お姉ちゃんが欲しいと思っていたら、俺がお姉ちゃんになったので理想の姉を目指す。

kit

31話 これが本当の平和な日常。またしても何もない故に何も考えない! ☆

「ふぃー……いい天気だなぁ~」

 はろー、何度目かの土曜日を過ごしている琴音です。前世の学生生活を過ごしている時なんて、やたら一日が長いなぁなんて思っていたわけなのですが、一度社会人を経験した今の私からすると学生の一日というのもあっという間なんだなぁと痛感しております。

 本当時間っていくらあっても足りないと思う。ただボーッとするだけでも簡単に時間は過ぎるし、楽しいことをしていても過ぎる。時間に追われ辛いことをしてても猶更過ぎていく。一日36時間くらいあれば丁度いいんじゃないかなと思いもするけれど、それだと仕事や学校の拘束時間が長くなり、結局同じ様なことを考えるのだろう。つまり時間っていうのは人間にとって一番の課題なのかもしれない。

 そんなことを思ってたりする私だけれど、今は近くの公園に来ています。特に理由はありません。強いて言うならお散歩です。前世とは違って運動部に入っていないので必然的に内に籠ることが多くなっちゃってね。こうして自主的に外出ないとずぅーっと引きこもっちゃうんだよねぇ。人間外出しないと簡単に腐っていっちゃうから無理やりにでも理由を作ってお外出ないと。

 まぁ無理やりお散歩という形で外出てるわけですけども、特にやることなんてない。ただ公園のベンチに座ってほのぼのしてるだけ。一応本も持ってきてるから、外の新鮮な空気と木々に囲まれてちょっとしたピクニック気分で楽しめるわけなんだけれど。

 ん?時間がないと言ってなかったって?

 そりゃないですよ。学生でいられるのはたったの6年。特に理想の姉を目指す私の場合はこの3年が勝負どころだ。勉強然り委員会然り、あとはまぁ部活も然り。交流関係とかもそうだね。学校の中でできることは本当に山積みだ。それを考えたら1分1秒無駄にできないのだとは思う。

 けどね、人間ってぇのは生き急いでもダメなんすよ。これも社会人経験からくるものだけれど、自分に無理なタスクとスケジュールを組んでもそれを遂行する間もなく潰れてしまう。やることがあるっていうのは目標がないより何分楽ではある。ただ目の前のタスクをこなせばいいだけだからね。だけれど、多くを見過ぎて着手しようとしても自身の領分を超えてしまえばそれはただの重しでしかない。

 なんていうの?多くやることがある時ほどあえて何も考えない、何もしない時間を作った方がいい。人生の休憩時間って言うんでしょうか。ほら、仕事でも学校でも必ず休憩時間あるでしょ?あれと一緒だと思っている。

 なのでこうして私はのほほーんと公園のベンチに座っているわけだ。つまりこれは決してサボっているわけではない。おわかり?あんだーすたーん?

 それに今はまだ朝の7時半少しを過ぎた頃。ブラザーズもまだ起きてこない。ていうか学生で土日にここまで早起きして外出る人なんて早々いないよね。周りを見てもじっちゃまばっちゃまとかが散歩してるか、おにさんおねさんがランニングしてるのをチラッと見かけるだけだし。

 あ、運動会が近付いてるのもあるし私もそろそろ本格的に運動をした方がいいかもしれない。今やっていることといったら筋トレくらいだもんね。正確には腹筋と腕立て伏せ。なんでその二つをチョイスしているか……それは女の子ならわかるはずだよ。切実な事情があるんですよ……女の子にはね……。

 まぁ後はストレッチくらいかなぁ。毎日続けているおかげで地面にぺたーができるようになりましたよ。というか前世の時よりも体がやけに柔らかい。あ、関節的な意味でね!

 でもやるとしたら何をすんのって話よね。簡単に思いつくことと言ったらやっぱり朝のランニングかねぇ。夜のランニングは危険なのでNG。以前みーちゃんの家から帰る時でさえ怖いと思っちゃったんで無理。やるとしても私が合気道を習得したらだね。まだ習得する予定すらないけど。

 後は特になくね?走り込み?短距離を何本か毎日やって瞬発力を高める?いやそこまではしなくていいでしょう。せめて基本的な体力をつけて望めればいいし、運動部じゃない私はそこまで期待はされていないはず。それにどの種目が当たるかも、そもそも個人種目に選ばれるかもわからないのだし。よっぽどのことがないとリレーとかそんなんには当たらんでしょ!よっぽどのことがない限り!

「取りあえずランニングは明日の朝から始めようかなぁ」

 朝にランニングするとしてぇ、今6時起きでしょ。すると30分早く起きて、5時半にでも起きれば問題ないかな。あ、でもランニングした後は汗かくだろうし、そしたらシャワー浴びたいからぁ……ん、5時に起きよう。

 一つまたやることができてしまったが、まぁいいだろう。ほら、とある漫画の才色兼備の生徒会長様も毎日ランニングしてたら木刀で凄いことできるようになってたじゃない?つまり私もワンチャンあるかもしれない。だってある意味漫画みたいな事象の塊ですから。そろそろそんなことが起きてもいいと思うんだよね。

 あ、でも前パル〇ンテ唱えたら宗教勧誘が召喚されたっけ。私魔法使いやん。これってさぁ今回も使えるのでは?

「ぱるぷ〇て」

 私は以前と同じ様にボソッと唱えてみる。1、2、3……はい何も起きませーん。そりゃそーでーす。だってここ化学の世界だもの。ファンタジー要素は排斥された世界なのでそんな非科学的なこと起こるわけないですよねぇ。知ってる知ってる。あれはただの偶然というやつ――。

「ニャー」
「!!!!?!?!?!!??!?」

 今の鳴き声は……。

 私から見て3時の方向。そちらから可愛らしい鳴き声がした。私は光の速さでそちらに目を向ける。するとそこにはやはりやつがいるではないか!

「ニャー」

 黒いソレは「にゃあ」と言いながらトテトテと私に向かってくる。やがて私とその黒いソレの距離はゼロになり、黒い――あぁめんどくさい!つまりは猫だよ!にゃんこだよ!黒猫だから黒にゃーだよ!私はパ〇プンテで黒の獣黒猫たんを召喚してしまったようだ!やべぇよ!〇ルプンテすげぇよ!この世界ファンタジーの世界だったわ!魔法使いまくってMP増加させなきゃ!異世界転生みたいに!

 黒にゃーは私のくるぶしのあたりに頬をすりすりすりすり……おほぉー!!!!

「にゃー、にゃーにゃー。どうしたんですかにゃー?」

 私は猫語(笑)で黒にゃーに話しかける。通じているかどうかで言えば多分通じてない。だけれど猫語が出てしまうのは猫好きならばわかるはず。これはそう、パッション?だよ!因果律さえも超えた何かってやつ!抗えないんですね!気付いたら出ちゃうんだもん。
 黒にゃーの頬を指で撫でてあげながらにゃーにゃー話しかける。すると黒にゃーは気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らし尻尾を垂直に立てている。若干尻尾の先が前に出ているあたり「こんにちにゃー」とでも体現しているのだろう。

「くふ、くふふぅ……かぁいいねぇー。黒にゃーはどこからきたんですかにゃー?」
「ニャー?」

 黒にゃーは私の問いかけにぷいっと脇の方を見た。ふむ、そっちの方から来たとでも言いたいのかな。さりげなく首元を見てみるが首輪はないし野良猫ちゃんといったところか。飼い猫ちゃんなら届けてあげないとなんだけど、近くに猫が脱走したー!とかの張り紙とか見てないしまぁ野良猫ちゃんで間違いないだろう。それに痩せてるからねぇ。

「ニャン」

 黒にゃーは私の顔を見上げるとキラキラと何かを期待したような瞳で見つめてきた。わかる、わかるよ。私には君が何を言いたいのか、何を期待しているのか手に取るようにわかります。なんてったってぬこ様は私にとってのふぃえばりっどキャット……じゃなくて、ふぃばりっどあにまるだからね!でもねごめんやで。私何も持ってないの……持ってるのはこの本だけなの。

「ごめんねぇ黒にゃー。今は何も持ってないんだにゃー。だからそんな風に期待の籠った目で見られても何も出してあげられないにゃー」
「ニャー……」

 黒にゃーは少し残念そうにしてぷいっと走り去ってしまった。

「あぁ……黒にゃー……にゃうー……」

 私は黒にゃーが走り去っていってしまったのを見て落胆する。

 うん、仕方ないのはわかってるんだ。野良猫たんなんて、一日の餌を得るのが非常に大変で過酷だってことを。だからこそ、こうして餌を持ってなさそうな人にかけてる時間なんてないわけだ。ドライだと思うけれどこれも生きるため、仕方ないよねぇ。うぅっ……何故家から出る時に何か持ってこなかった私!それさえあれば黒にゃーは餌を貰えて幸せ、私は美味しそうにパクつく黒にゃーを見て幸せのうぃんうぃんだったというのに……早くも後悔が一つできてしまった。ちくせう。

 ま、普通散歩に猫の餌になるようなもの持ち歩かないけどね!けぇーどぉー、にゃああああああああああああああああああああああああああああああ……。

「あ……」

 しばらく黒にゃーの後ろ姿を眺めていると、黒にゃーはジョギング中のお姉さんに声をかけだした。お姉さんはそんな黒にゃーを見てほっこり。しゃがみこんでなーでなでしている。そして黒にゃーはそんなお姉さんに私にしたのと同じ様に「餌をくれ」と訴えているのだろう。は、ジョギング中のお姉さんがそんな都合よく餌を持っているはずがない!お姉さんも私と同じ様に振られるがいい!

 そんな私の心が汚く歪んだ思いを抱いてしまったのがいけなかったのか、お姉さんはポケットをがさごそとやり何かを取り出した。

 でぇたぁー!

 そんな青狸の声が聞こえた気がする。

 お姉さんが取り出したそれは使い切りチューブ型の猫餌であった。お姉さんは慣れた手つきで袋とじを開けると黒にゃーに向けて差し出す。すると黒にゃーは「ニャーン♪」と上機嫌にそれをぺろぺろしだしたではないか!

「嘘にゃー!そんなん持ち歩かないにゃー!!」

 お姉さんと黒にゃーはお互いに至福の時を過ごしているのだろう。黒にゃーの表情は見えないが、尻尾が機嫌よくピーンと伸びているし、お姉さんの顔は非常にだらしないことになっている。本来であれば私があの場に……んぎぎぎぎぎ……。

 しかしお姉さんがあれを持っていたということは、黒にゃーは朝のこの時間よく出没するということなのだろう。だからこうして準備していたに違いない。私も準備だけしておこうかしら。

「お預けだにゃー……はぁ」

 私はガックリと肩を落とす。清々しい朝、早起きは三文の徳っていうけれど、何故か今は陰鬱な気分である。おかしいね。だが、それがいけなかったのだろう。私は下を向いて猫語を呟いていたが故に、私に近づく人物に気付くことができなかったのだから。

「なににゃーにゃー言ってんだ?」
「にゃ?」

 唐突に問いかける声。しかもそれはすごーく聞き慣れた声。思わず猫語のまま返事をしてしまったが、頭を上げるとそこには……。

「し、ししし、真?!何故ここにっ!!!」
「おう。なんでってうちのワンコの散歩コースだからだよ。ていうかあのにゃーにゃーはなんだよ」

 ある意味一番聞かれたくない人物が目の前におりました。いーやーさーさー。多分私の顔は真っ赤です。茹で上げられた海老みたいなことになっていると思います。うわぁああああああああああああああああああ!猫語を聞かれたぁあああああああああああああああ!

「真!忘れなさい!今すぐに!!」
「は?い、いきなりなんだよ」
「いきなりも何もない!世の中には聞いてはいけない何かがあるの!あなたは冒涜的な言葉を聞いたことによりSAN値チェック入りまーす!10D100!はい!」
「へ?な、なんて?」
「いいから忘れなさーい!!!」

 真は何がなんなんだー!という感じで慌ただしい。そして私は聞かれたという恥ずかしさで慌ただしい。

 何もないはずだったお散歩もこうして何かしらのイベントがある。昔はそんなことはなかったのになぁ、とも思うけれど、きっとそれは私が普遍的な日々に無感動に生きていたからだろう。

 今の私は違う。

 毎日が輝かしい。普遍的な日常こそ正義なのだ。まぁさっきまでなんか起きないかなぁとか思ったけど、やっぱり一番は何もないことだと思う。だって何か起こって不幸なことになるのなんて笑えない。

 起きてもこれぐらいなら笑い話だからカモンだけどね!でも私は恥ずかしいよっ!!


コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品