異世界でニートは英雄になる

黒い野良猫

第三一話 元凶、対決

 ミルミア達と離れて、この事件の元凶を探すタイガ。だが、敵の情報も何もないし、特徴も分からない。ただひたすらに走って探すしかなかった。

 ――ミルミア達に言ったのは良いが、このまま闇雲に探せばどんどん状況が悪くなるだけだ。くそ! 何か、他に手はないのか!

 一度足を止め、他の案を考えるタイガ。

「ここはあいつに頼むしかないか……」

 タイガはマグナラを手に取り、ガリルを流してとある人物に――人物とは言い難いが――念話した。
 数分後、それはやって来た。

 《タイガ、話は聞かせてもらったよ》
「やっと来たか……ペル」

 そう。カリンの使い魔、ペルだった。

「お前と『レンタルビルド』して、空からそれらしい人物を探して欲しい」

『レンタルビルド』使い魔の契約者と違い、契約者もしくはその使い魔が許した人物と一時的に契約するもの。タイガはペルと一時的に契約し、互いの視覚情報を共有できる『リンク』でペルからの送られてくる、空からの情報を貰う。
 だが、完全に目を瞑ってしまったらマスターウルフが襲ってくるのが分からなくなる。タイガはこの時の為に買っておいた『眼帯』で左目を隠す。そうすればお互いに右はタイガの視覚、左はペルの視覚となって見える。
 だが、勿論デメリットもある。

 《でも良いのかい? おいらは大丈夫だけど、タイガの脳にもの凄い負荷がかかるよ?》

 人間の身体の構造上、右目の視覚情報は左脳に、左目の視覚情報は右脳に伝わる。つまり『リンク』を使い、尚且つお互いの情報が脳に伝われば、タイガの脳で処理しきれない程の負荷が掛かってしまい、最悪は『死』を覚悟しなければならない。
 だが、タイガの決意は固かった。

「そんな事言っていられねぇよ。今やらなきゃ絶対に後悔する」

 そして、曇り一つない目でペルを見る。

「もう二度と、あんな思いはしたくねぇんだ!」

 タイガの脳内に浮かんでいるのは、嘗ての親友の顔。

「もう道はたがわない。だから、俺はやるぞ! 協力してくれペル! お前の力が必要だ。頼む!」

 タイガは、目の前で飛んでいるペルに頭を下げた。ペルはその姿を見て、ペル自身も覚悟を決めた。

 《分かった。タイガがその気なら、おいらも応えないとね。全力で協力しよう!》
「ありがとう」

 そしてタイガはペルと契りを交わし、『リンク』を発動してペルは空を飛んで行った。

「ぐおぉっ!!」

 左目を隠し、右目だけ開けた。すると激しい頭痛がタイガを襲う。タイガはその場に膝をついて頭を抱える。

 ――やばいやばいやばいやばい! 脳が潰れそうな痛みと焼けるように熱い!

 タイガが尋常じゃない量の汗をかく。立つのもままならない。
 すると運悪く、マスターウルフが五匹来た。マスターウルフは蹲っているタイガを見て、一斉に襲って行く。

「くそがぁ! 【ソード・ルカ】!!」

 動かない身体を無理矢理動かし、【ソード・ルカ】で襲ってきたマスターウルフを斬り裂いた。

「はぁ……はぁ……」

 激しい頭痛と足元がふらつく中、タイガは歩き続けた。
 だが、マスターウルフはそんなタイガに容赦ない。見つけては襲い掛かり、見つけては襲い掛かるの繰り返しだった。
 そんな中、ペルからの視覚情報に怪しい人物を見つけた。その人物の足元には魔法陣らしきものがあり、そこからマスターウルフが召喚されていた。

「ペル! 空から俺を見つけてくれ!」
 《了解!》

 ペルはタイガを探す。タイガの視覚情報、ペルの視覚情報を頼りに動いていた。
 そしてペルはタイガを見つけ出し、『リンク』を解いてその怪しい人物の下に案内した。タイガを襲っていた頭痛は直ぐに治まった。

 ――マスターウルフは、他の魔獣に指示をして自分は手を出さない生き物。なのにあいつは何故、マスターウルフしか召喚しない……。見た所、他の魔獣も出てきている様子はない。あいつの目的は何だ?

 脳が完全復活したタイガは、男の所に行く途中に『リンク』で見た男の行動について考えていた。

 ――確かに、力は強くなっているマスターウルフ。だがもとは司令塔……

 リンナとの話の食い違いに、タイガは疑問に思っていた。
 目的地に近付くにつれ、マスターウルフの数も多くなってきた。タイガはそれらを斬っていく。

「……初めて見る顔だな」
「お前が、このマスターウルフを召喚していた元凶か」

 遂にタイガは辿り着き、その人物と対面する。その男は結構なお年寄りで、白い髭が口元を隠していた。
 ペルにミルミア達の所に行かせ、今はタイガと男、男が召喚しているマスターウルフしかいない。

「一つ訂正しておこう。こいつらはマスターウルフではない。マスターウルフは自然界で生きる魔物だ。契約は出来ない。俺が召喚しているこの魔獣は『ダークウルフ』。マスターウルフより凶悪な魔獣で、自ら獲物を狩りに行くのさ」

 ――成程……いつものマスターウルフじゃないと感じたのはそれか。だけど、尻尾の数もマスターウルフと一緒なのが、見分け付かないな。

 タイガは男を睨む。よく見ると、身体中傷だらけで噛まれた後もある。

 ――待てよ? 俺が助けた人によると、数日前からマスターウルフが沢山出て村は被害を受けている。その中の一人がマスターウルフに噛まれ、突然変異した。前にリンナは、マスターウルフに噛まれても特に何も起きないって教えてくれた。じゃあ突然変異した男を噛んだのはマスターウルフじゃないとなる。そうか、そういう事か。

 タイガは全て理解した。この事件の真相を。

「一つ、聞いて良いか?」

 タイガは男に話しかける。

「何だ?」
「お前……そのダークウルフに襲われたの一人だろ?」

 それを聞いた時、男はタイガを睨む。

「無言は肯定ととるぜ」
「どうしてわかった」
「簡単な話だよ。以前からこの森でマスターウルフの目撃情報が多かった。そしてマスターウルフは村を襲うようになった。そこであんた達は噛まれるなどの被害が起きた。だが、おかしいんだよ」
「何がおかしい」

 さらに睨む男。すると先程あまり感じなかった殺気が彼から溢れ出ている。

「マスターウルフはそもそも、自分から手を出さない。他の魔獣に命令して、自分は高みの見物。そんな奴がいきなり村を襲うか? じゃあ村を襲ったのは何か。今あんたが召喚しているなんだよ。村長が依頼したマスターウルフの討伐。あれはマスターウルフの討伐じゃない。ダークウルフの討伐だった。つまりあの場所にマスターウルフなんていなかったんだよ」
「ふふ。フハハハハハ!! その通りだよ。君、頭良いね!」

 男は高笑いして、タイガの推理を褒める。だが、タイガはもう一つ気がかりな事があった。

「だが、もう一つの疑問が生まれた。村長はマスターウルフの討伐に数を指定した。村に被害を出しているなら、全て討伐させる筈だ。なのにしなかった。では何故数を指定したか。一つ目、ギルドに依頼すれば自分は『被害者』だと認識させることが出来る。二つ目、村には討伐したと嘘をつけば、この村の住民は警戒を解く。安心だと確信した村人達は普通に生活を始める。そこをいた。そうだろ? 

 村長と呼ばれた人物の笑った顔が少しずつ真顔に変わっていく。

「そして本来の目的を遂行する。その目的は――」

 するとタイガも殺気を込めて言った。

「カリンを、ドルメサ王国女王を殺すことだ」

 それを聞いた男は目を見開き驚いた。

「恐らく、お礼に来たとかで王都の中に入り、そこでカリンを殺すんだろう」
「……貴様は知りすぎた。だからここで――」

 男の姿が徐々に変わっていく。長老のおじいちゃんの毛が黒く染まり、身体を覆う。そして犬歯を長く伸ばし、先程のダークウルフとは一回り大きいダークウルフになった。

「殺してやるわ!!」
「冗談じゃねぇ……」
「わしがこの姿になったのは何年ぶりか。わしの、魔王様の計画を邪魔する奴は消してやるわ!」

 姿を変えた男はタイガに向かって全力で走った。するとあっという間に目の前に来て、頭突きで溝尾を攻撃する。かなり威力が強かったのか、吹き飛ばされた。

「貴様がわしに勝つことなどありえん。貴様はここでわしに喰われて死ぬのじゃ!」

 すると男はタイガの腕に噛み付く。

「ぐあっ!」

 噛む力が少しずつ強くなる。歯がどんどん腕に刺さっていき、血も沢山出る。タイガは申鎮の剣をダークウルフの腹部に刺す。だが、苦しい顔一つも見せない。

「本当は貴様もダークウルフにしようと考えたが、貴様は色々と厄介だ。だからここで死ね!」
「悪いな……。俺も守りたいもんがあるんでね。そう簡単に死ねねぇよ! 【クリアガービル】」

 タイガは腕と剣から発動した。腹部と口から流れてきた雷はダークウルフを襲う。そして口元が緩んだ瞬間、腕を離し距離を取って、助走をつけてダークウルフを蹴った。
 蹴り飛ばされたダークウルフは近くの巨樹に打ち付けられ、雷の痺れと共に怯んでいた。

「教えろ。あと何人いる。正直に言え」

 タイガはダークウルフに近付き、刃を向けて聞く。

「ダークウルフはもういない……。貴様が倒したので最後だ……」
「本当だな?」
「あぁ。だが――」

 その時、ダークウルフの身体が光り始めた。

「まだとっておきが残っている」
「くっ――!」

 タイガはその場から直ぐ離れた。するとダークウルフは爆発し、跡形も無くなった。

「自爆、か。最後の言葉、どういう意味だ?」
 《タイガ!!》

 戦いが終わって一段落した時、ペルがもの凄いスピードで飛んできた。

「どうしたペル」
 《大変だ! ミルミア達が!》


 まだ、戦いは終わらない――。

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