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チート仮面と世界を救え、元英雄の異世界サバイバル救国記

穴の空いた靴下

第二十七話 深淵に至る英雄

 メリウスはふらつく足取りで地下へ地下へと降りていく。
 それでも剣筋は一片の曇りもない。
 襲いかかる魔物を次から次へと斬り裂いていく。
 自身の傷も数え切れない、魔法により自然治癒力は高まっているが、それでも無数の傷は絶えることはない。

 メリウスは一言も話さなくなった。
 魔物の腹床になった人間はあれだけではなかった。
 また、魔物たちの餌となる人間を産まされていた者もいた。
 全て、救った。
 その繰り返しは、メリウスの心を完全に壊した。
 彼は、彼を今まで動かしてきた。
 人々を救うという願望が歪んだ形で動かしている殺戮兵器になってしまっていた。

 最深部、魔物をこの世界に生み出した深淵。
 魔物たちの城の底には、巨大な魔法陣と、人が一人映せるぐらいの鏡があった。

『とうとうここにたどり着いてくれる人間が現れたか』

 鏡の中に一人の老人が映る。
 メリウスは別段なんの感想もなくその鏡を割ろうとする。

『壊れておるの……目を覚ませ……』

「……あ、あ、ああ……」

 鏡から放たれた光はメリウスの目にほんの少しの輝きを取り戻させた。

『すまんな、もう儂には何も残っておらん。
 儂は儂の罪を裁いてくれるものを待っておった』

「……つ……み……?」

『そなたにも、酷いことをしてしまったな。
 そして世界にも……儂は、皆を幸せにしたかったんだけじゃったんじゃ。
 しかし、ひとかけらの幸せを手に入れるために、1万の闇を引きずり出してしもうた……』

「しあ……わせ?」

『ようやく人に託せる。
 これを、受け取ってくれ……
 そして、願って欲しい、人々の幸せを……』

 ビシビシと鏡にほころびが生じて、あっという間に粉々に砕け散り、そして灰となって消えてしまう。
 魔法陣の中央に赤く輝く小さな宝石が現れていた。

「これが、しあわせ……?」

 メリウスは足を引きずり、その石に近づいていく。
 気がつけば身体から血という血が流れている。
 傷は治っても、流れた血は戻らない。
 メリウスの命数は尽きようとしていた。

 カランカランと剣が落ちる。
 メリウスは倒れるようにその石を両の手で包み込む。

「人の幸せ……祈り……俺は……俺は……」

 メリウスは人々の、人間を救うことを祈った。
 魔に怯えることのない、子どもたちが笑って過ごせるような世界を願った。
 全てが流れ落ち、その生命が消える瞬間、彼の心を支配していた闇も流れ落ち、原初の願いを思い浮かべられた。

 石の名は賢者の石。

 メリウスの祈りを受けた賢者の石は、その願いを叶えるためにその力を解き放つ。
 光が魔法陣を包み込み、そして城を包み込む。
 島をも包み込む光は、やがて世界中に広がっていく。

 魔なるものは光に触れると塩に変わっていく。
 メリウスの想いを受けた光は、王を、貴族を許さなかった。
 魔物の消えた世界。
 王や貴族、政治の中枢が抜け落ちた世界はしばらく混乱する。
 しかし、人々はいつの日か立ち直る。

 メリウスは、世界を救えたのだ。

 賢者の石、世界の理の外にある存在に触れたメリウスは真の英雄、勇者となった。
 勇者は人ではない。
 半分は神のような存在だ。
 しかし、メリウスの勇者としての魂はあまりにも不安定なものになってしまった。
 記憶を取り戻せば、また闇に落ちるかもしれない。
 闇に落ちたメリウスは、全ての悪を許さないだろう。
 生きとし生ける全ての存在を斬る。そういう者に成り果ててしまっただろう。

 しかし、彼は人の世界に踏みとどまってくれた。
 力を振るう者。
 その強大な力は、世界に返した……
 彼は人として、英雄として帰ってきてくれたのだ。



 目を開けると、天も地も星に包まれていた。

『おかえりなさい。よく帰ってきてくれました』

「……一人では、帰ってこれなかったと思います」

 メリウスの両手には二人の人物がしっかりと握りしめてくれていた。
 カインとプリテだ。
 もちろん本人たちはここにはいない。
 想いが、メリウスをむこうの世界からこちらの世界へと引き戻し、留めてくれたのだ。

『辛い旅から帰ってきたばかりの貴方に、こんなことを言うのは本当に申し訳ないのだけど。
 メリウス。貴方の勇者としての力、そして私に残された最後の力は仮面に込めました。
 その力で、世界を救ってください』

「はい。今度こそ、きちんと世界を救います」

『ありがとう。明日より、私の境界は世界と繋がります。
 辛く長い戦いになると思います。それでも、メリウスなら乗り越えていけると信じています』

「オオコク様。俺を救ってくれて、選んでくれてありがとう。
 あのまま空っぽで永遠に漂うはずだった俺を救ってくれたのは貴方です。
 貴方の世界、俺が必ず救ってみせます」

『……ありがとう。こうして会うことはもう無いと思います。
 11人の神も……頼みます』

 目の前で輝く恒星の光が次第に弱くなっていく。
 周囲の星々も一つ、また一つとその輝きが消えていく。
 完全な闇。
 メリウスは怖がることなく目をつぶる。
 そして、手のひらから伝わってくる温かな想い、熱に意識を集中する。

 その想いが、メリウスをいるべき場所へと呼び戻してくれる。

 メリウスはゆっくりと瞳を開く。
 見慣れた天井。祭りの会場のテントの中だ。
 横を向けば生まれたままの姿のプリテが幸せそうな顔ですやすやと寝息を立てている。
 寝床はひどい荒れようだ。
 村全体から酒の臭がするような、そんな惨劇。
 しかし、メリウスの心は幸せで満ち溢れていた。

「ただいま」

 プリテに布をかけてあげながらそうつぶやく。
 同時に仮面がぽとりと落ち、剣へと吸い込まれていく。
 メリウスは仮面のあった部分を触ってみる。
 額に小さな珠があるが、仮面は綺麗サッパリ取れていた。
 鏡を見ると額の珠は美しい真っ赤な宝石のように見える。

「まぁ、いいか。明日からは忙しくなるぞ」

 とても長い夢を見ていたような気がするが、その中身はさっぱりと忘れていた。
 本人は気がつかないが、過去の世界の記憶も仮面と一緒に抜け落ちていた。
 しかし、明日から忙しくなることと、この世界を救わなければいけない。

 なぜかそれだけははっきりと理解できていた。
 この世界に生きるメリウスの本当の冒険はここからはじまるのだった。




 

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