異世界スロータイム

ひさら

47話 さよならと、お土産話




さてさて。初孫ジェシー(男子)も半年を過ぎ、伝い歩きを始めた。
寝ていただけの時期は過ぎて、これからますます運動量が増えていくだろう。
孫の成長は楽しみ半分、心配半分。
まぁジェイがいるから大丈夫か。
私はすっかりおばあちゃん体力だからね!

おばあちゃんという事で、後どのくらいこの国に貢献できるかわからないけど、始めるなら早い方がいい。
という事で、ジェイや、こういう時のカメッリア領に相談しながら学校の計画を進める。

カメッリア領の窓口、プルヌスのご領主は世代交代して、ラヴィーニア様とフラヴィオさんのお子さんになっている。ラヴィーニア様の頃から良好な関係は継続中で、こういう新規事業の時には話を通しておいた方が国に対しても円滑に進む。規制されないというか、許可が早く降りるというか。
まぁちょっとズルなような気もしないでもないけど、世のため人のためだ、大目に見てもらおう。

場所は家から通えるところにしないとならない。なんせこれからどんどん歳をとっていくからね。先々の事も考えながら計画する。

寄宿舎みたいなものもいいな〜なんて思ったけど、入学者は貧しい家の子を予定しているから、家から出ちゃうと働き手がいなくなってしまう。通いで、午前と午後の二部制にしよう。そうすれば半日は働けるからね。
在学中は生活までみてあげてもいいんだけど、やっぱりそこまでするのはやりすぎだもんね。施しを与えるんじゃないんだから。

調理と食育はもちろんだけど、文字や簡単な計算も教えたい。レシピを読むのにも計量するのにも必要だし、生きていくのにもあったらいい知識だ。
そうすると座学する教室と、調理実習室がいるね。私一人で教えるから、いっぺんにそんなに多くは教えられない。だから二室あれば足りるだろう。
それから、私の校長室?  とか、生徒の更衣室とか。

後は何がいるかな〜……。
自分が生徒だったのはもう二十年以上前だから、記憶も定かじゃないよ!
調理したものを試食する食堂もほしいなぁ。せっかくならお洒落なカフェっぽいのがいい♪
色々妄想する。計画するって楽しいわぁ!

学校はすでにある建物をリフォームするのじゃなくて、新たに建設する事にした。コスト的にそっちの方が安く上がりそうだし、最初から設備もしっかり揃えられるし、大工さん?  建設業の人の仕事にもなるもんね。ここでもちっちゃいけど、経済的に貢献したい。

そんな風に学校の計画は進んで行って、半年もして初孫も一歳を迎える頃
ジェイが体調を崩した。



こっちの世界に来た当初、ジェイから聞いたこの国の平均余命は四十歳という事だった。
王都ではもう少し上で四十代半ばくらいみたいだけど。
辺境の村のように魔獣や野獣の被害はないし、栄養状態もかなりいいからね。
でも平均余命が八十歳オーバーの日本と比べると半分だ。
思い返すと、五十歳を超えていたアイザックさんはご長寿だったんだな。

ジェイは四十歳を過ぎたくらいだからまだ大丈夫と思っていた。
だけどそういえば……  孫をみるという理由はあったにしても、すんなり冒険者を引退したのだって、今にして思えばジェイらしくなかった。
私に心配をかけないように、元気に振舞っていたのかもしれない。

すぐにジェニファーに来てもらった。
ジェイを診察?  したジェニファーは哀しい顔をして言った。

「ユア、ごめんなさい。私は寿命の延命はできないの」

ガツンと、頭を殴られたような衝撃があった。


ジェイ……  死んじゃうの……?


物凄いショックで、どうしていいかわからない。
物凄く哀しくて辛いけど、私のために気丈にしているジェイの前で、私が泣けないよ!
出会ってからずっと私を愛してくれたジェイに、私も最後まで元気に尽くそうと決めた。
心配させながら旅立たせられない。



私が寝込みがちになったジェイに付き添ったから、孫の世話はアダムがしてくれた。
アダムも四十歳をこえて、この機会にと冒険者を引退した。
アダムは三十歳になる前にやっとAランクになった苦労人だ。せっかくAランクになったのに、そうしないうちに新人の教育係りになったと聞いた。
穏やかな性格と、丁寧にものを教えられるアダムにはピッタリだなと思ったのを憶えている。

ジェイはだんだん起きている時間が少なくなってきた。
アイザックさんを思い出す。
私は身近な人の死はアイザックさんしか知らない。リアンさんはお孫さんの家にいってしまったから、亡くなる前にお見舞いには行ったけど直接死は見ていない。
ご葬儀には行ったけど、穏やかなお顔を見てさよならをした。

だんだん弱っていくジェイを見ているのは辛い。
泣かないように気持ちを強く持つ。



「こんな風に一日中ユアといられるのはずいずん久しぶりだね」

ジェイがベッドの中から嬉しそうに言う。
久しぶり?  私は記憶をたどる。
一日中一緒にいた事なんて……  あぁ!

「出会った頃の、プリュネまでの旅だね!  懐かしい事を言うね」

私たちは微笑みあう。
色んな事があったな〜。ほんと懐かしい。
私があの頃を思い返して、失敗なんかもあったなぁ……  なんて苦笑いしながらジェイを見ると、ジェイはもう眠っていた。

ジェイは、ユラユラと色んな思い出を夢に見ながら、浅い眠りを繰り返しているようだった。
ジェニファーのおかげで苦痛はない。
ありがとう。心から感謝する。



ジェイが体調を崩して二ヶ月、寝込み始めて二ヶ月。
この四ヶ月は、ジェイががんばって私にくれた覚悟する時間だった。

四ヶ月なんて早いよ!  
全然覚悟なんてできないよ!
ただただ、心の中で動揺している私に、ジェニファーが静かに言った。

「神様が決めた時間を、ジェイはユアのために必死にあがいてるよ。そろそろ見送ってあげなくちゃ……」

二度目のガツンだ。
私……  ジェイにムリさせちゃってたんだ。こんな状態のジェイに。
ジェイはもうほとんどを眠っていて。息をしているだけで。だけど私のためにその息を止めないでいてくれてたんだ。

「ジェイ……  ありがと」

でも『もういいよ』が言えない。
何度も口を開くけど、震える唇は声を出せなくて、けっきょく閉じてしまう。

「お母さん……」

いつの間にか家族が全員揃っていた。ジェニファーが呼んでくれたのかな。
家族が揃ったのがわかったのかのように、ジェイが薄く目を開けた。

「ジェイ!」
「ユア……。  ユアと出会えてよかった。  ただ生きて死んでいくだけじゃなくて、生き甲斐があって幸せだと思える人生がどれほど素晴らしかったか、言葉で伝えきれないほどユアには感謝しているよ」

そう言うジェイの声は小さかったけど、ずっと眠りっぱなしだったのに、意外にも口調はしっかりしていた。
私は、うんうんと首を振る。
私もジェイのおかげで幸せで素晴らしい人生だったよ!
私の思いは伝わったようで、ジェイは微笑んだ。

「ユアごめん。  俺は先にいくけど、ユアはもう少し後からおいで。  孫全員と、学校の話を楽しみに待ってる」


やだよーーーーー!!!!!
ジェイいかないで!  
おいていかないで!!
私をひとりにしないで!  
お願い、一緒に連れていって!!


なんて、声に出せるはずもなく。
激しい感情のとなりに、小さく理性なんてものもあって……
私は、母でおばあちゃんだからね。

私の内心が潤んだ目に現れたのか、ジェイの顔が心配そうに曇る。
心の中で吹き荒れる感情を飲み込むのに必死だ。
声を出したら泣いてしまいそうだけど、これだけは言わなくちゃ!

「ジェイ!  ジェイ!  ありがとう!!  ずっとずっといっぱいありがとう!!  まっててね、楽しい話たくさんお土産にもっていくから!!」

そう言って、さよならのキスをした。
ジェイはこんな状態なのにちゃんとびっくりして、それがいつも通りでおかしくて、笑ってしまった私を、安心したように見た。
それから私の後ろにいる家族を見る。

「ありがとう、みんなのおかげで幸せだった。  みんな元気で。  みんなの幸せを見守っているから」

後ろからすすり泣きが聞こえる。  

ジェイ……  お父さん……

みんなを見回すジェイの視線が一点に止まって、声にならずに唇だけ動いた。

『たのむよ』

それから私に視線を戻すと、微笑んで
旅立った。





ジェイが旅立ってから一週間がすぎた。
葬儀にはお店の常連さんや親しかった冒険者のみなさんが大勢参列してくれて、そりゃあもう賑やかな見送りになった。
亡くなった日から三日ほどでお店も開けたし、哀しみは残るけど、日常生活に戻っていった。

そういえばこの国には、喪に服すという習慣がなかったんだっけ。
日々食べるためにいつまでも哀しんでいられないというか……  哀しみだけにひたれるというのも、生活に余裕がなくちゃできない事なんだと改めて知った。

私はまだちょっと無気力で、アダムがジェシーの子守をしてるのを見ているだけだった。みんな優しくて、こんな私の好きにさせてくれていた。

ジェイに、孫と学校のお土産話を約束してるけど、なかなか動きだせない。
最初の一歩になるきっかけがほしいなぁ……。我ながら甘えてると自覚はある。
そんな、うだうだしていたある日。
ちゃんときっかけはきてくれた。



大工さんというのか工事やさんというのか、学校ができたから受け渡しの立会いをしてほしいとやって来たのだった。
不備や追加があったら承りますとの事で、アダムとジェシーと一緒に向かう。

そういえば着工してから半年も過ぎたのね……。
ジェイが不調になる前に発注して、私が看病してる間も滞りなく工事は進んでいたんだね。
後から聞いた事だけど、アダムが職人さんたちと話し合ってくれていたらしい。
トーイとベニーが差し入れを作ったり、アダムとジェシーがお散歩しながらお届けしたり。

私ほんと甘えていたなぁ。
なんか、改めてみんなに感謝だ。
ジェイが死んじゃう時、ひとりにしないでって思ったけど、ちゃんと知っていた筈だったのに、私はひとりじゃないんだって。
なんか今、シミジミ思っているよ。
私ってば薄情だったよね。
ごめんね。心の中でみんなに謝る。

何か、ふつふつと力がみなぎってきた。
孫をいっぱい可愛がって、きちんと学生を育てて、学校も死ぬまでに軌道にものせて、それから後継者も育て上げなくちゃ!!
忙しくなってきたー!  
うだうだくよくよしてる間はない!!
見ててね、ジェイ!
ジェイが安心して待っていられるように、私がんばるから!



その学校の方はというと、設計の段階から希望を入れてあった通りのできで、ほぼほぼ満足のいくものだった。
町の中心よりではなく外れの方を選んだから土地は安かったし、おかげで敷地面積が広い。
外観は私好みの可愛い建物だ。

広い庭には果物の木がたくさん植えてあるし、ハーブや野菜の畑もある。実用的だ。
それとは別に、ちゃんと可愛かったり綺麗な花の花壇もあるよ。
日当たりのいい広場には芝のような短い草も植えてある。
孫が走り回れるようにね♪

元々構想していた通り、座学用の教室と、調理実習室には竃と水場がある。パンやお菓子なんかが焼けるように窯もあるよ!
日本の学校の調理実習室を参考にしたけど、切実にガスと水道がほしい。
この世界にきて二十年以上になるけど、あれは本当に便利だったなぁと今でも思うよ!
敷地内に井戸を掘ってもらったから、まぁ共同井戸に汲みに行かないですむだけ楽か。

実習室から直接出られるウッドデッキスペースにはテーブルセットが置いてあって、お天気のいい日にはそこで作った料理の試食をするのもいい。
お天気が悪い日や、暑い日寒い日なんかは、実習室と続きになっている食堂で試食できる。これまた私好みの可愛いカフェちっくだ。
というか全部私好みだから、女子には気に入ってもらえるかもだけど、男子にはどうだろな〜。
まぁ、校長権限という事で!

それから学生たちの更衣室と、汚れ仕事の学生用にシャワー室も作ったよ!
衛生は大事だからね!
この国にはまだシャワーというものはないから(毎度お世話になってます!)エリックに作ってもらったのだ。
私の拙い説明で、魔法の他に物理的に?  水圧とか?  何やら色々混ぜ合わせてほぼあのシャワーが完成した。
探究心の強いエリックは、知らない事を知らないままにしていられない。頭のいい人は違うな。何にしてもエリック様々だ。

石鹸とタオルは貸し出しにする。スーパー銭湯の要領ね。もちろんお金はとらないよ!

学校が始まってからの話だけど。
『持ち出し禁止』の札は立ててあっても、たま〜に石鹸がなくなったりする事があった。きっと家族にも使わせてあげたいんだろうな。石鹸って安くないものだからね。石鹸を買うくらいなら食べ物を買うと思う。
それが、新しい大きい石鹸は持って行かないで、小さくなって残り少ないようなものがなくなるのだ。いじらしくて黙認してる。

話を戻して。
あとは校長室という名の託児室だ。孫と同伴出勤だからね!(笑)
託児室の責任者はアダム先生だ。孫はこれからまだ何人かは増える予定だし、もしかしたら学生の中にもお子ちゃん連れがいるかもしれない。
あまり増えるようなら保母さんを雇わないとかも。

あれ?  校長室(託児室)の責任者がアダムなら、校長はアダムって事になるのかな?

そうそう、一番重大なのが入学希望者の面談だ!  試験なんてないから、希望者は私が面談をして決める。
学費や実習費にあたるものは免除だし、読み書きと簡単な計算が教われて、調理の技術も手に入る。お金をかけずにそんなに習えてラッキー♪  くらいに思ってる人はお断りなのだ。
もっと、切実に学びたいと思っている人を私は親身に教えたい。

入学希望者は、トーイやエリーやノアに頼んで貧民街に(この言い方、いつまでたっても慣れないなぁ)募集をかけてもらった。



そしていよいよ、本日は面談日!  
色々な年恰好の男女がやってきた。
希望者には教室で待っててもらって、私が一人一人と校長室で面談する。

教えるのは私ひとりだから、午前午後十人ずつが限度だろうな。
見所のある子がいたら、二年目は先生として雇って一緒に教えていきたい。そうすれば教えられる人数も増やせるし、それに後継者問題もあるしね!
なんせ私はおばあちゃんといわれる歳だから、先々の事を考えていかねばならないのだ!

さぁ、どんな子たちがいるんだろう。
私は最初の入学希望者の名前を呼んだ。








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平均の計算合ってませんね!  
すみません、修正しました!

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