異世界でニートは英雄になる

黒い野良猫

第一〇話 後悔と夢の真実

 タイガはただ、ひたすら走った。嫌な予感しかしなかった。

 ――やっぱり、あれはただの夢なんかじゃない。最初の、この世界に来る前の夢に出てきた少女。それから今回出てきた夢の少女。あれはどっちもカリンだ! 俺はカリンが死ぬかもしれない――いや、死ぬ夢を見ているんだ。それも必ず、俺の前で……

 闇雲に走っているタイガ。どこにいるのか分からない。昨日みたいに脳内で経路を案内してくれそうにない。いや、そこまで考える暇がない。それ程タイガは焦っていた。

「くそっ! 一体どこにいやがる」

 タイガはゼェゼェ息を切らし、膝に手を置く。汗が地面に染渡っているのが分かる。久々に走り、脳まで酸素が回らなくて、頭が回らない。それでもタイガは必死になって考えた。すると、タイガを呼ぶ声が聞こえた。周りを見るが、誰も呼んだ気配は無い。また誰かがタイガを呼ぶ。神経を研ぎ澄ますと、その声は耳からではなく、脳内から伝わって来た。これが出来るのは一人……いや、一匹しかいない。タイガはその声の主にテレパシーで返す。

「ペル!」

 タイガが返事すると、ペルはタイガの肩の上に乗る。
 ペルが来てくれたのはありがたい。タイガはそう思う反面、申し訳なさもあった。昨日自分が言い過ぎなければ、自分が部屋に残っていれば。そう思うと、ペルに顔を合わせづらかった。

「あのさ、ペル……」
《今は後。とりあえずカリンちゃんの所に行くよ》

 ペルは少し怒っているような口調でタイガに言う。タイガは無言で頷き、前を飛ぶペルの後を追った。

「ペル、どんな状況だ?」
《正直言ってかなりまずい。相手は一人だけど、ただの奴じゃない》

 ペルは深刻な声で言う。どれ程やばい状況なのか、ペルの表情は分からないが想像は浮かぶ。

《相手は魔王の手下だよ》
「魔王の手下?」

 タイガが聞き直し、ペルが静かに頷く。そして重々しく口を開いた。

《幹部No.2、不老の男『ウリドラ・ガブリエル』》
「ウリドラ?」

 ペルの話によると、ウリドラの外見は二四、五歳らしいが、中身は九十のおじいちゃんだそうだ。魔王の力によって、その姿にされたという。

「でも、中身がおじいちゃんなら勝てるんじゃ?」
《さっきも言ったように、それは中身の話だ。外見は成人越えたくらい。ということは、筋肉も衰えてないんだよ》

 会話しながらどんどん進んでいく。街を出ると、奥には森があった。ペルとタイガは一本道に辿って走る。

「それで、そのウリドラってどんな能力の持ち主なんだ?」

 昨日は行き当たりばったりで戦ったタイガだが、魔王の手下となると話は変わってくる。それなりの準備をしておかなければ簡単に殺されかねない。カリンに怖い思いをさせたタイガなりの罪滅ぼしをしようと思っていた。

《おいらだって初めて戦うけど、噂によると幻術の使い手みたい》

 ――幻術ってことは、カリンやペルみたいな奴か……

《悪いけど、おいらやカリンちゃんみたいな生半可な幻術じゃないよ》

 タイガの心の声を聞いたのか、ペルがそう返してくる。

《そいつの幻術にかかればそこでおしまい。一生出られないし、そのまま殺られかねない》
「つまり、最強幻術使いって事か」

 タイガはあれやこれやと対策を練る。だが、あまり良い方法が浮かばない。
 考えている間に、一つの場所に辿り着いた。

「ここって確か……」

 タイガが昨日、『ロー・リロード』の魔法にかかっている時に来た更地だった。
 タイガが思いだしていると、その更地の真ん中で、カリンが奮闘していた。相手は男で、黒色で肩の長さまでウェーブのかかった髪をしていて、目の下には物凄く濃い色をした隈があった。いかにも、闇属性魔法使いの雰囲気を出していた。

「ペル、カリンは攻撃系の魔法は使えるのか?」
《光属性で少しね……でも、あいつに対抗できるか……》

 ――光は闇に強い。はたから見たらカリンが有利に見えるが、相手は魔王の手下……このままではカリンがまずい!

 カリンは光魔法を使っているが、相手にことごとく躱される。
 そして疲労で少し気が抜けた時、男が詰め寄ってカリンの喉輪をしようとした。

「【ルカ】!」
《【ソイドレス】!》

 タイガはルカを、ペルは風魔法でルカより威力の強いソイドレスを男に向けて発動した。そして急いでカリンの下へ駆け寄る。

「タイガ!」

 カリンは突然来たタイガに驚きを隠せなかった。

「話は後。今はこいつを倒すことに専念するぞ」
「ほぉ、この私を倒すとは、物知らずも良い所だ」

 ニヤニヤしながらタイガ達に近付いて来た。

「どうも、お初にお目にかかります。私、魔王様の第二幹部、ウリドラ・ガブリエルと申します。以後、お見知りおきを」

 紳士的に挨拶してくる男――ウリドラ・ガブリエルを見て、タイガは冷や汗をかいた。
 何故ならその男は――

「夢に出てきた奴じゃねえか」

 今日の朝、タイガの夢に出てきたのだから。

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