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裏路地の異世界商店街

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第五話 『狼男の探偵事務所─1』

 気がつくと、漆喰の塗られた天井が目に入った。

 私の体は、見慣れないソファの上で横になっており、体の上には薄手の毛布が掛けられている。
 そのまま視線を移すと、光沢のある木の机とソファが見えた。その後ろには、ギッシリと本の詰まった本棚が見える。

 どうやら私は、どこかの室内にいるらしい。しかしここは何処なのか、そして何故私はソファの上で毛布を被りながら寝そべっているのか。肝心な事は分からないままだった。
 とりあえず起きようと考え、ソファから上体を起こす。すると、「目が覚めたようだね」という声が聴こえた。
 声のした方を振り向き──私は息を飲んだ。


 声を発した主は、椅子に腰かけ、机に頬杖をついてこっちを見ていた。こちらから見える限り服装は、茶色のベストと白いカッターシャツ。シャツの袖は捲られ、そこから腕が露出している。
 こう書けば、至極当たり前の姿に思えるだろう。しかし、シャツから伸びる腕と、こちらを見つめる瞳を持った顔に、私は驚きを隠せなかった。

 その顔は、人の形をしていなかった。耳は人より尖って、鼻は人より出っ張って、目は人より鋭かった。

 狼。そんな言葉が頭の中でちらつく。今私を見つめる者の顔は、狼のそれにそっくりだった。
 ついでに言えば、腕は顔と同様に灰色の毛がびっしりと手まで生えており、手の爪は鋭く尖っていた。

 黙ってしまった私に、狼男は構わず話続ける。
「どうした? そんな狐につままれたような顔をして。言っておくが、僕が君をここに連れてきた訳じゃないよ。君がいきなりこの事務所に現れたんだ」
「……現れた?」

 頭にかかった靄が晴れ、少しずつ本調子を取り戻した私は、彼の言葉に反応する。
「そう、現れた。ビックリしたよ。二階で凄い物音がしたと思って上がってみたら、君が部屋の真ん中で倒れてたんだ。お陰で僕は、君をここまで降ろさなきゃならなかった──それより」
 狼男が片目を瞑る。

「そういえば僕、君の名前すら知らないんだけど。教えてくれる?」
「……いや、その前に」
 私は辺りをグルッと見渡してから言う。

「ここ……どこ?」





「はいどうぞ」
「どうも……」
 狼男から差し出されたコーヒーを、私はさっきまで寝転んでいたソファに座って受け取る。私にコーヒーを渡した狼男は、向かい側のソファに腰掛けた。

「つまり今までの話を要約すると、君は店先のオルゴールを見ていた時に気を失い、気がつくとこの部屋にいた、ってことなんだね?」
「そういうこと……って、私が言うのもあれだけど、信じるの? こんな話」
 コーヒーに口をつけながら、私は狼男に訊ねる。

「信じるも何も、実際君は僕の事務所に現れて、さっきまで気を失っていたんだ。信じられない事が多すぎるのも事実だけど、取り合えず今は信じる事にするよ」狼男は答える。
「じゃあ次は私の質問ね。一体ここはどこ? 日本なの? それとも海外のどっかなの? そしてあなたは何者なの?」

 私の質問に、狼男は最初相槌をうっていたが、次第にその顔に、困惑の色が見えた。
「ちょっと待て。ニホン? カイガイ?──何だいそれ、そんな地名?」
「──は?」
 今度は私が絶句する番だった。

「ま──待って。待ってよ。日本は日本よ。太平洋に浮かぶ島国で、アジア圏に属する四季折々の……」
 そこまで言っても、彼の顔は何も理解していないように見えた。
「……」私の首筋に、ツーっと冷たい汗が流れる。 

「ねぇ……この部屋の外ってさ、どうなってるの?」
「どうって……普通の街が広がってるだけだけど。見てみる?」
 そう言って、狼男は部屋に備え付けられていたドアを開ける。

 その向こうに広がる景色に向かって、私は夢遊病者のような足取りで向かった。
 外の世界は、私の知ってる街並みが並んで──いなかった。
 レンガで出来た遊歩道の上を、様々な顔をした者が歩いている。耳が尖っていたり、豚のような顔をしていたり……人間らしき人もいたが、ごく少数だった。

 私のいた建物の隣から向こうまで、様々な店が構えられている。肉を焼いたような香ばしい匂いから、お香を焚いたような匂いまで漂ってくる。
 その全てを私は知らない。こんな景色は、十八年間生きてきた私の記憶には無かった。

「ここはパルーシブ商店街。小さいながらも、立派な商店街だよ」
 唖然とした私の背後で、狼男が告げる。
「そういえば、僕の自己紹介がまだだったね」
「え?」私は振り返る。
「自己紹介だよ、僕自身の」


「僕の名前はネロ=ガング=ヴォルフ。気安くネロと呼んでくれ。そしてここが僕の職場兼自宅──」



「ようこそ、ネロ探偵事務所へ──なんてね」
 そう言って狼男──ネロはニヤリと笑った。



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