異世界スロータイム

ひさら

41話 プロポーズと結婚事情




さてさて。明日は王都に帰るという夜も楽しく宴会中。
私たちはちょっとした旅行気分というのもあって、こんな贅沢もできるんだけどね。
試食も兼ねてるし、第一観光もせずに働いてるし?

結局私は、朝の買い出しから昼の営業までずっと働いていた。
ラックは相変わらず仕込みの手伝いやら、行き届いてないお店の掃除なんかをしてくれてたし、ジェイはせっかくだからとギルドの仕事を受けていた。土地が違えば人も依頼も変わって面白いんだって。
ジェニファーたちは昼間はどこかに出かけて何やらしてたようだ。

大魔導師様は居残って、料理に使う前のあのスープを飲んだりしてた。
よっぽどお好きなのね。地位的にいつもはすっごい高級品を食べているでしょうから、たまにはこんな質素というか、シンプルなものが美味しいのかな。
海辺の町らしく魚介のアラなんかも入れて作ったりもする。お代わりするし、そっちの方がお好みっぽい。
そういえば懐かしいって言ってたな。大魔導師様は、もしかしたら平民の出なのかもしれない。

今日も仕込みが終わって、ランチの前に大魔導師様にスープを一杯わたした。
ふと、味が薄くないか聞いてみる。

「大魔導師様、お味薄くありませんか?  お塩ふります?」
「……エリックだ」

ん?

「エリックだ」

お名前ですか?  存じ上げてますよ?
意図がわからず、ちょっと見つめ合った。

……あぁ!  肩書き?  じゃなくて名前で呼べって事ですかね?

「エリックさま?」

あ。名前を呼ぶのに疑問形になっちゃった。

「エリックでいい。  味もこのままでいい」

あら、そうですか。

「エリック、は、薄味がお好みなんですね〜」

年上を呼び捨て!  呼びづらい!!  
あ、アダムは年上だったか。

「子供の頃に食べた味を思い出す。あの頃には、こんなふうに懐かしく思い出す事があるとは思わなかったがな」

わぁ!  初めてこんなに長くしゃべっているのを聞いたよ!
低くて素敵なお声。二百歳超えの渋さか?

「エリックは平民だったんですか?」
「教会で育った。二百年前は今よりずっと貧しい時代だったからな。こんなスープは日常だったよ」

そう言って、懐かしそうにスープを飲みだした。
ゆっくり味わってください。
私は邪魔しないようにランチの仕込みに戻っ……
あ!  そうだ!

「わたしでよかったらいつでもこのスープ作りますよ。あぁでも、王都では新鮮な魚介類が手に入らないか〜。初日に作った方でよかったらいつでもお店に来てください!」

そう言って、今度こそ厨房に戻った。



なんてやりとりが昼間あった。
そんな事を思い出していたら、ショーンさんから声をかけられる。
お料理がなくなった?  と見ると、ショーンさんのちょっと緊張した顔。

「ユアちゃん、おかげでやっていけそうっす。お世話になった師匠に報告できないのは不義理なので、ここで決めます!」

何を?  なんて聞くほど鈍くないよ!
がんばれ!  ショーンさん!!  私は親指を立てた。

「ソフィ、子供ができてソフィが働けなくなってもちゃんと食べさせていける自信がついた。  結婚してください!」

おおぉぉ!!  生プロポーズ!!  初めて見た!!(自分の以外)

賑やかにやっていたみんなも一瞬にして静まった……。
なんで静かになっちゃうの!  緊張するじゃないか!  なぜか私が!!
いや、見たら私の何倍もショーンさんが緊張していたよ。当たり前か。

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

顔を赤らめながら、ソフィはしっかり返事をした。

きゃ〜〜〜!!!  なんか照れる〜〜〜!!!

それから  「おめでとー!」「おめでとー!!」  と大騒ぎ。
ショーンさん、本当によかったね!!

「お式はいつにするの?」

遠いから参列できないな〜、電報もないし、手紙もつくかわからないし……
なんて考えていると

「オシキ?」

見ると、みんなの頭の上には?マークが並んでいる。
あれ、これ最近見た気がするよ?

「結婚式。って、挙げないの?  この国にはないの?」

「ケッコンシキって何?  結婚の式?  結婚するのになんの式をするの?」

ジェニファーに聞かれて、私の生まれ育った国では、というか、世界では挙式披露宴というものがあってね……  と説明する。
女の子の憧れ、ウエディングドレスとか!  その国によって結婚式も披露宴的なものも色々あるんだよ〜とか。

話の途中から女子二人は興味津々。特にウエディングドレスには目をキラキラさせていた。
そうだよね〜!  憧れるよね〜!
女の子の夢は世界が違っても共通なんだとわかった。

この国の結婚というのは、教会に言いに行って終わりなんだって。教会側で記録するだけ。
王族だとパレードなんかして、何日もお祭りみたいにお祝いするらしいけど。

え〜!  それだけってつまんな〜い!  って思っちゃうのは、この世界とは違う私の育った環境のせいだってわかってるけど。この国ではそれが普通ってわかってるけど……。

「もしよかったら、ショーンさん、ソフィ、結婚式やらない?  神様に誓うのだけじゃなくて、人前式なんていうのもあるよ。お世話になった人とか親しい人を招いて、みんなの前で永遠の愛を誓うの。季節にもよるけど、ガーデンパーティーなんて気持ちいいよ〜!」

というのは、二年ほど前に結婚した従姉のお式とパーティーが一緒になったものだ。
従姉は  「学生結婚だからお金をかけずにやるのよ!」  と言っていたけど、みなさんの気持ちのこもった、とても素敵なものだった。
それを提案してみるというか、それしか出席した事がないからそれ以外はよくわからないんだけどね。

みんなの前で永遠の愛を誓うって……  ショーンさんは顔を赤らめたり青ざめたり忙しい。
ソフィは何の想像をしているのか嬉しそうにうっとりしている。

「私も何か手伝うわ!  ユア、どんな事があるか教えて!」

キラキラしたままのジェニファー。落ち着いてる系のジェニファーとソフィがこんなに乗り気なんてちょっと意外だ。
それだけ花嫁さんってテンションが上がるって事だね!

「ショーンさん、私はお祝いのご馳走を作るよ!  ……どうでしょうか?」

ソフィの返事は聞かなくても顔を見ればわかる。問題は花婿さんの方だ。
ショーンさんは、私を見て、ソフィを見て、もう一度私に視線を戻すと

「よくわからないけど、よろしくお願いします」

不安の残る声色で、でもきっぱり言った。

「任せといて!  パエオーニア初……  もしかしたらこの世界初の、思い出に残る結婚式と披露パーティーにしてみせるから!」

従姉の結婚式の事はよく憶えている!  めっちゃ感動したからね〜!
下手にアレンジはしないで、あんな感じでやってみよう。あんなに感動したんだもん、ショーンさんたちもきっといいお式になるよ!

この国初とか、世界初とか……  またまた青ざめたショーンさんと、ちょっと緊張しちゃってるソフィ。
私は安心させるように、大丈夫だよ!  と笑顔になった。

ところで……  お式はいつにしましょうかね?



そしてとうとう帰る日になった。
今日はランチが終わったら王都に帰る。夜の宴会は昨日でおしまいだ。
ショーンさんには洋食屋さんメニューのベストファイブを教えた。それとケチャップとソースも。合わせてデミソース風とか、初日のタルタルとか、アレンジすれば色々広がると思う。ショーンさん熱心だし、何よりお料理が好きだからね!

「ユアちゃんと一緒に料理できるのも最後かと思うと淋しいっす」

仕込みをしながらしょんぼり言う。

「私は久しぶりにショーンさんとお料理できて楽しかったわ〜!  結婚パーティーの事もあるし、また来るよ!」
「そっすね。もう会えないと思ってた師匠とまた会えたんだから喜ばないと」

そう言いながら淋しそうなショーンさん。こういうところが弟キャラになっちゃうんだと思うんだな。

さて。結婚パーティーの準備とか、食べてしまって諦められなくなったお米とか新鮮な魚介類の購入とか……  どうしよう。
実はずっと考えているんだよね。もうあれしか方法はないんだけど……。
いいや!  当たって砕けろだ!  ダメだったらまた違う方法を考えればいいんだし!
とりあえずランチの営業に集中しよう!  
私は猛然と手を動かしだした。



そうして今日も忙しく過ぎ、ランチは完売した。
四人席が三つとカウンターだけの小さいお店だけど、三〜四回転もすれば仕込んだ分の五十食くらいは売り切れてしまう。
毎日これだけ売り上げたらいいでしょうけど、一人でやるのは大変だね。
ショーンさんがんばれ!

さてさて。ランチの後片付けも終わり、私たちの遅いお昼ご飯も食べ終わって、じゃあ帰りますかと立ち上がる。

がんばれユア!  当たって砕けろだ!!
私はド偉い大魔導師様を見る。

「エリック、お願いがあります!  月に一度程でいいので、ロートゥスに連れてきてくれませんか?  ショーンさんたちの結婚式の話し合いとか、お米や海産物の買い出しなんかがしたいんです!  ……お願いできないでしょうか?」

エリックは無表情で私を見て、何やら無言で何もない空間を見て、トンッとひとつ足を踏み鳴らした。

それから  「いくぞ」  と短く声をかける。

来た時と同じ、カラフルなペイントが炸裂する中を通り過ぎると、私たちは王都の我が家に戻って来てた。
返事も聞かず転移するとか!  「いくぞ」  と声をかけてくれる意味ありますかね!

で?  私のお願いってスルーですか?  
やっぱり世界規模でド偉い大魔導師様に図々しいお願いだったか。
うなだれていると、さっきと同じトンッという音が聞こえた。

「これであちらとここが繋がった。固定してあるからいつでも好きな時に行き来すればいい」

ええぇぇぇ!!!  そんな事できるの?!

エリック……  本当に稀代の魔法使いといわれていた、今は世界規模でド偉い大魔導師様なんだ。
そんな人に軽々しくお願いなんかしちゃったよ!
私は大汗をかきながらお礼を言った。

こことあちらなんて大雑把な言い方だったけど、もうちょっというと、こっちのお店の厨房とショーンさんのお店の厨房を繋げてくれたらしい。厨房なら、いきなりお風呂上がりなんて事もないしね!

行き来できる人も限られた。こっちはもちろんここの住人と、一緒に働いているトーイ、ちょっと考えがあってオリバーさんも入れてもらった。
それから仲間外れにするとめんどくさそうなワイアットさん。

「ワイアット?  それなら大丈夫だ。あれなら自力で行ける」

あら、宮廷魔法使い科どうし(宮廷って公務員みたいなもんでしょ?  役所なんかは◯◯科ってなってるから)お知り合いでしたか。
お知り合いどころか、師弟関係だと後から聞いたよ。

あちらはショーンさんとソフィ。
認証された人だけが、こちらとあちらを行き来できるようにしてくれた。
見えないけど、何か魔法陣的なものがあるんだろか?  キョロキョロしてしまう。

試しにすぐショーンさんのお店に行ってみると、盛大に驚かれた。
そりゃそうだよね。説明もサヨナラもなしに、サッといなくなっちゃったんだから!
唖然としてたところでまたパッと私が現れたら、そりゃあ驚くよ〜!

ショーンさんにも、このお店とうちのお店が繋がった事を話す。
勝手に(大魔導師様がだけど!)ごめんねと言うと

「王都!  俺行った事なかったっす!  普通なら何十日もかかるのに一瞬で行けるなんてすごい!  何より転移魔法を経験できるなんてすごすぎる!!」

大興奮で、勝手にごめんねなんて言葉はどこかにふっ飛んでいった。

「これで結婚式の話もいつでもできるね!  ソフィの満足いくように仕上げるからね〜!」

もちろんお買い物ができるのも嬉しい!

え、俺は?  ボソッと声が聞こえたけど、結婚式は花嫁さんが主役だからね!  との従姉の言葉。
大丈夫!  花婿さんもカッコよく仕上げてあげるから!
どうも私はイベント事に燃えるタチだ。
メラメラしてきた〜!!

迎えにきたジェイと家に戻ると、アシュリーたちが出迎えてくれた。

「行った時も帰ってきた時もいきなりなんだから!  おかえり〜!」
「ただいま〜!」

また明日からお店がんばるぞ!  近いうちに海魚のお料理も出したいし!
なんてさっそくメニューを考えていると、ジェニファーから声がかかる。

「じゃあまた来るわ。ユア、結婚式の話し合いは私も入れてね!」
「うん!  もちろん!  きっとたくさんお願いする事があるよ!  一週間ありがとね〜!  お疲れさまでした〜」

解散の挨拶をする。

あ、そうだ。
私は今にも消えそうなエリックの袖をつかんで言った。

「エリック、ありがとうございます。お好きな方のスープを作って待ってますね」

エリックはちょっと目を見張って、ほんのり目尻を下げた。





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