チート仮面と世界を救え、元英雄の異世界サバイバル救国記

穴の空いた靴下

第八話 出会い

 あまり速度を上げて調子に乗っていたら、焦げ臭い匂いを感じて急停車した。
 流石に車軸と本体の間が高熱になってしまった。
 焦げるまではしていないが対策が必要だった。

「滑りを良くするなら脂だな、イノシシの豊富な脂を利用しよう」

 単純な思いつきだったが、やってみたらうまくいった。
 車軸が擦れる部分は熱が出るので油をぶら下げる袋を付けておくと自然に脂が滲み出して潤滑油となる。
 副作用としては、妙にうまそうな匂いが出るところだった。
 この副作用の影響は、ひょんな方向に現れた。

 順調に車輪が回り、以前よりも軽くなった荷車を軽快に引っ張っていると、何やら後方に気配を感じる。
 イノシシのように襲ってくる感じもないし、鹿のように怯えているような感じでもない。

「んー?」

 振り返ると左右の草むらに隠れてしまう何者かの影は確認できる。
 このあたりの草原は少し背が高く腰のあたりまで伸びている。
 さっと視えた影の大きさからして1mは行かないぐらい、二足歩行と四足歩行を利用している。

「確かに、この香りはいい匂いだよなぁ……さてさて」

 敵対行動は取られていないが、荷物を荒らされても困る。
 正体を確かめたいという好奇心もあった。
 歩く速度を少し落とし、おやつ代わりに入れている干し肉をわざとちぎって落として歩いて行く。
 光沢のある石を仮面のかけらで薄く切り出し磨き上げた、髭や髪の手入れに使っている鏡もどきで様子を伺う。

 ドクン

 その正体を見ると心臓が一つ大きく鳴った。
 記憶の中の敵に同じ姿を見たことがある。
 しかし、瞳は赤く光ってはおらず、両手で干し肉を抱えて食べる姿は愛くるしささえある。
 ネズミ人間とでも言えばいいか、やや手足が発達した大きなネズミとでも表現すればいいか、メリウスの記憶に出てきたソレは武具をつけて集団で襲い掛かってきていたが、何も身に着けておらず、失礼な話だが、そんな力も持っているようには見えない。
 幸せそうに干し肉をほうばっている無害な動物。

「言葉はわかるか?」

 問いかけてみるとバッと干し肉を捨てて隠れてしまった。
 問いかけに反応したのか、ただ声にびびったのかの判断がつかなかった。
 それからは語りかけたことで警戒されたのか姿を表わすことは無かった。

「ふむ、しかしこれは少々困ったな」

 大きさは大きいが、ネズミ的な動物は、厄介だ。
 雑食なのでなんでも食べるだろうし、寝ている時にこっそり食料をやられたらたまらない。

「高い位置で寝るようにしてねずみ返し……いや、荷物を毎回降ろすのは……
 定住するわけではないからなぁ……」

 なかなかいい対策が浮かばない。
 今まで通りに篝火をしっかりと焚いて野生の生物を近づけないようにするのが現状の最適かもしれないと考えた。
 さらにキャンプを張る場合は周囲の草木を広く刈ってしまって、ネズミ人間の姿を露わにしないと荷物などを触れないようにする。
 罠としての鳴子などをしっかりと設置する。
 ココらへんの組み合わせだろうという結論になった。

「あれは食えないだろうしなぁ……」

 ピギ!

「ん?」

 ぼそっとつぶやいたら反応があったような気がするが、姿は見せてこなかった。
 そして日が傾き始める。
 周囲に森や林も無いので、草原での野営となる。

「いつもより大きく刈ろう」

 石鎌も刃と何ら変わらない切れ味を手に入れている。
 広範囲の刈り取りも簡単だ。荷車を中心に大きく円状に刈り取り広場を作る。
 炎上しない距離に篝火を用意していく。
 周囲の草木を束ねて鳴子を設置していく。
 このエリアに侵入すればカラカラといい音をさせるだろう。
 刈り取った草も背が高く強度もあったのでいずれ乾かして紐代わりに利用するために縛り付けて取っておく。
 それから寝床の準備だ。
 折りたたみすぐに展開して使いやすいようにされているテントセットを手早く設営する。
 流石にこれらの作業はお手の物、すっかり慣れてきた。
 食事も簡単な椅子やテーブルも用意している。
 いつものように火をおこし料理を始めていく。

「今日は塩漬け肉を使うか……」

 基本的には塩漬けか燻製を使う。
 前者は煮込み料理に使えば抜群に旨い、後者は炒めたりするとその風味を活かせる。
 獲物を獲た日はやはりそのまま焼いて、内臓も食べていく。
 水も豊富に得られて、少量だがソーセージも作った。
 細かくした肉内臓を香草などと混ぜて腸袋に入れる。
 これは茹でても焼いても最高にうまかった。

「おっと、よだれがたれる……」

 思い出すだけで口の中でよだれの洪水が溢れる。

「冷やして保存ができれば……」

 基本的に常温での保存、生物は手に入れたその日、それ以降は塩漬けと燻製にしている。
 体を壊すのは現状の自分にとって命取りになることをメリウスはよく理解していた。

 調理を進めていくと周囲にいい香りが広がっていく。
 メリウスの腹の虫も早くしろと急かしている。
 鳥の卵と芋と幾つかの山菜を練り込んで木筒に詰めて焼くとふわっとまるでパンのように焼きあがる。
 最近お気に入りの主食だ。
 卵が貴重なのでたまの贅沢だ。
 焼き上げたストックはとってあるので、作りたてが食べられるのは今日が最後だろう。

「それでは、いただきます」

 手を合わせ、目の前の料理を頂く。
 フォークやナイフなども石で作り、だいぶ文明的な生活になっている。
 今日の食事も文句なく旨い。
 幸せな時間。

 しかし、この日はそれを邪魔するものが現れた。

 周囲の草がガサガサと動いている。
 あのネズミではない、もっと大きな物が周囲を探るように旋回している。

「動きから……、犬か……」

 腰から石剣と荷車から槍と弓を取り出す。
 食事を邪魔する輩は、許さん。
 メリウスの機嫌は悪い。

 ギャ!

 短い悲鳴がする。
 犬ではない、何か小さいものが今敵意を持って接近してきた奴らに巻き込まれた。
 十中八九ネズミ人間が巻き込まれた。

「チッ……」

 弓を番え、声がした方で動いている影を撃ち抜く。

 キャイン!

 甲高い声、同時にガサガサと動いていた草が停止する。
 一足でその場へと飛び出していく。

「うう……」

 背中に傷をおったネズミ人間が倒れている。
 その側には偶然だが頭部に深々と矢の刺さった犬ではなくハイエナのような動物が倒れていた。
 これは、ただの偽善とわかっているが、メリウスは傷ついたネズミを抱えて荷馬車に飛び退く。
 未だにハイエナの仲間は周囲を徘徊している。
 明るい場所で傷を見ると体表に留まっており、そこまで深くはない。
 本人は多分襲われたショックで気を失っていた。

 やはり火というものは野生の動物には脅威なんだろう。
 背格好がわかれば、動く草の根本でどういう動きをしているのか想像できる。
 あと二匹。
 静かに弓を番え、動く草の根本に撃ち込む、素早くもう一度矢を番えてもう一箇所にも撃ち込む。

 ギャ、ギャイン!

 声がした場所に一気に接近する。
 腹に矢を受け倒れているハイエナを剣で介錯をする。
 もう一箇所では胸を撃ち抜かれて絶命していた。

 荷車に戻ってもまだネズミは気を失ったままだ。
 水で傷を洗ってやり、薬草をすりつぶして傷に塗って葉で巻いてやる。
 しばらくすると痛みも引いたのかスウスウと寝息を立てている。

 ハイエナを食べる気にはならないが、その毛皮は利用させてもらう。
 綺麗に皮を剥ぎ取り近くに深く穴を掘り、埋葬する。

「犬は殺し革をはぎ、ネズミは救う。勝手なやつだな俺は」

 少し自虐的につぶやく。
 それと同時に自分以外の声がした。

「……旨い! 旨い!」

 振り返ると怪我を治療してやったネズミが俺の残飯を喰っていた。


 

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