードの発行をお願いします」
「はい、解りました。ではこちらの用紙にご記入をお願いします」
「はい……。………」
「どうしたのよ、マサヤ」
用紙を前に固まってしまった僕に、上機嫌だったリアが不思議そうな顔をして覗き込んできた。
「……この世界の文字が解らない」
「えっ マサヤってば勇者のクセに文字も書けないの!! プークスクス」
その声に、ドッと皆から笑い声が巻き起こる。
「なんだそりゃ、勇者様ってのも案外大したことねーんだな!」
「そりゃそうでしょ、見てみなさいよあの体! あんなひょろひょろじゃあ剣も持てないんじゃない?」
「俺らのほうがよっぽどリア様のお役に立てそうだなあ!?」
皆と一緒に指差して僕を笑うリアの後ろ側に素早く回り、両拳でこめかみをグリグリとねじり込む。
「お仕置きだっ!!」
「イタタタタタタタ!! 助けて、マサヤ! マサヤ様! お願い、止めて!!」
「泣くまで止めない!!」
「鬼ぃ!! 痛い痛い、ホントに痛いの!! ふ、く……ふええええぇぇぇん! 許してー!!」
遂に痛みに耐えかねたリアは、恒例の泣き虫モードに入ってボロ泣きしていた。それを冷めた目で見下ろす僕に、視線の矢が突き刺さる。
「“赤い死神”を泣かしちまったぞ!?」
「ど、どうなってんだよ……大剣で切りつけても傷一つ負わない王女様があんなに痛がるなんて……」
「誰だよ、弱そうだなんて言ったやつぁ! とんでもねえ化物じゃねえか!」
おや? 何故かギルド内での僕の評価がくるっとひっくり返ってしまっている。そう言えば、何故僕の攻撃はリアに効くんだろう? やはり同じ勇者だからか、それとも女神様のご加護のおかげか。恐らくはご加護が関係していると何となく感じる。
「それじゃあ、お姉さん。説明の続きをお願いします」
「えっ?! あ、あの、王女様の事放っておいて良いのですか?」
「あ、それは気にしないでください、すぐ泣き止むと思うんで」
その時の受付のお姉さんの何とも言えない微妙な引きつった笑顔が僕には非常に印象に残ったのだった。
ここまでは特に問題はないが、ここからが何か起こりそうな気がする。少々不安になって隣のリアの様子を見ると、かけらも緊張感を持っておらず早く入りましょうとでも言いたげに目線で訴えてくるのみであった。
僕は、覚悟を決めてリアを伴い中へと入る。
中は受付カウンターと、その横に併設されているちょっとした酒場のようになっており、今は昼日中だというのに飲んだくれている冒険者らしき集団もいた。ここは定番の初心者なぶりでも来るのかなーとビクついていたが、誰も寄ってこないどころかそれなりに活気のあった室内がシンと静まり返った。そのうちの何名かが口々にささやきあっている。
「あ、あの人は……!」
「おいおい、今日は厄日かよ……」
「酔いが醒めちまった……」
明らかにこちらを、畏怖と敬遠の眼差しで見詰めてくる人々。僕は首を傾げながらも、平和ならばそれでいいかと気楽に考えて受付カウンターの方へと向かう。受付は窓口が三つあり、どれも美女が応対しているようだった。その中の一つ、亜麻色の髪をしたスラッとした美人のカウンターへと足を運び、用件を伝える。
「ごめんなさい、ちょっとよろしいですか?」
「は、はいっ!?」
ちょっと声をかけただけなのに、やや過剰な反応を見せる受付のお姉さん。折角美人なのに、顔が若干引きつっている。
「ここで冒険者のノウハウを学ぶように言われてきたんですが……」
「えっ!? 冒険者になられるんですかっ!?」
受付のお姉さんはびっくりした顔で僕の後ろ……リアを見つめ、僕とリアの間を視線が行ったり来たりしていた。
「あのー、もしかしてなんですけど。リアの事って知ってたりします?」
僕は嫌な予感を覚えつつもそうたずねると、お姉さんはコクコクと頷いて、逆に問い返してきた。
「むしろ貴方はリア様とどういったご関係で……?」
「ただの旅の連れです」
僕が無難な答えを返した瞬間、後ろのリアが噴火した。
「ちっがーうでしょ!! あなたはこのヴァールスを救うためにやってきた異世界の勇者様でしょ! そして、わ、私のパートナーでしょうが!」
……折角僕が穏便に事を運ぼうとしたのに、このポンコツ勇者は一々いらんことをする。
「ええっ!? 異世界の勇者様がこの世界にやってきたんですか!?」
そりゃ受付のお姉さんもびっくりするわな。そっと周囲を見渡すと、ざわざわと僕らを取り囲むようなざわめきが立っていた。
「おい、マジかよ……アレが勇者?」
「俺のほうがなんぼかマシだぞ」
「しかし、相手があの“赤い死神”だぞ」
「おいっ馬鹿野郎!!」
誰かが口にした“赤い死神”とやらの言葉に、ぴくっとリアが反応した。
「今、何て言ったのかしら……?」
ゆらり、とリアの体が揺れて、目が据わる。こんなリアは見たことがなかったので若干引いていると、それ以上に酒場の冒険者たちがガタガタと席を立ち、リアから少しでも距離を取るように離れていく。
「な、なあリア? 何をそんなに激怒してらっしゃるので?」
「はあ? 異世界人はちょっと頭の出来が良くないのかしら?」
お前にだけは言われたくねえよ、と思いつつも僕は大人しい人なのでそのまま続きを聞いていた。
「この! 国の至宝にして大勇者であり美少女である私にはあるまじき二つ名でしょ!?」
あー、解った。自信過剰なこの王女様は物騒な二つ名が気に入らないのか。
「でもカッコイイじゃん、“赤い死神”」
厨二ズム溢れる名前だけどね!
「えっ、カッコイイ……?」
おや? リアの様子が。
「そうそう。魔族なんて一撃でやっつけられそうな強さを感じるよ」
「そ、そうかしら? 私に似合う名前かしら?」
「リアには(脳筋的な意味で)ピッタリだと思うよ!」
「そうね、やっぱり勇者はかっこよさも大切よね!」
ちょっろ! この勇者ちょろ!
「みなさんもそう思いますよねっ!」
僕が大声で腰の引けていた冒険者の人達に声をかけると、その意図を悟ってくれたのか、徐々に良い反応が返ってくる。
「あ、ああ。俺は王女様はいつもカッコイイ人だなって思ってたんだよ!」
「そうとも! その豪腕、まさに鬼神のごとし! 赤い死神は伊達じゃない!」
「そうよね! 私もそんな二つ名憧れちゃうわー」
皆さん大変ノリが良く、リアの鼻がどんどんと高くなって態度もデカくなっていくのが手に取るように解った。
「じゃあこれから私の事は“赤い死神の勇者 リア”として呼ぶことを許します!」
「お、おお。それはいいんじゃないかな、うん」
自信満々なリアはとりあえず放っておいて、僕は再び受付のお姉さんに向き直るとこそっと聞いた。
「あの、リアって随分有名というか、悪名というか、轟いてるみたいですけど何かあったんですか?」
「……王女様には内緒にしてくださいよ? 実は、王女様はちょくちょくお城を抜け出しては城下町で遊ぶクセがありまして……その、ならず者たちを相手に良く大立ち回りというか、蹂躙というかを繰り広げておりまして……。ついたあだ名が“赤い死神”なんです……」
リアがやりそうな事である。しかし、よくあの過保護な王様がリアを街に出すことを許したな。あ、許してないのか。抜け出してって言ってたし、腕力にモノを言わせればリアを止められる者なんてこの国にはいないもんな。
「ありがとうございます。ついでと言っては何ですが、冒険者のことについてのご相談の方なんですけど」
「あ、はい! それではまず冒険者登録をして頂きます。これはどの国に行っても通用する身分証ともなるギルドカードの発行をして頂くのが最初ですね」
ふむふむ、なるほど。そう言えば僕の身分を保証するものがこの国を出てしまえばなくなってしまうものな。これは大事だ。
「では、そのギルドカードの発行をお願いします」
「はい、解りました。ではこちらの用紙にご記入をお願いします」
「はい……。………」
「どうしたのよ、マサヤ」
用紙を前に固まってしまった僕に、上機嫌だったリアが不思議そうな顔をして覗き込んできた。
「……この世界の文字が解らない」
「えっ マサヤってば勇者のクセに文字も書けないの!! プークスクス」
その声に、ドッと皆から笑い声が巻き起こる。
「なんだそりゃ、勇者様ってのも案外大したことねーんだな!」
「そりゃそうでしょ、見てみなさいよあの体! あんなひょろひょろじゃあ剣も持てないんじゃない?」
「俺らのほうがよっぽどリア様のお役に立てそうだなあ!?」
皆と一緒に指差して僕を笑うリアの後ろ側に素早く回り、両拳でこめかみをグリグリとねじり込む。
「お仕置きだっ!!」
「イタタタタタタタ!! 助けて、マサヤ! マサヤ様! お願い、止めて!!」
「泣くまで止めない!!」
「鬼ぃ!! 痛い痛い、ホントに痛いの!! ふ、く……ふええええぇぇぇん! 許してー!!」
遂に痛みに耐えかねたリアは、恒例の泣き虫モードに入ってボロ泣きしていた。それを冷めた目で見下ろす僕に、視線の矢が突き刺さる。
「“赤い死神”を泣かしちまったぞ!?」
「ど、どうなってんだよ……大剣で切りつけても傷一つ負わない王女様があんなに痛がるなんて……」
「誰だよ、弱そうだなんて言ったやつぁ! とんでもねえ化物じゃねえか!」
おや? 何故かギルド内での僕の評価がくるっとひっくり返ってしまっている。そう言えば、何故僕の攻撃はリアに効くんだろう? やはり同じ勇者だからか、それとも女神様のご加護のおかげか。恐らくはご加護が関係していると何となく感じる。
「それじゃあ、お姉さん。説明の続きをお願いします」
「えっ?! あ、あの、王女様の事放っておいて良いのですか?」
「あ、それは気にしないでください、すぐ泣き止むと思うんで」
その時の受付のお姉さんの何とも言えない微妙な引きつった笑顔が僕には非常に印象に残ったのだった。
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