異世界でニートは英雄になる

黒い野良猫

第五話 夢の少女と使い魔

 タイガは少女を見つめる。額から汗が流れるのを感じる。

「今回は助けてくれてありがとうございます。私はカリン・ビル・アルシアです」

 少女――カリン・ビル・アルシアはお辞儀をしながら自己紹介をするが、タイガは頭に入ってこなかった。

 ――水色の髪に……青い瞳……

「――すか?」

 ――なんで彼女が俺の夢に……

「あの!」
「!」

 タイガはカリンの声で意識が現実に戻った。

「大丈夫ですか?顔色悪いみたいですけど……」
「あ、あぁ……」

 タイガはまだ混乱しながらも返事した。

「ごめん。それで、何だっけ?」
「ですから、貴方の名前を教えて下さい」

 ――今は忘れよう。あの夢は何かの間違いだ……

 タイガは夢の事を考えるのを止め、気を取り直した。

「俺の名前はタイガ。ヤマト・タイガ。宜しく! 所で、君の名前は……」
「やっぱり聞いていなかったんですね!」

 カリンはそう言うと腰に手を当て、両頬を膨らませた。タイガはカリンの行動に少し可愛いと思った。

「コホン! それでは気を取り直して。私の名前はカリン・ビル・アルシア。宜しくお願いします! タイガ君」

 そう言って右手を出してきた。握手を求めているのだろう。タイガもそれに応えて――

「ああ。宜しく、カリンさん」

 握手した。すぐに手を放そうと思ったが、カリンはタイガの手を握ったままタイガを見つめる。

「あ、あの……なんですか?」

 じっと見てくるカリンを、タイガは不思議に思った。カリンはカリンで、手を放しそうにない。そしてやっと喋った。

《うん! やっぱり彼には魔法が掛かってるよ!》

 だが、喋ったのはカリンでもタイガでもない。その声は、タイガの脳内から聞こえたのだから。

《やあ! おいらの名前はペル。カリンちゃんの使い魔さ!》
「……」

 タイガは目を疑った。カリンの肩からヒョコッと出てきたものは――

「――カラス?」

 カラスだった。


「俺に魔法が掛かってる!?」

 カリンの使い魔――ペルに少しずつ慣れてきた所で、本題に入った。

《うん! 君にはちょっと複雑な魔法が掛かっているんだ》

 タイガは口に出して話しているが、ペルは脳内で話してくる。そこに関しては、タイガはまだ慣れない。

「で、その魔法って? まさか、俺死ぬのか?!」
「安心して下さい。タイガ君に掛かっている魔法は呪いの魔法じゃないですから死ぬとかありませんよ」

 焦っているタイガに、カリンは声を掛ける。

「それで? 俺に掛かっている魔法って何?」
「タイガ君、ここに来るまで苦労しませんでした?」

 タイガの質問に、カリンが質問で返す。
 タイガはここまで起きたことを思い出す。

 ――ここまで来るのに? 大変という言葉では収まらない……玄関開けたら異世界だったり、目の前がいきなり拉致現場になったり、それを追いかけてヤンキーに絡まれるし。それから……

「迷った……」

 タイガは誰にも聞こえない声でボソッと言った。だが、ペルはそれが聞こえたみたいで、タイガの言葉に反応した。
 後から聞いた話だと、ペルは声に出さなくても、脳内で話すことが出来るらしい。つまり、聞かれたくない会話だったら、脳内ですれば良いとの事。

「確か、来た道を戻ろうとすると場所が変わるんだよ。戻ろうにしても道が無くなるし……」
《それだよ。タイガは『ロー・リロード』という魔法が掛かっているんだ》

 ――ロー・リロード……? ダサい名前だな。

《今ダサいと思ったでしょ》

 ペルがタイガの思っていた事をぴたりと当てた。タイガは苦笑いする。

「それで、どうやったらその魔法を解くことが出来るんだ?」
「私の回復魔法で解くことが出来ます」
「え? 回復魔法って、傷付いた人を治すだけじゃないの?」

 タイガの常識では、回復魔法はRPGゲームでいうHPを回復させたり、状態異常を治したりと、体力に関するものだけだと思っていた。

《カリンちゃんの治癒魔法は体力だけじゃなく、ちょっとした闇属性の魔法を取り除くことが出来るんだよ》
「闇属性?」
「はい。私は光属性の他に、闇属性が使えるんです。それを利用して、魔法を解いているんです」

 カリンは光と闇属性を、ペルは闇と風属性を持っている。光は主に回復、闇は幻を見せるらしい。
 カリンの準備が終わり、魔法を解いてもらった。

「【ヒール・ゴア】」

 するとタイガの身体が光り出し、頭上から黒い霧が出てきた。

「これで大丈夫な筈です。タイガ君、お疲れさまでした」

 カリンの治療も無事終わり、タイガは入って来た扉を開ける。すると、ここに入る時と変わらない光景だった。

「どうやら上手くいったみたいだ。ありがとう」
「いえいえ!私は命を救ってもらったので、お礼をと……」

 タイガはカリンにお礼を言うが、カリンは当たり前な事だと、謙遜する。
 タイガ達は部屋を出て、王都の大通りに出た。

「何か、少ししか離れてなかったのに、すごく懐かしく感じるな」

 タイガは全身を伸ばして、身体をほぐした。

「なぁ、ここってどこなんだ?」
「え!? タイガ君知らないんですか!?」
「あ、あぁ。知らない間にここに着いたから……」

 カリンの話によると、ここはドルメサ王国というらしく、この国で一番大きな国で、知らない人はいないそうだ。

 ――こんな王国に異世界転移って、よくある設定だよなぁ……

「そういえば、タイガ君ってどこから来たんですか? こちらでは見慣れない恰好なので」

 今度はカリンがタイガに質問した。
 タイガの今の恰好は上下黒のジャージに、胸に『大和』背中に『如月中きさらぎちゅう』と書かれていた。つまり、中学のジャージである。

「胸と背中には何が書いてあるか分からないですし……」

 ――俺はこの世界の文字が何故か読めるが、こっちでは俺のジャージに何が書いてあるのか分かんないのか。

 タイガは、本当の事を言おうとしたが、信憑性がないので、適当に誤魔化した。

「お、俺は遠い所から来てな。こっちでは使われない文字を使ってんだよ。俺の胸には『ヤマト』って書いてあって、背中は――『よろしく』って書いてあるんだ! うん」

 タイガは自分で言ってて悲しくなった。正直言って、背中の文字には無理がある。漢字三文字で『よろしく』はどう考えてもあり得ない。

「へ~、『よろしく』って書いてあるんですね! こちらこそよろしくお願いします」

 すぐにもバレそうな嘘を素直に受け止めたカリンを見て、タイガは思ってしまった。

 この子は純粋でバカなんだと。

「それで、タイガ君はこれからどうするんです?」

 タイガとカリンは歩きながら、今後の事を話していた。

「そうだな……まず宿を探したいんだが、無一文なんだよ」
「ムイチモン……?」

 カリンは意味が分からないのか、首を傾げる。

《無一文っていうのはね、お金を一枚も持ってないって事。つまり、タイガは銅貨も持ってないんだよ》

 そんなカリンに、ペルは親切に答える。
 先程ペルの言った銅貨とは、この世界でお金の役割を持っている。種類は銅貨、銀貨、金貨の三種類の他に、王族しか持つことの出来ない『白金貨はっきんか』があるらしい。

 ――白金って、プラチナかよ!

 白金貨は一枚で金貨百枚分らしい。タイガはそれを聞いて、開いた口が塞がらなかった。因みに、銅貨一〇枚で銀貨一枚分、銀貨二〇枚で金貨一枚の役割を持つ。

「どうすればいいかな~流石に金は必要だし、服も買いたいし」

 タイガは本気で困っていた。このままホームレスみたいに外で寝たくない。

「せめて、これが使えたらなぁ」

 タイガはポケットから財布を取り出し、中身を見る。

「……は?」

 タイガは目を疑った。財布には五千二百円入っていたはず。だが中に入っていたのは銅貨四枚と銀貨一〇枚だった。

「ちゃんと持っているじゃないですか。これなら服一着くらいは買えますよ。タイガ君?」

 タイガは財布を見つめて固まっていた。

 ――確か銅貨の方が価値は低いんだよな。小銭は二百円あった。それが銅貨四枚に変わっているってことは、銅貨一枚あたり約五〇円。五千円が銀貨一〇枚ということは、約五〇〇円か……

 計算していた。
 すると癖なのか、それとも気になるのか白金貨一枚あたりの計算をしていた。

 ――銀貨が二〇枚で金貨なんだよな……そうなると約一万円か。金貨百枚で白金貨……

「ひゃ、一〇〇万円!?」

 タイガは大声で叫んでしまった。

「ど、どうしました? タイガ君」

 隣にいるカリンがびっくりして、目を見開いていた。

《だめだよタイガ。カリンちゃんを驚かしちゃ》
「あ、ごめん。ちょっと計算していて。それで、服は大体いくら?」
「あ、はい。一着四〇パスくらいです」

 因みに、『パス』というのはお金の単位で、一パスで銅貨一枚らしい。

 ――と言うと、一着銀貨四枚。上下合わせて銀貨八枚。約四千円か……結構安いな。

 タイガは買えると知ると、カリンに服屋に案内してもらった。


 怪しい影が、彼らの近くにあるとも知らずに。

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