異世界でニートは英雄になる

黒い野良猫

第四四話 国王の怒り、王子の反省

「さぁ、君の負けが確定する試合を始めよう」

 そう言ってラモーネは木刀を投げてくる。だがタイガはそれを受け取らず、ラモーネの前に立った。

「何故受け取らない。諦めたか?」
「戯言は止めて下さいよ、王子。俺はこいつを使うんです」

 そう言って申鎮の剣を見せる。予め刃を落としてある事を伝え、ラモーネを言い負かした。

「まぁ良い。どうせ負けた時の言い訳にしか過ぎない」

 タイガはラモーネの発言を聞き流し、首を軽く回して戦闘態勢に入る。そして目つきはラモーネを睨んでいた。

「それでは、ラモーネ・スゥ・コナッチ様対ヤマト・タイガの試合、始め!」

 訓練場にいた一人の騎士団が、開始の合図を出した。それと同時に、ラモーネがタイガに駆け寄ってくる。そしてタイガの腹に決めようと木刀を自身の左から斬りにかかる。タイガは鞘から剣を抜かずに、上に飛んでラモーネの攻撃を躱す。
 だがラモーネは最後まで木刀を振り切らず、途中で左手に持ち替えた。そして先程の身体の回転を利用して、下からタイガを斬る。だがタイガは顔色を変えずに、器用に身体を反時計回りに回転させながら剣を抜いて、木刀の力を相殺する。
 タイガは一度後ろに下がり、体勢を立て直す。

「今の動きに反応できるなんて、流石〈魔剣士〉なだけあるね」
「そりゃどーも」

 ラモーネの言葉に、タイガは顔色を変えずに生返事で返す。
 今度はタイガから仕掛けてきた。ラモーネに向かって一直線に走る。ラモーネは動かない。タイガはそのまま剣で右肩を突こうとする。しかし突きが当たろうとするその瞬間、ラモーネは時計回りに身体を回転させ、ギリギリで避ける。そしてその回転を活かしたままタイガに攻撃するも、タイガも読んでいたのか、突きを躱された瞬間に身体を左に回転させてラモーネの右手首を左手で掴む。
 だがラモーネも負けていない。掴まれた右手の力を緩ませ、木刀を放す。そして左手で取ってそのままタイガに攻撃を仕掛けるも、それも防がれてしまう。今、互いに両手が塞がっている状態だ。だがラモーネは攻撃を止めない。ラモーネは足でタイガの腹を前蹴りして、タイガを吹っ飛ばそうとするが、その寸前に手を放され、バランスが後ろに崩れてしまった。その僅かな隙をタイガは見過ごさない。ラモーネが後ろに傾いた瞬間、タイガはラモーネの胸に張り手をして突き飛ばす。元々バランスが後ろにあったのもあり、かなり飛んで行った。
 だがラモーネもすぐに立つ。

「貴様……!」
「どうしました? 王子。王子の力はそんなものではないと思いますが」

 その言葉に、ラモーネは完全にキレてしまった。最初よりかなり早いスピードでタイガの懐に入り、殴りかかってくる。タイガはその手を払い、その腕を担いで一本背負い投げを決める。そして剣をラモーネの顔の近くに刺す。

「まだ、やりますか?」

 ラモーネはタイガを睨みつける。だが途端に不敵な笑みを浮かべ、指を鳴らす。すると周りにいた騎士がタイガに刃を向ける。タイガはそれを見渡し、もう一度ラモーネを見る。

「君は罪を犯した。時期国王である俺にケガを負わせた」
「……周りにいるのは全員貴方の騎士ですか?」
「あぁ。俺が雇った騎士達だ。俺に何かあれば、直ぐその対象を抹殺せよとの命令もしてある。つまり、君はここで死ぬのさ」

 不敵な笑みからニヒル笑いに変わる。ラモーネは立ち上がり、タイガに指を刺して命令した。

「殺れ」

 命令を受けた騎士達は一気にタイガに向かって走り、剣を振ってくる。タイガはガリルを足に溜め、上に高く飛ぶ。

「この際しょうがないか……。【ル――】」
「そこまで!」

 タイガが【ルカ】を唱えようとした時、フィールドの外から声が聞こえた。その声の主は――

「この勝負、ラモーネ・スゥ・コナッチの違反により、ヤマト・タイガの勝利!」

 国王のイグニルだった。
 いきなりの出来事で、全員固まってしまった。タイガは空中にいるのを忘れ、気付いたらすぐそこに地面があり、着地できずに転んでしまった。

「父様! 何故止めるんです!? それに、俺が違反ってどういうことですか!?」

 ラモーネはイグニルの下へと駆け寄り、抗議していた。その時、訓練場に乾いた音が響き渡る。

「――っ!」
「見損なったぞ、ラモーネ」

 イグニルがラモーネの頬をぶったのだ。

「いきなり偉そうな事を言ってタイガ君に勝負を仕掛けてみれば、勝てないからと言って騎士団を使う。それに、お前が雇っただと? ふざけるな!!」

 イグニルの怒鳴り声が、訓練場に響き渡る。タイガは近くに寄って来たミルミア、リンナ、カリンを見ると、カリンは真剣な眼差しで、ミルミアとリンナはポカーンと口を開けて、間抜けな顔で見ていた。

「終いには『殺れ』だと!? カリンの命を救ってくれた人に言う言葉か! 貴様らもそうだ!」

 その次はラモーネが雇ったという騎士団に怒りをぶつける。

「貴様ら揃いも揃って客人に、ドルメサ王国の国王の命の恩人に刃を向けるとは……この騎士団の恥さらしめ!」

 そう言われると、騎士団全員俯いてしまった。

「貴様らには解雇処分を言い渡す。それでもここの騎士団に入りたいなら、もう一度〈小姓ペイジ〉からやり直してこい!」

 こうしてラモーネの騎士団はぞろぞろと訓練場を出て行った。

「――んで……」

 それと同時に、ラモーネが口を開く。

「何でこんな奴に負けなきゃいけないんだ! 俺は強いんだぞ! 負ける筈がない……。カリンの傍にいて良いのは俺だけなんだ! 俺がカリンの――」

 また、訓練場に乾いた音が響き渡る。今度はイグニルではない。カリンだった。

「いい加減にして下さい、ラモーネ。何をそこまでタイガに突っかかるのですか」
「カリン……俺は……」
「そんな事をするラモーネと関わりたくありません! 非常に不愉快です」

 カリンのまさかの言葉に、ラモーネは絶望の顔色を浮かべる。それを見かねたタイガが、ラモーネの前にやってくる。ラモーネは目も前に来たタイガを睨みつける。

「王子。貴方は相手を見下し、自分が一番だと過大評価していました。だから、負けそうになった王子は、騎士団を使ってでも俺に勝とうとしたのでしょう」

 ラモーネは目付きを変えずにタイガの話を聞く。

「だけど、俺は気にしていない。勝つ為には、手段を選ばない時もありますから」
「なら――」
「ですが」

 王子の言葉遮り、タイガもラモーネの事を睨む。

「貴方は俺の仲間をバカにした。それに俺は苛立っているんです。俺の事は何を言っても構いません。王子の言う通り、ぽっと出の冒険者ですから。だけどな、俺の仲間の悪口を言う奴は、誰でも許さねぇ。相手がどんなにお偉いさんでもな」
「お、俺はそんな事……」
「えぇ、自分の中では言ってないでしょうけど、言ってるんですよ。『魔王軍の幹部を仕留め損ねているじゃないか。そもそも、王宮に居候しているだけでも不愉快だ』と」
「そ、それがどうした」
「誰も居候しているのは俺だけとは言ってませんよ。ミルミアとリンナだってカリンと友達になって、あの王宮に住んでいます。確かに魔王軍の手下を仕留め損ねてしまいました。ですが、あの場にはミルミアとカリン、それにアイルだっていた。その言い方だと、全員魔王軍の手下を仕留め損ねれているって聞こえるんですよ。王子は俺の話だけだとお思いですが、その発言はそうとも捉えられてしまいます。なので、俺は貴方の勝負を受け入れました」

 タイガの言い分に、ラモーネは俯き、押し黙ってしまう。すると、地面が少しずつ濡れてきていた。

「俺……アンタが羨ましくて、ずっとカリンの傍にいられて……悔しくて……」

 そして嗚咽もし始めるが、喋るのを止めなかった。

「ウッグ……久々にカリンが来たかと思えば、知らない男がいて……ヒッグ……カリンの命を救ったって聞いて、感謝していたのに……嫉妬の方が強くて……それで――」
「もういいですよ、ラモーネ」

 泣きながら喋るラモーネにカリンは近づき、軽く抱き締める。

「私も久々に会えて嬉しかったです。ですがラモーネ、その嫉妬で私の大切な人を傷つけるのは、ダメですよ」
「う、うわぁああああ!!」

 カリンはタイガの頭を優しく撫でる。それに我慢できなくなったのか、大粒の涙を流して泣いた。タイガ達は、それを優しい顔で見守っていた。

 数分経ち、ラモーネはカリンから離れて涙を拭う。

「まさか、年下のカリンに慰められるなんてな」

 目を真っ赤にしたラモーネはタイガの所に行き、頭を下げた。

「生意気な態度を取ってしまい、仲間も傷つけてしまい、申し訳御座いませんでした。そして、カリンを救ってくれて、ありがとうございます」

 その姿に、一同が驚いていた。特に、イグニルが。カリンと、母であるメービルは優しい目でそれを見届け、妹のミンティークはメービルの後ろで顔を覗かせていた。

「いや、俺の方こそ生意気な事を言ってしまったので、お相子です。それに、ケガもさせてしまいましたし。こちらこそ申し訳ありませんでした」

 タイガも頭を下げ、一件落着となった。

「改めて、ラモーネ・スゥ・コナッチだ。宜しく」
「俺はヤマト・タイガ。宜しくお願いします」

 握手を交わし、二人は次第に打ち解けていく。
 後にタイガの方が年上だと知り、タイガはラモーネに対して敬語不要となった。

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